帝国の危機、災害処理
見難い火傷の子454
帝国の危機、災害処理
深淵ダンジョン第十一エリア/ジュラ紀エリア
恐竜の時代
この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。
ギルド本部の臨時報告室は、普段の依頼窓口とは別の緊張に包まれていた。
泥の付いた伝令靴。
開きっぱなしの記録板。
南域の街道図には、赤と黒の印が何本も引かれている。
そこへ、爆炎パーティが入った。
先頭は匠一。
後ろにセレネ、ノクス、三羽。
全員、土と血と煤の匂いをそのまま持ち込んでいる。
室内の視線が、一斉に集まった。
ギルド長トリスが立ち上がる。
「……無事だったか」
ジェーンが、張り詰めた顔のまま小さく言った。
「無事でよかったです」
匠一は片手を上げて応じた。
「第一波の処理は終わった」
記録係が即座に板を構える。
セレネも自分の記録板を開いた。
「南街道第三石柱帯から第七倉庫線まで、避難誘導を実施」
匠一が続ける。
「街道上の滞留民、荷車転倒、放牧地取り残され組を回収。
生存者の後送は完了した」
記録係の筆記音だけが走る。
「人的被害は」
トリスが問う。
ノクスが答えた。
「到着時点での負傷者多数。
ただし、爆炎パーティ介入後の追加死者は確認されていません」
室内の空気が、わずかに緩む。
だが匠一はそこで区切らなかった。
「群れは止めていない」
緩みかけた空気が、また張る。
「先頭群の進路だけ切った。
南西側の痩せ地へ流した。
後続もそれに引かれている。
全部を正面で止める必要はない」
「討伐数は」
別の職員が聞いた。
セレネが記録板を見た。
「暴走個体、逸らし不能個体、住民接触危険個体のみ処理。
現時点で確定二十七。
うち食用回収可能個体、十九」
ざわめきが起きる。
「十九……」
「それだけ出たのか」
「保存が追いつくか?」
匠一が机上の地図を指で叩いた。
「追いつかせろ」
一言で、室内が止まる。
「落とした分は捨てるな。
全部、食料に回せ。
解体班を増やせ。
塩蔵、燻製、乾燥、どれでもいい。
腐らせるな」
トリスが眉を寄せる。
「人手が足りん」
「足りないなら集めろ」
匠一は即答した。
「今は肉がある。
次もあるとは限らない。
取れる時に取って、残せ」
セレネが補足する。
「内臓損傷の少ない個体を優先して回しています。
現地での一次解体は開始済みです。
保存設備と搬送車両が足りません」
「倉庫を開けます」
記録係の横にいた職員が言った。
「港側の塩蔵庫も回せるはずです」
「やれ」
匠一は短く言った。
ノクスが次の板を開く。
「加えて、現地軍の再編が必要です」
トリスが顔を上げた。
「やはり、そこか」
「地方守備隊は、迎撃前提で動いています」
ノクスが言う。
「今回必要なのは殲滅ではなく、進路誘導、分断、避難時間の確保です。
現状のままでは、次も被害が出ます」
匠一が引き取る。
「今後の予定を伝える」
室内の全員が、言葉を待った。
「当面のスタンピード処理は、爆炎パーティが受け持つ」
誰かが息を呑む。
「その間に、現地軍を鍛える。
群れの見方、進路の切り方、逸らし方、住民避難の通し方。
一週間で使える形にする」
「一週間で……?」
若い職員が思わず声を漏らした。
匠一はそちらを見もしない。
「長くは要らん。
使える形でいい。
英雄を待つ国は長持ちしない」
その言葉が、重く落ちた。
「次の群れからは、現地側で一次対応できるようにする。
俺たちはその形を置いて帰る」
トリスが、ゆっくりと息を吐く。
「こちらに必要なものは」
匠一は指を折った。
「人員。
解体班。
搬送車。
保存資材。
街道監視。
避難伝令。
記録係。
それと、現地軍を集める権限」
セレネが追記する。
「訓練対象は、地方守備隊だけでは足りません。
荷役、解体、伝令、街道管理まで含めて再編が必要です」
「ギルドで受ける」
トリスは即答した。
「帝都側にも通す。
必要なら強権も使う」
「使え」
匠一は言った。
「今は平時じゃない」
短い沈黙。
その後、記録係が震える手で確認する。
「では、報告をまとめます。
第一波は処理完了。
住民救助を優先。
逸らし不能個体のみ討伐。
回収肉は食料化。
爆炎パーティは引き続き南域に展開。
並行して現地軍教導と兵站再編を開始――で、よろしいですか」
「いい」
匠一は答えた。
「それで回せ」
記録係が深く頷く。
室内の空気は、安堵にはならなかった。
危機が去ったわけではない。
ただ、ようやく対処の形が与えられた。
それだけだ。
匠一は踵を返す。
「次の群れまで、時間はあるか」
トリスが背に問う。
ノクスが答えた。
「多く見積もっても、数日です」
「十分だ」
匠一が言った。
「間に合わせる」
爆炎パーティが報告室を出ていく。
残された者たちは、ようやく動き出した。
倉庫を開ける者。
伝令を飛ばす者。
街道図を書き換える者。
保存資材の在庫を数える者。
帝国はまだ危機の中にある。
だが今、ただ怯えて逃げるだけの時間は終わった。
次に備えるための時間が、始まっていた。




