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見難い火傷の子  作者: 清風
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394/481

新設飛行学校、魔導メガネウラ災害救助訓練

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子394




新設飛行学校、魔導メガネウラ災害救助訓練




深淵ダンジョン第十六エリア/第四紀完新世層

青銅の時代

この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。


北棟訓練室に入った時、上空の景色はまた変わっていた。

これまでの光輪だけではない。

ナノ街区の一角に、崩れた建物群が再現されている。

石壁は斜めに傾き、梁が折れ、路地は瓦礫で塞がれていた。

一部には薄い灰色の煙まで流されている。

地上の標識は減り、その代わりに上空待機位置、進入経路、退避経路、搬送地点が色分けされて浮かんでいた。

見ただけで分かる。

今日は飛ぶだけでは終わらない。


前に立った匠一が、訓練区画を見上げたまま言った。


「本日より災害救助訓練に入る」


訓練生たちの空気がわずかに締まる。

編隊訓練の時とは違う緊張だった。

飛行の精度だけでは済まない。

そういう予感が、最初からあった。


「初期課程は単純化した救助一件のみ。

被災区画上空への進入、停止位置確保、要救助者確認、着地点選定、吊り上げ補助、搬送、帰投。

一つでも崩れれば課題未達とする」


補助教官が上空標識を指し示す。

赤い光が危険区画。

青い光が進入可能経路。

白い光が一時停止位置。

緑が搬送地点。

そして瓦礫の隙間に、小さな人影がいくつか見えた。

要救助者役のナノホムンクルスだろう。


「救助は勇気ではない」

匠一の声はいつも通り平坦だった。

「認識と手順だ。

助けたいと思うなとは言わない。

だが、要救助者だけを見た者から周囲を失う。

周囲を失った者は、助ける側ではなく事故要因になる」


誰も動かない。

だが、その言葉は全員の中に沈んでいった。


「急ぐことと急かされることは違う。

一人を救うために二人目を作るな。

帰投まで終えて救助だ」


最後の一言が、訓練室の空気をさらに静かにした。

帰投まで終えて救助。

この学校らしい言い方だった。

途中までうまくいっても、戻れなければ終わりではない。


「組み合わせは前回同様」

補助教官が記録板を掲げる。

カナタは自分の番号を探し、隣にレイラの番号を見つけた。

今回も同じ組だった。


レイラが小さく言う。

「編隊より、さらに視界を取られそうです」

「要救助者を見たくなるからな」

「はい。見た瞬間に、そこが中心になります」

「中心にしすぎたら、たぶん崩れる」

「ええ」


短い会話だったが、もう課題の難しさは分かっていた。

見つけたものに引かれすぎない。

助けるために、まず自分の認識を崩さない。


接続が始まる。

意識が沈み、ナノホムンクルスの身体へ切り替わる。

石畳の感触。

空気の軽さ。

そして今日は、遠くに煙の匂いまで再現されていた。

本物ではない。

だが、認識を乱すには十分だった。


訓練区画の中央には、二機の小型魔導メガネウラが並んでいる。

今回は編隊飛行だけでなく、機体下部に簡易吊り具が追加されていた。

細い補助索と固定環。

一人分の吊り上げを想定した最低限の装備だ。


補助教官の声が降る。

「初回課題。二機編隊で被災区画へ進入。

先導機が上空停止位置を確保、後続機が着地点候補を確認。

要救助者一名を吊り上げ補助し、搬送地点まで移送。

途中で危険区画へ入った場合は即失格。

要救助者落下も同様」


要救助者落下。

その言葉だけ、少し冷たかった。


「二十三番、二十四番、前へ」


カナタとレイラが進み出る。

今回はレイラが先導、カナタが後続支援。

役割分担は記録に基づいて決められているのだろう。

レイラは進入精度が高い。

カナタは停止と保持が安定している。

そう考えれば自然だった。


搭乗。

視界の端に翅。

前方には煙の流れる被災区画。

崩れた建物の隙間に、白い救助標識が点滅している。

あれが要救助者の位置だ。

見える。

だが、見えた瞬間にそこへ意識を持っていかれそうになる。


「準備確認」

「二十三番、良し」

「二十四番、良し」


一拍。


「離陸」


二機が同時に浮く。

高度二。

保持。

編隊進入。


被災区画へ近づくにつれ、視界の情報量が増える。

崩れた壁。

斜めに突き出た梁。

煙の流れ。

狭い路地。

そして瓦礫の間にいる要救助者。

前回までの光輪訓練とは違う。

基準が多いのではない。

基準にならないものが増えている。


レイラ機は正確に進む。

危険区画の縁をなぞるように、青い進入経路を外さない。

カナタはその後方を保ちながら、下を見る。

見すぎない。

だが見落とさない。

着地点候補を探す。


瓦礫の間に、辛うじて脚を下ろせそうな空間が一つあった。

広くはない。

だが吊り具を下ろすには十分だ。

問題は、その上に折れた梁が斜めに張り出していることだった。

高度を取りすぎれば接触する。

低すぎれば煙に視界を削られる。


「二十三番、停止位置確保」

レイラの声が通信に入る。

「二十四番、着地点候補確認。梁あり。右半機体ぶん外へ寄せた方がいい」

「了解」


短い応答。

それだけで、編隊訓練の意味が分かった。

一人で全部を見るのではない。

互いに見たものを持ち寄って、進入を成立させる。


レイラ機が上空停止に入る。

ぴたりと止まる。

だが、要救助者の真上ではない。

少し外している。

吊り具を下ろす角度と、梁との距離を考えた位置だ。

カナタはその横後方で高度を保ち、周囲を見る。

煙が少し流れを変えた。

左から右へ。

視界が一瞬薄くなる。


「煙流入」

カナタが告げる。

「確認」

レイラの返答は短い。

だが機体は慌てない。

停止位置を保ったまま、ほんのわずかに機首を修正する。


吊り具が下りる。

要救助者役の小型人形が、瓦礫の隙間で片腕を上げていた。

近い。

助けられそうに見える。

だが、そう見えた時ほど危ないのだとカナタは思った。

近いからこそ、雑に寄れば梁に触れる。

急げば煙で見失う。


レイラが固定環を落とす。

一度目は浅い。

要救助者の肩をかすめただけで外れた。

二度目。

今度は入る。

固定。


「吊り上げ開始」


ゆっくりと人形が浮く。

その時、煙がまた流れた。

今度は下から巻き上がるように。

視界の下半分が白く濁る。

カナタは反射的に要救助者を見たくなった。

だがそれを抑え、先に梁の位置を確認する。

梁は見えている。

要救助者は半分見えない。

それでも、今優先すべきは梁だ。


「梁との間隔、残り少ない」

「了解。左一微修正」

レイラ機がほんのわずかに動く。

動きは小さい。

だが魔導メガネウラの応答は早い。

その小ささで十分だった。

吊り上げられた要救助者が、梁をかすめずに上がってくる。


「確保」

レイラの声。

「搬送へ移る」


二機が向きを変える。

今度は緑の搬送地点まで戻る。

行きよりも難しい。

要救助者が下がっている分、機体の下方感覚が変わる。

しかも、吊り荷は完全には静止しない。

わずかに揺れる。

その揺れが、速度感覚を狂わせる。


カナタは後方からその揺れを見た。

大きくはない。

だが、見ていると自分の機体まで流されそうな気がする。

視覚に引かれるな。

自分の機体は自分で保つ。

その上で、吊り荷の振れ幅を消さない。


搬送地点が近づく。

着地ではなく、低高度停止からの受け渡しだ。

地上班役の人形が待機している。

レイラ機が高度を落とす。

カナタは外周警戒位置を保つ。

ここで近づきすぎれば、支援ではなく邪魔になる。


「受け渡し」

固定環が外れ、要救助者が地上班へ渡る。

その瞬間、初めてカナタは息を吐いた。


「二十三番、二十四番。課題達成。進入良好。停止良好。搬送良好。飛行時間算入」


記録の声が落ちる。

成功だった。

だが、楽ではなかった。

単独飛行よりも、編隊よりも、見るべきものが多い。

しかも、見たいものと見るべきものが一致しない。

そこが一番難しかった。


着地後、レイラが機体を降りながら言った。

「一度目、浅かったです」

「でも慌てなかった」

「慌てたら梁に触れます」

「要救助者より先に梁を見た」

レイラがこちらを見る。

「見ていましたか」

「見てた。たぶん正解だったと思う」

「ええ。助けたい方を見ると、周囲が消えます」


その言い方は、匠一の訓示をそのまま自分の中へ落としたようだった。


次の組が上がる。

一組は、要救助者を見つけた瞬間に進入を詰めすぎた。

停止位置が近すぎる。

吊り具は届くが、梁との間隔が足りない。

補助教官の警告が入る。

慌てて外へ逃がそうとして、今度は煙の濃い区画へ寄る。

視界が乱れ、吊り具操作が遅れる。


「課題未達。停止位置不良。危険区画接近」


別の組は、進入までは良かった。

だが吊り上げ後、要救助者の揺れに引かれて機体速度を乱した。

搬送地点手前で停止が甘くなり、受け渡し位置を外す。


「搬送不完全。帰投前評価保留」


救助は、見つけて終わりではない。

持ち上げて終わりでもない。

最後まで運んで、渡して、戻る。

その全部が揃って初めて成立する。

記録の厳しさが、それをはっきり示していた。


午前の終わり近く、課題は少しだけ変わった。

今度は要救助者が二名。

ただし一度に救うのは一名のみ。

もう一名は位置確認だけして帰投後に報告する。


「全部を一度にやろうとするな」

匠一が言う。

「救える数と、救いたい数は一致しない。

一致しない時に手順を捨てる者は、現場で数を減らす」


その言葉は重かった。

だが、必要な重さだった。


二名のうち、一人は見える場所にいる。

もう一人は半ば瓦礫に隠れている。

見える方を先に助けたくなる。

だが進入経路と搬送距離を考えれば、順番は必ずしもそれが最適ではない。

訓練はそこまで含めて作られていた。


カナタはその課題を見上げながら、飛行学校が教えているものの形を少しずつ理解していた。

飛ぶことではない。

助ける気持ちだけでもない。

見たいものに引かれず、見るべきものを保ち続けること。

その上で、手順を崩さずに終わらせること。

たぶんそれが、ここでいう救助なのだ。


接続が切れ、寝台の上で身体を起こす。

今日は目だけでなく、胸の奥も少し疲れていた。

要救助者が見える。

手を伸ばせば届きそうに見える。

その感覚を抑え続けるのは、思ったより消耗する。


隣で起き上がったレイラが、静かに言った。

「助ける訓練というより、崩れない訓練ですね」

「たぶん、同じことなんだろうな」

「ええ。崩れたら助けられません」


少し間を置いて、彼女は続けた。

「でも、嫌いではありません」

「編隊の時もそう言ってたな」

「自分の誤差が見える訓練は、分かりやすいです。

今回は、それがもっとはっきりしていました」

「要救助者がいる分か」

「はい。見たいものがあると、自分がどこで崩れるかよく分かります」


それは確かにそうだった。

何もない空での誤差より、誰かを助けたい場面での誤差の方が、ずっと露骨に出る。


補助教官が前へ出る。

「午後は災害救助再訓練、ならびに煙量増加条件下での進入訓練を行う。

十分後に集合」


煙量増加。

また一段、認識を乱す条件が増える。


カナタは立ち上がり、訓練区画の上空を見た。

崩れた建物。

煙。

細い進入経路。

そして緑の搬送地点。


飛ぶだけなら、空は広い。

だが助けるために飛ぶ時、空は急に狭くなる。

見たいものが増え、避けるべきものが増え、守るべき手順が増える。

その狭さの中で崩れないこと。

それが、今の自分たちに求められている。


十分後。

短い休憩の間に、カナタは頭の中で手順をなぞり直した。

進入。

停止。

確認。

選定。

吊り上げ。

搬送。

受け渡し。

帰投。

一つ飛ばせば、全部が崩れる。


帰投まで終えて救助。

その言葉が、今日は前回までよりも重く残っていた。

空の技術は、誰かのために使う時ほど、冷静でなければならない。

飛行学校の空は、今日もまだナノ世界の上にある。

それでもそこにはもう、助けるための難しさが、はっきりと形を持って浮かんでいた。

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