マケドニア禍 第四話 ラスボラスゲート防衛戦
見難い火傷の子476
マケドニア禍 第四話 ラスボラスゲート防衛戦
深淵ダンジョン第十六エリア/第四紀完新世層
青銅の時代
この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。
ラスボラスゲートは、もともと英雄譚の舞台になるような門ではなかった。
古く、厚く、実用一点張り。
街道と街道の継ぎ目に据えられた、通すためではなく、通しすぎないための構造物。
平時には物流の喉であり、戦時には地形そのものの意思になる。
匠一がこの門を第一候補に挙げた理由は、単純だった。
ここなら、速い相手を遅くできる。
夜明け前、門前にはすでに《爆炎》の手が入っていた。
オートアースロプレウラ隊が地面を踏み固め、足場材を運び、障害物を並べ替える。
試験機二機も投入され、門前左右の地形は半日で別物になっていた。
通れる幅は絞られ、走り抜けやすい平地は削られ、逆に踏み込めば速度が死ぬ帯が作られている。
ノクス隊は結界杭の設置と補助導線の敷設を進め、ルナ隊は外縁警戒と先行排除、
コレット隊は後方で携行食と温食の供給を回していた。
《ソラ》は門の後背上空に位置を取り、母艦として全系統をつないでいる。
そして空には、すでに二重の目があった。
高く、オートメガネウラ隊。
低く、ワイバーン隊。
夜明けの薄明の中、最初の報告が落ちてくる。
『先遣、視認』
セドリックの記録板に、メガネウラ隊からの伝令が走る。
『街道正面。幅広め。散開傾向あり』
続いて、別系統。
ワイバーン隊帰投班の声だ。
『人化潜入班より。敵、門の存在を把握済み。正面圧迫と外縁探りを並行。軽騎兵、左右へ振る動きあり』
匠一は門上の仮設指揮所でそれを聞いていた。
背丈に合わせて組まれた踏み台の上に立ち、地図ではなく、実際の地形を見ている。隣にはダン、少し後ろにキール、マリー、ハナ、ニール。ノクスは通信と運用統括、セドリックは記録と伝令整理。
全員が、もう“始まる前”の顔ではなかった。
「来るな」
ダンが低く言う。
「来る」
匠一は答えた。
「しかも、ちゃんと嫌な来方をする」
キールが遠眼鏡を下ろす。
「正面だけじゃない。左右の探りが早い」
「門を見た瞬間に、門だけを殴る相手じゃないってことだ」
ニールが笑う。
「賢いね。嫌になるくらい」
匠一は短く指示を出す。
「メガネウラ隊、外縁監視を厚く。ワイバーン隊は左右の探りを追え。
深追いするな。位置だけ取れ」
ノクスが即座に中継する。
空の監視網が、門前だけでなく、その左右へも広がっていく。
やがて、地平の向こうに砂煙が立った。
一本ではない。複数。
先遣の幅が、そのまま敵の性格を語っている。
速い。広い。止まる気がない。
ラスボラスゲートの前に立つ者たちは、その砂煙を見て、ようやく実感する。
これはただの“来襲”ではない。
押し流すための侵攻だ。
最初の接触は、矢より先に音で来た。
蹄だ。
乾いた地面を叩く連続音が、門前の空気を震わせる。
続いて、遠距離からの試し射ち。門上の石に矢が当たり、乾いた破片が散る。
「始まった」
マリーが言う。
「いや」
匠一は首を振った。
「もう始まってた。今、見える形になっただけだ」
その言葉の直後、キールが最初の矢を放つ。
門前へ出すぎた軽騎兵の一騎が、馬上で崩れた。
それを合図にしたように、戦場が一気に開く。
敵先遣は正面へ圧をかけながら、左右へ散る。
門を殴るだけではなく、通れる場所を探している。
だが、そこに待っていたのは、平地のままの門前ではなかった。
オートアースロプレウラ隊が一晩で作り替えた地形が、騎兵の足を殺す。
踏み込めば沈む。避ければ狭まる。速度を保とうとすれば隊列が乱れる。
その乱れを、キールの矢とマリーの魔法が拾う。
マリーが短く詠唱し、門前左側の地面に熱を走らせる。
乾いた土が一瞬で脆くなり、踏み込んだ馬脚が崩れた。
そこへキールの二射目。
落馬した兵が立ち上がる前に、ルナ隊のシルヴァが外縁から滑り込み、喉元を断って戻る。
「左、探り一群潰れた」
セドリックが記録する。
「右はまだ来る」
ニールが言った。
その視線の先、門前右側の障害帯を縫うように、別の軽騎兵群が走っている。
「ポン」
匠一が呼ぶ。
「はいはい」
ポンは尻尾を揺らし、前へ出た。
小さな手が空を切る。
次の瞬間、右側の障害帯の向こうに、実際にはない影が増える。
柵があるように見え、穴があるように見え、逆に通れるようにも見える。
幻術は敵を止めるためではなく、判断を遅らせるために使われた。
速い相手にとって、一瞬の迷いは致命的だ。
右の軽騎兵群がわずかに散る。
その隙を、門上からの射撃が貫いた。
ダンはまだ前へ出ていない。
盾を構えたまま、門の中央で待っている。
彼の役目は、最初の波ではない。
抜けてきたものを止めることだ。
敵もそれを理解しているのか、正面圧が一段強まる。
試しではない。
門そのものの強度と、防衛側の反応速度を測りに来ている。
「来るぞ」
ダンが言う。
「来させろ」
匠一は答えた。
「ただし、気持ちよくは来させるな」
その言葉と同時に、上空で羽音が増えた。
オートメガネウラ隊ではない。
研究棟から解放された、別の群れだ。
オートプロトファスマ。
薄く、広く、静かな機体群が、門前上空へ滑り込む。
敵騎兵の頭上をかすめ、視界を切り、進路の先へ影を落とす。
直接叩き落とすためではない。
隊列を乱し、視認を削り、突撃の気持ちよさを壊すための投入だった。
敵の先頭列が、目に見えて嫌そうな動きをした。
馬が嫌がる。兵が顔を上げる。槍先がぶれる。
その一瞬を、マリーが逃さない。
「焼けて」
短い言葉とともに、門前中央へ熱線が走る。
真正面から突っ込んできた一群の前列が崩れ、後続がそれに乗り上げる。
速度が死ぬ。
そこへ、キールの矢。ルナ隊の強襲。門上からの投擲。
《爆炎》は、敵の“速さが死んだ瞬間”だけを狙って噛みついていた。
それでも、相手は弱くない。
むしろ強い。
左右へ振り、正面を測り、崩れた列をすぐ後ろが埋める。
軽騎兵だけではない。後ろには、もっと重い圧がある。
ワイバーン隊から新しい報告が入る。
『後続確認。厚いです。正面圧、まだ上がります』
セドリックが顔を上げる。
「本隊、軽くありません」
「知ってる」
匠一は言った。
「だからここで止める」
その時、門前左側で大きな衝撃音が響いた。
敵の一群が障害帯を半ば強引に踏み越え、狭い通路へねじ込んできたのだ。
完全には止めきれない。
だからこそ、ダンが前へ出る。
盾が鳴る。
正面からぶつかった騎兵の勢いを、ダンは一歩で受け止めた。
止めるというより、ここから先へ行かせないという立ち方だった。
馬が悲鳴を上げ、兵が体勢を崩す。
その横からニールが滑り込み、足を払う。
さらにクロの暗器が飛び、ユキの冷気が地面を噛ませる。
門前は、もはや広い戦場ではなかった。
狭く、悪く、通りにくい殺し場になっている。
「左、押し返した」
セドリック。
「右、まだ探る」
ノクス。
「探らせろ」
匠一。
「探ってる間は、抜けてない」
その判断は正しかった。
敵は速い。だが、速い相手ほど、通れる道が見えない時間に弱い。
ラスボラスゲート防衛戦の本質は、敵を全滅させることではない。
通れない時間を積み上げることだ。
上空ではオートプロトファスマがなおも旋回し、視界を切り続ける。
高空ではオートメガネウラ隊が後続の厚みを測り、低空ではワイバーン隊が左右の抜け道を追う。
地上ではアースロプレウラ隊が崩れた障害帯を即座に補修し、
ノクス隊が結界導線を維持し、ルナ隊が外縁の危険点を潰して回る。
《爆炎》の全系統が、門という一点に収束していた。
そして、その一点の中心で、匠一はずっと同じものを見ていた。
敵兵ではない。
侵攻の形だ。
「正面圧、次で変わる」
彼が言う。
ダンが盾越しに笑う。
「重いのが来るか」
「来る」
匠一はうなずいた。
「軽い探りは終わりだ。ここからが本番」
夜明けの光が、ようやく門の上端を照らし始める。
その光の中で、地平の向こうの砂煙は、まだ減っていなかった。
ラスボラスゲート防衛戦。
それは、門を守る戦いではない。
侵攻を門で殺す戦いだった。
そして《爆炎》は、この時点でまだ、切っていない札をいくつも残していた。
研究所が本気を示したのは昨夜。
ならば今朝は、その本気が戦場でどこまで通じるかを証明する番だった。




