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見難い火傷の子  作者: 清風
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455/470

守備の底上げ

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子455


守備の底上げ


深淵ダンジョン第十一エリア/ジュラ紀エリア

恐竜の時代

この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。


爆炎パーティが出た時点で、処理は終わっていた。

そして程なく、国の守備の底上げが始まった。


南域の臨時集結地には、夜明け前から人が集められていた。


地方守備隊。

街道警備兵。

荷役組合。

解体班。

伝令役。

街道管理の文官までいる。


槍を持つ者。

縄を担ぐ者。

血抜き包丁を下げた者。

記録板を抱えた者。


本来なら、同じ列に並ぶはずのない顔ぶれだった。

だが今回ばかりは、誰もそれをおかしいとは言わなかった。


次が来る。

それだけは、全員が分かっていた。


集まった者たちの前に、爆炎パーティが立つ。


匠一。

セレネ。

ノクス。

三羽。


その姿を見ただけで、場の空気が変わった。

昨日まで南域を走り回り、群れを逸らし、住民を拾い、落とした獲物を食料に変えた当人たちだ。

疑いと期待と緊張が、同時に向けられていた。


匠一は集まった面々を一度見渡し、短く言った。


「迎撃するな。逸らせ」


ざわめきが走る。


「逸らす……?」

「止めるんじゃなくてか」

「相手はあの図体だぞ」

「街道に出たら終わりだろうが」


不安と反発と困惑が、声の端々に滲んでいた。

それは当然だった。

彼らはこれまで、迫ってくる脅威を前にすれば、

正面から受け止めるか、押し返すか、倒すか、そのどれかしか教わってこなかった。


匠一は気にした様子もなく、足元の土を靴先で均した。

そこへノクスが一本の棒を放る。

匠一はそれを拾い、地面に線を引いた。


「これが街道」


さらに、その横に印を打つ。


「こっちが倉庫。

こっちが避難民。

こっちが家畜囲いだ」


棒の先が、街道へ向かって伸びる太い線を描いた。


「これが群れだ」


集まった兵たちが、思わず身を乗り出す。


「お前らが今までやってたのは、これをここで止めるやり方だ」


匠一は街道の正面に、短い横線を引いた。

壁のような線だった。


「だから潰れる。

正面で受ければ、押し込まれる。

押し込まれれば、後ろの避難民と荷車が死ぬ」


誰も口を挟まなかった。

図にされると、失敗の形があまりにも分かりやすかった。


匠一は横線を靴で消した。

代わりに、群れの先頭が少しだけ斜めに流れる線を引く。


「切るのはここだ」


棒の先が、先頭のさらに前を叩く。


「先頭の向きだけ変える。

全部を止める必要はない。

頭が流れれば、後ろも引かれる」


ノクスが補足する。

「群れは一頭ずつの集合ではありません。

流れです。

先頭、密度、恐慌の伝播、この三つを見てください」


「流れ……」

若い兵が呟いた。


セレネが記録板を開いたまま言う。

「討伐数を誇る必要はありません。

必要なのは、住民被害を出さないことです。

そのために、逸らせる群れは逸らす。

落とすのは、逸らせない個体だけでいい」


解体班の男が、腕を組んだまま低く言った。

「落とした後は、こっちが回すってわけか」


「そうだ」

匠一は即答した。

「捨てるな。

肉は残せ。

皮も骨も使えるなら使え。

だが優先順位を間違えるな。

先に人を残す」


その言葉で、場の空気が少し変わった。

兵も、荷役も、解体班も、今ここで自分たちが同じ仕事の中にいるのだと理解し始めた。


だが、それでも顔にはまだ半信半疑が残っていた。


理屈は分かる。

先頭を切れば流れは変わる。

正面で受ければ潰れる。

避難時間を稼ぐことが先。


そこまではいい。


だが問題は、その先だった。


どうやって。


その問いが、誰の顔にも出ていた。


匠一はそれを見て、小さく息を吐いた。


「……見せた方が早いか」


ちょうど集結地の外れでは、

捕縛用の縄を掛け損ねた大型草食恐竜が一頭、苛立ったように地面を掻いていた。

その見上げるような巨体が尾を振るたび、土が跳ねた。

兵たちが思わず身構える中、匠一だけが無造作に歩いていく。


「お、おい!」

「何をする気だ!」

「武器は――」


持っていない。

匠一は丸腰のままだった。


巨大恐竜が低く唸る。

首が振り上がり、前脚が土を抉る。

次の瞬間には突進が来る。

誰もがそう思った。


だが、匠一は半歩だけずれた。


それだけだった。


いや、違う。

ずれたように見えたその一瞬で、巨体の首筋に手が触れ、

前脚の運びの外へ身体が潜り込み、流れかけた重心が斜め下へ落ちていた。


何が起きたのか、見ていた誰にも分からなかった。


気づけば巨大恐竜は地に伏せていた。


前脚は折られたわけでもない。

首も締め上げられていない。

血も出ていない。


なのに、起き上がれない。


匠一は地に伏せた巨大恐竜の首元に片手を置いたまま、集まった兵たちを振り返った。


「よく見ろ」


誰も返事をしない。

というより、返事をする余裕がなかった。


荷車よりも高い巨体が、目の前で地面に伏せている。

暴れていない。

吠えもしない。

ただ、困惑したように目だけを動かしている。


その異様さに、兵たちはまだついていけていなかった。


匠一は構わず続けた。


「まず、首の向きを切る」


そう言って、顎の下から首筋にかけて手の位置をわずかにずらす。


巨大恐竜の身体がびくりと震えた。

だが、それだけだった。


「次に、前脚の支点を外す」


匠一の足が、前脚の置き場を塞ぐように滑る。


「ここで無理に力を入れるな。

押すんじゃない。

逃げ道を潰す」


まるで荷役の手順でも教えるような口調だった。


だが、教わっている側の視線は、技より別のものに釘付けになっていた。


なんでだ。


なんでこいつ、こんなにおとなしい。


目の前にいるのは、さっきまで縄を掛け損ねただけで周囲を散らした巨大恐竜だ。

それが今は、匠一に首元を押さえられたまま、妙に静かに伏せている。


「腰が逃げる」

匠一は続ける。

「だから、ここで逃がさない」


手の位置がまた少し動く。

巨大恐竜の尾がぴくりと跳ね、それきり止まった。


「暴れさせる前に接地させる。

呼吸は残せ。

殺す必要はない」


そこで、ついに若い兵が耐えきれず声を上げた。


「いや、なんでだ!?」


匠一が顔だけ向ける。

「何がだ」


「何がじゃない!

なんでそんなにおとなしいんだ、その恐竜!」


別の兵も続いた。

「そこだろ、まず!」

「なんで暴れない!」

「なんで説明してる間ずっと待ってるんだ!」

「打ち合わせしてたのか!?」

「やらせだろ、これ!」


解体班の男まで真顔で頷いた。

「正直、俺もそう見える」


匠一は一瞬だけ黙った。

それから、地に伏せた巨大恐竜を見下ろす。


当の巨大恐竜も、何が起きているのか分かっていなかった。

目だけがぎょろりと動く。

動こうとすると、どこかがずれる。

ずれた瞬間に、もっと不安定になる。

だから動けない。

どうしてこうなったのか、自分でも分からない。


「……動くともっと苦しくなるのが分かってるだけだ」

匠一はそう言って、手を離した。


それでも巨大恐竜は、すぐには立ち上がれなかった。


匠一は数歩離れ、兵たちを見回した。


「これが徒手ダイナソー制圧術だ」


静まり返った集結地に、淡々とした声が落ちる。


「判ったか」


間髪入れず、全員が叫んだ。


「判るわけあるか!」


怒鳴り返したのは若い兵だけではなかった。

守備兵も、荷役も、解体班も、文官まで頷いていた。

むしろ、頷いていないのは爆炎パーティの面々だけだった。


ノクスが静かに口を開く。

「理屈は合っています」


間を置いて続ける。


「再現できるかは別問題ですが」


「別問題で済ませるな!」

と、誰かが叫んだ。


セレネは記録板に何かを書き込みながら、淡々と言う。

「記録は取れました。

理解は後回しで構いません。

まずは再現可能な部分から落とします」


「あるのか、再現可能な部分が……」

文官が青い顔で呟く。


「ある」

匠一は即答した。

「全部は要らん。

お前らに必要なのは、これをそのままやることじゃない」


集まった者たちの視線が、再び匠一へ集まる。


「群れの先頭を見ること。

進路を読むこと。

逃がす方向を決めること。

落とす個体を選ぶこと。

それだけで被害は減る」


匠一は地面に残った図を指した。


「徒手制圧は最後の保険だ。

使えるなら使え。

使えないなら、そこまで行く前に流れを切れ」


ノクスが引き取る。

「本日の教導は三段階です。

第一に、群れの見方。

第二に、進路誘導。

第三に、逸らし不能個体への対処。

徒手制圧は第三段階の参考として扱います」


「参考で済ませていいのか、それ……」

若い兵がまだ納得していない顔で言う。


三羽がその横で、くるりと首を傾げた。

まるで

“できないの?”

とでも言いたげだった。


「お前は黙ってろ」

若い兵が思わず言う。


三羽は何も気にした様子もなく、ぱたぱたと匠一の後ろへ戻っていく。


匠一は地面の図を靴先で消した。


「始めるぞ」


その一言で、場の空気がまた変わった。


もう、ただ話を聞くだけの時間ではない。

次の群れが来る前に、使える形にしなければならない。

できるかどうかではない。

間に合わせるしかない。


夜明けの光が、南域の訓練地を白く照らし始めていた。


目の前の災害は、もう片づいていた。

だが本当に始まったのは、その後だった。


英雄を待つのではない。

次に来る災害へ、自分たちで手を伸ばすための時間が、今ようやく始まる。


……………………………………………………………………………………………


一週間後。


どこがどう変わったのか、見ただけでは判らない。

だが面々の顔には、やり遂げた感だけが浮かんでいた。


しかし、そこにいたのは確実に精鋭化された部隊だった。


街道監視は、もう怒鳴り声で回っていない。

見張り台からの合図で伝令が走り、伝令を受けた街道管理が荷車を止め、

荷役が道を空け、守備隊が住民を流し、解体班が後方で待機する。

誰か一人が喚いて全体を動かすのではなく、持ち場ごとの判断が噛み合っていた。


群れの報告が入れば、先頭を見る者がいる。

密度を見る者がいる。

逸らし先の地形を確認する者がいる。

落とす個体を選ぶ者がいる。

そして落とした後を回す者がいる。


一週間前にはなかった動きだった。

少なくとも、この南域ではもう、ただ正面から潰されるだけの集団ではない。


整列した兵たちの前に、匠一が立つ。

その後ろにはセレネ、ノクス、三羽。


匠一は集まった面々を一度見渡した。

疲労は濃い。

日焼けも、泥も、傷もある。

だが、目だけは違っていた。


「よくぞ一週間耐え抜いた。ウジ虫ども」


誰も動かない。

ただ、その言葉を待っていたように、全員が匠一を見ていた。


「きょうからは、おまえ達は一人前の兵隊だ」


一瞬、静まり返る。

次の瞬間、一斉に敬礼が上がった。


地方守備隊。

街道警備兵。

荷役組合。

解体班。

伝令役。

文官までが、ぎこちなく、それでも真っ直ぐに手を上げていた。


匠一はそれを受けるでもなく、ただ小さく片手を上げた。

それだけで十分だった。


「行くぞ」


短く言って、踵を返す。

爆炎パーティもそれに続いた。


訓練地を離れ、街道を抜け、仮設倉庫の脇を通る。

そこでは、教え込まれた通りに部隊が動いていた。


見張りが旗を振る。

伝令が走る。

荷役が荷車を寄せる。

守備隊が住民を流す。

解体班が刃を研ぎ、保存班が塩樽を運ぶ。


怒鳴り声は少ない。

無駄足も少ない。

誰もが自分の役目を知っていた。


てきぱきと処理を回す部隊を確認し、匠一は足を止めなかった。

もうここで、自分たちが前に出る必要はない。

置くべき形は置いた。

あとは、この国の側が回していく。


爆炎パーティはそのまま港へ向かう。


その姿に、最初に気づいたのは、荷車を押していた若い兵だった。

彼は一瞬だけ目を見開き、それから反射のように背筋を伸ばして敬礼した。


その隣の伝令役が気づく。

少し遅れて、同じように手を上げる。


さらにその先で、塩樽を運んでいた荷役が足を止める。

解体班の男が包丁を置く。

見張り台の兵が、上から無言で敬礼する。


ひとり。

またひとりと。


爆炎パーティの去る姿に気づいた者たちから、順に敬礼が上がっていった。


見送りのために整列したわけではない。

声が掛かったわけでもない。

ただ、それぞれが持ち場の中で、その背に気づき、自然に手を上げた。


港を離れる船上から、爆炎パーティも短く答礼する。


匠一が片手を上げる。

セレネが静かに一礼する。

ノクスは胸に手を当て、三羽も見よう見まねで羽をばたつかせた。


岸壁に並ぶ者たちの敬礼は、船が小さくなるまで途切れなかった。


爆炎パーティを乗せた船は、そのまま一路バビロニアへ向かった。


ジュラ紀エリアには、もうただ救われるだけの者たちはいない。

次に備える者たちが残った。


爆炎パーティは去る。

だが、置いていったものは消えない。


それは技術であり、手順であり、判断であり。

そして、英雄を待つだけではないという形だった。

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