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見難い火傷の子  作者: 清風
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475/509

マケドニア禍 第三話 研究所、本気を示す

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子475


マケドニア禍 第三話 研究所、本気を示す


深淵ダンジョン第十六エリア/第四紀完新世層

青銅の時代

この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。


《ソラ》の研究棟は、普段あまり音を立てない。


船内のどこよりも静かで、どこよりも温度が一定で、

どこよりも“まだ外へ出していないもの”が多い場所だ。

ノクス隊が運用し、必要な資材は無限倉庫から引き出され、試験記録はセドリックが整理する。

ルナ隊ですら、ここでは足音を少しだけ軽くする。


その研究棟の封鎖が、今夜、段階的に解除された。


《ソラ》はすでに爆炎ハウス前庭上空で浮上待機に入っている。

発着場の誘導灯が青から白へ切り替わり、甲板上ではノクス隊が搬入動線を確保し、

ルナ隊が装備箱を並べ、コレット隊が長時間運用向けの携行食を積み込んでいた。

オートメガネウラ隊は上空監視を継続し、

ワイバーン隊は潜入班と帰投班を分けて情報を回している。


その全てと並行して、研究棟の奥で、別の準備が進んでいた。


「封鎖区画、第一層解除」

セドリックの声が研究棟内に響く。

「試験運用記録、最新化完了。安全柵、開放します」


重い音はしない。

この研究棟の扉は、威圧のためではなく、事故を防ぐために作られている。

静かに、しかし確実に、隔壁が左右へ退いた。


匠一はその前に立っていた。

背後にはノクス、少し離れてマリー、ニール、ユキ、ポン。

研究棟に関わりの深い面子が集められている。

ダンたち前線組は別系統で出撃準備を進めていたが、ここだけは匠一が自分で見る必要があった。


隔壁の向こうには、整然と並ぶ待機架がある。

その一つ一つに、まだ名前より型番で呼ばれる時間の長かった試験戦力が眠っていた。


マリーが小さく息を吐く。

「本当に出すのね」


「必要なら出す」

匠一は言った。

「そのために作った」


ノクスが補足する。

「現時点では実戦投入承認前段階です。最終判断は、敵進路と接触規模の確定後に」


「でも、もう“出せる状態”にはする」

ユキが低く言う。

「そういうことだよね」


「そう」

匠一はうなずいた。

「間に合わないのが一番悪い」


研究棟の照明が一段明るくなる。

待機架の輪郭が、白い光の中に浮かび上がった。


最初に見えるのは、細長い翅の影だった。


「オートメガネウラ隊、追加待機群」

セドリックが記録板を見ながら読み上げる。

「広域監視、追尾、境界哨戒、伝令補助。現行運用群に加え、予備群四機を起動可能」


匠一は一瞥だけして先へ進む。

メガネウラはすでに空に上がっている。今夜ここで本当に見るべきは、その先だ。


次の待機架には、低く長い影が並んでいた。

節の多い装甲。地を這うために最適化された重心。

重量物搬送と悪路踏破を前提にした、鈍く強い形。


「オートアースロプレウラ隊、増強運用案」

ノクスが言う。

「現行四機に加え、試験機二機を工兵支援仕様で起動可能。

掘削、障害物除去、足場運搬、門前陣地構築に適性あり」


ニールが口元を上げる。

「門で止めるなら、こいつらは欲しいな」


「欲しいじゃない。要る」

匠一は即答した。

「ラスボラスゲートを使うなら、地形をこちらの味方にする必要がある」


ポンが待機架の脚部を見上げる。

「相変わらず、見た目が“通りたくない道を作る専門家”って感じ」


「間違ってない」

ユキが言った。


さらに奥へ進む。

そこから先は、普段なら簡単に人へ見せない区画だ。


研究棟第二層。

試験戦力保留区画。


セドリックが一瞬だけ匠一を見る。

「ここから先は、最終確認が必要です」


「開けろ」

匠一は言った。


隔壁が開く。

冷えた空気が流れ出る。

そこにいたのは、“生活補助の延長”では説明できないものたちだった。


最初の一群は、薄く、広く、静かだった。

翅でも脚でもなく、面で空気を切るような輪郭。

待機架に収まっていても、どこか“飛ぶために考えられた”形をしている。


「オートプロトファスマ」

マリーが名前を口にする。

研究棟の中では何度も見た名だが、今夜は響きが違った。


セドリックが説明を続ける。

「分類、試験運用中空中制圧・攪乱支援機。

高機動、低騒音、群体連携前提。

主用途は上空攪乱、視界分断、進路撹拌、軽装兵散開誘導」


ニールが眉を上げる。

「嫌な兵器だな」


「嫌がらせのために作った」

匠一は言った。

「速い相手に、気持ちよく走らせないための機体だ」


その言い方に、ポンがくつくつ笑う。

「うわ、性格が出てる」


だが、誰も否定しなかった。

マケドニア型の侵攻に対して必要なのは、正々堂々とした一騎打ちではない。

速さを削り、視界を乱し、隊列を崩し、進軍を気持ち悪くすることだ。

オートプロトファスマは、その思想をそのまま形にしたような存在だった。


さらに奥。

最後の待機架の前で、空気が変わる。


そこにあるのは、明らかに“補助”ではない。

低く構えた多脚。

厚い外殻。

静かに閉じた尾部。

待機状態のままでも、近づく者に本能的な警戒を強いる形。


ユキが小さく言う。

「……オートプルモノスコルピウス」


研究棟の照明が、その外殻の縁を鈍く光らせる。

試験記録上では、まだ保留戦力。

だが、保留であることと、使えないことは違う。


ノクスが淡々と読み上げる。

「分類、重装制圧・拠点防衛試験機。

高耐久、対突撃迎撃、局地制圧、門前固定火力支援を想定。

現時点での問題点は、運用コスト、継戦時の魔力消費、狭所での味方動線圧迫」


ダンがここにいれば、たぶん一目で気に入っただろう。

そう思わせるだけの“止めるための形”をしていた。


マリーが腕を組む。

「これを出すなら、もう研究所は隠す気がないわね」


「隠して守れる段階なら、まだ隠す」

匠一は答えた。

「でも今回は違う」


彼は待機架の前に立ち、オートプルモノスコルピウスの外殻を見上げた。

作った時から、使う時はろくでもない状況だとわかっていた。

だからこそ、今ここにある。


「研究所は何のためにある」

匠一が言う。


誰に向けた問いでもない。

だが、全員が聞いていた。


「平時に遊ぶためじゃない」

彼は続ける。

「間に合わないを減らすためだ。

持ち帰れないを減らすためだ。

止められないを減らすためだ」


ノクスが静かにうなずく。

セドリックはその言葉を記録板に残した。


ポンが尻尾を揺らす。

「つまり、研究所も総力戦に入るってことだね」


「入る」

匠一は言った。

「前線だけで足りる相手じゃない」


その時、研究棟の外から短い通信音が入る。

セドリックが受信し、即座に内容を読む。


「ワイバーン隊帰投班より追加報告。

敵先遣、街道外縁へ広がりあり。

退避民流入増加。

補給車列の後続確認。

進軍速度、依然高水準」


ニールが舌打ちする。

「やっぱり軽くない」


「だから研究所を開けた」

匠一は言った。

「軽い相手なら、ここまでしない」


マリーがオートプロトファスマの待機架を見上げる。

「投入順は?」


「まずメガネウラ予備群を上げる」

匠一は即答した。

「次にアースロプレウラ試験機を工兵支援へ。

門前構築を急がせる。

プロトファスマは接触規模確定後、攪乱投入。

プルモノスコルピウスは最後まで保留、ただし即応待機」


ノクスが確認する。

「実戦投入承認条件は」


「敵本隊の厚みが予測上限を超えた時。

あるいは、ラスボラスゲート正面で突破圧が想定を上回った時」

匠一は一拍置いた。

「その時は迷わず切る」


研究棟の空気が、静かに張る。

それは恐怖ではない。

本気を出す時の静けさだった。


ユキが低く笑う。

「研究所、本気だね」


「最初から本気だ」

匠一は言った。

「ただ、外に出してなかっただけだ」


その言葉は、研究棟そのものの性格をよく表していた。

ここは夢の工房ではない。

必要になった時、必要なものを間に合わせるための場所だ。

だから、必要になれば出す。

それだけの話だった。


セドリックが新しい指示板を開く。

「研究棟運用、戦時第一段階へ移行。

試験戦力、即応待機。

搬出動線、甲板直結に切り替えます」


ノクスが続ける。

「ルナ隊へ通達。試験機搬出時の護衛配置を増強。

コレット隊へ通達。

長時間運用班向け補給食を追加。

アースロプレウラ試験機用の整備資材を前倒し搬入」


指示が飛ぶたび、研究棟の奥で静かな起動音が増えていく。

待機架の固定具が外れ、魔力導線が温まり、

封印されていた機体が“使われる側”へ移っていく。


匠一はその音を聞きながら、最後に一度だけ全体を見渡した。


オートメガネウラ。

オートアースロプレウラ。

オートプロトファスマ。

オートプルモノスコルピウス。


空を見張るもの。

地を運ぶもの。

速さを乱すもの。

門前で止めるもの。


全部、今回のためだけに作ったわけではない。

だが、今回のような時に使えなければ、作った意味がない。


「行くぞ」

匠一が言った。


研究棟の全員が顔を上げる。


「研究所も前線だ」

その一言で十分だった。


隔壁の向こう、甲板側の搬出路が開く。

《ソラ》の内部と研究棟が一本の動線でつながる。

生活拠点、母艦、研究設備、情報網。

《爆炎》の持つ全てが、今夜、ひとつの戦時運用へ収束していく。


後にマケドニア禍と呼ばれる災厄に対し、この夜、《ソラ》研究棟はついに沈黙をやめた。

そして《爆炎》は、前線だけでなく研究所まで含めて、本気を示した。

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