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見難い火傷の子  作者: 清風
544/595

ゴレムさん編 ロクドの街を歩く

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子544


ゴレムさん編 ロクドの街を歩く


ロクドのギルドを出たあとも、ゴレムの足はすぐには宿へ向かなかった。

せっかく着いたばかりの街である。

しかも、かつて魔王のいた都でありながら、想像していたよりはるかに整っている。

見ておきたいものが多すぎた。


「まだ歩きますか」 とテレースが聞いた。

「よろしいでしょうか」

「もちろん。そう言うと思っていたわ」

「ありがとうございます」

「礼を言うほどのことでもないけれど」


二人はそのまま大通りをゆっくり進んだ。

ロクドの街路は広く、石畳の継ぎ目までよく揃っている。

荷車が通っても大きく揺れないように整えられているのだろう。

道の脇には排水溝があり、水が淀んだ様子もない。

建物の高さや並びにもどこか規律があり、

無秩序に増えた街ではなく、

最初からある程度の計画のもとに作られた都市なのだと感じられた。


「本当に、よくできていますね」 とゴレムは言った。

「ええ」

「港だけではなく、街全体が」

「魔王が優秀だったのか、残った者たちが優秀だったのか」

「おそらく両方でしょう」

「私もそう思うわ」


通りの一角には、露店がいくつも並んでいた。

だがナナメの市場とはまた違う。

あちらが前線の備えを売る市場なら、こちらは都市の生活を支える市場だ。

香辛料、乾物、布、金具、紙、筆記具、保存食、果物。

品揃えに余裕がある。

戦うためだけではなく、暮らすための街なのだと分かる。


角のある店主が、焼いた串を手際よく返していた。

隣では肌の青い女が果物を並べ、その向こうでは人間の老人が紙束を売っている。

種族の違いが目立たないわけではない。

だが、それが街の秩序を乱している様子はまるでなかった。


「魔人共和国、という名に納得します」 とゴレムは呟いた。

「魔王国ではなく?」

「はい。少なくとも今のこの街は、

ひとりの王の都というより、

多くの者が暮らす共和国に見えます」

「面白い見方をするのね」

「そうでしょうか」

「ええ。でも、たぶん当たっているわ」


テレースはそう言って、露店の果物を一つ手に取った。

見たことのない、濃い紫色の実だった。


「食べてみる?」

「毒は」

「売り物よ」

「失礼しました」

「あなた、たまに本当にそのまま言うわね」


買って半分に割ると、中は淡い金色だった。

ゴレムも一口もらう。

甘みのあとに少しだけ酸味が来て、最後に香草のような後味が残った。


「不思議な味です」

「ええ。でも嫌いじゃないでしょう?」

「はい」

「なら良かった」


歩きながら食べる。

それだけのことなのに、旅をしている実感があった。

ゴレムはふと、自分がこうして誰かと並んで異国の街を歩いていることを、少し不思議に思った。

ゴーレムヨンドにいた頃の自分なら、必要な用事を済ませて終わりだったかもしれない。


通りを進むうち、建物の雰囲気が少し変わってきた。

役所らしい建物が増え、制服めいた服を着た者たちの姿も目立つ。

掲示板には整った文字で通達が貼られ、誰かがそれを剥がしたり落書きしたりした形跡もない。


「行政区画でしょうか」

「たぶんね」

「掲示の管理まで行き届いています」

「そこまで見るの」

「見ます」

「そう」


テレースは呆れたように言ったが、完全に呆れているわけではない声だった。


少し先には、小さな広場があった。

中央には噴水があり、水は澄んでいる。

子供たちがその周りを走り回り、近くのベンチでは年配の者たちが静かに話していた。

魔王の都と聞いて想像する景色ではない。

だが、だからこそゴレムの印象に強く残る。


「平和ですね」

「ええ」

「少なくとも、この広場は」

「平和を保つために、見えないところで色々やっているのでしょうね」

「はい。そう思います」


ゴレムは噴水の縁や石の摩耗具合まで見ていた。

長く使われ、きちんと手入れされている。

壊れたものを放置しない街なのだ。


「メフィストさんの言っていたことが分かる気がします」

「制度が残る、という話?」

「はい。街は言葉より先に、それを見せてきます」

「……あなた、たまに少し詩的になるわね」

「そうでしょうか」

「本人に自覚がないのが厄介ね」

「厄介ですか」

「少し」


その返しに、ゴレムはどう答えるべきか分からず、結局黙った。

テレースはそれを見て、少しだけ笑っていた。


広場を抜けると、今度は工房の多い区画に出た。

金属を打つ音、木を削る音、布を裁つ音が重なって聞こえる。

職人たちの手つきは速く、無駄がない。

武具だけでなく、日用品や部品らしきものも多く作られていた。


「ここも面白いですね」

「好きそうね」

「はい」

「分かるわ」


ある工房の前には、滑車や歯車のような部品が並んでいた。

ゴレムは思わず足を止める。


「気になる?」

「かなり」

「入る?」

「いえ、今日は見るだけにします」

「珍しく自制が効いているわね」

「旅程がありますので」

「本当に真面目ね」


だが、見るだけでも十分に刺激はあった。

ロクドにはまだ鉄道国の技術は来ていない。

メフィストもそう言っていた。

だが、それでもこの街には、技術を受け入れるだけの土台があるように見える。

工房の数、部品の精度、職人の層。

もし軌道や新しい輸送技術が入ってきたなら、この街はきっとすぐに適応するだろう。


「鉄道国の技術が来たら」 とゴレムは口にした。

「この街はさらに変わるかもしれません」

「そうね」

「ですが、まだ来ていない」

「ええ」

「次の狸の里にも無い」

「そうらしいわ」

「アラクネ共和国でようやくロープウェイ建設中」

「メフィストが言っていた通りなら」

「そしてホーネット幕府で、やっと軌道」

「……もう頭の中で旅程を組んでいるでしょう」

「少し」

「少しじゃないわね」


否定はできなかった。

ゴレムの中ではすでに、見たいものの順番が並び始めている。

ロクドの制度、狸の里の共同体、アラクネ共和国の建設現場、そしてホーネット幕府の軌道。

考えるだけで胸の内が静かに熱を持つ。


昼が近づき、二人は通り沿いの食堂に入った。

木の卓と椅子が並ぶ、飾り気のない店だったが、客の入りは良い。

出てきたのは香草を利かせた煮込みと平たいパン、それに豆の入った温かい汁物だった。


「どうですか」 とテレースが聞く。

「落ち着きます」

「派手ではないけれど?」

「はい。街の印象に似ています」

「それ、褒めてるのよね」

「もちろんです」


食事をしながら、窓の外を人々が行き交う。

その様子を見ているだけでも飽きなかった。

ロクドは見せびらかす街ではない。

だが、見ようとする者にはいくらでも見せるものがある。

そういう街だった。


食後、再び外へ出る。

陽は高くなっていたが、街の動きは乱れない。

忙しさが増しても、どこかで均衡が保たれている。


「今日はこのくらいにしておきましょうか」 とテレースが言った。

「はい」

「まだ見足りない顔をしているけれど」

「見足りません」

「でしょうね」

「ですが、一日で全部を見るべきではないとも思います」

「それは賢いわ」

「また歩けばいい」

「ええ。また歩けばいいのよ」


宿へ向かいながら、ゴレムはもう一度だけ街を振り返った。

ロクドは恐ろしい都ではなかった。

少なくとも、表から見える姿はそうではない。

むしろ、優れた統治の名残と、それを受け継ぐ者たちの手で、静かに保たれている街だった。


そしてその静けさの先に、まだ見ぬ国々がある。

鉄道国の技術はここには無い。

狸の里にも無い。

アラクネ共和国でようやく工事中。

ホーネット幕府で、やっと軌道に出会えるかもしれない。


その事実が、ゴレムの胸を静かに高鳴らせていた。

旅はまだ始まったばかりなのだと、ロクドの整った街並みが教えてくれるようだった。

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