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見難い火傷の子  作者: 清風
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437/478

人気の古代湖遊覧

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子437



人気の古代湖遊覧



深淵ダンジョン第十六エリア/第四紀完新世層

青銅の時代

この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。


朝の古代湖線は、地方線らしからぬ賑わいを見せていた。


二両きりの列車がまだホームへ滑り込んでくる前から、

古代湖駅の小さな待合には人があふれている。

籐籠を提げた地元の女たち、釣り具を抱えた男、休暇らしい家族連れ、

それに、ひと目でよそ者と知れる旅装の客たち。

改札わきの売店には、巨石環の焼き印を押した菓子や、

シーラの姿を図案化した絵葉書が並び、朝のうちからよく売れていた。


「昨日の二便で見えたんですって」

「二頭いたって話ですよ」

「いや、小さいほうは外湖のレッシーだとか」


そんな声が、湯気の立つ茶の匂いに混じって、待合のあちこちから聞こえてくる。


古代湖線はもともと、湖畔の町と村をのんびり結ぶだけの静かな路線だった。

通学の学生と買い物帰りの客、それに時おり行商人が乗るくらいのもので、

朝夕を除けば座席が埋まることも珍しい。

だが近ごろは違う。

巨石環見物の客に、シーラ遊覧船目当ての旅人が加わって、

週末ともなればこうして駅が目に見えて騒がしくなる。


「ミナ、こっちこっち!」

「待ってってば、リラ、押さないでよ!」

「押してないわよ、サフィが勝手にぶつかってるの!」

「だってもう席なくなるかもしれないじゃない!」

「ネマ、あなた地図しまってから走って!」


待合の隅でひときわ弾んだ声を上げているのは、冒険者大学の女学生たちだった。

四人そろって肩掛け鞄を提げ、簡素な旅装の上から大学の徽章だけを揃いでつけている。

いかにも休暇の小旅行といった風情だが、腰の小袋や靴の作りが、

ただの町娘ではないことを示していた。


「今日は巨石環が先よ」 と、リラが言った。

「遊覧船は午後。順番を間違えたら日が傾くわ」


「でも午前のほうがシーラ出そうじゃない?」 とミナが口を尖らせる。

「昨日だって朝から出たって聞いたし」


「昨日の話を今日の確率に使うの、やめてくれる?」 ネマが冷静に言った。

「目撃情報は蓄積して傾向を見るものであって、ひとつの事例で判断するものじゃないから」


「また始まった」 サフィが笑う。

「でも、もし今日も二頭いたらどうする? しかもまたレッシーが後ろをついてきてたら」


「そのときは私が最初に見る」 とミナが言った。


「無理よ、あなた昨日も『見た!』って叫んだとき、水鳥だったじゃない」 リラが即座に返す。


「一回だけでしょ!」


「二回よ」 ネマが言った。


「二回だったわね」 サフィがうなずく。


「ひどい!」


四人の声が重なって、待合の空気がぱっと明るくなる。

近くにいた旅人たちが思わずそちらを見て、年配の夫婦が小さく笑い合った。

駅員は慣れた顔で改札鋏を鳴らしながら、はいはい、走らないでくださいよ、とだけ声をかける。

女学生たちは「はーい」と返事をしたものの、少しも静かにはならなかった。


やがて、遠くで短い汽笛が鳴った。


待合のざわめきが、潮の引くようにひとつの方向へ動く。

ホームの向こう、朝靄の薄く残る線路の先から、二両編成の列車がことことと姿を現した。

塗装のくすんだ車体は見慣れた地方線のものにすぎないのに、

今日ばかりはどこか晴れがましく見える。


「来た!」

「窓側!」

「ミナ、走らない!」

「だから押してないってば!」


女学生たちがまたひとしきり騒ぎ、旅人たちもつられて足を速める。

籠を提げた地元の女が「今日はまた大入りだねえ」とつぶやき、

売店の主人は絵葉書の束を抱え直しながら

「巨石環も船も、景気がいいのは結構なこって」と笑った。


列車の扉が開く。


乗り込む人々の顔には、それぞれ違う目的がありながら、どこか同じ種類の浮き立ちがあった。

巨石環を見に行く者。

湖へ向かう者。

遊覧船に賭ける者。

ただ噂の土地をひと目見たいだけの者。

けれどそのどれもが、この朝の古代湖線に乗り合わせることで、

ひとつの旅の気分にまとめられているようだった。


ミナたちはどうにか向かい合わせの席を確保し、

鞄を膝に抱えてなお落ち着きなく窓の外を見ている。


「ねえ、もし巨石環のほうにも何か関係があったらどうする?」 サフィが声をひそめた。

「古い祭祀場とか、湖の主を鎮めるための遺構とか」


「そういうの、もっともらしく言うと大抵外れるのよ」 リラが言う。


「でも、まったく無関係とも言い切れない」 ネマは窓の外を見たまま答えた。

「巨石環と湖の伝承が同じ時代層に属するなら、信仰上の接点はあり得る」


「ほら始まった」 ミナがにやにやする。

「ネマ、ほんとはすごく楽しみなんでしょ」


「楽しみではある」 ネマはあっさり認めた。

「昨日の目撃談が誇張でないなら、なおさら」


列車がゆっくりと動き出す。

ホームが後ろへ流れ、売店の軒先、駅名標、手を振る子ども、見送りの老人が順に遠ざかっていく。車輪の規則正しい響きが床下から伝わり、車内のざわめきもそれに合わせて少しずつ落ち着いていった。


それでも、話題はやはり同じところへ戻る。


「絶対、二頭いたと思うのよね」

「私は首の動きが違ったと思う」

「後ろのほう、ちょっとかわいかった」

「かわいいで分類しないで」


そんなやり取りが、前の席でも、通路の向こうでも、小さな笑いと一緒に繰り返される。

古代湖線は今日もまた、湖へ向かう期待と、昨日の目撃談の余熱とをいっぱいに載せて走っていた。


そのとき、車端の長椅子に腰かけていた老人が、誰にともなくぽつりと言った。


「今年は、ずいぶん人前に出る」


声は低く、独り言のようだったが、妙に耳に残った。


ネマがそちらを見る。 「え?」


老人は窓の外へ目をやったまま、もう一度だけ言った。


「湖の主だよ」


ミナたちの笑い声が、ほんの少しだけ静まった。

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