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見難い火傷の子  作者: 清風
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456/466

帰還中に道草をする

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子456


帰還中に道草をする


深淵ダンジョン第十一エリア/ジュラ紀エリア

恐竜の時代

この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。


爆炎パーティを乗せた船は、そのままバビロニアへの航路に乗った。


ジュラ紀エリアには、もうただ救われるだけの者たちはいない。

次に備える者たちが残った。


爆炎パーティが置いていったものは、技術であり、手順であり、判断だった。

そしてそれは、英雄を待つだけではないという形でもある。


しばらくして、匠一が海を見たまま言った。


「このまま石炭紀まで道草するか」


セレネが顔を上げる。

「……バビロニアに帰るのでは?」


「帰るぞ」

匠一はあっさり言った。

「その前にちょっと寄るだけだ」


ノクスが静かに言う。

「それを道草で済ませるのは無理があります」


「石炭紀なら観光メガネウラ航空もあるしな」


その一言に、マルとカクとトーラスが同時に顔を上げた。


どうやら妙なところに食いついたらしい。


……………………………………………………………………………………………


深淵ダンジョン第八エリア/石炭紀エリア

シダの時代

この地では、貝、魚、両生類、爬虫類、昆虫が八倍の大きさで存在する。


観光メガネウラ航空


湿った空気が肌にまとわりつく。

巨大なシダが空を覆い、ぬかるんだ地面のあちこちで水が鈍く光っていた。

濃い緑と、濃い水と、濃い空気。

ジュラ紀エリアとはまた違う意味で、生き物の気配が濃い。


石炭紀エリアに入って最初に空を見上げたのは、マルだった。


「あ!」


その声に、カクとトーラスもつられて顔を上げる。

次の瞬間、三人まとめて目を輝かせた。


「本物が飛んでる!」


空を横切ったのは、観光メガネウラ航空の意匠を付けた個体ではない。

石炭紀そのものの空を飛ぶ、本物のメガネウラだった。


薄く透ける四枚の翅が陽を弾き、長い胴が湿地の上を滑るように流れていく。

ただ飛んでいるだけなのに、妙に速い。

妙に静かで、妙に洗練されていた。


「乗るか」

匠一が言った。


「またですか」

セレネがわずかに顔をしかめる。


「まただ」

匠一は即答した。


かつて爆炎を泡吹いて気絶させかけた観光メガネウラ航空は、どうやら今も健在らしい。

現地の案内板には、以前と変わらぬゆるい笑顔のメガネウラくんが描かれていた。

歓迎の文句も、どこか妙に軽い。

だが、その軽さに反して、乗り心地が軽かった記憶は誰にもなかった。


それでも、乗る。

なぜならそこに観光メガネウラ航空があるからだ。


しばらくして、三羽は乗り方を教わったばかりのオートメガネウラに二人と一人で分乗していた。

マルとカクが一機。

トーラスがもう一機。


「よし」

「行けるな」

「行ける」


何が行けるのかは、誰も聞かなかった。

聞くまでもなく、顔に書いてあった。


三人の視線の先では、本物のメガネウラが一匹、巨大シダの梢の上を悠々と流している。


「競争だ!」


誰が言い出したのかは分からない。

たぶん全員だった。


次の瞬間、二機のオートメガネウラが一斉に飛び出した。


湿った空気を切り裂き、巨大シダの森の上を滑る。

乗り手の未熟さをものともせず、オートメガネウラ自体の性能は高い。

加速も鋭い。

旋回も速い。

視界の端で緑が流れ、水面が跳ね、枝葉が唸る。


だが。


追いつけない。


というより、相手は最初から競争だと思ってすらいなかった。


本物のメガネウラは、ただいつも通り飛んでいるだけだった。

風を拾い、湿り気を読み、枝の間を抜け、水面すれすれを流し、ふっと高度を変える。

その一つ一つが自然すぎて、無駄がない。


二機のオートメガネウラは必死に食らいつこうとした。

だが、曲がるたびに差が開く。

潜るたびに置いていかれる。

上がるたびに見失いそうになる。


「速っ!?」

「待て待て待て待て!」

「今の旋回ずるいだろ!」


ずるくはない。

向こうにしてみれば普通だった。


なんせ相手は、生まれつき空を飛んでいる本物のメガネウラである。


やがて本物のメガネウラは、こちらを一度も振り返ることなく、

ふらりと進路を変え、そのまま巨大シダの向こうへ消えていった。


残されたのは、無駄に全力疾走した二機のオートメガネウラと、

妙に疲れた顔の三人だけだった。


「……相手にされなかったな」

カクが言う。


「されなかったな」

マルも認めた。


トーラスはまだ悔しそうに空を見ていた。

「いやでも今のは機体差だろ」


「生物差だ」

匠一が即答した。


「虫に文句言うな」


セレネは額を押さえ、ノクスは静かに目を伏せた。

三羽だけが、なぜか少し誇らしげに羽をばたつかせている。


どうやら道草は、思った以上に騒がしくなりそうだった。


やがて道草のために近くへ降ろしていた《ソラ》も、巨大シダの森が少し開けた高台へ着いた。

足元には浅い水場が広がり、その向こうでは濃い緑の梢が風もないのにざわざわと揺れている。

湿った空気の中を、ときおり巨大な羽音が横切った。


爆炎の面々は《ソラ》から降りると、しばらくその景色を眺めた。

ジュラ紀の荒々しさとは違う。

石炭紀には、もっと古く、もっと濃い生き物の気配がある。


そこへ《ソラ》側から、みいとマザーも降りてきた。

どうやら完全に休憩時間らしい。


みいはきょろきょろと辺りを見回し、巨大なシダを見上げて「おお……」と小さく声を漏らす。

マザーはその横に立ち、足元を気にしながら静かに付き添っていた。


コレットが用意していた包みが回ってくる。

中身はおにぎりだった。


「用意がいいな」

と、マルが言う。


「道草するなら腹は減るだろうってよ」

ダンが包みを受け取りながら答える。


それぞれが適当に腰を下ろし、巨大シダの影でおにぎりを食べ始める。

石炭紀の湿った空気の中で食べるおにぎりは、妙にうまかった。


ルナたちが皆の間を回ってお茶を注いでいた。

ノクスは《ソラ》の係留確認を終えたところだった。


ダンが一口かじって、周囲を見回す。

巨大なシダ。

ぬかるんだ地面。

遠くを飛ぶ本物のメガネウラ。

その下でおにぎりを食べる爆炎と、その家族みたいな面々。


「……まるで遠足みたいだな」


誰かが笑った。

たしかにその通りだった。

行き先が石炭紀なだけで、やっていることはだいたいそんなものだった。

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