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見難い火傷の子  作者: 清風
492/591

マンティス公国編 村への報告と包囲の準備

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子492


マンティス公国編 村への報告と包囲の準備


匠ーが手で合図すると、一行は音を立てぬよう、来た道を引き返し始めた。


小屋の前では、少年が“荷”を中へ運び込もうとしている。

中には女がいる。

少なくとも二人。

だが、それ以上いるかは分からない。

見張りが別にいる可能性もある。

ここで無理に踏み込めば、逃がすか、あるいは“荷”ごと危険に晒す。


夜の山での即断は、勇敢さより雑さに近い。

少なくとも、匠ーはそう考えていた。


ダンは息を殺しながらも、どこか安堵したように囁いた。


「よかったっす……本当に突っ込む流れかと思ったっす……」

「思っただけで済んでないわよ」 ハナが小声で返す。

「十分危ない場所まで来てる」

「それはそうっすけど、今この瞬間に小屋へ飛び込むよりはだいぶましっす」

「同感です」 セレネが言った。

「情報が足りません。相手の人数も、目的も、被害者の状態も不明です」

「でも、朝までに何かするつもりなのは確かね」 マリーが眉を寄せる。

「急がないといけないのも本当」

「だから戻る」 匠ーが短く言った。

「村長に報せ、逃げ道を塞ぐ」

「ほうれんそう重視っすね」 ダンがぼそりと言う。

「報告、連絡、相談」

「大事だ」 匠ーは当然のように答えた。

「勝手な突入は暴発に近い」

「爆炎クランみたいなこと言い出したっす」

「現場ほど共有が要る」

「それはそうっす」


先頭を行くトマは、何度も後ろを振り返っていた。

顔色は悪い。

だが足取りは乱れていない。

旧道の分かれや滑りやすい場所を、低い声で一つずつ知らせてくる。


「ここ、根が浮いてる」

「次、右が崩れてる」

「石、鳴るから踏まないで」


そのたび匠ーは小さく指を差し、


「よし」


と声を漏らした。


ダンがちらりと横を見る。


「出たっす」

「何がだ」

「その“よし”っすよ。毎回ちょっと漏れてるっす」

「確認は声に出した方が抜けがない」

「理屈は分かるっすけど、静かな山で急に“よし”って言われるとちょっと怖いっす」

「習い性だ」

「染みつきすぎっす」


トマが一瞬だけ振り返り、こんな状況にもかかわらず少しだけ目を丸くした。


「……今の、わざとじゃないのか」

「半分くらい無意識よ」 マリーが答える。

「指差し確認が身に染みついてるの」

「変な人たちだな」

「よく言われるっす」 ダンが言った。

「褒めてないと思うっすけど」


村へ戻る頃には、夜はすっかり深まっていた。


戸口の灯りは少なく、見回りの若者たちが槍を手に、広場の周囲を巡っている。

一行の姿を認めると、そのうちの一人が駆け寄ってきた。


「戻ったか!」

「村長は」 匠ーが問う。

「広場の詰め所だ」

「すぐ行く」

「何かあったのか」

「話は中でだ」


若者は一行のただならぬ顔つきを見て、それ以上は聞かなかった。


詰め所は、昼に借りた空き小屋の隣にある、見回り組の控え場所だった。

中では村長ドゥガンが地図代わりの板を前に、二人の男と話していた。

一行が入ると、ドゥガンはすぐに立ち上がる。


「見つけたか」

「見つけた」 匠ーが答える。

「旧道の外れ、森の奥に隠れ場がある。粗末な小屋だ」

「人数は」

「確認できたのは二人。十代半ばほどの少年と、女が一人」

「それだけか」

「断定はできん。見張りが別にいる可能性はある」

「“人食い盗賊団”ではなさそうね」 マリーが言う。

「少なくとも、団と呼べるほどの人数はまだ見えていません」

「だが、人を運んでいた」 ハナが続ける。

「肩に担いでいた“荷”は、人だった。生きている可能性が高い」 ドゥガンの顔が険しくなる。


「誰だ」

「そこまでは分からない」 セレネが答えた。

「布で包まれていました。ただ、腕が見えました。動きもあった」

「攫われた村人か……」

「あるいは別の誰か」 匠ーが言う。

「だが、まともな状況ではない」


トマが一歩前へ出た。


「村長、火の跡もあった。数日以内のものだ。踏み跡も複数」

「本当か」

「本当だ」 トマは強くうなずいた。

「それに、小屋の中の女が言ってた。“朝までに間に合わせる”って」 部屋の空気が変わった。


ドゥガンの後ろにいた男の一人が、思わず声を荒げる。


「朝までにって、何をだ!」

「分からん」 ドゥガンが低く制した。

「騒ぐな」

「でもよ……!」

「騒いで済むならそうしてる」


匠ーは板の地図へ目を落とした。


「位置はここだ」 指で旧道の外れを示す。

「小屋の背後は急斜面。右手は岩場。逃げるなら、来た獣道を戻るか、尾根へ抜ける細道だろう」

「尾根道まで知ってるのか」 ドゥガンがトマを見る。

「昔、炭焼き小屋へ行く時に使った」

「今も通れる?」

「一人ずつなら」

「なら塞げるな」 ドゥガンの目が鋭くなる。


ハナが口を開いた。


「包囲するなら人数は絞った方がいいわ。多すぎると音が出る」

「何人要る」

「前面に匠ーたち。逃げ道の尾根側に二人。旧道側に二人。村長は後詰め」

「俺も前へ出る」 ドゥガンが即答する。

「村長が?」 マリーが眉を上げる。

「村のことだ。任せきりにはせん」

「気持ちは分かるけど、指揮役は後ろにいた方がいい」 ハナが言う。

「前で何かあった時、全体が崩れる」

「……分かってる」 ドゥガンは苦い顔をした。

「分かってるが、じっと待つのも性に合わん」

「性分で配置を決めると事故るっす」 ダンが言う。

「珍しく正論ね」 マリーが返す。

「珍しくは余計っす」


セレネが静かに整理する。


「目的を分けましょう。

第一に、運ばれた人物の保護。

第二に、相手の確保。

第三に、逃走経路の封鎖。

第四に、可能なら行方不明者との関連確認」

「妥当だ」 匠ーがうなずく。

「殺す必要は?」 ドゥガンが低く問う。

「まだない」 匠ーは即答した。

「相手の正体が分からん。まずは生け捕りだ」

「もし抵抗したら」

「その時はその時だ」

「雑に聞こえるっすけど、たぶん一番まともな答えっすね」 ダンが言った。


ドゥガンは板の地図を見つめ、やがて決断した。


「見回り組から四人出す。

尾根側に二人、旧道側に二人。

トマは案内で前へ。

俺は後詰めだ」

「若いのばかり?」 ハナが聞く。

「いや、一人は猟師をつける。夜目が利く」

「それならいい」

「女や年寄りは起こさない」 ドゥガンが続ける。

「無用な騒ぎは避ける。

だが、もし夜明けまで戻らなければ、鐘を鳴らして村を固める」

「妥当です」 セレネが言う。

「では、連絡系統も決めましょう。声は使わない方がいい」

「合図は?」

「鳥の鳴き真似は下手な者がやると逆に怪しい」 マリーが言う。

「石を三つ」 匠ーが言った。

「一つで停止。二つで注意。三つで突入」

「分かりやすいっすね」 ダンがうなずく。

「爆炎クランでも通じそうっす」

「通じるだろう」 匠ーは真顔で言った。

「やっぱり相性いいんすね……」


準備はすぐに始まった。


見回り組から選ばれた四人が呼ばれ、短く事情を伝えられる。

誰も顔色は良くなかったが、逃げるとは言わなかった。

その中の一人、髭の濃い猟師風の男は、

旧道の先の地形を聞くと、無言でうなずいただけだった。


縄。

覆い付きの灯り。

口を塞ぐための布。

簡単な担架。

もし運ばれていた人物が衰弱していた場合に備え、水と薄い粥も用意される。


その手際を見ながら、ダンが感心したように言った。


「村、ちゃんとしてるっすね」

「ちゃんとしてるから、今まで持ちこたえてるのよ」 ハナが答える。

「噂に怯えてるだけじゃない」

「守るために動いてる」 マリーが言う。

「だから、ここで外したくないわね」


匠ーは縄の結びを確かめ、灯りの覆いを開閉し、荷の重さを見た。


「よし」


また小さく声が漏れる。


ダンがすかさず言った。


「出たっす」

「確認だ」

「分かるっすけど、ちょっと安心する自分がいるのが悔しいっす」

「確認の声は安心になるものです」 セレネが淡々と言う。

「現場では特に」

「セレネさんまで肯定派っすか」

「当然です」

「包囲網が強いっす」


やがて、出る者たちが揃った。


匠ー、マリー、ハナ、セレネ、ダン。

案内役のトマ。

尾根側へ回る猟師と若者二人。

後詰めの村長ドゥガンと、旧道側を押さえる見回り組。


夜はまだ深い。

だが、東の空の底には、ほんのわずかに色の薄まりがある。

朝は遠いようで近い。


「朝までに間に合わせる」 その言葉が、誰の頭にも残っていた。


何をするつもりなのか。

誰を運んでいたのか。

消えた三人と繋がっているのか。

そして、“人食い盗賊団”の噂は、どこまで真実に触れているのか。


それを確かめる時が来ていた。


ドゥガンが最後に一行を見回す。


「無茶はするな」

「必要ならする」 匠ーが答える。

「するなと言ってる」

「善処する」

「一番信用ならん返事だな」

「よく言われる」

「褒めてない」

「承知している」


ダンが深々とため息をついた。


「このやり取り、もう様式美っすね……」


誰かが小さく笑った。

だが、その笑いも長くは続かない。


次に山へ入る時は、見つけるためではない。

捕まえるためだ。


村を蝕む噂の正体を。

人を運ぶ者たちの正体を。

そして、夜明けまでに行われるはずの“何か”を止めるために。


山の闇は、変わらず深かった。

だが今度は、その闇へ踏み込む側にも備えがある。


報告し、連絡し、相談した。

ならば次は、動く番だった。

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