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見難い火傷の子  作者: 清風
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416/483

海底都市アプスー捕物帖(オートメガネウラ)

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子416



海底都市アプスー捕物帖オートメガネウラ



深淵ダンジョン第十六エリア/第四紀完新世層

青銅の時代

この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。


海底都市アプスー中央ドーム上層、保安発着帯には、朝の光に似せた照明が斜めに落ちていた。


透明な耐圧外殻の向こうでは、深海の青とも黒ともつかない闇がゆっくりと脈打っている。

遠くを横切る発光魚群の帯が、巨大なドームの輪郭をぼんやりと浮かび上がらせた。

内壁に沿って積み上がる街区、上下を結ぶ回廊、中央駅へ吸い込まれていく人と貨物の流れ。

そのすべてを見下ろす位置に、二機の新型が並んでいた。


小型単座魔導メガネウラ。

海底都市用軽機動型。

そして今日からの正式名称を、整備班は朝一番で勝手に決めていた。


「オートメガネウラ、正式配備おめでとうございます」


レイラは無表情で言った。

その横で、整備班の若い隊員が胸を張る。


「通称です!」

「知ってる」

「いい名前でしょう」

「勢いだけは認める」

「オートバイみたいに跨がるメガネウラだから、オートメガネウラです!」

「説明されると余計にそのままね……」


発着帯の端で工具箱を閉じていた匠一が、顔も上げずに言った。


「名前で死ななければ何でもいい」

「出たわね」

「正式配備前に揉める話題じゃないだろ」

「そういう問題じゃないのよ」


カナタは新型の横に立ち、機体を見上げた。


見た目は、やはりどう見ても妙だった。

巨大なトンボの胴体をそのまま細身の機体に仕立て、その腹に人が跨がる。

シートは四枚羽の付け根のすぐ後ろ。

頭部は大型ヘッドライトと複眼状のカウルを兼ね、

後端から伸びたハンドルが角のように左右へ張り出している。

尾部は細く長く、その先から魔導排気の淡い光が漏れていた。


上から見れば、四枚羽は胴体下からX字に広がる。

翼の隙間から搭乗者の上半身だけが露出する構造で、風防はない。

守るのは機体ではなく、搭乗者側の装備だ。

匠一監修の魔導通信対応型ヘルメットとゴーグルが前提になっている。


要するに、トンボにオートバイを生やしたようなものだった。


「盛りすぎでは?」

「前にも言ってたな」

「前は試験機だったでしょう。正式配備ってことは、これが標準になるのよ」

「嫌か」

「嫌というか、正気を疑ってる」

「役には立った」

「嫌なくらいにね」


レイラはそう言って、自分の機体へ視線を移した。


同型機だが、思想は違う。

カナタ機は機首下に小型魔導制圧砲を備え、側面には増加装甲と補助スラスタが追加されている。

先行制圧仕様。

対してレイラ機は機首周りに通信アンテナ束、側面に医療ポッドと担架フック。

索敵・通信・救護支援仕様。

ヘッドライトの色も違う。

カナタ機は青白く、レイラ機は緑がかっていた。


「識別灯まで変えたの」

「現場で見分けがつかないと困る」

「誰が」

「お前ら以外が」

「それはそう」


匠一はようやく顔を上げた。

五歳児の顔で、言うことだけが妙に重い。


「海底都市では、最初の数分が全部を決める」

「……」

「列車は止められても、人の呼吸は止められない。

回廊は封鎖できても、混乱は封鎖できない。

だから着地と同時に降りられること、狭所へ入れること、見えない場所でも見えること、その三つを優先した」 「風防なしも、そのため?」 「風防があると視界が死ぬ。曇る。割れる。粉塵が張りつく。海の底で見えない、聞こえない、間に合わないは死因になる」


レイラは小さく息を吐いた。

その台詞は、もう聞き慣れつつある。

だが聞くたびに、反論しづらい。


発着帯脇の机には、分厚い冊子が二冊置かれていた。

革張りの表紙に金文字。


軌道保安統一教範

海底都市アプスー補遺・改訂四版


そして整備班の誰かが、また雑に墨で書き足している。


――軌道本


レイラは冊子を持ち上げ、眉をひそめた。

「増えてない?」

「増えた」

「どこが」

「第七補遺」

「嫌な予感しかしないんだけど」

「正式配備に合わせて追加した」

「何を」

「小型単座魔導メガネウラ運用仕様」

「つまりオートメガネウラの説明書?」

「現場での死に方一覧だ」

「言い方!」


カナタが横から冊子を覗き込む。 「何て書いてある」

匠一は淡々と答えた。 「乗降。視界。格納。制圧連携。あと、無理な旋回をしたときにどう落ちるか」

「最後いらないでしょ」

「いる」

「いるのね……」


整備班の若い隊員が、なぜか誇らしげに胸を張った。

「翼を折り畳めば全幅一・二メートルです! 保守足場も通れます!」

「通したくて通してるのが怖いのよ」

「海底都市ですから!」

「その一言で全部押し切ろうとしないで」


そのとき、発着帯の警報灯が短く明滅した。


全員の空気が変わる。


壁面通信板に指令の声が走る。


『中央駅西側保守回廊にて、搬送補助魔導管の圧低下を確認。

現場確認に向かった保守員より、設備異常ではなく事案性ありとの報告あり。

加えて観光客一名が立入禁止区画へ迷い込んだ可能性。

機動救安班、出動されたし』


レイラが顔をしかめた。 「正式配備初日から?」

「静かなほうだ」

「比較対象がもうおかしいのよ」


カナタは軌道本を閉じ、ヘルメットを取る。 「保守回廊。狭いな」

「だから正式配備だ」 匠一は当然のように言った。

「試験運用で足りるなら、正式配備にはしない」


二人は機体へ向かった。


カナタは青白い灯を宿した機体へ跨がる。

トンボの腹に跨がる、という表現が一番近い。

シートは羽の付け根の直後。

前傾姿勢を取ると、頭部後端から伸びたハンドルが自然に手へ収まる。

足をかける位置も低すぎず高すぎず、飛ぶための姿勢と降りるための姿勢が両立されていた。


レイラも緑灯の機体へ乗る。

風防はない。

代わりにヘルメットのゴーグル表示が起動し、

視界の端に魔力線観測、熱源表示、簡易地図、通信状態が重なる。

機体と装備が一体化して初めて完成する設計だ。


「オートメガネウラ、起動確認」

「通称を定着させる気満々ね」

「もう整備班で定着してる」

「最悪」


匠一が最後に二人のヘルメットへ通信をつないだ。

「聞け。今日は正式配備初日だが、機体は祝ってくれない」

「知ってる」

「着地と同時に降りろ。狭所では機体に執着するな。制圧砲は牽制、本命は降りてからだ」

「軌道本第七補遺?」

「読んだなら死ぬな」

「雑なのよ」


二機が同時に浮き上がる。


魔導羽が低く唸り、発着帯の床から影が離れた。

次の瞬間には、中央ドーム上層の空間を滑るように加速している。

大型機のような威圧感はない。

だが小さいからこそ速い。

狭い回廊と巨大空洞を繋ぐための、海底都市専用の足だった。


下方では中央駅の朝が動いている。

列車から降りる観光客、荷を運ぶ搬送員、案内板を見上げる家族連れ。

その頭上を、二機のオートメガネウラが切り裂くように飛ぶ。


「指令、現場図を」

『送信。西側保守回廊、第三枝路。圧低下は軽微だが、保守員が“工具痕あり”と報告。

現場近傍で一般客らしき熱源一つ。保守員一名が誘導中』

「一般客が迷い込んだだけならいいけど」

「事案性ありって言ってた」

「だから嫌なのよ」


ゴーグルに見取り図が展開する。

西側保守回廊は、観光区画の裏を走る細い保守用通路だ。

通常は施錠されているが、何らかの拍子に迷い込む者が出ることはある。

問題は、そこに工具痕と圧低下が重なっていることだった。


二機は接続口まで飛び、狭窄区画手前で同時に着地した。


靴底が床を打つより早く、カナタは機体から身を離す。

レイラも続く。

車両と違い、降車時間はほぼゼロ。

これが命綱だと匠一は言った。

実際、その通りだった。


「……やっぱりこれ、嫌なくらい役に立つ」

「今さらか」

「認めたくなかっただけ」


保守回廊は狭かった。

壁面を走る補助魔導管、足元の格子床、ところどころに設けられた点検扉。

照明は最低限で、旅客区画の華やかさはない。

だが都市の裏側を支えるには十分な明るさだった。


レイラが前方を見て、短く言う。

「熱源二つ。保守員と、もう一人。奥」

「一般客か」

「動きが変。しゃがんでる」

「泣いてるとか?」

「違う。……何かしてる」


カナタは足を速めた。


枝路の先、保守員が一人、通路中央で立ち止まっていた。

その向こう、観光客らしい若い男が壁面端子の前にしゃがみ込み、何か細い工具を差し込んでいる。

保守員が声を張る。


「だから触るなと言ってるでしょう! そこは一般立入禁止――」


男が振り向いた。

目が合う。

観光客の顔ではなかった。

逃げ場と距離と、相手の数を測る目だった。


「カナタ」

「見えた」


男は立ち上がると同時に、端子から工具を引き抜いた。

次の瞬間、壁面の補助魔導管が不穏に明滅する。


「レイラ、圧!」

「落ちる、でもまだ軽微! 今なら止められる!」


男は保守員を突き飛ばし、枝路奥へ走った。

狭い。追えば追いつける。

だが端子を放置すれば、圧低下が広がる可能性がある。


一瞬の判断だった。


「俺が追う!」

「私が止める!」


役割分担は決まっていた。


カナタは枝路を蹴る。

狭所ではオートメガネウラは入れない。

だから降りる。だから徒手制圧が本命になる。

匠一の言葉どおりだ。


男は速かった。

だが保守回廊の走り方を知らない。

格子床の継ぎ目、配管の張り出し、点検扉の段差。

慣れない者はそこでわずかに速度を落とす。

カナタは落とさない。


三歩で間合いを詰める。


男が振り返りざまに何かを投げた。

小型の発煙筒。

白い煙が狭い通路に一気に広がる。


だが視界は死なない。

ゴーグル表示が熱源を拾う。

風防がないからこそ、曇りも遅れもない。


「海の底で見えない、聞こえない、間に合わないは死因になる、だったか」

「今それ言う!?」


レイラの声を背に、カナタは煙の中へ踏み込んだ。


熱源は前。

重心は右。

逃げるつもりで、まだ戦う覚悟は薄い。


カナタは男の肩口へ斜めに入った。

ぶつかるのではなく、軸をずらす。

男が反射的に腕を振るう。

細い工具が閃く。

刃ではないが、端子を壊すには十分な硬さだ。

その手首を取らず、肘の内側を打ち上げる。

工具が跳ねる。

次いで肩と腰を同時に崩す。

狭い通路では、大きく投げる必要はない。

壁と床がある。

逃げ道を消せばいい。


鈍い音。

男の体が格子床へ落ちる。


終わらせない。

終わったと思わせない。


カナタはそのまま肩甲帯ごと上体を封じ、首と骨盤の向きを逆に固定した。

暴れれば自分で自分を締める形。

対ワイバーン徒手制圧術の、人間相手への最適化だった。


「動くな」


低い声。

男が息を呑む。

起き上がれない。


一方その頃、レイラは壁面端子へ膝をついていた。

保守員が青ざめた顔で補助工具を差し出す。


「すみません、止めきれなくて……!」

「謝るのは後! 波形見せて!」

「こ、これです!」


端子表示に乱れた魔力線が走る。

素人の悪戯ではない。

だが壊し切る前に引き抜いたせいで、まだ戻せる。


レイラはゴーグル表示を拡大し、干渉点を絞る。

通信、索敵、医療収納を強化した支援仕様。

レイラ機の思想は、こういうときに生きる。


「……ここ」 干渉鍵を差し込み、逆位相を流す。

明滅していた補助魔導管が、一拍遅れて安定した。


「圧、回復!」

『指令より確認、西側保守回廊の圧低下停止! よくやった!』


保守員がへたり込みそうになるのを、レイラは片手で支えた。

「怪我は?」

「打撲だけです」

「なら立って。犯人確保を確認する」


煙が薄れた先で、カナタが男を床へ押さえつけているのが見えた。

その足元には、落ちた工具。

ただの迷い込んだ観光客ではない。

工具を持ち、保守端子を狙い、逃走経路まで見ていた。

明らかに事案だった。


レイラが近づく。

「手錠」

「右腰」

「了解」


手際よく拘束を終える。

男は歯を食いしばっていたが、もう逃げられない。


保守員が呆然と呟く。

「……新型、すごいですね」 レイラは少しだけ肩をすくめた。

「嫌なくらい役に立つのよ、これ」

「正式配備初日で証明されたな」

「嬉しくない証明のされ方だけど」


そのとき、通信に匠一の声が割り込んだ。


『聞こえるか』

「聞こえる」

『機体は』

「無傷」

『お前らは』

「無傷」

『ならいい』

「それだけ?」

『正式配備初日に壊されたら整備班が泣く』

「人より先に機体の心配した?」

『機体がなければ次の人命が拾えない』


レイラは一瞬だけ黙り、それから苦笑した。

「……反論しづらいのよ、それ」

『軌道本第七補遺、初動運用例として追記しておく』

「もう追記されるの!?」

『正式配備とはそういうものだ』


カナタが男を引き起こしながら、短く言った。

「鈍器にはなるな」

『何の話だ』

「軌道本と機体」

『両方とも、殴るために作ってない』

「知ってる」


保守回廊の向こうでは、都市は何事もなかったように動き続けている。

観光客は海を見上げ、列車は時刻どおりに発着し、貨物は静かに流れていく。

その裏側で、最初の数分を引き受ける者たちがいる。


事件と事故と災害の境目が薄いこの都市で、

終わるはずのものを終わらせないために、

人より先に飛び、着いた瞬間に降り、狭い通路へ躊躇なく踏み込むための足。


それが、オートメガネウラだった。


中央ドームへ戻る途中、二機は再び上層空間を滑った。

青白い灯と緑の灯が、深海の闇を背に並んで走る。


「正式配備、おめでとう」 レイラが通信で言う。

「誰に」

「機体に」

「変なこと言うな」

「だって今日から本採用でしょう」

「そうだな」

「感想は?」 カナタは少しだけ考えた。


「善処する」

「それ感想じゃないのよ」


レイラのため息混じりの声が、ヘルメットの内側で小さく響いた。


海底都市アプスー。

駅はできた。

警察は置かれた。

法律は整った。

そして今日、法を最初の数分で執行するための足が、正式に配備された。


海底都市アプスー、フル装備完了。


ただし匠一の言うとおり、機体は祝ってくれない。

次の警報は、たぶんすぐに鳴る。

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