海底都市アプスー捕物帖(宴)
見難い火傷の子426
海底都市アプスー捕物帖(宴)
深淵ダンジョン第十六エリア/第四紀完新世層
青銅の時代
この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。
中央棟の白い扉に封鎖札が残ったまま、外縁の立入縄だけが少しずつ引き直されていく。
回収車はまだ脇にいる。
帳面の搬出も、聴取の順番決めも、終わってはいない。
白い壁の内側では、まだ仕事の声がしていた。
だが外では、若い連中の肩からようやく張りつめていたものが落ち始めている。
「先に食わせる」
匠一が言った。
石段の下で、ラトが振り向く。
「は?」
匠一は答えず、無限収納袋の口を開いた。
次の瞬間、白い凍気が石畳の上へ流れた。
最初に落ちたのは、厚い赤身と白い脂の層を持つ巨大な肉塊だった。
一抱えどころではない。
二人がかりでようやく台へ乗る大きさの、海獣じみた重い肉だ。
続いて、節と殻の噛み合った異形の巨体がひとつ。
さらに、渦巻いた殻ごと運び出された頭足の塊。
モササウルス。
アノマロカリス。
アンモナイト。
深淵ダンジョンの層を越えた先でしか獲れず、獲れても持ち帰れず、
持ち帰れても正しく捌ける者が少ない食材ばかりだった。
そのあとも、まだ出た。
石畳へ落ちるのは海の獲物だけではない。
鱗の厚い大型獣脚の腿肉。
翼竜の胸肉をまとめて凍らせた塊。
骨ごと切り分けられた肋。
脂の乗った尾肉。
匠一の無限収納袋と冷凍庫に食料が溜まりに溜まっていたのは、別に買い込んでいたからではない。
深淵ダンジョンの他層で恐竜や翼竜の群れを狩り、そのたびに食える部位を片端から回収していたからだ。
そこへ海の大物まで加わる。
量がおかしいのは、当然だった。
ラトがしばらく黙ってそれを見下ろし、ようやく言った。
「……まだ出すのか」
「減らすつもりで出してる」
匠一は言った。
「減ってるように見えねぇんだが」
実際、減っていなかった。
モササウルスの肉塊がひとつ転がるたび、今度は翼竜の胸肉が積まれる。
アノマロカリスの殻付きの巨体が並んだかと思えば、その横にアンモナイトが殻ごと置かれる。
余所ではまず食えない層越えの大珍味ばかりだ。
珍しいから価値があるのではない。
危険を越えてなお食卓に上がるだけの味があるから、価値がある。
不味いはずもなく、美味いに決まっていた。
なにせ匠一監修である。
三日三晩続けても尽きない量だった。
数拍、誰も喋らなかった。
最初に動いたのはコレット隊だった。
「解体台、足りる?」
「足りなきゃ箱を割る」
「火床は三つ、いや四つ回せる」
「塩は?」
「ある」
「香草は搬入口の分を回せる」
「鍋は深いのを全部出して」
「殻は捨てるな、出汁が出る」
さっきまで搬入口を押さえていた手が、今度は迷いなく包丁と鉤を取る。
白い密封壺を扱っていた指が、今度は脂の乗りを確かめる。
節の継ぎ目を探り、殻の割れ目を見て、肝の色を確かめる。
次の瞬間には、もう全員が料理人の顔になっていた。
コレット隊の隊長格の女が、モササウルスの肉塊の前でしゃがみ込む。
指先で表面を押し、断面の色を見て、鼻先で脂の匂いを取る。
それから立ち上がって、短く言った。
「背は炙り。腹は煮る。骨は全部鍋。尾は串に落とす」
別の隊員がアノマロカリスの殻を叩いた。
乾いた、よく締まった音が返る。
「これ、蒸しもいける」
「殻焼きも」
「爪の根元は揚げろ。甘いはず」
「頭は?」
「味噌があるなら勝ち」
アンモナイトの前では、少し年嵩の料理人が目を細めていた。
渦巻いた殻を撫でるように見て、ほとんど独り言みたいに言う。
「これは煮るより先に、肝を分ける」
「肝?」
「肝。ここを雑にやると台無しになる」
匠一が頷いた。
「そこは任せる」
その一言で十分だった。
コレット隊の空気が、完全に“現場”から“厨房”へ切り替わる。
外縁にいた生徒会の若い連中が、縄の向こうから半ば呆然とその様子を見ていた。
ついさっきまで封鎖と誘導で走っていた顔が、今は年相応に腹を空かせた顔になっている。
「……あれ、全部食うんですか」
誰かが言った。
「食える形にする」
イリスが即答した。
「可食部位の比率は高い。保存状態も良好。適切に処理すれば、かなり効率がいい」
「そういう話じゃなくて」
若いのが言う。
イリスは少しだけ首を傾げ、石畳に並んだ肉塊と殻を見た。
それから、珍しくほんの少しだけ間を置いて言った。
「……美味しいはず」
その言い方に、近くにいた何人かが吹き出した。
緊張が切れた笑いだった。
大きくはない。
だが、ようやく人間の声に戻った笑いだった。
ルナ隊はすでに動いていた。
彼女たちは料理人ではない。
だが、こういう場で人を詰まらせず、流れを作る手つきは持っている。
長机を引き、椅子を並べ、水桶を置き、皿を配る。
避難導線を作っていた足が、今度は配膳導線を作っていた。
通すための手つきで、混乱を止める。
そのやり方は同じだった。
マリーは公用車へ向かいかけて、そこで一度だけ足を止めた。
石畳に並ぶ深層食材と、もう火床を組み始めているコレット隊を見る。
白手袋のまま、ほんのわずかに眉を上げた。
「……ずいぶん大掛かりね」
「減らすついでだ」
匠一が言う。
「ついでで済む量ではないでしょう」
「三日くらいは保つ」
ラトが横から口を挟んだ。
「三日で済むか、これ?」
匠一は少し考えてから言った。
「三日三晩続けても尽きない量だった」
マリーはそこで初めて、ほんの少しだけ黙った。
呆れたのか、感心したのかは分からない。
ただ、従者の方は明らかに引いていた。
「……計画性という言葉をご存じで?」
マリーが言う。
「あるから溜まってる」
匠一は答えた。
ラトが吹き出す。
「それは計画性じゃなくて狩猟本能だろ」
火が入ったのは、その少しあとだった。
最初の鉄板に落ちたモササウルスの脂が、じゅっと低く鳴く。
白い煙が立ち、香草の匂いと混ざる。
海獣じみた濃い脂の匂いだ。
だが重すぎない。
強火で表面だけを先に焼かれた赤身は、香りだけで腹を鳴らせる種類の匂いをしていた。
別の火床では、アノマロカリスの殻が炙られている。
殻の継ぎ目から、甲殻の甘い匂いが立つ。
蒸気の上がる鍋では、割られた殻と脚が香草ごと煮られ、濃い出汁が白く泡立っていた。
アンモナイトは大鍋へ回された。
殻から外された身と肝、香草、塩、少量の酸。
煮え始める前から、貝とも頭足とも違う濃い匂いが立つ。
分かる者ほど黙る匂いだった。
「翼竜は?」
「胸は燻す。腿は焼く」
「恐竜の肋は?」
「骨ごと煮てから外せ。硬いまま噛ませるな」
「尾肉、串足りない」
「鉄線で代用」
「誰が回す?」
「若いの使って」
コレット隊の声が飛び交う。
命令というより、手順の連鎖だった。
誰も迷わない。
迷わないのは、食材が良いからだ。
良い食材は、料理人の手を早くする。
やがて最初の皿が出た。
厚切りにされたモササウルスの炙り。
表面だけが香ばしく、中はまだしっとりしている。
脂は強いのに、後味が重くない。
海の獣肉の完成形みたいな味だった。
次に、アノマロカリスの殻焼き。
殻を割った瞬間、湯気と一緒に甘い匂いが立つ。
身は締まっているのに硬くなく、噛むほど旨味が濃くなる。
見た目で引いた者ほど、食べたあと黙る味だった。
アンモナイトの香草煮は、さらに静かだった。
口に入れた瞬間に派手な驚きがある味ではない。
だが、飲み込んだあとで舌の奥に残る。
肝の濃さと身の弾力、出汁の深さが遅れて来る。
分かる者ほど、二口目で顔が変わる。
「……なんだこれ」
若い生徒会の一人が言った。
「うま」
「だから言った」
イリスが言う。
「美味しいはず」
「お前、さっき“効率がいい”って言ってただろ」
「効率もいい」
イリスは真顔で答えた。
「美味しい上に効率がいい」
その返しに、今度はもっと大きな笑いが起きた。
ラトは串に刺さった尾肉を一本奪い、熱いまま噛みちった。
すぐに眉を上げる。
それから何も言わず、もう一口いった。
言葉より先に食う時点で、答えは出ている。
「どうだ」
匠一が訊く。
「腹立つくらいうめぇ」
ラトが言った。
「お前、これ普段ひとりで食ってたのか」
「ひとりじゃ減らない」
「そりゃそうだろ」
マリーは最初、受け取らなかった。
まだ仕事が残っている顔をしていた。
だがルナ隊の一人が、皿ではなく小さな椀にアンモナイトの出汁だけを入れて差し出すと、
さすがに断れなかったらしい。
一口だけ飲む。
それだけのつもりだったのだろう。
だが、ほんのわずかに目が止まった。
「……上品ね」
とだけ言った。
コレット隊の年嵩の料理人が、少し得意そうに鼻を鳴らす。
「素材がいいんです」
「監修もいい」
ラトが言う。
「そこは認める」
料理人が返した。
火床は増え、鍋は増え、皿は回り始めた。
立入縄の外まで匂いが流れる。
さっきまで封鎖と差押えの空気だった場所が、今は湯気と脂と香草の匂いで満ちていく。
街へ戻すとは、こういうことだった。
危ないものを取り除くだけでは足りない。
空いた場所へ、温かいものを入れなければ、人は戻らない。
回収車の脇では、負傷の軽い者から先に椀が配られていた。
聴取待ちの若い連中にも、まず食わせる。
泣きそうな顔をしていた者ほど、温かい汁を飲んだあとでようやく息を吐く。
それでいい。
それが先だ。
匠一は石段の下で、火床の増えていく様子を見ていた。
白い壁。
白い封鎖札。
その前に並ぶ、深層の肉と殻と湯気。
妙な取り合わせだった。
だが悪くない、と匠一は思った。
「まだ出すか」
コレット隊の誰かが叫ぶ。
匠一は無言で、また収納袋へ手を入れた。
ラトが笑う。
「おい、ほんとに底なしかよ」
「底はある」
匠一は言った。
「まだ遠いだけだ」
その返しに、今度は周囲のあちこちで笑いが起きた。
もう誰も、さっきまでと同じ顔はしていなかった。
火床が増えるごとに、中央棟の前の空気は少しずつ柔らかくなっていった。
白い封鎖札はまだ扉に残っている。
回収車も、立入縄も、帳面を抱えた従者たちも、まだそこにいる。
だが、そのあいだを湯気が通る。
脂の匂いが通る。
皿と椀が行き来する。
それだけで、人の顔つきは変わる。
最初の長机の端では、生徒会の若い連中がまだ少し遠慮した顔で皿を持っていた。
食べていいのか、どこまで手を出していいのか、まだ測っている顔だ。
そこへ、コレット隊の女が大皿をひとつ置いた。
モササウルスの炙りが山になっている。
表面の焼き目から脂が光り、切り口はまだしっとり赤い。
「冷める前に食べな」
女が言う。
「これは待つ料理じゃない」
若い一人が思わず背筋を伸ばした。
「え、あ、はい」
「返事はいいから食べる」
「はい」
隣の若いのが小声で言う。
「お前、さっきから“はい”しか言ってないぞ」
「だって怖ぇんだよ」
「料理人が?」
「料理人が一番怖ぇよ。あの人ら今、完全に戦闘態勢じゃん」
その会話を聞いていたコレット隊の女が、皿を配りながら鼻で笑った。
「戦闘態勢で合ってるよ。
いい食材を前にした料理人は、たいていそうなる」
若い連中は顔を見合わせ、それからようやく肉を口に入れた。
一人が止まる。
もう一人も止まる。
三人目が、噛んだまま目を見開く。
「……うま」
誰かが言った。
「だろうね」
イリスが横から言った。
いつの間にか来ていた。
皿の上には、モササウルスの炙りがきっちり三切れ、アノマロカリスの殻焼きが二つ、
アンモナイトの煮込みが少量ずつ、妙に整然と並んでいる。
「お前、盛り方が研究資料みたいなんだよ」
若いのが言う。
「比較しやすい方がいい」
イリスは真顔で答えた。
「脂、繊維、出汁、肝の残り方が違う」
「食う前に言うことじゃねぇ」
イリスはモササウルスを一切れ口に入れ、少しだけ考える顔をした。
それから淡々と言う。
「予想より軽い。
脂は強いのに、後味が残りすぎない。
火の入れ方がいい」
「お前、褒める時も分析なんだな」
「褒めている」
イリスは言った。
「かなり」
その少し向こうでは、ラトが串を片手に火床の前へしゃがみ込んでいた。
翼竜の腿肉を焼いているコレット隊の男の横で、勝手に味見役みたいな顔をしている。
「それ、もういいだろ」
ラトが言う。
「まだ早い」
男が返す。
「いや、今が一番うまい焼き色だって」
「お前の“今”はだいたい早い」
「肉は早い方がうまい時もある」
「ある。だが今じゃない」
ラトは不満そうに鼻を鳴らした。
だが手は出さない。
出せば本気で叩かれると分かっているからだ。
そこへ匠一が来た。
無言で火床を見て、翼竜の腿肉の表面を一度だけ見る。
「あと少し」
匠一が言った。
ラトがすぐ振り向く。
「ほら見ろ、まだなのかよ」
「お前が早い」
匠一は言った。
「胸は燻した方がいい。腿はもう少し脂を回せ」
コレット隊の男が頷く。
「やっぱりそうか」
「骨際まで熱を入れてから休ませろ。
切るのはそのあとだ」
「了解」
ラトが串をくるくる回しながら言う。
「お前、ほんとに監修なんだな」
「だからそう言ってる」
「監修っていうか、ほぼ現場指揮じゃねぇか」
「食材が多いからな」
「多いって量じゃねぇんだよ」
匠一はそこで少しだけ火床の向こうを見た。
石畳にまだ積まれている肉塊と殻。
解体待ちの尾肉。
鍋待ちの骨。
まだ凍気の残る塊。
「減ってる」
匠一が言った。
ラトは笑った。
「誤差だろ」
少し離れた長机では、マリーがまだ立ったまま椀を持っていた。
座る気はないらしい。
従者も同じく立ったまま、だがこちらは完全に所在なさそうな顔をしている。
ルナ隊の一人が、静かに皿を差し出した。
今度はアンモナイトの香草煮ではなく、アノマロカリスの蒸し身だった。
殻から外され、白い身だけがきれいに並んでいる。
「こちらは食べやすいです」
ルナ隊の女が言う。
「手も汚れません」
マリーは少しだけ皿を見た。
「気を遣わせたわね」
「仕事ですから」
「便利な言葉ね」
そう言いながら、マリーは一切れ口に入れた。
噛んだ瞬間、ほんのわずかに目が止まる。
それを見ていた従者が、恐る恐る訊いた。
「……いかがですか」
「甘いわね」
マリーが言った。
「見た目に反して、ずいぶん上品」
ルナ隊の女が少しだけ口元を緩める。
「匠一監修です」
「それ、もう合言葉みたいになってない?」
「なっています」
従者はまだ皿を受け取っていなかった。
マリーが横目で見る。
「あなたも食べなさい」
「ですが、職務中で」
「立ったまま食べればいいでしょう」
「……では」
従者はおそるおそる一切れ取った。
口に入れ、噛み、そして明らかに顔が変わる。
だが職務上、あまり大きく反応してはいけないと思っているのか、必死に抑えている。
マリーがそれを見て言った。
「分かりやすいわね」
「申し訳ありません」
「別に責めていないわ」
その少し離れたところでは、ニールが帳面を脇に置いたまま、片手で椀を持っていた。
完全には仕事を離れていない。
だが、離れないまま食べることにはしたらしい。
イリスがその横へ来る。
「進んでる?」
「進んでる」
ニールは答えた。
「進んでるけど、増えてる」
「食材?」
「帳面」
イリスは少し考えてから言った。
「それは減らない」
「知ってる」
ニールはアンモナイトの出汁を一口飲み、目を閉じた。
それから静かに息を吐く。
「……これはずるいですね」
「何が」
「仕事中に飲ませる味じゃない」
イリスも自分の椀を見た。
「分かる」
「分かるんだ」
「分かる。
集中力が切れる方向ではなく、
“今日はもう少し頑張ってもいいか”になる味」
ニールはそこで少しだけ笑った。
「珍しく詩的ですね」
「事実」
その会話の向こうで、生徒会の若い連中が翼竜の燻製を巡って小さく揉めていた。
「それ俺のだろ」
「違う、先に取った」
「取ってない、見てただけだ」
「見てたなら欲しかったんだろ」
「欲しかったけどまだ取ってない」
「じゃあ今取る」
そこへコレット隊の女が新しい皿をどんと置く。
今度は恐竜の肋肉だった。
骨のまわりに肉が厚く残り、香草と塩だけで焼かれている。
「喧嘩するなら、もっと出すよ」
女が言う。
若い連中が一斉に黙る。
「……あります?」
一人が訊く。
「ある」
女は即答した。
「三日三晩続けても尽きない量がある」
「本当に何なんですか、あの人」
その問いに、たまたま通りかかったラトが答えた。
「狩って、溜めて、忘れて、今出してる」
「雑すぎません?」
「本人に言え」
「言えるわけないじゃないですか」
ラトは笑いながら、肋肉を一本持っていった。
その背中へ、コレット隊の女が言う。
「それ、骨までしゃぶるなら持ってけ」
「しゃぶるに決まってんだろ」
「ならいい」
火床のさらに奥では、回収係の連中まで椀を持っていた。
寝台を拭き、固定具を戻し、水を替えたあとで、ようやく一息ついた顔だ。
「死体袋が見えない位置にあるまま、いい匂いだけ流れてくるの、なんか変な感じだな」
一人が言う。
「現場なんてだいたいそんなもんだろ」
もう一人が返す。
「嫌なもんの横で、温かいもん飲むんだよ」
「今日は温かすぎるけどな」
「文句あるなら寄越せ」
「ない」
そのやり取りを聞いていた匠一が、鍋の蓋を少しだけ開けた。
骨と殻から取った出汁が、白く濃く煮えている。
香草と塩だけなのに、匂いだけで腹が鳴る。
「これ、誰に回す」
匠一が訊く。
コレット隊の年嵩の料理人が即答した。
「軽傷者から。次に若いの。最後に偉いの」
「妥当だな」
ラトが言う。
「偉いのは後でいい」
料理人が言う。
「腹減ってる顔してる順だ」
その言葉に、近くにいたマリーが少しだけ眉を上げた。
だが何も言わない。
反論しない時点で、認めているようなものだった。
やがて、長机の端にいた若い生徒会の一人が、椀を両手で持ったままぽつりと言った。
「……さっきまで、あそこに入るの怖かったんですよ」
誰に向けた言葉でもなかった。
だが近くにいた何人かが、自然にそちらを見る。
「そりゃそうだろ」
ラトが言う。
「怖くない方がおかしい」
「でも、みんな普通に動いてたから」
若いのが言う。
「自分だけ足が止まってる気がして」
イリスが椀を持ったまま答えた。
「止まってない」
「え」
「止まっていたら、縄は張れていない。
親子も下げられていない。
西も押さえられていない。
だから止まってない」
若いのは少し黙った。
それから、照れたように笑う。
「……お前、そういう時だけ優しいな」
「事実を言ってるだけ」
「それを優しいって言うんだよ」
イリスは少しだけ考え、それからアンモナイトの煮込みを一口食べた。
答えは返さなかった。
だが、その返さなさも悪くなかった。
匠一は少し離れたところから、その長机を見ていた。
笑い声。
湯気。
皿の音。
白い封鎖札。
全部が同じ場所にある。
妙な景色だった。
だが、悪くない。
そこへニールが帳面を抱えたまま来る。
「一応、報告」
「何だ」
「今夜は徹夜です」
「知ってる」
「その前に、食べておいた方がいいです」
「知ってる」
ニールは少しだけ間を置いてから言った。
「あと、モササウルスの背肉は残してください」
「食いたいのか」
「食べたいです」
匠一はそこで初めて、ほんの少しだけ笑った。
「取っとけ」
「了解」
その返事だけが妙にきびきびしていて、近くにいたラトが吹き出した。
「お前、帳面よりそっちの返事の方が早ぇじゃねぇか」
「優先順位の問題です」
「正直でよろしい」
火床の火はまだ強い。
鍋もまだ尽きない。
石畳の上には、まだ解体待ちの肉と殻が山のようにある。
三日三晩続けても尽きない量だった。
そしてたぶん、本当にそうなるのだろうと、その場の誰もがもう疑っていなかった。




