帰路の寄り道
見難い火傷の子466
帰路の寄り道
深淵ダンジョン第十一エリア/ジュラ紀エリア
恐竜の時代
この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。
石炭紀からの帰り道、ジュラ紀を中継する頃には、旅の空気も少し変わっていた。
行きのような張り詰めた未知への緊張は薄れ、
代わりに、知った道を戻っているという感覚が強くなっている。
バビロニアへ向かう流れの中に、少しだけ寄り道を差し込めるくらいの余裕も、もうあった。
「せっかくだし、顔見せていく?」
レイラが言った。
「そうですね」
カナタも頷く。
「ここまで来て素通りするのも不自然です」
知り合いと呼べるほど深い付き合いではない。
だが、旅の途中で一度顔を合わせた相手というのは、それだけで妙に記憶に残るものだ。
まして、あの剣竜流道場の剣聖ケンタならなおさらだった。
剣聖と呼ばれてはいるが、見た目だけなら強者には見えない。
人化の精度が高く、ぱっと見はただの青年にしか見えないのだ。
だからこそ、なおさら印象に残る。
あれで剣を取れば誰もが目を見張るほどの使い手なのだから、見た目との落差が大きすぎた。
ジュラ紀の中継地に着いて少し探すと、ケンタは案外あっさり見つかった。
前に会った時と同じように、少し人の流れから外れた場所にいる。
忙しそうにしているわけでもなく、かといって完全に暇そうでもない。
あの、どこか周囲から半歩ずれた立ち方は、妙に覚えがあった。
向こうもこちらに気づいたらしく、少しだけ目を細めた。
「……戻ってきたんだ」
ケンタが言う。
「帰り道です」
カナタが答えた。
「ジュラ紀を中継するので、少しだけ」
「顔見せ」
レイラが軽く手を振る。
「無事だったよって報告」
ケンタはそれを聞いて、ほんの少しだけ口元を緩めた。
笑った、というほど大きくはない。
けれど、前に会った時よりは明らかに柔らかい表情だった。
「石炭紀まで行ったんでしょ」
「行った」
レイラが即答する。
「虫でかかった」
「雑ですね」
カナタが横から言う。
「でも間違ってないでしょ」
ケンタは小さく息を漏らした。
たぶん、笑ったのだと思う。
「で、どうだった」
その問いは短かったが、ただの世間話ではなかった。
あの先へ行った者にしか分からない何かを、少しだけ確かめるような響きがあった。
カナタは少し考えてから答える。
「有益でした。想像以上に」
「へえ」
「故郷のパトロール隊にも持ち帰る価値があると思えるくらいには」
そう言ってから、カナタは少しだけ言葉を継いだ。
「……他の者にも、同じ経験をさせたくなる程度には」
ケンタはその言葉を聞いて、しばらく黙っていた。
それから、わずかに視線を逸らして言う。
「そういう顔になったね」
「どういう顔?」
レイラが聞く。
「行く前と違う顔」
それは曖昧な言い方だった。
だが、妙に正確でもあった。
旅の前と後で、人の顔つきは少し変わる。
疲れや傷ではなく、見てきたものの分だけ、目の置き方が変わる。
ケンタはたぶん、そういう変化を見ていたのだろう。
「そっちも元気そうでよかった」
レイラが言う。
「……まあ、元気そうって言い方でいいのか分かんないけど」
「別にいいよ」
ケンタは肩をすくめた。
「実際、前よりはまし」
少しだけ、空気が和らいだ。
長く話し込むほどの時間はなかった。
帰路はまだ続いているし、バビロニアへ向かう流れもある。
それでも、こうして一度顔を見せて短く言葉を交わせただけで、
ジュラ紀はもう単なる中継地ではなくなっていた。
「じゃ、また」
レイラが手を上げる。
「また」
ケンタも短く返す。
カナタも一礼して、その場を離れた。
背を向けてからしばらくして、レイラがぽつりと言う。
「ちゃんと寄ってよかったね」
「はい」
カナタは頷いた。
「知っている顔があるだけで、中継地の印象は変わります」
ジュラ紀を抜け、バビロニアへ向かう。
帰り道は早い。
だが、その早さの中にも、こうして立ち止まる価値のある場所が少しずつ増えていた。
それはたぶん、旅をしたからこそ得られる種類の帰路だった。




