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見難い火傷の子  作者: 清風
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第一話 印籠旅のはじまりと、おにぎりの夕暮れ

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子483


第一話 印籠旅のはじまりと、おにぎりの夕暮れ


翌朝、印籠を得た爆炎一行は旅立った。


もっとも、最初はそんな大げさな人数ではなかったはずである。

出発の時点では、ひとまずダンとキールを連れて行く、くらいの話だった。


ところが、なぜかニールとマリーとポンが当然のように付いて来た。


「お約束だから」


と、ニールは言った。


「何のお約束っすか」 ダンが聞いた。


「こういうのは、だいたいそういうもの」 ニールは落ち着いた顔で答えた。


以来、彼は風車のニールと呼ばれる事になった。

なぜそう呼ばれるようになったのかは、

その場にいた全員がなんとなく分かったような顔をしていたが、説明できる者は誰もいなかった。


さらに秘書のセレネまで付いて来た。


「公爵家から印籠が渡された以上、最低限の記録係は必要です」


そう言って付いて来たのだが、出発して早々、彼女は眉間をつまんでいた。


理由は簡単である。


「ダンだんや」

「はい?」

「キールさんや」

「なんで僕だけちょっと丁寧なんですか」


呼び方の問題だった。


普段はダンだんや、キールさんや、といつもの調子で呼んでいる。

だが印籠を出す時だけは別だった。


「ダンさん、キールさん、もういいでしょう」


そう言ってから出すのが様式美らしい。


「誰が決めたんすか、その様式美」 ダンが言った。


「たぶん空気」 マリーが言った。


「空気で決まるものなんですか」 キールが言った。


「こういうのはだいたい空気で決まる」 ニールがうなずいた。


風車のニールは、そういう事をもっともらしく言うのが上手かった。


なお、マリーとハナはほとんどセットである。

なので当然のようにハナもいた。


「当然みたいに言われても、私は別に好きで付いて来たわけじゃないんだけど」

とハナは言ったが、誰も信じなかった。


さらにリョーカもみいもマザーも、

自分たちだけで面白いことをするのはずるいと言って割り込んできた。


「ずるい」 みいが言った。


「ずるいですね」 リョーカも言った。


「若い子たちだけで楽しそうなことをするのは感心しないねえ」 マザーまで言った。


「楽しそうなことをする予定だったんすか、これ」 ダンが言った。


「今のところ、腐敗を探しに行くだけだぞ」 リーダーが言った。


「字面だけは重いっすね」


こうして一行は、なし崩し的に大所帯となった。


旅立ったとはいえ、最初に向かった先は遠方ではない。

まずはクワガタ公爵領の中で、

印籠旅というものがどのように機能するのか試してみる事になったのである。


「まずは手近なところからだな」 リーダーが言った。


「何をするんすか」 ダンが聞いた。


「腐敗したところを探す」


簡潔だった。


「探し方が雑じゃないっすか」

「雑だね」

「雑ですね」

「雑ね」

「雑です」


ほぼ全員が同意したが、リーダーは気にしなかった。


「では、まずギルドだな」


そうして一行は冒険者ギルドへ向かった。


朝のギルドはすでに賑わっていた。

依頼掲示板の前には冒険者達が集まり、受付では職員が忙しそうに書類をさばいている。

そんな中、大所帯の一行がぞろぞろ入ってきたものだから、周囲の視線が自然と集まった。


「なんか目立ってるっす」 ダンが小声で言った。


「人数が多いから」 マリーが言った。


「あと、たぶん印籠旅っぽい空気が出てる」 ニールが言った。


「そんな空気あるんすか」


あるのかもしれない。

少なくともセレネは、すでに帰りたそうな顔をしていた。


やがてギルド長が奥から姿を見せた。

大柄で、いかにも現場上がりといった風格のある男である。

一行を見るなり、少しだけ眉をひそめた。


「なんだ、その人数は」


「旅です」 リーダーが答えた。


「見れば分かる。何の用だ」


リーダーは一歩前に出た。

そして、実に率直に聞いた。


「組織で腐敗したところはないか」


ギルド長は黙った。


ギルドの空気も止まった。

受付嬢の手も止まり、依頼書を見ていた冒険者達まで顔を上げた。


ダンは思った。

あ、これはまずい、と。


次の瞬間、ギルド長は見る見るうちにお怒りモードとなった。


「ないわ!」


怒声がギルド中に響いた。


「聞き方!」 ダンが叫んだ。


「いきなり何を聞いてるんですか!」 キールも叫んだ。


「普通はもうちょっと段階を踏むものよ!」 マリーが言った。


「段階を踏む前に終わった」 ニールが冷静に言った。


「冷静に分析してる場合じゃないっす!」


しかし時すでに遅しである。


「朝っぱらから縁起でもない事を言うな!うちは真面目にやっとるわ!」

ギルド長はそう言って、一行をまとめてギルドの外へ追い出した。


ばたん、と扉が閉まる。


一行はしばらく無言で立ち尽くした。


「追い出されたっすね」 ダンが言った。


「追い出されたな」 リーダーが言った。


「納得してる場合じゃないと思います」 セレネが眉間を押さえた。


「でも、ないって言ってた」 みいが言った。


「怒っていたけど、たぶん本当にないのだろうな」 キールが言った。


「怒り方に後ろ暗さがある感じじゃなかったものね」 ハナが言った。


「ただ単に失礼だっただけ」 マリーが結論づけた。


それはそうだった。


その後も一行は、行政を執る部署や町のあちこちを見て回った。

役所では書類の流れを確認し、通りでは商人や住民の話を聞き、見回りの騎士の様子も眺めた。


だが、腐敗したところは見当たらなかった。


役人は普通に働いていた。

商人は適正な税を払っていた。

騎士は横柄でもなく、町人に威張り散らす事もない。

市場に変な上納金の噂もなく、裏路地に怪しい取り立て屋がいるわけでもない。


「健全っすね……」 ダンが言った。


「健全だな」 リーダーが言った。


「良い事ですよ」 セレネが言った。


「印籠旅としては盛り上がりに欠けるけどね」 マリーが言った。


「盛り上がらない方がいいんじゃないかな」 キールが言った。


「それはそう」 ニールがうなずいた。


事件らしい事件もなかった。

喧嘩はあってもすぐ収まり、盗難騒ぎも犬がパンをくわえて逃げただけで、犯人は犬だった。

迷子の子供は五分で見つかり、落とし物の財布は中身までそのまま戻ってきた。


「平和っすね……」 ダンが二度目の感想を漏らした。


「平和だな」 リーダーも二度目の感想を返した。


こうして一日かけて確認した結果、クワガタ公爵領は実に健全な良い領地だという結論に達した。


つまり、印籠を使う場面がなかった。


「出番なしっす」 ダンが言った。


「様式美が死んだ」 ニールが言った。


「まだ始まったばかりでしょう」 セレネが言った。


「始まったばかりで終わった感じもあるわよ」 マリーが言った。


その日の夕暮れ、一行は橋のたもとに腰を下ろしていた。


川面は赤く染まり、町の屋根の向こうへ日が沈みかけている。

橋を渡る人々の足取りは穏やかで、遠くからは夕餉の支度をする匂いが流れてきた。


誰が用意したのか、おにぎりが配られた。


「うまいっす」 ダンが言った。


「うまいな」 リーダーも言った。


「具は何ですか」 キールが聞いた。


「鮭」 ポンが答えた。


「こっちは梅」 みいが言った。


「私は昆布だったよ」 マザーがのんびり言った。


セレネも一つ受け取り、小さく息をついてから口にした。


「……おいしいですね」


「何もなくてよかったな」 リーダーが言った。


その言葉に、少しだけ皆が黙った。


何もない。

腐敗もない。

事件もない。

印籠を出す相手もいない。


けれど、それは悪い事ではなかった。


「そうね」 マリーが言った。

「何もないなら、それが一番いいわ」


「印籠旅としては困るけど」 ハナが言った。


「旅としては平和で助かるっす」 ダンが言った。


「両立は難しい」 ニールが言った。


「風車のニールがそれっぽい事を言ってるっす」 ダンが言った。


「それっぽい事しか言ってないわね」 マリーが笑った。


橋の上を風が抜けた。

夕暮れの匂いと、川の涼しさが混じる。


クワガタ公爵領は、健全な良い領地だった。

だからこの日の印籠旅は、ただ平和を確認して、おにぎりを食べて終わった。


それでよかったのだと、たぶん誰もが思っていた。


もっとも。


「で、明日はどこへ行くんだ」 リーダーが次のおにぎりを手にしながら言うと、


「まだ続けるんすか!?」 とダンが叫び、


「印籠がある以上、旅は続くのでは」 とニールがもっともらしく言い、


「その理屈はおかしいです」 とセレネが即座に否定し、


「でもまあ、次は何かあるかもしれないじゃない」 とマリーが笑ったので、


結局、一行の旅はまだ終わらないらしかった。


夕暮れの橋のたもとで、おにぎりを食べながら。

そんなふうにして、印籠旅はゆるやかに始まったのである。

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