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見難い火傷の子  作者: 清風
486/548

第四話 うっかりCEOの顔を出したせいで鉄道を敷くことになった

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子486


第四話 うっかりCEOの顔を出したせいで鉄道を敷くことになった


蟻人女王国で印籠旅を再開したはずだった。


そのはずだったのだが、世の中というものは、だいたい予定通りには進まない。

特にリーダーがうっかり余計な才能を見せた時は、まず進まない。


事の発端は、女王国の地下区画を視察していた時だった。


地下通路は広く、補強も行き届いている。

荷車が行き交い、物資は整然と運ばれ、昇降機構もよく整備されていた。

だが、キールは帳面を見ながら首をかしげていた。


「物流量に対して、輸送効率が少し頭打ちですね」

「頭打ち?」 ダンが聞いた。

「今の方式でも回ってはいるけど、

都市規模の拡大に対して余裕が少ないってこと」 キールが言った。

「特に地下深部と地上倉庫の往復が多い。

人力とオケラ車だけだと、今後きつくなるかもしれない」


その説明を聞いていた蟻人の技官たちが、ぴくりと触角を動かした。


「実は、それは以前からの懸案です」 ひとりの技官が言った。

「道路の拡幅にも限界があります。

地下区画の再掘削も大工事になる」

「昇降路の混雑も増えています」 別の技官も言った。


セレネが嫌な予感を覚えたのは、その時だった。

そしてその予感は、たいてい当たる。


「なら、軌道を敷けばいい」 リーダーが言った。


一瞬、場が静まった。


ダンはゆっくりと顔を上げた。

マリーは目を閉じた。

ハナは天を仰いだ。

セレネは無言で眉間を押さえた。

風車のニールだけが、ああ始まったな、という顔をしていた。


「……今、何て言いました?」 技官が聞いた。


「軌道だ」 リーダーは当然のように言った。

「一定幅の路を固定し、車輪を規格化して、連結車両で大量輸送する。

地下幹線と地上倉庫を結べば、輸送効率はかなり上がる」


技官たちの触角が一斉に立った。


「それは」

「理論上は」

「可能かもしれませんが」

「勾配制御と分岐管理が」

「積載重量の問題も」


そこから先は早かった。


リーダーの目が、完全に変わったのである。

印籠旅の旅人の目ではなかった。

あれは、鉄道国CEOの目だった。


「勾配は区間ごとに制御する。

分岐は信号化すればいい。

積載は編成長で調整できる」

「信号?」

「編成?」 技官たちがざわつく。


「待ってください」 セレネが割って入った。

「今は印籠旅の途中です」

「そうっすよ!」 ダンも乗った。

「腐敗を見つけて正す旅だったじゃないっすか!」

「そうだったな」 リーダーは言った。

「だったな、じゃないんすよ」


だがもう遅かった。


技官のひとりが、恐る恐る聞いた。


「もし、その……軌道輸送なるものが実現できるなら、

地下物流の再編成が可能になりますか」

「可能だ」 リーダーは即答した。

「幹線、支線、積替え拠点、保守区画を分ければいい。

都市全体の物流設計から見直せる」


技官たちの目が輝いた。


「都市全体」

「物流設計」

「保守区画」

「幹線と支線」


「だめだ」 マリーが小さく言った。

「完全に刺さってる」

「刺さってるわね」 ハナも言った。


その場にいた宰相補佐官が、慌てて城へ連絡を飛ばした。

話が大きくなる時の速度だけは、どこの国でも異様に速い。


その日のうちに、一行は城へ呼ばれた。


通されたのは会議室だった。

宰相、技官長、物流監督官、土木責任者、軍隊蟻人の輸送担当、

そしてなぜかギルド長モハメドまでいる。


「なんでモハメド君までいるんすか」 ダンが小声で言った。

「面白そうだから来た」 モハメドが即答した。

「正直すぎるっす」


宰相は咳払いを一つした。


「先日、不正流用の件では世話になった」

「いえ」 セレネが礼を返した。


「その上で、今日は別件だ」 宰相はリーダーを見た。

「軌道輸送について、詳しく聞かせてほしい」


ダンは顔を覆った。


「始まったっす……」

「始まったわね」 マリーが言った。


そこから先は、完全に説明会だった。


リーダーは机上の地図に線を引き始めた。

地下主幹線、地上接続線、倉庫直結支線、昇降拠点、保守ヤード。

貨物輸送を主目的としつつ、将来的には人員輸送にも転用可能。

道路輸送との役割分担、災害時の迂回路、積載規格の統一、車輪幅の標準化。


技官たちは息をのんで聞いていた。


「すごいっすね」 ダンがぼそりと言った。

「すごいのよ」 マリーが言った。

「問題は、これが印籠旅の会議じゃないことだけど」 ハナが言った。


モハメドは腕を組みながら、地図を見ていた。


「これができりゃ、討伐物資の搬送も早くなるな」

「なる」 リーダーが言った。

「負傷者搬送も」

「できる」

「補給も」

「できる」


モハメドは深くうなずいた。


「いいな」

「よくないっす」 ダンが即座に言った。


宰相は慎重だった。

そこがこの国の良いところでもある。


「理想論としては理解した。

だが、建設には莫大な労力がかかる。

地下構造への影響、既存道路との競合、保守体制、人員育成、資材調達。

課題は多い」

「その通りです」 セレネが言った。

「だからこそ、軽々しく始める話ではありません」


よし、止まるかもしれない。

ダンは少し希望を持った。


だが、リーダーが言った。


「試験線から始めればいい」


希望は死んだ。


「地下倉庫区画から中央市場までの短距離でいい。

まずは貨物専用。

運用実績を積んでから延伸すればいい」

「試験線……」 技官長がつぶやいた。

「段階導入……」 物流監督官もつぶやいた。

「現実的です」 土木責任者が言った。


「現実的にしないでほしいっす!」 ダンが叫んだ。


会議はそのまま、試験導入の方向で進んだ。


蟻人女王国は秩序の国である。

良い案が出ると、検討し、分担し、実行計画に落とし込むのが早い。

そして今、最悪の形でその長所が発揮されていた。


「資材は?」

「既存坑道の補強材を転用可能」

「車輪素材は?」

「外骨格魔物の甲殻複合材を使うか」

「動力は?」

「まずは牽引蟻人と勾配補助機構で」

「将来的には魔導化も視野に」


「どんどん進んでるっす」 ダンが青ざめた。

「止める?」 マリーが聞いた。

「もう無理ね」 ハナが言った。

「完全に国の事業になった」 キールが静かに言った。


セレネは深く息を吐いた。


「確認します」 その声で会議室が少し静まる。

「これはあくまで、蟻人女王国の自主事業。

こちらは助言と初期設計支援のみ。

恒久的な運営責任は負わぬ」

「妥当だ」 宰相がうなずいた。

「技術移転と人材育成を主軸にしたい」

「それなら」 セレネが言った。

「まだ被害は限定的です」


「被害扱いなんすね」 ダンが言った。


数日後、試験線の起工式まで決まった。


「早すぎるっす!」 ダンが言った。

「この国、決まると早いのよ」 マリーが言った。


地下倉庫区画から中央市場まで。

短いながらも、確かに最初の軌道が敷かれ始めた。

測量、整地、基礎固め、軌条設置。

蟻人たちは集団作業に長けている。

分業も連携も正確で、工事の進みが異様に早い。


「向いてるっすね……」 ダンが呆然と言った。

「向いてるな」 リーダーが満足そうに言った。

「満足しないでください」 セレネが言った。


そして試験運行の日が来た。


小型貨物車両が、地下の軌道を滑るように進む。

積まれているのは保存食、工具、補修材。

揺れは少なく、速度は安定し、荷崩れもない。

市場側の荷受け担当から、歓声が上がった。


「成功っすね」 キールが言った。

「成功ね」 マリーも言った。

「成功しちゃったわね」 ハナが言った。


モハメドは腕を組んで、しみじみとうなずいた。


「いいな、これ」

「だからよくないっす」 ダンが言った。

「印籠の旅じゃなかったのかよ」


そのぼやきは、あまりにももっともだった。


一行は本来、腐敗を見つけ、正し、必要なら印籠を出す旅をしていたはずである。

それがどうして、蟻人女王国の物流革命に関わっているのか。


「流れ」 ニールが言った。

「何の流れっすか」

「こういう流れ」

「説明になってないっす!」


夕方、試験線の終点近くで、一行はひと息ついていた。

工事関係者たちは達成感に満ちた顔で行き交い、

技官たちはすでに次の延伸計画を話し合っている。


「中央市場から南倉庫区画へ」

「いや、先に昇降塔接続を」

「保守ヤードの拡張も必要です」


「もう次の話してるっす」 ダンが遠い目をした。


セレネは書類をまとめながら言った。


「少なくとも、国益にはなりました」

「そうね」 マリーが言った。

「腐敗を正した流れで、物流の綻びまで見えたわけだし」

「結果としては悪くない」 キールも言った。


「でも印籠は?」 ダンが言った。


一同は少し黙った。


「……出した」 リーダーが言った。

「一回は出した」

「そういう問題じゃないっす」


その日の夜、宿で出された食事は妙に豪華だった。

どうやら試験線成功の祝いも兼ねているらしい。


「扱いが完全に功労者っす」 ダンが言った。

「実際そうだろう」 ニールが言った。

「納得いかないっす」


だが料理はうまかった。

蟻人女王国の保存食文化と物流改善の未来に乾杯しながら、一行は結局しっかり食べた。


こうして、印籠旅は蟻人女王国で思わぬ横道にそれた。

腐敗を正したと思ったら、うっかり鉄道国CEOの顔が出てしまい、

気付けば鉄道網の試験導入にまで関わっていたのである。


もっとも。


「次の国では、絶対に余計な顔を出さないでください」 セレネが真顔で言うと、


「善処する」 リーダーが答え、


「それ、やるやつの返事っす」 ダンが即座に言い、


「たぶんまた何か始まるわね」 マリーが笑ったので、


印籠旅の先行きは、やはり少し不安だった。

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