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見難い火傷の子  作者: 清風
485/548

第三話 蟻人女王国で印籠旅再出発

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子485


第三話 蟻人女王国で印籠旅再出発


ソラの副脳騒動がひとまず収まり、一行は改めて旅程を見直すことになった。


「次はどこへ行くんだ」 リーダーが聞いた。


地図を広げていたキールが、指先で東南の一角を示した。


「蟻人女王国です」

「字面がもう強いっすね」 ダンが言った。

「強いわね」 マリーも言った。

「女王国って響きだけで、もう何かありそう」 ハナが腕を組んだ。


セレネは書類をめくりながら説明した。


「蟻人女王国は交易と土木に優れた国家です。

地下と地上を組み合わせた都市構造を持ち、集団行動と分業体制が非常に発達しています」

「真面目な説明なのに、なんか圧を感じるっす」 ダンが言った。


「統率が取れている国、ということだな」 ニールがうなずいた。

「そうです。少なくとも表向きは」 セレネが言った。


「表向きは、って言ったっす」

「言ったわね」 マリーが言った。


その一言で、一行の中にほどよい緊張が走った。


クワガタ公爵領では、腐敗も事件もなく、印籠の出番はついになかった。

平和で良い領地だったのだから、それはそれで正しい結果だった。

だが印籠旅としては、少しばかり肩透かしでもあった。


「今度こそ様式美が発動するかもしれない」 風車のニールがもっともらしく言った。


「発動しない方が平和でいいんすけどね」 ダンが言った。

「でも、ちょっと見てみたい気もするのよね」 マリーが正直に言った。

「見世物じゃないんだけど」 ハナが言った。


ともあれ、一行はソラで蟻人女王国へ向かった。


空から見下ろすその国は、独特だった。


地表には幾何学的に整えられた街路と倉庫群、規則正しく並ぶ建物、

そして巨大な換気塔がいくつも立っている。

その下にはさらに広大な地下区画が広がっているらしく、

地上のあちこちに昇降口が設けられていた。

荷車の流れも、人の流れも、驚くほど整然としている。


「すごいっすね」 ダンが甲板から身を乗り出した。

「全体が一つの巣みたい」 キールが言った。

「実際そういう発想で作られてるんでしょうね」 セレネが答えた。


入国手続きも早かった。


受付にいた蟻人の女性官吏は、触角をぴくりと動かしながら書類を確認し、

必要事項を淡々と処理した。

無駄がない。

愛想がないわけではないが、動きの一つ一つが機能的だった。


「観光ですか、交易ですか、視察ですか」 官吏が聞いた。


一行は少し黙った。


「……旅です」 リーダーが言った。


「目的の詳細を」

「印籠旅です」 ダンが言った。


セレネが横で目を閉じた。

また眉間を押さえそうな気配だった。


官吏は一瞬だけ止まったが、すぐに事務的な顔へ戻った。


「文化的活動の一種として仮登録します」

「通ったっす」 ダンが驚いた。

「通すのね」 マリーも驚いた。


蟻人女王国は、細かいことをいちいち気にしない代わりに、

分類できるものは何でも分類して処理する国らしかった。


町へ入ると、そこは活気に満ちていた。


市場では保存食、織物、鉱材、薬草、工具が整然と並び、売り手も買い手も無駄なく動いている。

通りには清掃係が巡回し、荷運び係が一定間隔で行き交い、案内板は見やすく整理されていた。

子供たちですら列を乱さず歩いている。


「秩序がすごいっす」 ダンが言った。

「ちょっと怖いくらいね」 ハナが言った。

「でも嫌な感じはしない」 キールが周囲を見回した。

「むしろ暮らしやすそう」 マリーが言った。


その時、ポンが小さく言った。


「……逆に、乱れがあると目立つ」


一同はポンを見た。


「珍しく鋭いっす」 ダンが言った。

「珍しくは余計」 ポンが言った。


だが、その指摘はもっともだった。

秩序が徹底されている場所では、わずかな綻びほど目立つ。


「まずは行政区画を見ましょう」 セレネが言った。

「次に市場、倉庫、労務管理の流れ。腐敗があるなら、どこかに偏りが出ます」


「急に本格的になったっす」 「最初からこうするべきだったんです」 セレネが冷静に言った。 「ギルド長にいきなり聞く前に」 「まだ言うんすか」 「当然です」


一行はまず行政区画へ向かった。


そこでは窓口ごとに担当が明確に分かれ、申請書類は色分けされ、待機列まで整理されていた。

賄賂を差し込む隙も、横入りする余地も、少なくとも見た目には存在しない。


「健全そうっす」 ダンが言った。

「今のところは」 セレネが言った。


次に市場を見た。

価格表示は統一され、計量器は定期検査済みの印があり、荷の流れも記録されている。

倉庫街では搬入と搬出の帳簿が一致し、在庫管理も正確だった。


「副脳が見たら喜びそう」 マリーが言った。

「やめてください」 セレネが即答した。

「また勝手に最適化を始める」

「それは困るっす」


昼を過ぎても、目立った不正は見つからなかった。


「また健全パターンっすかね」 ダンが言った。

「あり得るわね」 ハナが言った。

「でも、少し気になる」 キールが足を止めた。


彼が見ていたのは、地下搬入口へ続く通路だった。

荷運びの列は整っている。

だが、その一角だけ、妙に警備が厚い。


「重要区画なんじゃない?」 マリーが言った。

「それだけならいいんですが」 キールは目を細めた。

「搬入記録の札番号が、さっき見た帳簿の並びと少し合わない」


「分かるのか」 リーダーが聞いた。

「なんとなく」 キールが言った。

「なんとなくで当てる時のキールさんは強いっす」 ダンが言った。


セレネも帳面を確認し、表情を引き締めた。


「……確かに一部、流れが不自然です」

「不自然?」

「数量ではなく、経路がです。正規の倉庫を通さず、地下深部へ直接回されている荷がある」


「何の荷だ」 ニールが聞いた。


「表向きは、女王親衛区向けの特別備蓄」 セレネが答えた。

「でも記録が曖昧すぎる。これだけ管理の厳密な国で、ここだけ雑なのは逆におかしい」


一行の空気が少し変わった。


ようやく、印籠旅らしい匂いがしてきたのである。


「どうするっすか」 ダンが小声で聞いた。


「まずは確認だな」 リーダーが言った。

「いきなり聞かないんですね」 マリーが少し感心した。

「前回の反省を活かしている」 ニールがうなずいた。

「最低限の学習はしたんすね」


地下区画へ降りる許可を取るのは難しくなかった。

視察名目で申請すると、担当官は少し首をかしげたものの、

正式な手続きを経て通行証を発行した。


「この国、ちゃんとしてるっすね」 ダンが言った。

「ちゃんとしてるからこそ、例外が目立つ」 セレネが言った。


地下はひんやりとしていた。

壁面には補強材が走り、一定間隔で照明石が埋め込まれている。

通路は広く、荷車がすれ違えるよう設計されていた。

だが奥へ進むにつれ、人の気配が減っていく。


やがて、一行は問題の搬入先にたどり着いた。


そこは帳簿上では「特別備蓄庫」とされていた。

しかし扉の前に立つ警備兵たちの様子は、

備蓄庫を守るというより、何かを隠しているように見えた。


「止まれ。ここから先は許可が必要だ」 警備兵が言った。


「通行証はある」 リーダーが示した。


警備兵は確認し、わずかに顔をしかめた。


「ここは対象外だ」

「帳簿上は同一管理区画のはずです」 セレネが静かに言った。

「例外だ」

「その例外規定の文書を見せてください」

「……」


沈黙が落ちた。


ダンが小さく息をのんだ。

マリーが目を細める。

ハナは腕を組み、ニールは無言で周囲を観察していた。


「あるっすね」 ダンが言った。

「あるわね」 マリーが言った。


警備兵の一人が、露骨に視線を逸らした。


その瞬間、リーダーが一歩前へ出た。


「ダンさん、キールさん」 静かな声だった。


ダンの背筋がぴんと伸びた。

キールも目を見開いた。


「もういいでしょう」


一行の空気が変わった。


「出たっす……!」 ダンが小声で震えた。

「様式美……!」 ニールが感慨深げに言った。

「感動してる場合じゃないわよ」 ハナが言った。


リーダーは懐から印籠を取り出した。


地下照明の光を受けて、それは鈍く、しかし確かな威を放った。


「公正を乱し、記録を歪め、正規の流れを隠す者がいるなら見過ごせん」 リーダーが言った。

「この印籠が目に入らぬか」


警備兵たちが固まった。


完全に効いていた。

少なくとも、雰囲気には。


「な、なぜそれを……」

「やっぱり何かあるんすね!」 ダンが勢いづいた。


扉の奥から、慌てたような物音がした。

どうやら中に誰かいるらしい。


「開けてもらおうか」 セレネが言った。 その声は静かだったが、怒っている時の静かさだった。


しばしの押し問答の末、扉は開かれた。


中にあったのは、備蓄庫ではなかった。


高級食材、香料、絹布、装飾品、そして本来なら公的流通に乗るはずの希少鉱材。

それらが「特別備蓄」の名目で横流しされ、

一部の上級管理官たちの私的蓄財に回されていたのである。


「うわ」 ダンが言った。

「分かりやすく悪いわね」 マリーが言った。

「ここだけ急に俗っぽい」 ハナが言った。


セレネは帳簿と現物を照合し、深く息を吐いた。


「確定です。不正流用、記録改ざん、権限濫用」

「きれいに揃ったな」 ニールが言った。

「揃わなくていいんすよ、こういうのは」


やがて騒ぎを聞きつけて、上位監察官と女王国側の監査官が駆けつけた。

蟻人女王国は秩序の国である。

だからこそ、内部の綻びには厳しかった。


事情が明らかになると、関係者はその場で拘束され、区画は封鎖された。

監査官たちは怒っていたが、その怒りは感情的というより、機構の乱れに対する冷徹な怒りだった。


「この国、怒り方まで整然としてるっす」 ダンが言った。

「そこ感心するところじゃないわ」 マリーが言った。


処理は早かった。

証拠保全、関係者隔離、流通経路の洗い直し、監督責任の確認。

あまりにも手際が良くて、一行の方が少し置いていかれるほどだった。


「印籠の出番、思ったより短かったっすね」 ダンが言った。

「その後の行政処理が本番だったな」 キールが言った。


夕方、地上へ戻ると、町は相変わらず整然としていた。

だが一行の気分は、クワガタ公爵領の時とは少し違っていた。


「今度はちゃんと出番があったわね」 マリーが言った。

「ありましたね」 セレネが言った。

「でも、ない方がよかったとも思う」 キールが静かに言った。


その言葉に、皆が少しだけ黙った。


腐敗が見つかった。

印籠は役に立った。

様式美も発動した。

けれど、それは誰かが公正を歪めていたという事でもある。


「まあ、それでも見つけられてよかったっす」 ダンが言った。

「放っておくよりはずっといい」 ハナが言った。


その夜、一行は宿の食堂で夕食を取った。

蟻人女王国の料理は、栄養効率を重視しているのか、

見た目は地味だが味はしっかりしていた。


「これ、うまいっす」 ダンが言った。

「豆と香草の煮込みね」 マリーが言った。

「保存性も高そう」 キールが分析した。

「副脳が喜びそうだからやめて」 セレネが言った。


少し笑いが起きた。


こうして、印籠旅は蟻人女王国で再出発した。

平和なだけでは終わらず、かといって大騒動になりすぎるでもなく、

ちゃんと悪いところを見つけて、ちゃんと正す。

たぶん、こういうのが本来の形なのだろう。


もっとも。


「次から毎回、ダンさん、キールさん、もういいでしょう、ってやるんすか?」

ダンが聞くと、


「様式美だから」 ニールが答え、


「空気で決めないでください」 セレネが即座に言い、


「でもちょっと格好よかったわよ」 マリーが笑ったので、


結局そのへんは、まだ曖昧なままだった。


印籠旅は続く。

様式美も、たぶん続く。

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