クワガタ公爵領の歓迎会が始まった
見難い火傷の子482
クワガタ公爵領の歓迎会が始まった
歓迎会が始まった
爆炎クランの帰還は、クワガタ公爵領にとって一つの事件だった。
人類未到とされた深淵ダンジョン第四階層へ踏み込み、そのまま何年も消息を絶っていた者たち。
死亡報告こそなかったが、それは生存の証ではない。報告を持ち帰る者がいなかっただけだ。
生還は絶望的――それが、公爵家も領民も共有していた現実だった。
しかも爆炎クランは、ただの有力クランではない。
かつて盗賊に襲われた姫を救い、その命を守った恩人たちであり、
公爵夫妻の結婚式にも列席した、家そのものに縁ある相手だった。
そんな彼らが、ある日突然帰ってきた。
深淵へ入ったあの日のまま、五歳児の姿で。
驚かない方がどうかしている。
そして、無事を喜ばない方がどうかしていた。
だからクワガタ公爵は、半ば勢いのまま言ったのである。
「歓迎会を開く」
その一言で、領主館はひっくり返った。
「歓迎会、でございますか!?」
執事長が目を見開き、侍女頭が手帳を取り落とし、近衛騎士隊長が「規模は!?」と叫んだ。
公爵は厳粛な顔でうなずいた。
「そうだ。爆炎クランの帰還を祝う。盛大にな」
「盛大に!?」
「当然だろう。死んだものと諦めていた恩人たちが帰ってきたのだぞ」
その言葉に、部屋の空気が一瞬だけ静まる。
誰も反論できなかった。
執事長が咳払いを一つして、すぐに実務の顔へ戻る。
「承知いたしました。晩餐形式、立食形式、舞踏会形式、いずれになさいますか」
「全部盛りは可能か」
「可能ではありますが、現場が死にます」
「では死なない範囲で最大限だ」
「一番難しい命令でございますな……」
そう言いながらも、執事長の目はすでに燃えていた。
領主館に仕える者として、主君の恩人を迎える場をしくじるわけにはいかない。
しかも相手は、姫の命の恩人であり、死地から帰還した伝説のクランだ。
使用人達の士気は、混乱と同時に妙な方向へ高まっていた。
一方その頃、当の爆炎クランは客間に通されていた。
「歓迎会っすか」
ダンが出された菓子をつまみながら、ぽかんとした顔で言う。
「歓迎されるのは分かるけど、帰ってきたその日にやるんすね」
「むしろその日にやるから意味があるんじゃない?」
マリーは窓の外を見ながら笑った。
「死んだと思ってた相手が帰ってきたんだもの。公爵家としては、すぐ形にしたいでしょ」
ルナは静かに紅茶を置いた。
「歓迎行事の即時実施は合理的です。
帰還事実の周知、領内士気の向上、公爵家と当クランの関係性再確認に寄与します」
「相変わらず分析が硬いっすね……」
リーダーは椅子に座ったまま、特に気負った様子もなく言った。
「飯が出るなら問題ない」
「そこなんすね」
ダンが即座に突っ込む。
だが実際、爆炎クランの面々は歓迎会そのものにそこまで緊張していなかった。
深淵ダンジョン第四階層から帰ってきた直後である。
公爵家の晩餐会など、危険度だけで言えばほぼゼロだ。
ただし、周囲の緊張は別だった。
歓迎会の準備は、領主館総動員で進められた。
大広間の燭台が磨かれ、長卓には白布がかけられ、銀器が並べられていく。
料理人達は「帰還祝いなら肉だ」
「いや魚も要る」
「子供の姿なら甘味も増やせ」と議論しながら、ものすごい勢いで仕込みを始めた。
楽師達も呼ばれ、花が運び込まれ、給仕達は動線確認に走り回る。
その合間にも、噂は領主館中を駆け巡っていた。
「本当に帰ってきたらしい」
「しかも五歳児の姿のままだとか」
「姫様の恩人だぞ」
「公爵閣下の結婚式にも出ていた方々だ」
「深淵第四階層から生還って何だ」
「そもそも生還できる場所だったのか」
「できなかったから騒いでるんだろうが」
誰もが落ち着かない。
だがその落ち着かなさは、不安だけではなかった。
長く沈んでいた喪失が、突然ひっくり返されたのだ。
戸惑いながらも、嬉しくないはずがない。
やがて夜。
大広間には、公爵家の関係者、重臣、騎士、領内有力者らが集められていた。
全員がどこかそわそわしている。
理由は簡単だ。今日の主役は、誰もが死んだと思っていた相手だからである。
扉が開いた。
爆炎クランが入場する。
その瞬間、大広間の空気が止まった。
知っていた者ほど、息を呑んだ。
顔は見覚えがある。
雰囲気も、立ち方も、目つきも、確かにあの爆炎クランだ。
だが小さい。
あまりにも小さい。
深淵へ向かったあの日のまま、五歳児の姿でそこにいる。
ざわめきが、波のように広がった。
「本当に……」
「生きて……」
「いや、だが……」
「どうなっている……」
そのざわめきを、公爵が一歩前に出ることで鎮めた。
クワガタ公爵は、正装のまま爆炎クランを見つめた。
その目には、領主としての威厳と、それを押し流しかねない個人的感情が同時に浮かんでいた。
「諸君」
低く、よく通る声が広間に響く。
「今宵ここに集まってもらったのは他でもない。
長らく深淵ダンジョン第四階層にて消息を絶ち、
もはや帰らぬものと諦められていた爆炎クランが――本日、我が領へ帰還したからだ」
広間が静まり返る。
「彼らは我が領の功労者であり、我が家の恩人でもある。
姫の命を救い、我らの門出にも立ち会ってくれた者たちだ」
公爵はそこで一度言葉を切った。
ほんのわずかに、声が揺れた。
「私は……もう二度と会えぬものと思っていた」
その一言は、演説ではなく本音だった。
広間の誰もが、それを理解した。
「ゆえに今宵は、理屈ではない。
帰還を祝い、無事を喜び、再会に杯を上げる夜とする」
公爵は杯を掲げた。
「爆炎クランの帰還に」
広間中が一斉に杯を上げる。
「「爆炎クランの帰還に!」」
歓声と拍手が、大広間を揺らした。
「うわ、すごいっすね……」
ダンが少し引き気味に言う。
マリーは楽しそうに笑った。
「そりゃそうでしょ。死んだと思ってた恩人が帰ってきたんだから」
ルナは周囲を観察しながら言う。
「歓迎度合いは高水準です。公爵家および領内上層部の感情的反応も確認できます」
「そういう言い方すると急に報告書っぽくなるっすね」
その時、広間の奥から姫が姿を見せた。
場の空気が少し変わる。
姫は爆炎クランを見つけると、一瞬だけ足を止めた。
その目が揺れる。
かつて盗賊に襲われ、恐怖に震えていた自分を救ってくれた恩人たち。
失ったと思っていた相手。
もう会えないと、どこかで諦めていた人たち。
それが今、目の前にいる。
「……おかえりなさいませ」
姫の声は、少し震えていた。
大広間が静まり返る。
リーダーは姫を見上げ、それからいつもの調子で答えた。
「ただいま」
そのあまりにも自然な返答に、姫はとうとう涙ぐんだ。
「本当に……本当に、よく……」
言葉にならない。
公爵夫人がそっと姫の肩に手を置く。
公爵は静かに目を閉じ、深く息を吐いた。
生きていた。
本当に、生きて帰ってきたのだ。
そこから歓迎会は一気に賑やかになった。
料理が運ばれ、楽師が奏で、重臣達が次々と挨拶に来る。
騎士達は遠巻きに爆炎クランを見ては「本物だ……」とささやき合い、
古くから知る者は懐かしさと困惑の入り混じった顔で杯を傾けた。
ダンは早々に料理へ向かい、
「うまっ!?公爵家の歓迎会、気合い入りすぎじゃないっすか!?」
と目を丸くし、
マリーはそんな様子を見て笑いながらワインを受け取り、
ルナは給仕から勧められた品を順に確認していた。
「この会は成功と判定します」
「まだ始まったばっかりっすよ」
リーダーはというと、すでに肉料理の前で止まっていた。
「これ、うまそうだな」
「そこだけは通常運転ね……」
マリーが呆れ半分に言う。
だが、その通常運転こそが、周囲にとっては救いでもあった。
深淵から帰ってきた伝説の生還者であっても、彼らは彼らのままだ。
それがどこか、皆を安心させた。
こうして、クワガタ公爵領の夜は更けていく。
死んだものと諦められていた者たちの帰還を祝う、前代未聞の歓迎会。
驚きと涙と笑いが入り混じるその場で、誰もが同じことを思っていた。
――奇跡のような夜だ、と。
もっとも、その奇跡の中心にいる爆炎クラン本人達は、
だいたい「飯がうまい」
「歓迎がすごい」
「なんか泣かれてる」くらいの温度感だったのだが。
それでも、歓迎会は確かに始まっていた。
失われたと思われた縁が、再びこの領地に結び直される夜として。
帰還した爆炎クランを見たクワガタ公爵が、王女救出から結婚式までを一瞬で思い出す場面
クワガタ公爵領の門前は、異様なざわめきに包まれていた。
見張りの兵が上ずった声で何かを叫び、詰所の者が飛び出し、
通りがかった領民達までが足を止めて空を見上げている。
その騒ぎを聞きつけて、クワガタ公爵もまた、
領主館のバルコニーへと足を運んだ。
「何事だ」
短く問うと、控えていた近習が緊張した面持ちで答える。
「はっ。門前上空に、正体不明の飛行船が――」
そこまで聞いたところで、公爵は目を細めた。
空に浮かぶ船影。
奇妙な形状。
この地方の常識から外れた、異質な飛行物。
兵達が警戒するのも無理はない。
だが公爵の胸に走ったのは、警戒よりも先に、説明のつかない既視感だった。
――まさか。
そんなはずはない。
あるはずがない。
あれはもう、何年も前に失われたはずのものだ。
深淵ダンジョン第四階層。
人類未到の領域。
そこへ踏み込み、そのまま帰らなかった者達。
死亡報告こそなかった。
だがそれは、生きている証ではない。
報告を持ち帰る者がいなかっただけだ。
生還は絶望的。
そう判断し、そう受け入れ、そう諦めるしかなかった。
それでも、公爵の目は空の船影から離れなかった。
「先触れは」
「ただいま確認中です」
「急がせろ」
命じた直後だった。
門前の兵達の動きが変わった。
張り詰めていた弓が下ろされ、代わりに慌ただしく整列が始まる。
警戒から歓迎へ。
その切り替わりを見た瞬間、公爵の胸が大きく脈打った。
やがて、門の向こうから一団が現れる。
先頭に立つ小さな影。
その後ろに続く、見覚えのある顔ぶれ。
だが小さい。
あまりにも小さい。
記憶の中の姿と同じ輪郭を持ちながら、まるで時だけがそこを通らなかったかのように、
五歳児の姿のままで歩いてくる。
公爵は息を呑んだ。
その瞬間、脳裏に過ったのは、深淵でも失踪報告でもなかった。
もっと前だ。
まだアン王女が王女であり、これからこの領地へ嫁いでくるはずの姫でしかなかった頃。
門前が今日とは別の意味で騒然としていた、あの日。
空から現れた異形の船。
海賊船かと兵達が弓を構え、先触れが必死に駆け込み、ようやく誤解が解けたあの時。
船から降りてきたアン王女が、少し疲れた顔で、それでも気丈に言ったのだ。
――途中、命が危ないところを助けて戴いた者達です。
その一言で、公爵の中の全てが変わった。
未来の公爵夫人。
この家へ迎えるはずの姫。
その命を救った者達。
公爵はあの日、驚きのあまり一瞬言葉を失い、それからすぐに相好を崩したのを覚えている。
――そんなことが有ったのですか、うちの嫁になる人の命の恩人とも成れば歓迎致しますぞ。
あれは本心だった。
社交辞令でも、領主としての体裁でもない。
心の底からの言葉だった。
そのまま始まった宴。
勢いのまま結婚式にまで雪崩れ込んだ、コオチウ人らしい騒がしさ。
笑い声。
祝福。
杯の音。
あの場に、確かに彼らはいた。
爆炎クラン。
アンを救い、この家の門出に立ち会ってくれた恩人達。
ただの客人ではない。
ただの有力冒険者でもない。
公爵家にとって、忘れようのない縁を持つ者達だった。
その彼らが、その後この領地の深淵ダンジョンへ入った。
ギルドで依頼を受け、あっという間に片付け、深淵の存在を聞くや当然のように挑み、そして――帰らなかった。
何年も。
何年も、何年もだ。
最初は待った。
次に、祈った。
それでも戻らず、やがて報告も途絶え、ついには誰も口にしなくなった。
公爵自身、表向きには可能性を捨てずとも、内心では諦めていた。
死んだものと。
あの宴の席にいた者達は、もう二度と会えないのだと。
だから今、門前を歩いてくる小さな姿を見ても、理性が現実として受け止めきれない。
「……まさか」
気づけば、公爵はそう呟いていた。
隣に控えていた近習が怪訝そうに顔を上げる。
だが公爵は答えない。
答えられなかった。
見間違えるはずがない。
あの立ち方。
あの空気。
あの、どこか場違いなほど自然体な雰囲気。
小さくなっているのではない。
違う。
あの日のままなのだ。
時間だけが、彼らを置いていったかのように。
やがて一行が近づき、門前の整列した兵達の間を進んでくる。
領民達のざわめきが波のように広がる。
「生きていたのか……」 「爆炎クラン……?」 「いや、だが、子供では……」 「本当に、あの……?」
その声の一つ一つが、公爵の胸の内をそのまま代弁していた。
そして、先頭の小さなリーダーが顔を上げる。
目が合った。
その瞬間、公爵の中で最後の疑いが消えた。
本物だ。
深淵に消えたはずの、アンの命の恩人。
自分達の結婚式に列席してくれた者達。
死んだものと諦めていた爆炎クランが、今、目の前にいる。
公爵は一歩、前へ出た。
本当なら領主として、もっと整った言葉を選ぶべきだったのだろう。
帰還を歓迎する文句も、確認すべきことも、山ほどある。
だが、口をついて出たのは、そんなものではなかった。
「……生きて、いたのか」
それは領主の言葉ではなく、一人の人間の声だった。
リーダーは公爵を見上げ、いつもの調子で答える。
「帰ってきた」
あまりにも簡潔で、あまりにも彼らしい返答だった。
その一言で、公爵の胸に押し込めていたものが一気に溢れそうになる。
安堵。
驚愕。
困惑。
喜び。
そして、失ったと思っていたものが戻ってきたことへの、どうしようもない感情。
公爵はわずかに目を伏せ、深く息を吐いた。
声が震えぬようにするだけで精一杯だった。
「……よく、戻ってきてくれた」
その言葉に、周囲の空気が変わる。
兵達も、近習も、領民達も、ようやく理解したのだ。
これはただの来訪者ではない。
公爵が本当に失ったと思っていた相手なのだと。
公爵は顔を上げ、今度こそ領主としての声を取り戻した。
「爆炎クランを領主館へ。最上級の客として迎えよ」
近習がはっとして頭を下げる。
「はっ!」
「歓迎会の準備を急がせろ。盛大にな」
「かしこまりました!」
命令が飛び、門前が一気に動き出す。
だがその喧騒の中でも、公爵の視線はなお爆炎クランから離れなかった。
アンを救った日。
結婚式の夜。
深淵へ向かった背中。
そして、帰らなかった年月。
その全てが、今この瞬間に繋がっている。
死んだものと諦めていた。
それでも忘れられなかった。
だからこそ、帰ってきた彼らを前にして、公爵はようやく実感する。
奇跡とは、こういう形で目の前に現れるのだと。
そしてクワガタ公爵領では、その奇跡を迎えるための歓迎会が、
慌ただしく、しかしこれ以上なく本気で始まろうとしていた。
クワガタ公爵から印籠をもらう
歓迎会の熱気がようやく落ち着きを見せ始めた頃だった。
大広間ではまだ楽師が静かな曲を奏で、給仕達が空いた皿を下げ、
遅れてきた者達が爆炎クランの帰還を半ば信じられない顔で眺めている。
だが、宴の中心にいたクワガタ公爵は、ふと表情を改めた。
「爆炎クランの諸君」
その声に、広間の空気が少し締まる。
公爵がただの歓談ではない調子で呼びかけたのだ。
自然と周囲の視線が集まった。
リーダーが肉料理から顔を上げる。
「なんだ」
「少し、こちらへ」
公爵はそう言って、広間の一段高い場所へと爆炎クランを招いた。
ダンが「なんか始まるっすね」と小声で言い、
マリーは面白そうに目を細め、ルナは無言で状況観察に入る。
爆炎クランが前へ出ると、公爵はしばし彼らを見つめた。
その目には、領主としての威厳と、恩人を前にした個人的な感情が同時に宿っている。
「諸君らには、いくら礼を尽くしても足りぬ」
静かな声だった。
だが広間の隅々までよく通った。
「かつてアンを救ってくれたこと。私の家の門出に立ち会ってくれたこと。
そして何より、死地より生還し、再びこの地へ戻ってきてくれたこと。
その全てに、私は感謝している」
公爵はそこで一度言葉を切る。
そして執事長へ目配せした。
執事長が恭しく一歩進み、両手で小さな箱を捧げ持ってくる。
黒漆に金の意匠が施された、重みのある箱だった。
ただの贈答品ではないと、誰の目にも分かる。
広間がざわめく。
「まさか……」
「公爵閣下、あれを……?」
「いや、しかし……」
重臣達の反応に、事情を知らぬ者達まで息を呑んだ。
公爵は箱を受け取り、自ら蓋を開いた。
中に収められていたのは、一つの印籠だった。
深い色合いの本体に、クワガタ公爵家の紋が精緻に刻まれている。
派手ではない。
だが一目で分かる。
これは装飾品ではない。
権威と身分を示す、公爵家の正式な証だ。
ダンが思わず目を丸くする。
「い、印籠っすか」
マリーもさすがに少し驚いた顔をした。
「へえ……そこまで出すの」
ルナは即座に分析する。
「高位身分証明具、あるいは代理権限付与物品の可能性があります」
「言い方が硬いっす」
公爵はそんなやり取りを聞きながら、静かに言った。
「これは、我がクワガタ公爵家の印籠だ」
広間が完全に静まり返る。
「本来、軽々しく他者へ渡すものではない。
だが諸君は、もはや単なる客人ではない。
我が家の恩人であり、この領地にとっても特別な存在だ」
公爵はリーダーの前まで歩み寄った。
「これを示す者は、私の名において最大限の便宜を受けられる。
少なくともこの領内において、無用な妨げを受けることはないだろう」
ざわ、と広間が揺れる。
それがどれほど重い意味を持つか、理解できる者ほど顔色を変えていた。
つまりそれは、単なる記念品ではない。
公爵家が爆炎クランを公に認め、保護し、必要に応じて自らの権威を貸すという宣言に等しい。
公爵はさらに続けた。
「もちろん、これを振りかざして好き勝手をしろという意味ではない。
諸君ならば、そのような使い方はせぬと分かっている。
だからこそ渡せる」
リーダーは差し出された印籠を見た。
少しだけ考え、それから受け取る。
「もらっていいのか」
「受け取ってほしい」
「分かった」
あまりにもあっさりした受け答えに、周囲が少しざわつく。
もっとこう、格式ばったやり取りを想像していた者が多かったのだろう。
だが公爵はむしろ、わずかに口元を緩めた。
「うむ。それでいい」
リーダーは手の中の印籠を眺めた。
「これを見せればいいんだな」
「そうだ」
「便利そうだな」
「……まあ、そういう理解でも大きくは間違っておらぬ」
公爵が少しだけ遠い目をした。
ダンが慌てて口を挟む。
「り、リーダー、それたぶんすごく重い物っすよ!?」
「重いのか?」
「物理的な話じゃないっす!」
広間のあちこちで、こらえきれない笑いが漏れた。
張り詰めていた空気が少し和らぐ。
マリーが肩をすくめる。
「でもまあ、間違ってないわよね。便利なものではあるわ」
「否定できません」
ルナも淡々とうなずいた。
「公爵権限の一部を携行可能な形で可視化した認証媒体と解釈できます」
「だから言い方っすよ」
公爵は小さく咳払いし、改めて広間全体へ向き直った。
「ここに示す。爆炎クランは、我がクワガタ公爵家の正式な恩人である。
この印籠はその証だ。
以後、この領内において彼らへ無礼を働くことは、私に対する無礼と心得よ」
その宣言は重かった。
重臣達は一斉に頭を垂れ、騎士達は姿勢を正し、給仕達ですら緊張した面持ちになる。
「「はっ!」」
声が揃う。
その様子を見て、ダンがひそひそと呟いた。
「やっぱりとんでもない物っすよね、これ……」
「そうね」
マリーは笑う。
「でも、もらえる時にもらっておくのが正解でしょ」
リーダーは印籠を見下ろしながら、いつもの調子で言った。
「なくさないようにしないとな」
「そこ!?」
ダンが即座に突っ込む。
公爵はとうとう苦笑した。
死地から帰ってきても、領地中を騒がせても、こういうところは変わらない。
その変わらなさが、どこか嬉しかった。
そしてその時、アン――今や公爵夫人となった彼女が、静かに口を開いた。
「それでよろしいのです」
皆の視線が向く。
公爵夫人は、爆炎クランを見つめて柔らかく微笑んだ。
「その印籠は、畏まって飾っておくためのものではありません。
あなた方が必要な時に使い、困った時に頼れるようにと、お渡しするものです。
そうでなければ意味がありませんもの」
その言葉に、公爵もうなずく。
「うむ。アンの言う通りだ」
リーダーは公爵夫人を見上げ、それから印籠をしまった。
「分かった。使う時は使う」
「それでよい」
公爵は深くうなずいた。
こうして爆炎クランは、クワガタ公爵家から正式に印籠を授かった。
それは恩義の証であり、信頼の証であり、
そしてこの領地において彼らが特別な存在であることを公に示す証でもあった。
もっとも、その直後にダンが小声で、
「これ、絶対あとで“そんな大事な物を雑にしまうな”って怒られるやつっす……」
と呟き、
マリーが「たぶん怒られるわね」と笑い、
ルナが「保管担当を設定します」と真顔で言ったせいで、せっかくの厳かな空気が少しだけ崩れたのだが。
それでも公爵は咎めなかった。
むしろ、その賑やかさこそが、失われたと思っていた縁が本当に戻ってきた証のように思えたからだ。
爆炎パーティがなぜ爆炎クランに成っていたのか。誰も突っ込まなかった。
メンバー異常に増えている事に誰も突っ込まなかった。
匠ーに秘書のようにそばに付き従うものが居ることに誰も突っ込まなかった。
突っ込んだら負けとと思っている節さえあった。
一方、印籠をもてあそびニヤニヤしている匠ーにぶるりと震える秘書であった。




