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見難い火傷の子  作者: 清風
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424/468

海底都市アプスー捕物帖(突入前夜)

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子424



海底都市アプスー捕物帖(突入前夜)



深淵ダンジョン第十六エリア/第四紀完新世層

青銅の時代

この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。


中央棟の上階で開いた窓は、すぐには閉じなかった。


白い枠の内側に人影はない。

ただ、薄いカーテンだけが一度だけ揺れた。

中から見ている。

それだけで十分だった。


正門前では、マリーが書類箱から一枚だけ抜き出している。

従者が半歩下がり、印章盆を支えた。

まだ押さない。

押せば戻れないからだ。

だが、押せるところまでは来ている。


南側導線では、ルナ隊の隊員が扉脇の花台を少しだけずらした。

飾りのためではない。

人が一度に抜けられる幅を、目立たない形で削っている。

通すための手つきで、止める準備をしていた。


搬入口では、コレット隊の隊員が木箱を開け、瓶を並べ替えている。

香草の束、乾物袋、保存瓶。

その間に混じる白い陶器の密封壺。

中和剤か、吸着粉末か、あるいは煙を殺すための何か。

空気まで、もうこちらの持ち場に入っていた。


高所の影は、ひとつ増えていた。

見えている二つのほかに、見えない一つを置く。

ブルーシグナルの癖だ。

逃げ道に見える場所ほど、先に喉を狙えるようにしてある。


外縁では、生徒会の若い連中が立入縄を張り終え、人の流れを読む位置に散っていた。

避難のための顔をしている。

実際、それも仕事のうちだ。

だが目線は、縄の内側ではなく、その向こうの抜け道を見ていた。

逃げる者を通さず、逃げ遅れる者を拾うための目だった。


さらに外、荷車だまりの陰では、みいとマザーの回収車が幌を閉じたまま止まっている。

寝台も、固定具も、水も、もう積んである。

戦いのあとを拾う準備まで、済んでいた。


匠一は試験線路の端から中央棟を見ていた。

出入口は三つ。

裏の搬送路を入れれば四つ。

逃げるなら西。

隠すなら下。

焼ける形に、かなり近い。


「十分だろ」

ラトが言った。


匠一は答えなかった。

中央棟の窓を見たまま、正門、南側、搬入口、高所、外縁へと視線を流す。

どこも静かだった。

静かなまま、もう全部が動ける位置に入っている。


そのとき、正門の方で子どもの笑い声がした。


全員の視線が、ほとんど同時にそちらへ向いた。


立入縄のまだ張り切られていない隙間に、小さな影がひとついる。

アフメット一家の男の子だった。

きちんとした外出着のまま、縄の下をくぐろうとしている。

その後ろから、母親のファトマが慌てて腕を掴んだ。


「エムレ、だめ」


大きな声ではない。

だが、その一言で空気が変わった。

ここがまだ街の中であることを、全員が思い出す。

祝いの日に列車で来て、食事をして、帰るはずだった場所の延長に、今この包囲がある。


「下げろ」


匠一の声は低かった。

近くにいた生徒会のイリス・ノクスがすぐ動く。

縄の位置を変えるふりで、親子を外へ誘導する。

ルナ隊の隊員も一人、給仕の歩幅のまま寄っていった。

急がない。

急げば目立つ。

目立てば、上から見ている連中に合図になる。


ファトマは何かを察したのか、息子の肩を抱くようにして半歩下がった。

その少し後ろに、アフメットがいる。

祖父母もいる。

祝いの帰りらしい服のまま、家族ごと静かに外へ掃かれていく。


匠一は、それを見届けるまで動かなかった。


中央棟の上階、開いたままの窓の奥で、またカーテンが揺れた。


次の瞬間、南側の給仕用の細い扉が内側から開いた。


人が出る。

給仕服の女が一人。

その後ろに、灰色の上着を着た男。

顔を伏せている。

役職者ではない。

だが、ただの給仕でもない。

逃がすには中途半端で、捨てるには惜しい顔だった。


「中継ぎだな」

ニールが言う。

「帳面か、鍵か、口か」


給仕服の女が男の腕を引く。

急いでいる。

だが走らない。

走れば見えるからだ。

見えないように逃がす。

それがもう、敵のやり方そのものだった。


その二人が花台の角へ差しかかった瞬間、ルナ隊の隊員が給仕の礼の角度で一歩だけ前へ出た。


「こちらは立入制限中です」


柔らかい声だった。

柔らかいが、通さない声だった。


給仕服の女の肩が、わずかに強張る。

灰色の上着の男が顔を上げる。

その一瞬で十分だった。


正門前で、マリーの印が紙に落ちた。


乾いた音は小さい。

小さいが、それで十分だった。


匠一は低く言った。


「総員、突貫!」

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