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見難い火傷の子  作者: 清風
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476/509

マケドニア禍 第四話 ラスボラスゲート防衛戦

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子476


マケドニア禍 第四話 ラスボラスゲート防衛戦


深淵ダンジョン第十六エリア/第四紀完新世層

青銅の時代

この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。


ラスボラスゲートは、もともと英雄譚の舞台になるような門ではなかった。


古く、厚く、実用一点張り。

街道と街道の継ぎ目に据えられた、通すためではなく、通しすぎないための構造物。

平時には物流の喉であり、戦時には地形そのものの意思になる。

匠一がこの門を第一候補に挙げた理由は、単純だった。

ここなら、速い相手を遅くできる。


夜明け前、門前にはすでに《爆炎》の手が入っていた。


オートアースロプレウラ隊が地面を踏み固め、足場材を運び、障害物を並べ替える。

試験機二機も投入され、門前左右の地形は半日で別物になっていた。

通れる幅は絞られ、走り抜けやすい平地は削られ、逆に踏み込めば速度が死ぬ帯が作られている。

ノクス隊は結界杭の設置と補助導線の敷設を進め、ルナ隊は外縁警戒と先行排除、

コレット隊は後方で携行食と温食の供給を回していた。

《ソラ》は門の後背上空に位置を取り、母艦として全系統をつないでいる。


そして空には、すでに二重の目があった。

高く、オートメガネウラ隊。

低く、ワイバーン隊。


夜明けの薄明の中、最初の報告が落ちてくる。


『先遣、視認』

セドリックの記録板に、メガネウラ隊からの伝令が走る。

『街道正面。幅広め。散開傾向あり』


続いて、別系統。

ワイバーン隊帰投班の声だ。


『人化潜入班より。敵、門の存在を把握済み。正面圧迫と外縁探りを並行。軽騎兵、左右へ振る動きあり』


匠一は門上の仮設指揮所でそれを聞いていた。

背丈に合わせて組まれた踏み台の上に立ち、地図ではなく、実際の地形を見ている。隣にはダン、少し後ろにキール、マリー、ハナ、ニール。ノクスは通信と運用統括、セドリックは記録と伝令整理。

全員が、もう“始まる前”の顔ではなかった。


「来るな」

ダンが低く言う。


「来る」

匠一は答えた。

「しかも、ちゃんと嫌な来方をする」


キールが遠眼鏡を下ろす。

「正面だけじゃない。左右の探りが早い」


「門を見た瞬間に、門だけを殴る相手じゃないってことだ」

ニールが笑う。

「賢いね。嫌になるくらい」


匠一は短く指示を出す。

「メガネウラ隊、外縁監視を厚く。ワイバーン隊は左右の探りを追え。

深追いするな。位置だけ取れ」


ノクスが即座に中継する。

空の監視網が、門前だけでなく、その左右へも広がっていく。


やがて、地平の向こうに砂煙が立った。

一本ではない。複数。

先遣の幅が、そのまま敵の性格を語っている。

速い。広い。止まる気がない。


ラスボラスゲートの前に立つ者たちは、その砂煙を見て、ようやく実感する。

これはただの“来襲”ではない。

押し流すための侵攻だ。


最初の接触は、矢より先に音で来た。

蹄だ。

乾いた地面を叩く連続音が、門前の空気を震わせる。

続いて、遠距離からの試し射ち。門上の石に矢が当たり、乾いた破片が散る。


「始まった」

マリーが言う。


「いや」

匠一は首を振った。

「もう始まってた。今、見える形になっただけだ」


その言葉の直後、キールが最初の矢を放つ。

門前へ出すぎた軽騎兵の一騎が、馬上で崩れた。

それを合図にしたように、戦場が一気に開く。


敵先遣は正面へ圧をかけながら、左右へ散る。

門を殴るだけではなく、通れる場所を探している。

だが、そこに待っていたのは、平地のままの門前ではなかった。


オートアースロプレウラ隊が一晩で作り替えた地形が、騎兵の足を殺す。

踏み込めば沈む。避ければ狭まる。速度を保とうとすれば隊列が乱れる。

その乱れを、キールの矢とマリーの魔法が拾う。


マリーが短く詠唱し、門前左側の地面に熱を走らせる。

乾いた土が一瞬で脆くなり、踏み込んだ馬脚が崩れた。

そこへキールの二射目。

落馬した兵が立ち上がる前に、ルナ隊のシルヴァが外縁から滑り込み、喉元を断って戻る。


「左、探り一群潰れた」

セドリックが記録する。


「右はまだ来る」

ニールが言った。

その視線の先、門前右側の障害帯を縫うように、別の軽騎兵群が走っている。


「ポン」

匠一が呼ぶ。


「はいはい」

ポンは尻尾を揺らし、前へ出た。

小さな手が空を切る。

次の瞬間、右側の障害帯の向こうに、実際にはない影が増える。

柵があるように見え、穴があるように見え、逆に通れるようにも見える。

幻術は敵を止めるためではなく、判断を遅らせるために使われた。


速い相手にとって、一瞬の迷いは致命的だ。


右の軽騎兵群がわずかに散る。

その隙を、門上からの射撃が貫いた。


ダンはまだ前へ出ていない。

盾を構えたまま、門の中央で待っている。

彼の役目は、最初の波ではない。

抜けてきたものを止めることだ。


敵もそれを理解しているのか、正面圧が一段強まる。

試しではない。

門そのものの強度と、防衛側の反応速度を測りに来ている。


「来るぞ」

ダンが言う。


「来させろ」

匠一は答えた。

「ただし、気持ちよくは来させるな」


その言葉と同時に、上空で羽音が増えた。

オートメガネウラ隊ではない。

研究棟から解放された、別の群れだ。


オートプロトファスマ。


薄く、広く、静かな機体群が、門前上空へ滑り込む。

敵騎兵の頭上をかすめ、視界を切り、進路の先へ影を落とす。

直接叩き落とすためではない。

隊列を乱し、視認を削り、突撃の気持ちよさを壊すための投入だった。


敵の先頭列が、目に見えて嫌そうな動きをした。

馬が嫌がる。兵が顔を上げる。槍先がぶれる。

その一瞬を、マリーが逃さない。


「焼けて」

短い言葉とともに、門前中央へ熱線が走る。

真正面から突っ込んできた一群の前列が崩れ、後続がそれに乗り上げる。

速度が死ぬ。

そこへ、キールの矢。ルナ隊の強襲。門上からの投擲。

《爆炎》は、敵の“速さが死んだ瞬間”だけを狙って噛みついていた。


それでも、相手は弱くない。

むしろ強い。

左右へ振り、正面を測り、崩れた列をすぐ後ろが埋める。

軽騎兵だけではない。後ろには、もっと重い圧がある。


ワイバーン隊から新しい報告が入る。


『後続確認。厚いです。正面圧、まだ上がります』


セドリックが顔を上げる。

「本隊、軽くありません」


「知ってる」

匠一は言った。

「だからここで止める」


その時、門前左側で大きな衝撃音が響いた。

敵の一群が障害帯を半ば強引に踏み越え、狭い通路へねじ込んできたのだ。

完全には止めきれない。

だからこそ、ダンが前へ出る。


盾が鳴る。

正面からぶつかった騎兵の勢いを、ダンは一歩で受け止めた。

止めるというより、ここから先へ行かせないという立ち方だった。

馬が悲鳴を上げ、兵が体勢を崩す。

その横からニールが滑り込み、足を払う。

さらにクロの暗器が飛び、ユキの冷気が地面を噛ませる。


門前は、もはや広い戦場ではなかった。

狭く、悪く、通りにくい殺し場になっている。


「左、押し返した」

セドリック。


「右、まだ探る」

ノクス。


「探らせろ」

匠一。

「探ってる間は、抜けてない」


その判断は正しかった。

敵は速い。だが、速い相手ほど、通れる道が見えない時間に弱い。

ラスボラスゲート防衛戦の本質は、敵を全滅させることではない。

通れない時間を積み上げることだ。


上空ではオートプロトファスマがなおも旋回し、視界を切り続ける。

高空ではオートメガネウラ隊が後続の厚みを測り、低空ではワイバーン隊が左右の抜け道を追う。

地上ではアースロプレウラ隊が崩れた障害帯を即座に補修し、

ノクス隊が結界導線を維持し、ルナ隊が外縁の危険点を潰して回る。

《爆炎》の全系統が、門という一点に収束していた。


そして、その一点の中心で、匠一はずっと同じものを見ていた。

敵兵ではない。

侵攻の形だ。


「正面圧、次で変わる」

彼が言う。


ダンが盾越しに笑う。

「重いのが来るか」


「来る」

匠一はうなずいた。

「軽い探りは終わりだ。ここからが本番」


夜明けの光が、ようやく門の上端を照らし始める。

その光の中で、地平の向こうの砂煙は、まだ減っていなかった。


ラスボラスゲート防衛戦。

それは、門を守る戦いではない。

侵攻を門で殺す戦いだった。


そして《爆炎》は、この時点でまだ、切っていない札をいくつも残していた。

研究所が本気を示したのは昨夜。

ならば今朝は、その本気が戦場でどこまで通じるかを証明する番だった。

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