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見難い火傷の子  作者: 清風
541/603

ゴレムさん編 ナナメのギルド

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子541


ゴレムさん編 ナナメのギルド


ナナメの街の門をくぐると、空気が一段引き締まったように感じられた。

海辺の街であることに変わりはないはずなのに、ゴドメとは匂いまで違う。

潮の香りの奥に、鉄と油と、乾いた石の匂いが混じっている。

行き交う人々の足取りも早い。

笑い声が無いわけではないが、長居するための街というより、

用を済ませて次へ向かう者の多い街に見えた。


「どう?」 隣を歩くテレースが聞いた。

「緊張感があります」

「ええ。ここはそういう街よ」

「同じ海辺でも、ゴドメとは別物ですね」

「別物だもの」


前にも聞いたような返しだったが、今度は街そのものがそれを証明していた。

通りの幅は十分にある。

荷車同士がすれ違えるように作られているのだろう。

建物は頑丈そうで、窓もどこか小さい。

防備を意識した造りなのかもしれない。

遠くには高い塔のようなものも見えた。

見張り台か、あるいは古い防衛施設の名残か。


「まずはギルドですね」

「ええ。場所は分かる?」

「いえ」

「案内するわ」


テレースは迷いなく大通りを進み、やがて一際大きな建物の前で足を止めた。

石造りの重厚な建物だった。

看板は見慣れた冒険者ギルドのものだが、

ゴレムがこれまで見てきたどのギルドよりも、少しだけ役所めいて見える。

実務の匂いが濃いのだ。


「ここがナナメのギルド」

「……大きいですね」

「前線の街だもの。冒険者の出入りも多いし、普通の依頼だけじゃ済まないのよ」


中へ入ると、ざわめきが耳に入った。

依頼板の前には何人もの冒険者が立ち、受付では職員が手際よく応対している。

武装した者、商人風の者、旅装の者、そして明らかに研究者めいた服装の者までいる。

ゴレムは少し目を見張った。


「研究者もいるのですね」

「奈落があるから」

「なるほど……」


奈落ダンジョン。

その名を思い浮かべるだけで、街の空気の理由が少し分かる気がした。

ここはただの冒険者の街ではない。

未知と危険と、そして利益が集まる街なのだ。


受付へ向かうと、年若い職員が顔を上げた。


「ようこそナナメの街へ。本日はどのようなご用件でしょうか」 きびきびとした口調だった。

「他領から参りました。滞在中の作法と、必要であれば登録確認を」 と、ゴレムは答えた。

「冒険者証を拝見します」

「はい」


差し出すと、職員は手早く確認し、頷いた。


「問題ありません。

短期滞在であれば通常の行動に制限はありません。

ただし奈落ダンジョン周辺、領内の一部研究区域、

保管指定区域には許可なく立ち入れません」

「承知しました」

「また、奈落関連の遺物、未知の魔物素材、

呪物の疑いがあるものを持ち込んだ場合は、必ず先に申告してください」

「……徹底しているのですね」

「必要ですので」


職員は淡々としていたが、その言葉にはこの街の経験が滲んでいた。

ゴレムは素直に頷く。


「宿を取るなら、どの辺りが良いでしょう」 とテレースが横から聞いた。

「静かな場所なら西通り、ギルドへの出入りを優先するなら南区画です。

奈落へ行く予定があるなら南区画を勧めます」

「ありがとう。参考にするわ」


受付を離れると、ゴレムは小さく息を吐いた。


「思っていた以上に、厳格ですね」

「そうね。でもその方が安心でしょう?」

「はい。嫌いではありません」

「あなたはそう言うと思った」


テレースが少し笑う。

ゴレムも、少しだけ肩の力を抜いた。


その時だった。


奥の方で、何やら人だかりができているのが見えた。

ただの混雑ではない。

見物するような、しかし騒ぎ立てるほどでもない、不思議な集まり方だった。


「あれは何でしょう」 ゴレムが視線を向けると、テレースもそちらを見た。

「ああ……たぶん、あれね」

「心当たりが?」

「あるわ。行ってみましょう」


二人が近づくと、人垣の向こうに一振りの剣が見えた。

台座に納められ、周囲には簡素だが厳重な柵がある。

装飾過多ではない。

むしろ実用品をそのまま丁重に扱っているような印象だった。

だが、ただの剣ではないことは、ゴレムにも一目で分かった。

空気が違う。

そこだけ静けさの質が違っていた。


「これは……」

「聖剣よ」 とテレースが言った。

「聖剣」

「この街のギルドに納められているの」


ゴレムはしばらく言葉を失った。

聖剣といえば、もっと王城か大聖堂のような場所にあるものだと思っていた。

こうしてギルドの一角に、しかも実務の延長のような顔で置かれているとは想像していなかった。


「意外です」

「でしょうね」

「なぜギルドに」

「持ち込まれたからよ」

「……誰に」

「爆炎」


あまりにも自然に返ってきた名に、ゴレムは一瞬だけ目を閉じた。

またその名か、と思う。

だが同時に、妙な納得もあった。

常識的な経路でここにあるのではないのだろう、という納得である。


「奈落で見つけて、そのまま持ち帰ったそうよ」

「そのまま」

「そのまま」

「……」

「しかも、ギルド長への土産みたいな感覚だったらしいわ」

「土産」

「ええ、土産」


ゴレムは聖剣を見た。

剣は何も答えない。

ただ静かにそこにある。

だが、その由来だけがあまりにも静かではなかった。


「この街では、それが普通なのですか」

「普通ではないわ」

「安心しました」

「でも、爆炎絡みだと皆どこかで諦めているのよ」


テレースの言い方に、ゴレムは少しだけ笑ってしまった。

聖剣の前で笑うのは不敬かとも思ったが、この街では案外そうでもないのかもしれない。


剣のそばには、小さな説明板があった。

奈落ダンジョン深部、水中遺跡にて発見。

持ち帰り後、ギルド保管。

詳細調査継続中。

簡潔な文面だったが、それだけで十分に異常だった。


「詳細調査継続中……」

「まだ全部は分かっていないのよ」

「それをギルドで保管しているのですね」

「この街らしいでしょう?」

「はい。とても」


その時、背後から声がした。


「おや、見学かい」


振り向くと、細身の青年エルフが立っていた。

年若く見えるが、目元には妙に落ち着いた光がある。

服装は上質だが動きやすそうで、飾り気は少ない。

だが周囲の職員たちがさりげなく道を空けているのを見て、

ゴレムはすぐにただ者ではないと悟った。


「ギルド長」 とテレースが言った。

「お久しぶりです、シローさん」

「やあ、テレース。久しぶりだね」


そしてシローと呼ばれた青年は、ゴレムへ視線を向けた。


「そちらは?」

「ゴーレムヨンドから来ました、ゴレムと申します」

「ゴーレムヨンド」 シローの目が少しだけ輝いた。

「それはまた興味深いところから。

ようこそナナメへ。

私はこのギルドの長を預かっているシローだ」

「お会いできて光栄です」

「そんなに固くならなくていいよ」


そう言いながらも、シローの視線はどこか観察するようだった。

好奇心の強い人なのだろう、とゴレムは思う。


「聖剣をご覧になっていたのです」 とテレースが言う。

「なるほど。初見なら驚くだろうね」

「はい。正直に申し上げて、かなり」

「だろうとも。私も最初は驚いた」


ギルド長本人がそう言うのだから間違いない。


「この街では、聖剣も奈落も、全部ギルドに集まるのですか」 とゴレムは尋ねた。

「全部ではないけれど、多いね。ここは最前線だから。危険も、情報も、遺物も、人も集まる」

「……」

「そして時々、常識の外から来たものまで集まる」


最後の一言に、テレースが小さく肩を揺らした。

爆炎のことだろう。


「もし滞在中に奈落へ関心があるなら、無理は勧めないが、

話くらいは聞いていくといい」 とシローは言った。

「この街は、見た目よりずっと奥行きがある」

「そう感じます」

「うん。良い感覚だ」


シローは満足そうに頷いたあと、ふと思い出したように聖剣へ目を向けた。


「ちなみに、あれを持ってきた時の話は今でも職員の酒の肴だよ」

「やはり」

「『抜いてきたのか』と聞いたら、『うん』と返されたそうだ」

「……」

「実に簡潔だろう?」

「はい」

「困るくらいに」


ゴレムは返答に困り、しかし困ること自体がこの街では正しい反応なのだろうとも思った。


シローは軽く手を振ると、別の職員に呼ばれて奥へ去っていった。

その背を見送りながら、ゴレムは静かに息を吐く。


「面白い方ですね」

「ええ。好奇心の塊みたいな人よ」

「ギルド長に向いているのでしょうか」

「向いているから困るのよ」


テレースの言葉に、ゴレムはまた少し笑った。


ギルドを出る前に、もう一度だけ聖剣を見た。

それは確かに伝説の品なのだろう。

だがこの街では、伝説は遠くに祀られるだけでは終わらない。

持ち込まれ、記録され、保管され、時に笑い話にまでされながら、

それでも確かに街の一部になっている。


ナナメとは、そういう街なのだ。


「宿を取りましょうか」 とテレースが言う。

「はい」

「南区画でいい?」

「ギルドに近い方が助かります」

「やっぱりそう言うと思ったわ」


二人は並んでギルドを後にした。

外の光はまだ高い。街の空気は重いが、不思議と息苦しくはなかった。

最前線の街。

奈落の街。

聖剣のある街。

そして、伝説を実務の棚に並べてしまう街。


ゴレムは歩きながら思う。

この旅は、まだ思っていた以上に深いところへ続いているらしい。

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