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見難い火傷の子  作者: 清風
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467/496

成果披露と伝統化と後日談

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子467



成果披露と伝統化と後日談



深淵ダンジョン第十六エリア/第四紀完新世層

青銅の時代

この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。


石炭紀から戻ったあと、

カナタとレイラはさっそく故郷のパトロール隊で成果を見せることになった。


名目としては、長期遠征の報告と実演。

石炭紀で得た知見――

野生メガネウラの飛行観察、未知環境での運用経験、長距離巡行の感覚、

それらを今後の隊務にどう活かせるかを示す場である。


少なくとも、最初はそのはずだった。


訓練場の周囲には、隊員たちだけでなく、報告を検閲する立場の警察上層部まで顔を揃えていた。

遠征の成果が成果だけに、形式上の確認も必要だったのだろう。

現場の若手は半分興味本位、半分野次馬の顔をしている。

上の連中はもっと硬い顔をしていた。


「では、通常巡行から入ります」 カナタがそう言って、オートメガネウラを前へ出す。


最初の数分は、何の問題もなかった。

いや、正確には、問題がないように見えた。


滑らかな加速。

無駄のない旋回。

隊員たちの目から見ても、遠征前より明らかに洗練されている。

石炭紀で何かを掴んできたのだろう、ということだけはすぐに分かった。


だが、その次の瞬間だった。


「――は?」


誰かが、間の抜けた声を漏らした。


カナタ機が、消えたように見えた。


もちろん本当に消えたわけではない。

だが、そうとしか言いようがなかった。

視界の中央にいたはずの機体が、次の瞬間にはもう別の位置にいる。

加速した、という理解が追いつく前に、像だけがずれている。

見ている側の認識が置き去りにされる。


「今、どこへ――」

「右だ!」

「いや左だろ!?」


訓練場の空気が一気にざわついた。


カナタ機は低く沈み込むように入ったかと思えば、

そこからありえない角度で滑るように抜け、視界の端へ移る。

石炭紀で見た、あの野生メガネウラの飛行を無理やり機体に落とし込んだような動きだった。

理屈がないわけではない。

だが、見ている側の理解が追いつかない。


「機体性能で出せる動きじゃないぞ……」 誰かが呟いた。


その言葉が終わる前に、今度はレイラ機が前へ出た。


「じゃ、次こっちねー」


軽い調子で言ってから、レイラは機体を走らせた。

走らせた、はずだった。


だがその走行が、どう見てもおかしい。


「……なんだあれ」

「後ろに滑ってないか?」

「いや、前進してる……のか?」


機体の向きと移動の印象が一致しない。

前へ出ているはずなのに、見ている側には後ろへ流れているように見える。

足運びと重心移動と機体の滑り方が噛み合わず、

結果として、妙にぬるりとした不気味な挙動になる。


「ムーンウォークかよ……」 若手の一人が思わず漏らした。


まさにそんな感じだった。

地面を捉えているはずなのに、捉えていないように見える。

進んでいるのに、進み方が理解できない。

訓練された隊員ほど、その異常さが分かる。

普通の走行ではない。

普通の制動でもない。

重心移動の常識がどこかで裏切られている。


レイラはそのまま滑るように方向を変え、障害物の脇を抜け、

最後にくるりと機体を返して停止した。


「どう?」 本人は妙に得意げだった。


返事は、すぐにはなかった。


訓練場が静まり返っている。


隊員たちは口を開けたまま、何を見たのか整理できずにいた。

若手は目を丸くし、中堅は眉を寄せ、教官役の古参は腕を組んだまま固まっている。

そして何よりひどかったのは、検閲に来ていた警察上層部だった。


口を、あんぐり開けていた。


本当に、あんぐりと。

比喩ではなく、見事なくらい揃って開いていた。


しかも、閉じない。


「……」

「……」

「……」


誰も何も言えない。

理解が追いつかない時、人は案外きれいに黙るものらしかった。


やがて、上層部の一人がようやく絞り出すように言った。


「……今のは、何だ」


質問としては当然だった。

だが、答える側としても少し困る。


カナタはわずかに考えてから、できるだけ正確に言った。


「石炭紀で観察した飛行挙動を、可能な範囲で機体運用に応用したものです」


「可能な範囲……?」 別の上層部が、まだ口の閉じきらない顔で繰り返す。


「はい」 カナタは頷いた。

「完全再現ではありません。ですが、風の拾い方と、沈み込みからの移行、

それに視認の外し方を組み合わせることで、相手の認識をずらせます」


「視認の外し方」 上層部はその単語を反芻した。

「そんなものを“組み合わせる”な」


もっともな反応だった。


レイラは横で肩をすくめる。


「いやでも、向こうじゃ普通にやってたし」

「普通ではありません」 カナタが即座に訂正する。

「少なくとも、こちらでは」


「そこはそう」


また沈黙が落ちた。


訓練場の空気は、もはや成果報告のそれではなかった。

新しい運用法を見せた、というより、理解の外にある何かを持ち帰ってしまった時の空気である。


若手の一人が、小さく呟く。


「……これ、追う側じゃなくて、追われる側がやる動きじゃないですか?」


「そうですね」 カナタは素直に認めた。

「追跡回避にも有効だと思われます」


「有効どころじゃないだろ……」


別の隊員が頭を抱えた。

見失う。

目の前から消えたように見える。

機体の性能では説明できない。

しかも本人たちは、わりと真面目に報告している。


警察上層部の一人は、まだ口を半開きにしたまま、ようやく言った。


「……検閲を、一旦止めろ」


「止めるんですか」 若手が思わず聞き返す。


「止める。これは……その……」 上層部は言葉を探し、結局いちばん情けない結論に辿り着いた。

「理解してからでないと、判定できん」


それはたぶん、その場にいた全員の本音だった。


理解できない。

だが、目の前で起きたことだけは否定できない。


石炭紀から帰ってきた二人は、確かに成果を持ち帰った。

ただしその成果は、故郷の常識に対してあまりにも異常だった。


後にこの日の実演は、隊内で半ば伝説のように語られることになる。

カナタ機が目の前から消えた日。

レイラ機がムーンウォークみたいな走行をした日。

そして、検閲に来ていた警察上層部が揃って口をあんぐり開け、

そのまましばらく閉じなくなった日として。


………………………………………………………………………………………………


伝統化と後日談

成果披露のあと、

石炭紀で得た知見は、個人の経験として終わらせてよいものではないと判断された。

飛行挙動の観察、未知環境での巡行、現地対応、長距離行動の感覚――

そのどれもが、故郷のパトロール隊にとって有益すぎたからだ。


検討の末、石炭紀遠征は教育課程の一部として制度化されることになった。

正式名称はもっと堅苦しいものだったが、

現場では早々に「石炭紀ツアー」と呼ばれるようになる。

そして、その指導官兼案内役を務めたのは、もちろん最初の経験者であるカナタとレイラだった。


訓練初日、先頭を行く二人の掲げる旗には、誰が書いたのか大きく「石炭紀ツアー」とあった。

その後ろには、露骨に嫌そうな顔をした後輩たちの列が続く。

もっとも、参加者の評判はさておき、この研修が有効であること自体は否定しようがなかった。


さらに後年、石炭紀での観察結果と運用知見は教則本にも反映され、

加筆改訂版が増刷のうえ配布された。

こうして始まった一連の研修は、やがてパトロール隊の伝統として定着していく。

後輩たちにとっては、だいたい迷惑な伝統である。


そして、その伝統は確かな形で現場に現れた。


石炭紀帰りの技術が隊内に広まり、パトロール隊の追跡能力は目に見えて向上した。

とりわけオートメガネウラを用いた巡行隊は、交通違反者の間で異様なほど恐れられるようになる。

一度見つかれば終わり。

逃げたつもりでも、次の瞬間にはもう進路を塞がれている。

目の前から消えたと思った機体が、気づけば別の角度から回り込んでくる。

そうした噂は尾ひれをつけながら広まり、やがて世間では彼らをこう呼ぶようになった。


――デスパトロール。


もちろん、公式にそんな名称が使われたことはない。

だが、違反者たちにとって重要なのは呼び名ではなく、逃げ切れないという事実の方だった。


市民にとっては頼もしい巡行隊であり、違反者にとっては見つかった時点で終わりの相手。

石炭紀から持ち帰られたものは、奇妙な飛行技術や運用法だけではない。

それはやがて組織に根づき、伝統となり、ついには街の空気そのものを変えていったのである。


………………………………………………………………………………………………………………………


✦ 小話:匠一、深淵珈琲を飲みながら「なんじゃそれ」


深淵珈琲の香りが、静かな執務室に満ちていた。

苦味が強く、底にほんの少しだけ甘さが残る、あの独特の味だ。


匠一は書類の束を片手で押さえながら、もう片方の手で珈琲を口に運ぶ。

そのタイミングで、扉がノックされた。


「失礼します」

カナタが入る。

レイラも続く。


「報告があります」


「聞く」


カナタは淡々と告げた。


「……隊内で、我々の巡行隊が“デスパトロール”と呼ばれているそうです」


匠一の手が止まった。


深淵珈琲のカップが、空中でぴたりと静止する。


「……なんじゃそれ」


低い声だった。

怒っているわけではない。

呆れているわけでもない。

ただ、理解の外から飛んできた単語に、脳が一瞬処理を放棄しただけだった。


レイラが肩をすくめる。


「いや、なんか……

逃げた違反者が“目の前から消えた”とか“気づいたら横にいた”とか言ってるらしくて」


「尾ひれがついて広まったんだと思います」

カナタが補足する。


匠一はゆっくりとカップを置いた。

深淵珈琲の表面が、わずかに揺れる。


「……おまえら、何をした」


「石炭紀で学んだことを応用しただけです」

カナタは真面目に答える。


「普通に飛んだだけだよ」

レイラは軽い調子で言う。


「普通ではない」


匠一は即答した。


「少なくとも、この国では」


レイラがむっとする。


「でも、ちゃんと捕まえてるし、事故もないし、むしろ安全になってるし」


「安全になってるのは分かる」

匠一は額を押さえた。

「だが名前が悪い」


「そこは同感です」

カナタが頷く。


「いや、でもちょっとカッコよくない?」

レイラが言う。


「よくない」

匠一は即答した。


「巡行隊は脅しのためにあるんじゃない。秩序のためにある」


その言葉は、静かだが重かった。


だが次の瞬間、匠一は深淵珈琲をもう一口飲み、ぼそりと言った。


「……まあ、逃げ切れないなら、それでいい」


レイラが吹き出した。


「結局そこなんだ!」


カナタは苦笑しながら姿勢を正す。


「呼び名はともかく、運用は適正に行っています」


「分かってる」

匠一は軽く手を振った。

「ただし――」


二人が姿勢を正す。


「虫に文句を言うな」


レイラが固まった。


「そこまだ言うの!?」


「言う」

匠一は淡々としていた。

「おまえらの動きは、だいたい虫のせいだ」


三羽が後ろで誇らしげに羽をぱたつかせた。

な姿が幻視された。

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