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見難い火傷の子  作者: 清風
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459/469

哺乳類の時代

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子459


哺乳類の時代


深淵ダンジョン第十四エリア新第三紀エリア

哺乳類の時代

この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。


第十五エリア第四紀更新世層を抜けた時、レイラは本気で少しだけ生還を喜んだ。


「寒かった……」


第一声がそれだった。

実際、そう言いたくなるだけの寒さだった。

オートメガネウラの防寒装備がなければ、もっとひどいことになっていたに違いない。

防風膜も、簡易保温結界も、操縦席周辺の局所加温も、確かに役には立っていた。

立っていたのだが、それでもなお第十五エリアの寒さは、

装備があるから平気と言える種類のものではなかった。


「お疲れさまでした」

カナタが言う。


「他人事みたいに言わないで。カナタも寒かったでしょ」


「寒かったです」


認めるのが早い。

それだけで、どれほど厳しかったかが分かる。


転移を越えた先で、二人はまず深く息を吐いた。

白くならない。

それだけで少し安心する。


「……あったかい」

レイラが呟く。


「少なくとも、前よりは」

カナタも周囲を見回した。


第十四エリア新第三紀エリア。

哺乳類の時代。


第十五とは空気が違った。

冷たさが消えたわけではない。

だが、あの刺すような寒気はない。

代わりに感じるのは、広さだった。


視界が開けている。

草原が遠くまで続き、その向こうにまばらな林が見えた。

さらに遠くには、ゆるやかな丘陵が重なっている。

空は高く、風は乾いていた。

第十五エリアのように、ただ立っているだけで体温を奪われる感じはない。

だがその分、別の意味で落ち着かなかった。


広いのだ。

そして、その広さのどこにでも、生き物がいる気配がした。


レイラが目を細める。

「……なんか、いるね」


「いますね」


「雑」


「まだ遠いので」


遠い。

だが遠いままでも分かる。

草原の向こうで、群れが動いていた。

一頭や二頭ではない。

いくつもの影が、ゆっくりと地平線の近くを横切っていく。

そのどれもが、普通に大きい。

そしてこのエリアの生物は、普通に大きい上で、さらに八倍である。

考えたくない事実だった。


「第十五は寒さで嫌だったけど」

レイラが言う。

「第十四は第十四で、別方向に嫌なんだけど」


「同感です」

カナタは即答した。

「視認できる大型生物が多すぎます」


「それ、安心材料じゃなくない?」


「安心はしていません」


それもそうだった。


オートメガネウラを低く巡航させながら、二人は周囲を観察する。

草の海のような平原。

ところどころに立つ木々。

風に揺れる背の高い草。

その合間を、何かが走った。


速い。


レイラが反射的にそちらを見る。

「今の何?」


「四足です」


「見たら分かる情報しかない」


「速かったので」


だが、速いというだけで十分に嫌だった。

この世界では、速いものはたいてい強い。

大きいものもたいてい強い。

そして第十四エリアには、その両方を満たしていそうな生き物が普通にいそうだった。


上空に影が差した。


二人は同時に顔を上げる。

高い空を、大きな鳥が旋回していた。

翼を広げた姿は、遠目にも異様に大きい。

滑るように風を掴み、悠々と円を描いている。


「鳥まで大きいんだ……」

レイラが少し遠い目をした。


「哺乳類の時代ですが、鳥がいないわけではありませんから」


「そういう真面目な補足、今いる?」


「必要かと」


必要だったかもしれないが、気持ちは軽くならなかった。


カナタは教則本を開き、現在地と進行方向を確認する。

第十五を越え、第十四へ。

まだ途中だ。

石炭紀はもっと先にある。

その事実が、地図の上ではやけに簡単に書かれているのが腹立たしかった。


「……まだ先がありますね」

カナタが静かに言う。


「見れば分かるけど、言葉にされると重いね」

レイラはため息をついた。

「初めてのエリアわたりで、これなんだよね」


観光ではない。

遠征志願でもない。

命令である。

行けと言われたから行く。

それだけの話のはずなのに、生活圏を一つ越えるたびに、世界は別物になっていく。


第十五では寒さが身体を削った。

第十四では、生き物の気配が神経を削る。


「深淵ダンジョンって、ほんとに層ごとに別世界なんだね……」

レイラがぽつりと言った。


「はい」

カナタは頷く。

「資料では理解していましたが、実際に来ると別です」


「資料で理解してたの?」


「理解したつもりではいました」


「今は?」


「足りていなかったと理解しています」


認めるのが早かった。

そして正しかった。


その時、前方の草原が大きく揺れた。

風ではない。

何か大きなものが、草を押し分けて動いている。


二人は自然と口を閉ざした。


やがて現れたのは、巨大な獣だった。

筋肉の塊のような体。

低く重い重心。

そして口元から覗く、異様に長い牙。


レイラが引きつった声を出す。

「……あれ、絶対に近づいちゃいけないやつだよね」


「たぶんサーベルタイガー系です」

カナタの声も少しだけ硬い。

「しかも大きいです」


「このエリアで“大きい”って言われると、もう終わりなんだけど」


幸い、向こうはまだこちらに気づいていないようだった。

あるいは気づいていても、今は興味がないのかもしれない。

どちらでもよかった。

興味を持たれないうちに離れるのが最善である。


「進路、少し変えます」


「賛成」


オートメガネウラが静かに高度を変える。

草原の上を滑るように進みながら、巨大な獣との距離を取った。


レイラはようやく息を吐いた。

「第十五を抜けた時、ちょっと安心したんだけどなあ……」


「早かったですね」


「安心するのが?」


「はい」


「うるさい」


だが否定はできなかった。

寒さを越えたからといって、旅が楽になるわけではない。

次の層には次の厳しさがある。

それを、二人はもう理解し始めていた。


第十四エリア新第三紀エリア。

哺乳類の時代。


そこは第十五ほど冷たくはなかった。

だが、少しも優しい世界ではなかった。

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