表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
見難い火傷の子  作者: 清風
PR
461/469

静かに通過する

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子461


静かに通過する


深淵ダンジョン第十二エリア白亜紀エリア

恐竜の時代

この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。


第十三エリア古第三紀エリアを抜けた時、レイラは転移直後から妙な緊張を覚えた。


理由はすぐに分かった。


「……なんか、いる」


「いますね」

カナタが短く答える。


「そういう雑な返事じゃなくて」


だが、雑にしか言いようがなかった。

いる。

とにかく、いるのだ。


第十二エリア白亜紀エリア。

恐竜の時代。


空気は第十三よりも少し重く、湿り気を含んでいた。

草木の匂いが濃い。

遠くには巨大な樹木が立ち並び、その向こうから低く響く鳴き声のようなものが聞こえてくる。

一つや二つではない。

地面の奥から伝わるような振動まである。


第十五の寒さ。

第十四の広さ。

第十三の文明。

そこを越えてきた二人にとっても、この第十二エリアの第一印象は別格だった。


生き物の時代だ。

しかも、ただ大きいだけではない。

この層には文明もある。

それを思い出した瞬間、レイラは余計に嫌な予感がした。


「恐竜がいて、文明もあるんだよね……」


「はい」

カナタは教則本を開いた。

「ラプトル文明圏です」


「嫌な予感しかしない」


「同感です」


認めるのが早かった。

それだけで十分だった。


オートメガネウラを慎重に進める。

木々の切れ間を抜けた先で、二人は思わず言葉を失った。


壁があった。


高い。

厚い。

石と金属で組まれた巨大な防壁が、視界の端から端まで伸びている。

その上には見張り台。

さらに、その間隔ごとに据えられた砲台のようなもの。

筒状の長い砲身。

明らかに飾りではない。


「……あれ、何」

レイラが小さく言う。


「防衛設備でしょう」

カナタも声を落とした。

「かなり本格的です」


「かなりどころじゃないんだけど」


門の上を、何かが横切った。

反射的に見上げる。

翼竜だった。

だが野生ではない。

鞍のようなものを付け、背に人影――いや、ラプトル人らしき姿がある。


「騎竜……?」


「そのように見えます」


「思ったよりずっと文明国家だね……」


「はい」


第十二エリア白亜紀エリア。

恐竜の時代。

そしてラプトル文明の国。


ここで、レイラは初めてオートメガネウラに少しだけ気の毒な感情を抱いた。

今までこの機体は、二人にとって十分すごい乗り物だった。

長距離を移動できて、防寒装備もあり、悪路にも強い。

頼れる足であり、旅の相棒でもある。


だが、この壁の前では少し違って見えた。


便利ではある。

だが、別にこの世界の技術を圧倒するものではない。

珍しい飛行機械ではあっても、理解不能の超技術というほどではない。

それが分かってしまう程度には、目の前の文明が進んでいた。


「なんか……」

レイラがぼそりと言う。

「オートメガネウラ、ちょっと肩身狭そう」


「移動手段としては十分優秀です」

カナタは真面目に返した。


「そういう意味じゃないんだけど」


門の前で停止を求められた。

見張りのラプトル人たちは、槍だけでなく、腰に短い金属筒のようなものを下げていた。

武器だろう。

しかも壁上の砲台は、こちらを見ている気がした。

気のせいであってほしかったが、たぶん違う。


「所属と目的を」

門兵が言う。


言葉は通じた。

それだけで少し助かる。


カナタが答える。

「通過と補給です。第八エリア石炭紀層へ向かう途中です」


門兵の目が変わった。

驚きと、少しの呆れ。

第十三でも見た反応だった。

だがここでは、それに加えて警戒が強い。


「第八まで?」


「はい」


「この時期に?」


「この時期?」

レイラが思わず聞き返す。


門兵は一瞬だけ口を閉ざし、それから短く言った。

「今は国境が落ち着いていない」


それだけで十分だった。

詳しく聞かなくても分かる。

戦の気配がある。

遠くで聞こえていた低い音は、もしかすると生き物の鳴き声だけではないのかもしれない。


門の内側に通されるまでの間、二人は余計なことを一切言わなかった。

聞きたいことは山ほどある。

この国は何と戦っているのか。

あの砲台は何を撃つのか。

騎竜部隊はどこへ向かうのか。

だが、どれも今の二人が首を突っ込んでいい話ではない。


レイラは小声で言った。

「……これ、絶対深入りしない方がいいやつだ」


「はい」

カナタは即答した。

「静かに通過しましょう」


「珍しく意見が完全一致した」


「珍しく、ではありません」


「こういう時だけ早いんだよね」


門の内側には、整った街路があった。

石畳。

規則的に並ぶ建物。

荷車。

露店。

行き交うラプトル人たち。

そして、その上を飛ぶ翼竜。

壁上には砲台。

通りの先には、金属の骨組みを持つ塔のようなものまで見える。


文明だ。

しかもかなり進んでいる。


だが、穏やかなだけの街ではなかった。

兵の姿が多い。

荷車には物資が積まれている。

通りを急ぐ者の顔に、どこか張り詰めたものがある。

平時ではない。

少なくとも、完全な平穏ではない。


「補給だけ済ませて出よう」

レイラが言う。

「なんかもう、見れば見るほど嫌な予感が増える」


「賛成です」


補給所で必要最低限の物資だけを整える。

水。

保存食。

機体用の簡易整備資材。

それだけだ。

観光する気も、情報収集する気も起きなかった。

起きたとしても、抑えるべきだった。


店の奥では、何かの映像が映っていた。

板のような装置の中で、別の場所の景色が動いている。

レイラは一瞬だけ目を奪われた。


「……今の、見た?」


「見ました」

カナタも短く答える。

「映像伝達装置の類かもしれません」


「さらっと言うけど、すごくない?」


「すごいですが、今は見ない方がいいでしょう」


正論だった。

ここで立ち止まれば、また何かに巻き込まれる気がした。

第十二エリアは、そういう世界に見えた。

面白そうなものが多すぎる。

危なそうなものも多すぎる。

そしてそのどれもが、今の二人には手に余る。


補給を終え、再びオートメガネウラに乗り込む。

門を抜け、次の層へ向かう進路を取る。


背後では、白亜紀の文明国家が静かに動いていた。

砲台。

騎竜。

兵士。

恐竜の時代の戦国。


レイラは振り返り、小さく息を吐いた。


「なんじゃこりゃー、って感じだったね……」


「はい」

カナタも珍しく素直に頷いた。

「通過に徹して正解でした」


「うん。あれは今の私たちが関わっていい世界じゃない」


それは敗北感ではなかった。

ただの事実だった。

深淵ダンジョンの層は、下るほどに別世界になる。

そして第十二エリアは、二人が初めて

“通り過ぎるだけで精一杯”

と思い知った世界だった。


第十二エリア白亜紀エリア。

恐竜の時代。


そこは、旅人二人が静かに頭を下げて通り過ぎるのが、

いちばん賢いやり方に思える世界だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ