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見難い火傷の子  作者: 清風
502/637

マンティス公国編 村へ帰還し、救出者の証言と帳面の内容から“北”の正体を絞る

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子502


マンティス公国編 村へ帰還し、救出者の証言と帳面の内容から“北”の正体を絞る


砦を出る頃には、霧は少し薄れていた。


だが、気分まで軽くなるわけではない。

救出した者は三人。

捕らえた盗賊は四人。

行方不明者の一人、ロムも生きていた。


それでも、帳面に記された数と砦に残っていた痕跡は、これで終わりではないと告げていた。


人を荷として扱い、薬で反応を見て、札を付け、北へ送る。


その事実は、山道を下る間じゅう、一行の背に重く張りついていた。


簡易担架には、足を痛めた年配の女が乗せられている。

若い男は自力で歩けるが、ふらつきがひどい。

ロムもユノに肩を貸されながら、どうにか足を前へ出していた。


盗賊たちは縄で繋がれ、ガレスとマリーが前後を固める。

グラドは何度か舌打ちしたが、逃げられないと分かると黙り込んだ。


ダンが荷を背負い直しながらぼやく。


「帰り道の方が重いっすね……」

「人数が増えたからな」

匠ーが答える。

「物理的にも、話の中身的にもっす」

「否定しない」

「否定してほしかったっす」


沢を渡る時は、行きよりさらに慎重になった。


救出者を濡らすわけにはいかない。

捕虜を逃がすわけにもいかない。

足場の悪さは変わらず、むしろ疲労の分だけ危険だった。


セレネが年配の女に声をかける。


「少し揺れます」

「……あんたたち、どこの人だい」

女が掠れた声で言う。

「旅の途中です」

「そうかい」

「村へ戻ったら、温かいものを用意します」

「村……」

女はその言葉に、少しだけ顔を曇らせた。

「帰れるかね」

「帰れます」

セレネは静かに言った。

「少なくとも、砦よりはずっとましです」


女はそれ以上何も言わなかったが、目を閉じたまま小さくうなずいた。


村へ着いた時、最初に広がったのは歓声ではなく、ざわめきだった。


当然だ。

朝、山へ向かった一団が、夕方前に戻ってきたのだ。


見知らぬ衰弱者が三人。

縛られた男たちが四人。

行方不明だったロム。

そして、険しい顔のままの匠ーたち。


広場に人が集まる。

誰もが口を開きたがっている。

だが、何から聞けばいいのか分からない。そんなざわめきだった。


ドゥガンが真っ先に出てきた。


「……戻ったか」

「戻った」

匠ーが答える。

「砦は?」

「使われていた」

「やはりか」

「盗賊もいた」

「人食いは」


その問いに、一瞬だけ空気が止まる。


匠ーは短く答えた。


「少なくとも、砦では確認していない」


ざわめきが揺れた。


安堵。

困惑。

拍子抜け。


だが同時に、縛られた男たちと衰弱した救出者たちが、その“少なくとも”の重さを補っていた。


マリーが前へ出る。


「でも、もっと悪いものはあったわ」

「人攫いよ」

「監禁して、薬を使って、北へ送ってた」


今度のざわめきは、さっきより低く、重かった。


「北へ……?」

「送る?」

「何のために」

「うちのロムが……」


ユノがロムを支えたまま叫ぶ。


「生きてた! ロムは生きてた!」


その声で、ロムの家族らしい女が人垣を押しのけて飛び出してきた。

泣きながらロムに縋りつく。

ロムも立っていられず、その場に膝をついた。


広場の空気が一気に揺れる。


失われたと思っていた者が戻る。

それだけで、人の感情は大きく動く。

だが今回は、それで終わらない。


ドゥガンが声を張った。


「静かにしろ!」


村長の一喝で、ざわめきが少し収まる。


「まず怪我人と救出者を中へ運ぶ!」

「捕らえた連中は倉庫へ!」

「話はその後だ!」


村人たちは半ば反射的に動き出した。

担架を運ぶ者。

水を持ってくる者。

倉庫の戸を開ける者。

ロムの家族を支える者。


混乱の中にも、村としての動きが戻ってくる。


エダとトオルは詰め所の陰からその様子を見ていた。

エダの顔には、安堵と、言いようのない疲れが混じっている。

自分たちが怪しまれていた一方で、本当の犯人が別にいた。

それが明らかになったからといって、すぐに楽になるわけではない。


マリーがその視線に気づき、短くうなずいた。

エダは何も言わず、ただ深く頭を下げた。


日が落ちる前、詰め所の中では簡単な聞き取りが始まっていた。


机の上には、砦から持ち帰った帳面と木札。

脇には薬瓶。

そして、救出した三人が毛布に包まれて座っている。


ロム。

年配の女はサナ。

若い男はフェイルと名乗った。


セレネが温かい湯を配り、ハナが帳面を開く。

ドゥガン、匠ー、マリー、ダン、ガレス、ユノも同席していた。


「順に聞く」

匠ーが言う。

「無理なら止める」

「……分かった」

ロムが答える。

「まず、どこで攫われた」

「見回りの帰り」

ロムは掠れた声で言った。

「北の林道の外れで、声を聞いた」

「声?」

「女の声だった。助けを呼ぶみたいな」

「誘い込みね」

ハナが言う。

「ええ」

ロムはうなずく。

「見に行ったら、後ろから殴られた」

「一人だった?」

「分からない。起きた時には縛られてた」

「砦に?」

「いや……最初は小屋みたいなとこ」

「別の場所?」

マリーが眉を上げる。

「そうだと思う」

「砦が最初じゃないのか」

ドゥガンが低く言う。

「中継地点の前段階があるっすね……」

ダンが顔をしかめた。


匠ーは帳面の端を指で押さえた。


「小屋の場所は分かるか」

「分からない」

「匂い、音、地面の感じは」

「湿ってた。水の音が近かった」

「沢沿い?」

ガレスが言う。

「かもしれん」

「他に」

「獣の臭いがした」

「家畜?」

「いや……もっと強い」

「獣小屋か、狩り場の近くか」

ガレスが考え込む。


次にサナが口を開いた。


「私は街道の宿場から少し外れた畑道だよ」

「この村じゃないのね」

マリーが言う。

「違う」

サナは湯を握りしめたまま答えた。

「荷車が壊れて、歩いてた。親切そうな男が“近道を教える”って言って……」

「それで?」

「気づいたら布を口に当てられてた」

「薬か」

セレネが言う。

「吸わせる形だった可能性があります」

「起きたら?」

「暗い部屋。何人かいた」

「砦?」

「分からない。でも、石じゃなくて木の壁だった」

「また別の場所っすね」

ダンが言う。

「前段階の保管場所が複数ある?」

「あり得る」

ハナが答えた。

「砦だけで全部回していたわけじゃない」


フェイルは少し遅れて話し始めた。


「俺は……北の炭焼き小屋で働いてた」

「北?」

匠ーが問う。

「この村より?」

「もっと北だ」

「じゃあ、逆に南へ運ばれたの?」

マリーが言う。

「いや……」

フェイルは眉を寄せた。

「一度、南へ下ろされた気がする」

「気がする?」

「熱があって、はっきりしない。でも、寒さが変わった」

「山を越えた可能性がありますね」

セレネが言う。

「北から攫われた者が、一度南側の砦に来ている」

「つまり、砦は“北へ送る場所”であると同時に、“北から来た者も通る場所”かもしれない」

ハナが整理する。

「流れが一方向じゃないっすね」

ダンが言う。

「嫌な物流っす」


帳面の記述と照らし合わせると、さらに不気味さが増した。


日付は飛び飛びだが、一定間隔で記録がある。

数は一人、二人、三人。

反応の欄には、



といった簡単な文字が並ぶ。


文字は短い。

短いからこそ、ためらいがない。

人の状態ではなく、荷の仕分けのようだった。


セレネが薬瓶を見ながら言う。


「少なくとも一種類ではありません」

「反応が分かれすぎています」

「複数の薬を使ってる?」

マリーが問う。

「あるいは、同じ薬でも体質差が大きい」

「でも“印付きへ回す”って書き方は、反応を見て選んでる感じっすよね」

ダンが言う。

「ええ」

セレネがうなずく。

「偶然ではなく、意図的です」


ドゥガンが腕を組んだ。


「で、“北”とはどこだ」


部屋が静まる。

それが今、一番大きな問いだった。


ガレスが口を開く。


「この村から北へ山を越える道は多くない」

「まともに人を運べるなら、三つだ」

「一つは古い炭焼き道」

「一つは獣道に近い尾根筋」

「もう一つは、昔の兵道の残り」

「兵道?」

ユノが聞く。

「砦と同じ時代の道だ」

ガレスが答える。

「今は半分崩れてるが、荷を通すなら一番ましだ」

「北のどこへ繋がる」

匠ーが問う。

「山向こうの廃鉱区の手前」


ハナの目が細くなる。


「廃鉱区」

「今は使われてないの?」

マリーが聞く。

「表向きはな」

ガレスが答えた。

「でも、坑道は残ってる。隠れる場所はいくらでもある」

「うわ、黒幕の匂いがしてきたっす」

ダンが言う。

「静かに」

「でも今のは言いたくなるっす」


フェイルがその言葉に反応した。


「……坑道」

「心当たりがあるの?」

セレネが身を乗り出す。

「音がした」

フェイルは目を閉じて思い出すように言った。

「砦じゃない場所で、ずっと……金属を打つ音」

「鍛冶?」

「いや、もっと奥で響く感じ」

「坑道内の反響かもしれない」

ハナが言う。

「他には?」

「冷たかった。風が下から来た」

「坑道っぽいわね」

マリーが言う。

「かなり」

ガレスもうなずく。


匠ーは帳面をもう一度開いた。


“北へ送る”

“印付きへ回す”

“使えず、留め置き”


砦は選別所。

その先に、さらに本拠がある。

そして北へ向かう道の先には、廃鉱区。


線が繋がり始めていた。


ダンが小さく言う。


「……これ、村の事件じゃなくなってきたっすね」

「最初からそうだったのかもしれない」

マリーが答える。

「村は入口だっただけ」

「ええ」

セレネが続ける。

「噂が村に強く出ただけで、被害はもっと広い」

「じゃあ、急がないとまずい」

ユノが言う。

「他にも運ばれてる人がいるかもしれない」

「その通りだ」

匠ーが答えた。


ドゥガンは深く息を吐いた。


「村だけでは抱えきれん」

「だが、役所に知らせて待っていたら遅い」

「そうね」

ハナが言う。

「しかも相手は噂を使って隠れるのに慣れてる」

「時間をやれば消える」

マリーが言う。

「砦を潰した時点で、向こうも気づくでしょうし」

「なら、先に動くしかないっすね」

ダンが言う。

「嫌な確信があるっす」


匠ーは立ち上がった。


「北へ行く」


短い一言だった。


だが今度は、誰もすぐには軽口を返さなかった。


砦を潰して終わりではない。

むしろ、そこから先が本番だ。

人を荷として選び、薬で分け、札を付けて送る。

そんな仕組みを作った者が、まだ北にいる。


そして、その場所はおそらく――

山向こうの、廃鉱区。


ダンは数拍遅れて、ようやく口を開いた。


「……砦で終わりじゃなかったっすね」

「何の話?」

マリーが聞く。

「いや、なんでもないっす」

「変なこと言ってないで準備しなさい」

「はいっす……」


村の外では、夜が山へ降り始めていた。

噂の幕は一枚ずつ剥がれている。

だが、そのたびに現れるのは、もっと冷たく、もっと人間的な悪意だった。


次に向かうのは、その中心に近い場所。


北の廃鉱区。

そこで待つものが、ただの受け取り役か、

それとも黒幕そのものかは、まだ分からない。


だが、もう行くしかない。

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