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見難い火傷の子  作者: 清風
501/636

マンティス公国編 捕らえた盗賊を尋問し、黒幕の層が一枚剥がれる

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子501


マンティス公国編 捕らえた盗賊を尋問し、黒幕の層が一枚剥がれる


砦の中庭には、まだ戦いの熱が残っていた。


蹴散らされた土。

倒れた木箱。

踏み荒らされた霧。

そして縄で縛られ、壁際に転がされている男たち。


そのうち、大柄な男――先ほど檻の前で鉈を振るっていた男が、

ようやく意識をはっきり取り戻し始めていた。

額に汗を浮かべ、荒い息を吐きながら、周囲を睨みつける。


「……ちっ」 最初に出たのは舌打ちだった。


ダンが少し離れた位置から言う。


「元気っすねえ……」

「元気なら喋れる」 ハナが返す。

「優しくないっす」

「優しくする相手じゃないでしょ」

「それはそうっす」


匠ーは男の前に立った。


「名前」 男は答えない。

代わりに、唾を吐くような目つきで匠ーを見上げる。


「……知るかよ」

「じゃあ、こっちで勝手に呼ぶ」 マリーが言う。

「鉈男でいい?」

「雑っすね」 ダンが言う。

「でも分かりやすいっす」

「黙ってろ」 男が吐き捨てる。

「お、反応したっす」

「じゃあ喋れるわね」 ハナが冷たく言った。


匠ーは表情を変えない。


「名前」

「……グラド」

「役目は」

「見張りと取りまとめ」

「砦の頭か」

「違う」

「では何だ」

「ここを任されてただけだ」 マリーとハナが一瞬だけ視線を交わす。


出た。

“ここを任されていただけ”。


つまり、上がいる。


匠ーは続けた。


「誰に任された」

「知らねえ」

「嘘だ」

「本当に知らねえよ」 グラドは顔をしかめた。

「顔を合わせるのは使いの奴だけだ」

「使いの名は」

「知らねえ」

「またそれか」 ダンがぼやく。

「この手の人たち、ほんと“知らねえ”好きっすね」

「知らないようにされてるのよ」 セレネが言う。

「末端ですから」

「末端にしては偉そうっす」

「末端ほど威張ることもあります」

「それも嫌な現実っす」


匠ーはグラドの前に、砦の裏手で見つけた拘束具を置いた。


「これは何に使う」 グラドの目がわずかに揺れた。


「……見りゃ分かるだろ」

「人を縛るためだな」

「だったら何だ」

「誰を縛った」

「暴れる奴を」

「誰が暴れた」

「荷だ」 その一言で、空気が冷えた。


セレネの眉がぴくりと動く。

ユノはロムを支えたまま、顔を強張らせた。

ダンもさすがに口をつぐむ。


匠ーの声だけが変わらない。


「人を荷と呼ぶのか」

「運ぶ時はそうだ」

「どこへ」

「知らねえ」

「砦は中継地点か」

「……そうだ」

「受け渡し先は」

「知らねえ」

「受け取り役は」

「毎回違う」

「嘘だ」

「嘘じゃねえ!」 グラドが声を荒げる。

「本当に違うんだよ!顔も隠してるし、声も変えてる!こっちは渡すだけだ!」

「何人くらい来る」

「一人の時もあるし、二人の時もある」

「荷は何人単位だ」

「……一人か二人」

「選別は?」

「知らねえ」

「砦に残す者と、すぐ運ぶ者の違いは」

「知らねえって言ってるだろ!」


ハナが低く言う。


「でも“違いがある”こと自体は知ってるのね」 グラドが舌打ちする。


「……たまに、すぐ持っていけって言われる奴がいる」

「条件は」

「知らねえ」

「年齢か、性別か、体格か」

「知らねえ」

「病気の有無?」 セレネが問う。

「薬への反応?」

「……」

「黙ったわね」 マリーが言う。

「反応を見ることはあるの?」

「……少し飲ませる」 グラドが渋々答える。

「熱が出るか、眠るか、暴れるか」

「何のために」

「知らねえ」

「でも試してはいた」

「指示だからな」

「誰の」

「だから知らねえ!」


ダンが顔をしかめる。


「うわ、嫌な方向に一枚剥けたっすね……」

「ええ」 ハナが答える。

「ただ攫ってるだけじゃない」

「選別してる」

「薬も使ってる」

「最悪っす」


ロムが、檻のそばで掠れた声を出した。


「……俺、飲まされた」 全員の視線が向く。


ユノが支える腕に力を込める。


「ロム、喋れるか」

「少し」 ロムは唇を湿らせた。

「苦かった。飲んだ後、熱くなって……頭が変になった」

「その後は?」 セレネが近づく。

「眠ったり、起きたり」

「他にも飲まされた者は?」

「いた」

「誰が?」

「知らない……暗くて、みんな弱ってて……」

「何人くらい」

「三人……いや、もっといたかも」 マリーがグラドを睨む。


「三人以上?」

「出入りはあった」 グラドが吐き捨てるように言う。

「ずっと同じ数じゃねえ」

「行方不明者は三人だけじゃない可能性があるわね」 ハナが低く言った。

「少なくとも、この村だけの話じゃない」

「ええ」 セレネもうなずく。

「レジンも街道筋の人間でした」

「つまり、村の噂に見えて、もっと広い」 ダンが言う。

「嫌なミルフィーユっす……」


匠ーはさらに問う。


「帳面は」

「……ない」

「あるはずだ」

「ねえよ」

「荷の数も、受け渡しも、薬の量も、何も記録しないのか」

「口で来る」

「全部?」

「……全部じゃねえ」

「どこだ」 グラドは黙る。


匠ーは一歩だけ近づいた。


「どこだ」

「……塔の下」

「どの塔だ」

「崩れてる方の見張り台の根元」

「隠し場所か」

「床板の下だ」 ガレスがすぐに動こうとする。

だが匠ーは手で制した。


「ハナ」

「行く」

「ダン」

「え、俺もっすか」

「記録を見る目はある」

「そんな評価初めて受けたっす」

「行け」

「はいっす」


ハナとダン、ガレスが見張り台の残骸へ向かう。


その間、匠ーは尋問を続けた。


「“人食い”の噂は誰が言い出した」

「知らねえ」

「利用していたのは認めたな」

「勝手に広がったもんを使っただけだ」

「最初に聞いたのはどこだ」

「街道の酒場」

「誰から」

「覚えてねえ」

「本当に?」

「本当だ」

「でも都合がいいと思った」

「……ああ」

「だから放っておいた」

「近づかれねえ方が楽だからな」 マリーが吐き捨てるように言う。


「最低」

「でも、最初の発信源は別かもしれないわね」 ハナがいない代わりにセレネが整理する。

「砦側は便乗しただけの可能性があります」

「そこも一枚あるっすね」 ダンの声が遠くから返ってきた。

「うわ、ほんとに床板あるっす!」


しばらくして、三人が戻ってきた。


ダンの手には、油布に包まれた薄い帳面と、数枚の木札があった。

ハナの顔はいつも以上に険しい。


「当たり」 彼女が言う。

「見せて」 マリーが受け取る。


帳面は簡素だった。

日付。

数。

記号。

短い指示。

名前はほとんどない。

だが、完全な無記録ではない。


セレネが木札を見た。


「これ、番号ですね」

「ええ」 ハナが答える。

「人に付ける札みたい」

「荷札っすね……」 ダンが顔をしかめる。

「言いたくないけど、完全に荷札っす」

「やめて」 マリーが低く言う。

「分かってるけど、口にすると余計に腹が立つ」


匠ーは帳面の一頁を見た。


そこにはこうあった。


――三、熱二、眠一、北へ送る

――一、反応強、印付きへ回す

――二、使えず、留め置き


ダンが青ざめる。


「“熱二、眠一”って……人の反応っすよね」

「ええ」 セレネが答える。

「薬への反応を数えている」

「“印付き”って何だ」 マリーが言う。

「選別先でしょうね」 ハナが答えた。

「ただの受け渡し先じゃない。さらに分類がある」

「北へ送る、ってのも気になるっす」 ダンが言う。

「ここより北?」

「可能性は高い」 匠ーが言う。

「砦は終点ではない」

「やっぱり中継地点か」

「ええ」 セレネがうなずく。

「しかも、かなり機械的に扱っている」


ロムが帳面を見て、かすかに震えた。


「……俺、札を付けられた」

「番号?」 ユノが聞く。

「見えなかった。でも、首に何か掛けられた」

「外されたのか」

「たぶん、運ぶ前に」

「他の人は?」

「分からない……」 匠ーは帳面を閉じた。


これで一枚、剥がれた。


砦の連中は、ただの山賊ではない。

人を攫い、薬で反応を見て、選別し、札を付け、北へ送る。

砦はそのための中継地点。

そして“印付き”という、さらに上の分類先がある。


つまり黒幕は、もっと先にいる。


ダンが小さく言う。


「……ミルフィーユっすね」

「何が」 マリーが問う。

「いや、こう、一枚剥がしたらまた嫌なのが出てくる感じっす」

「言いたいことは分かる」 ハナが答える。

「しかも甘くない」

「全然甘くないっす」


匠ーはグラドを見下ろした。


「“印付き”とは何だ」 グラドは顔を背ける。


「……知らねえ」

「帳面にある」

「書いてあるだけだ」

「見たことは」

「ない」

「本当か?」

「本当だ」

「北へ送った先は」

「山を越えた先だとしか」

「どこだ」

「知らねえ!」 今度の叫びには、苛立ちだけでなく、わずかな怯えが混じっていた。


ハナがそれを見逃さない。


「知らないんじゃなくて、知りたくなかった顔ね」

「……」

「上が怖いの?」

「……」

「黙るってことは、そういうことか」 グラドは唇を噛んだまま何も言わない。


だが、それで十分だった。


末端の取りまとめ役ですら、上を恐れている。

つまりこの先にいるのは、単なる受け取り役ではない。

命令系統を持ち、口封じもできる存在だ。


セレネが静かに言う。


「まずは村へ戻りましょう」

「負傷者と保護した人たちを運ばないといけません」

「ええ」 マリーがうなずく。

「でも、これで終わりじゃない」

「終わりではない」 匠ーが答える。

「北だ」

「次は北っすか……」 ダンが遠い目をした。

「山越え確定っすね」

「たぶん」

「“たぶん”で済まない気がするっす」


霧の中の砦は、もうただの噂の巣ではなかった。


そこは、人を荷として選別し、次の場所へ送るための関所だった。

人食いの噂は、その関所を隠すための幕の一つにすぎない。


幕の裏には、まだ別の幕がある。


そしてその向こうに、黒幕がいる。

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