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見難い火傷の子  作者: 清風
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460/469

猿文明の国

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子460


猿文明の国


深淵ダンジョン第十三エリア/古第三紀エリア

哺乳類の時代

この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。


第十四エリア新第三紀エリアを抜けた時、レイラはまず空を見上げた。


「……飛んでない」


第一声がそれだった。


第十四エリアでは、上空を大きな鳥が悠々と旋回していた。

哺乳類の時代と言いながら、鳥までしっかり大きかった。

だから次の層に入った瞬間も、まず上を警戒したのである。


「今のところは、ですが」

カナタが言う。


「その補足、安心材料にならないんだよね」


ならなかった。

だが、少なくとも今この瞬間、頭上から巨大な何かが降ってくる気配はない。

それだけでも少し気が楽だった。


第十三エリア古第三紀エリア。

哺乳類の時代。


第十四と同じく、ここもまた哺乳類が主役の世界らしい。

だが、空気は少し違っていた。


第十四よりも、どこか温かい。

草の匂いが濃い。

風はやわらかく、地面の色も明るい。

視界の先には林があり、その向こうには低い丘陵が続いている。

第十五の氷雪、第十四の広大な草原。

そこを越えてきた二人にとって、この第十三エリアは少しだけ“人が住めそうな景色”に見えた。


「なんというか……」

レイラが周囲を見回す。

「今までで一番、生活の気配がありそう」


「同感です」

カナタも頷いた。

「自然だけではなく、人の手が入っている感じがあります」


実際、遠くに道のようなものが見えた。

獣道ではない。

踏み固められ、ある程度の幅を持った、人が使うための道だ。

さらにその先には、木々の間から人工物らしき影も覗いている。


レイラが少しだけ表情を緩めた。

「やっと文明圏っぽいところに来た感じ?」


「油断はしない方がいいでしょう」


「分かってるけど、ちょっとくらい期待してもいいじゃない」


その気持ちは分かった。

第十五では寒さが厳しく、第十四では生き物の圧が強かった。

その次に来た第十三が、少しでも“話の通じる場所”に見えるなら、期待したくもなる。


もっとも、深淵ダンジョンでそういう期待が素直に報われる保証はなかった。


オートメガネウラを巡航させながら進むと、やがて道ははっきりした街道の形を取り始めた。

踏み固められた土の道。

ところどころに立つ標識のような石柱。

そして遠くに見える壁。


「あれ、門じゃない?」

レイラが指さす。


「門ですね」

カナタは目を細めた。

「国境施設のように見えます」


近づくにつれ、それはますます明確になった。

石と木材で組まれた大きな門。

見張り台。

壁。

そして、その上に据えられた何か。


レイラが嫌な顔をする。

「……あれ、武器?」


「たぶん」


「たぶんで済ませていい見た目じゃないんだけど」


門の上に据えられていたのは、明らかにただの飾りではなかった。

筒状の構造物。

砲台に見える。

しかも一つではない。


カナタは教則本を開き、該当ページを確認した。

補足欄に短く書かれている。


『第十三エリア猿文明圏。古代技術の再現あり。防衛設備に注意』


「……書いてありました」


「またそのパターン?」


「はい」


「もっと大きく書いてほしいなあ!」


心からそう思った。


門の前まで来ると、見張りの姿が見えた。

猿人だった。

完全に獣というわけではない。

だが人間とも少し違う。

全身を覆う毛。

人に近い体つき。

そして明らかに知性のある目。


レイラが小声で言う。

「猿文明って、ほんとに猿文明なんだ……」


「資料通りです」


「資料通りなの、そこなんだ」


見張りたちは二人とオートメガネウラを見て、明らかに警戒していた。

それも当然だろう。

見慣れない飛行機械に乗った、見慣れない二人組である。

警戒しない方がおかしい。


そのうちの一人が前に出てきた。

手には槍。

だが視線は、槍よりもむしろオートメガネウラに向いている。


「止まれ」


言葉は通じた。

それだけで少し助かる。


カナタは機体をゆっくり停止させ、両手を見える位置に上げた。

レイラもそれに倣う。


「通行目的を」

見張りが言う。


カナタは短く答えた。

「通過と補給です。第八エリア石炭紀層へ向かう途中です」


見張りの顔が少し変わった。

驚いたのか、呆れたのか、その両方かもしれない。


「……第八?」


「はい」


「正気か?」


レイラが思わず口を開く。

「それ、こっちもずっと思ってます」


カナタが一瞬だけ目を閉じた。

止める気はなかったらしい。


見張りの猿人は、少しだけ黙ったあと、仲間と何か言葉を交わした。

それから再びこちらを見る。


「身分確認を行う。妙な真似はするな」


「しません」

カナタが即答する。


「たぶん」

と、レイラ。


「しません」

カナタが言い直した。


門の内側には、街があった。

石造りと木造が混ざった建物。

人の行き交う通り。

荷車。

露店。

煙。

生活の音。


そして、そのあちこちに、妙に文明水準の高そうな設備が混ざっている。

配線のようなもの。

金属の骨組み。

壁上の砲台。

古代技術を解き明かした猿文明。

なるほど、と二人は思った。

これはたしかに、そういう国だ。


「なんか……」

レイラが街を見ながら呟く。

「思ったよりちゃんと国だね」


「はい」

カナタも静かに頷く。

「しかも、防衛意識が高い」


「それだけ危ない世界ってことかな」


「その可能性は高いです」


第十三エリア古第三紀エリア。

哺乳類の時代。

そして猿文明の国。


第十五の寒さとも、第十四の広さとも違う。

ここにはここで、人が生き延びるために積み上げた仕組みがあった。

自然の中に文明がある。

だが文明があるからといって、安全とは限らない。

むしろ安全ではないからこそ、ここまで備えているのだろう。


レイラは門の向こうを見ながら、小さく息を吐いた。


「なんか、ちょっと安心した」


「少しだけ、ですね」

カナタが言う。


「うん。少しだけ」


本当に少しだけだった。

だが、生活圏を越え、別世界をいくつも渡ってきた二人にとって、

“話の通じる相手がいる場所”に着いたというだけで、その少しは十分に大きかった。


もっとも。

深淵ダンジョンで、安心が長続きしたことは、たぶんまだ一度もなかった。

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