帝国の圧
見難い火傷の子462
帝国の圧
深淵ダンジョン第十一エリア/ジュラ紀エリア
恐竜の時代。
この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。
第十二エリア白亜紀エリアを抜けた時、レイラはしばらく何も言わなかった。
言うことがなかったわけではない。
むしろ逆だ。
言いたいことは山ほどあった。
恐竜の時代。
ラプトル文明。
戦の気配。
砲台。
騎竜。
映像伝達装置らしきもの。
あまりにも色々ありすぎて、何から言えばいいのか分からなくなっていただけだった。
「……なんじゃこりゃー」
結局、出てきたのはそれだった。
「同感です」
カナタが頷く。
「いや、もう抜けた後なんだけどね?」
「はい」
「今さら同感されても」
だが、今さらでも同感だった。
第十二エリアは、二人にとって“通り過ぎるだけで精一杯”の世界だった。
そして、その次に来た第十一エリアもまた、空気の違う世界だった。
第十一エリア/ジュラ紀エリア。
恐竜の時代。
空気は白亜紀よりも少し濃く、湿っていた。
木々は高く、太く、古い。
地面には巨大なシダが広がり、遠くには針葉樹の森が見える。
鳴き声は低く、重く、どこか原始的だった。
白亜紀の文明圏を抜けた直後だからこそ、最初の印象はむしろ“自然が濃い”だった。
だが、それは長くは続かなかった。
少し進んだだけで、見えてしまったからだ。
壁。
またしても壁だった。
しかも今度は、白亜紀で見たものとは少し違う。
より古く、より巨大で、より“帝国”だった。
石造りを基調にしながら、ところどころに金属補強が入っている。
高い。
とにかく高い。
見上げるだけで首が疲れる。
その上には見張り台。
旗。
武装したラプトル人。
そして、やはり防衛設備。
レイラが遠い目をした。
「……また?」
「またですね」
カナタも静かに答える。
「白亜紀であれだけ見た後なのに、まだ圧があるのすごいなあ……」
「帝国だからでは」
「その説明で納得したくないけど、たぶんそう」
第十一エリア。
ジュラ紀。
ラプトル帝国。
第十二では、進んだ文明国家という印象が強かった。
だが第十一は少し違う。
洗練されているというより、巨大で、重く、押しつけてくる感じがある。
制度より先に、国そのものの力が見える。
帝国の圧。
そんな言葉が似合った。
門の前で、オートメガネウラはまた停止を求められた。
もう驚かない。
驚かないが、気は重い。
見張りのラプトル人たちは、白亜紀の国境兵よりもさらに厳めしかった。
装備も重い。
槍だけではない。
腰には短剣、背には弩のようなもの。
そして壁上には、やはり大型兵器らしきものが据えられている。
「所属と目的を」
門兵が言う。
カナタが答える。
「通過と補給です。第八エリア石炭紀層へ向かう途中です」
門兵の目が細くなった。
またその反応である。
第十三でも、第十二でも見た。
だが第十一では、そこに“本気で止めた方がいいのではないか”という色が混じっていた。
「第八まで行くつもりか」
「はい」
「正気か」
「それは何度か言われました」
レイラが小さく言う。
門兵は少しだけ黙り、それから視線をオートメガネウラへ向けた。
珍しそうではある。
だが、驚愕しているわけではない。
やはりここでも、この機体は“理解不能の超技術”ではないのだろう。
珍しい飛行機械。
その程度の位置づけに見えた。
レイラはその視線に気づいて、ぼそりと呟く。
「やっぱり肩身狭そう」
「十分優秀です」
カナタがまた真面目に返した。
「だからそういう話じゃないって」
門をくぐる。
内側には、白亜紀とはまた違う街が広がっていた。
石造りの建物。
幅の広い通り。
荷を運ぶ大型の車両。
兵士。
職人。
市場。
そして、空を横切る翼竜。
白亜紀の街が“進んだ文明”なら、
ジュラ紀の街は“巨大な帝国の首都”だった。
整ってはいる。
だが、どこか軍事と統治の匂いが濃い。
人が多い。
物も多い。
そのぶん、圧も強い。
「なんか……」
レイラが周囲を見回す。
「白亜紀より、こっちの方が息苦しいかも」
「分かります」
カナタも頷いた。
「文明水準の問題ではなく、空気の問題かと」
「帝国って感じ?」
「はい」
その一言でだいたい通じた。
通りの先では、兵士たちが整列していた。
別の場所では、大型の翼竜が何頭も繋がれている。
さらに遠くでは、巨大な荷獣か、あるいは恐竜そのものか、何か大きな影が動いていた。
この国は、巨大生物と文明を無理やり噛み合わせて成り立っている。
そんな印象があった。
そして、それが成り立っているという事実そのものが怖かった。
「補給だけ」
レイラが言う。
「ほんとに補給だけして、すぐ出よう」
「賛成です」
二人は必要最低限の物資だけを整えた。
水。
保存食。
簡易整備資材。
それ以上は見ない。
聞かない。
関わらない。
気になるものは多かった。
帝都の中心部。
皇帝城らしき巨大建築。
翼竜の運用施設。
兵の動き。
市場の品。
どれも目を引く。
だが、目を引くものほど危ない気がした。
第十一エリアは、そういう場所だった。
面白そうなものが多い。
すごそうなものも多い。
だが、そのどれもが旅人二人の手には余る。
白亜紀で一度学んだことを、ジュラ紀ではもっと強く思い知らされた。
ここは、通るだけでいい。
いや、通るだけにしておくべきだ。
オートメガネウラに戻り、再び進路を取る。
帝国の壁が背後へ遠ざかっていく。
高い塔。
旗。
翼竜。
兵士。
巨大な門。
レイラは振り返って、小さく息を吐いた。
「すごかったね」
「はい」
「でも、関わりたくはないかな……」
「同感です」
それは臆病だからではなかった。
今の自分たちに何ができて、何ができないか。
それを少しずつ分かるようになってきたからだ。
第十一エリアジュラ紀エリア。
恐竜の時代。
ラプトル帝国。
そこは、旅人二人が感心し、圧倒され、
そして深入りしないことを選ぶのが正しい世界だった。
そして大人しく通過を判断したのであった。




