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見難い火傷の子  作者: 清風
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410/459

シーラ、水族館に就職する

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子410



シーラ、水族館に就職する



深淵ダンジョン第十六エリア/第四紀完新世層

青銅の時代

この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。


爆炎ハウス近くを流れるユーフラ川で、近ごろ妙な噂が立っていた。


川底を、巨大な影がゆっくりと遡っているというのである。


漁師は網を引き上げる手を止め、船頭は櫂を持つ手を震わせた。


「見たぞ、あれは魚なんてもんじゃねえ」

「いや、魚だった。だが砲台が付いていた」

「そんな魚があるか!」


ある日ついに、川辺の見物人が騒ぎになった。


「出たぞーっ!」


匠一たちが様子を見に行くと、川面が大きく盛り上がり、ぬらりとした巨体が姿を現した。


古代魚めいた頭部。

分厚い装甲。

側面に並ぶ不穏な機構。

背には砲塔めいた突起。


見た目は巨大なシーラカンス。

だがどう見ても、ただの魚ではない。


周囲の者たちが一斉に後ずさる中、匠一だけが目を細めた。


「……ああ、お前か」


巨体は静かに岸へ寄ってきた。

直後、どこからともなく落ち着いた声が響く。


『テイム主を確認。接触行動を開始します』


AI副脳の声だった。


見物人たちはさらにざわついた。


「しゃべった!」

「魚がしゃべったぞ!」

「魚じゃないだろ、あれは!」


匠一は川辺にしゃがみ込み、シーラの頭部を軽く叩いた。


「よくここまで来たな」


シーラは水面に半ば顔を出したまま、ゆっくりと身を揺らした。

返事の代わりらしい。


事情を聞くと、シーラは長く海底を漂っていたが、ふとテイム主の所在を探知し、

ここまで遡ってきたのだという。

ついでに深海の様子も記録してきたらしく、AI副脳が淡々と報告を始めた。


『近海深層において大型海獣の活動増加を確認。

海底遺構周辺の潮流にも変化あり。

なお、主の所在を優先し、遡上行動を選択しました』


「会いに来たついでに報告も持ってきたのか。律儀だな」


匠一がそう言うと、シーラはまた静かに揺れた。


だが問題は、その後だった。


「で、こいつをどうするんだ?」


誰かがもっともなことを言った。


川に置いておくには大きすぎる。

しかも重武装である。

近所の子どもが面白がって近づくには危険すぎたし、漁の邪魔にもなる。


匠一は腕を組んだ。


「海に返すか」

「返したところで、また来るのでは?」

「来るだろうな」


シーラは主を探してここまで来たのだ。簡単に追い返して済む相手ではない。


その時、水族館の話が出た。


以前から海中展示や海底観覧に力を入れている施設で、海の見える都市部では人気の行楽地になっている。

海底都市の遺構を遠望できる観覧計画もあるが、危険海獣の問題で本格運用には至っていないと聞いていた。


「こいつ、海中遊覧に向いてるんじゃないか」

「向いてるどころか、これ以上ないだろ」

「危険海獣が出ても返り討ちにできるしな」


匠一はシーラを見上げた。


「働くか?」


シーラはしばらく沈黙し、それから副脳が答えた。


『任務内容を確認中。海中案内および乗客保護。継続的運用可能。受諾に問題ありません』


「決まりだな」


話は早かった。


水族館側に連絡を入れると、館長と職員たちは半信半疑で視察にやって来た。

だが川辺に浮かぶシーラを見た瞬間、全員が言葉を失った。


「……本当にいた」

「古代魚……いや、潜航艇……?」

「これを、うちで?」


館長は眼鏡を押し上げ、ぐるりとシーラを見回した。


「展示価値が高い」

「はい」

「海中遊覧にも使える」

「はい」

「しかも護衛能力付き」

「はい」


職員たちの返事がだんだん早くなる。


試験運用はその日のうちに決まった。


水族館の海側係留施設へ移されたシーラは、驚くほど素直に誘導に従った。

専用の係留水槽にも収まり、職員の指示に合わせて浮上・潜航を繰り返す。

観覧窓からの視界も良好で、乗客席を設ける余地も十分あった。


さらに近海で、小型ながら気性の荒い海獣が一頭、試験海域へ入り込んできた。


職員たちが緊張する中、シーラは静かに前へ出た。


『脅威を確認。威嚇行動を実施します』


次の瞬間、装甲の隙間に淡い光が走り、低い振動音が海中へ広がった。

海獣はびくりと身を震わせ、進路を変えて逃げていく。


館長はしばらく黙っていたが、やがて深くうなずいた。


「採用だ」


その一言で決まった。


「これほどの海中遊覧艇は他にない。いや、遊覧艇というより……海中遊覧防衛艇か」

「名前は?」

「シーラ便でいいだろう」


職員たちはさっそく案内板や予約札の準備に走り出した。

子ども向けの紹介文、乗船規約、安全説明、海中観覧コースの地図。

館内は急に忙しくなる。


匠一はその様子を見て、軽く笑った。


「働き口が見つかってよかったな」


シーラは水槽の中で、ゆっくりと尾を揺らした。


AI副脳が静かに告げる。


『新任務受諾。海の案内および乗客保護を開始します』


かつて白亜紀から生き延び、匠一に出会ったばかりに潜水艦へ改造された古代魚は、

その日、水族館に就職した。

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