危機に瀕する帝国へ、出発
見難い火傷の子453
危機に瀕する帝国へ、出発
深淵ダンジョン第十六エリア/第四紀完新世層
青銅の時代
この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。
封緘通達を読み終えたセレネが、記録板の上で指を止めた。
「確定です」
部屋の空気が、ひとつ沈む。
ノクスが三羽から聞き取った内容を簡潔にまとめる。
街道南域、複数地点で地鳴り。
採食地の食い潰し。
大型草食恐竜群の進路変動。
それを追う中型から大型の捕食種。
辺境集落、街道倉庫、放牧地帯に被害拡大。
地方守備隊では抑止困難。
帝都は爆炎パーティに対し、緊急支援を要請。
「そうか」
匠一が言った。
「出す。全員ソラへ。詳細は上で聞く」
爆炎ハウスの空気が、そこで切り替わった。
ソラは常時、緊急発進前提で待機している。
燃料、予備資材、応急箱、携行食、水。
対災害出動用の標準積載は、平時からほぼ載せたままだ。
二機のオートメガネウラも、すでに機内架台へ固定済みだった。
持っていくものを選ぶ時間ではない。
決めてあるものを、そのまま出すだけでいい。
開いた腹部ハッチへ、三羽が駆け込む。
セレネが記録板と封緘通達を抱えて続き、ノクスが最後の固定確認をしながら乗り込んだ。
匠一は最後に一度だけ南の空を見る。
遠すぎて、まだ音は届かない。
だが空の色だけが、うっすらと濁っていた。
食うために来る群れ。
逃げ遅れれば、街ごと踏み潰す質量。
地方軍だけでは止めきれない、季節災害の暴走。
ラプトル帝国が、危機に瀕している。
匠一が機内へ入る。
ハッチが閉まる。
固定灯が切り替わる。
低い駆動音が腹に響いた。
ソラが浮く。
緊急発進の機内で、セレネが記録板を開いた。
「討伐要請、という書き方はしています」
セレネが言う。
「ですが実態は災害対応です」
「だろうな」
匠一は短く答えた。
机上には、すでに街道図と地形板が広げられている。
三羽が持ち帰った泥の付き方、車輪の摩耗、脚部固定具の擦れ方まで含めて、
移動経路の補正は始まっていた。
「規模は」
匠一が聞く。
「最低でも、例年の移動群を超えています」
ノクスが答える。
「先頭群だけで終わるなら、ここまで伝令は急ぎません。
後続がいると見ていいでしょう」
「街道、もう避難民いたぞ」
トーラスが言った。
「荷車ひっくり返してるのも見た」
「南の石柱帯、土煙も濃かった」
カクが続ける。
「遠目でも分かるくらいだった」
「音も変だった」
マルが言う。
「地鳴りっていうか、ずっと地面の下で何か転がってるみたいな」
匠一は地図を見たまま、数秒だけ黙った。
誰も急かさない。
だが、その沈黙は迷いではなかった。
必要な判断を、必要な順で切っているだけだ。
「爆炎パーティ、緊急出動。災害対応で入る」
セレネが即座に記録板を切り替える。
ノクスも必要項目を絞り込む。
「遠征目的は」
セレネが聞く。
「第一に住民被害の抑制。
第二に群れの進路変更。
第三に現地軍の再編。
討伐は優先順位が低い」
トーラスが目を瞬かせた。
「倒しきらないのか」
「全部殺して終わるなら、次も同じことが起きる」
匠一は言った。
「今回は止める。
だが本命は、次からあいつらが自分で止められるようにすることだ」
ノクスが静かに頷く。
「現地軍の教導を並行しますか」
「する」
匠一は即答した。
「一週間で使える形にする」
三羽が固まる。
だが今は、誰も余計なことを言わない。
機内奥の架台で、二機のオートメガネウラが青い待機灯を脈打たせていた。
「全員搭乗したな。では詳細確認に入る」
匠一が言う。
「これは討伐遠征じゃない。災害対応だ。
群れを止めるな。逸らせ。
街を守れ。人を先に逃がせ。
現地軍には、俺たちが来ない次をやらせる」
「英雄待ちの国は長持ちしない」
匠一は続ける。
「行くなら、呼ばれなくて済む形を置いて帰る」
三羽は座席で姿勢を正した。
もう浮かれている暇はない。
「で」
匠一が言う。
「見たものを順に話せ。
一つも落とすな」
ソラは上昇する。
危機に瀕する帝国へ。




