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見難い火傷の子  作者: 清風
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393/481

新設飛行学校、魔導メガネウラ編隊訓練

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子393




新設飛行学校、魔導メガネウラ編隊訓練




深淵ダンジョン第十六エリア/第四紀完新世層

青銅の時代

この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。


北棟訓練室に入った時、空気は前回より静かだった。

初回飛行訓練を終えた者たちは、もう魔導メガネウラの応答の鋭さを知っている。

浮くことそのものに驚く段階は過ぎた。

その代わり、次に何を要求されるのかを、それぞれが少しずつ理解し始めていた。


訓練台座の上、ナノ街区の上空には、前回とは違う光輪が浮かんでいた。

一本の進路ではない。

二本、三本と並んでいる。

高度標識も左右に振り分けられ、停止位置は横一列に並ぶ形へ変わっていた。

見ただけで分かる。

今日は一機では終わらない。


前に立った匠一が、いつも通り簡潔に告げた。


「本日より編隊訓練に入る」


ざわめきは小さい。

だが完全には消えなかった。

編隊。

言葉の意味は誰でも知っている。

問題は、それをこの機体でやるということだった。


「初期課程は二機編隊。課題は並列直進、間隔保持、同時停止、同時着地。

旋回はまだ行わない。速度変更も最小限に制限する」


補助教官が上空標識を指し示す。

左右に並んだ光輪の間隔は、広いようでいて、実際に飛べば狭く感じるだろう。

地上で見ている時と、空中で自分がその中に入る時では、距離の見え方が違う。

それは前回、全員が思い知っていた。


「編隊は見せるためのものではない」

匠一の声が続く。

「空中で他者との距離を誤認しないための訓練だ。

自機だけを見て飛ぶな。他機だけを見て飛ぶな。

前方を失うな。隣を消すな。

揃って見えることと、安全であることは別だ」


短い沈黙。

その言葉が落ちる場所を、全員が探しているようだった。


「近いことは正確ではない。

遅れを焦って詰めるな。

ずれを恥じて寄せるな。

編隊は飾りではない。帰投率を上げるために組む」


帰投率。

その言葉に、カナタは少しだけ視線を上げた。

やはりこの学校は、飛ぶことそのものより、戻ることを先に置く。

編隊ですら、そのための技術なのだ。


「組み合わせは記録順」

補助教官が板を掲げる。

番号が並び、二人一組に分けられていた。

カナタは自分の番号を探し、すぐ隣にある名前を見つける。

レイラだった。


横を見ると、レイラもすでに板を見終えていた。

表情はいつも通り大きく動かない。

だが、ほんの少しだけ目が細くなっている。

考えている時の顔だ。


「よろしく」

カナタが言うと、レイラは小さく頷いた。

「こちらこそ。単独より難しそうです」

「単独より、誤魔化しが利かなそうだ」

「はい。自分のずれが、そのまま相手にも出ます」


それが、この訓練の本質だろうとカナタは思った。

一人で崩れるだけでは済まない。

自分の誤認が、他者との距離に現れる。


接続が始まる。

意識が沈み、ナノホムンクルスの身体へ切り替わる。

石畳の感触。

空気の軽さ。

そして上空に待機する二機の小型魔導メガネウラ。


今日は搭乗前の立ち位置から違っていた。

二機が並べて置かれている。

近い。

地上で見ると十分に間隔がある。

だが、飛んだ時にはこの距離が急に縮んで見えるはずだ。


補助教官の声が降る。

「二機編隊、第一課題。並列離陸後、高度二を維持。

左右間隔一定。前後差を作らない。

第三光輪まで低速直進。停止位置で同時停止、同時着地。

先行・後行を作った時点で減点。接触は即失格」


即失格。

その言葉だけ、少し重かった。


「二十三番、二十四番、前へ」


カナタとレイラが進み出る。

左右の機体にそれぞれ乗り込む。

視界の端に、自機の翅。

そしてさらにその向こうに、レイラ機の翅が見える。

近い。

まだ地上なのに、すでに距離感が落ち着かない。


「準備確認」

補助教官の声。

「二十三番、良し」

「二十四番、良し」


一拍。


「離陸」


カナタは急がず出力を上げた。

浮上。

足裏の感覚が消え、座面と操縦桿に機体の細かな震えが移る。

視界の端で、レイラ機も同時に浮く。

高度二。

保持。


ここまではいい。

問題はここからだった。


並列で進み始めた瞬間、自分の速度感覚が揺れる。

前方標識だけを見れば、まだ遅い。

だが隣の機体を見ると、自分が前へ出ているようにも見える。

逆に、隣を意識しすぎると前方の光輪が薄くなる。

両方を同時に見なければならない。

だが、同時に見ようとすると、どちらも曖昧になる。


カナタはまず前方を基準に置いた。

その上で、視界の端にあるレイラ機の位置を消さない。

正面を主に、隣を副に。

完全に見るのではなく、消えない程度に捉える。


レイラ機は正確だった。

ほとんどぶれない。

だが正確だからこそ、こちらのわずかな遅れや進みが目立つ。

カナタは焦って合わせにいきそうになるのを抑えた。

詰めるな。

匠一の言葉を思い出す。

遅れを焦って詰めるな。


第三光輪が近づく。

停止位置。

ここが難しい。

単独停止でも応答の早さに振られるのに、今日は隣と揃えなければならない。


「停止」


号令と同時に、カナタは進みを薄くしていく。

止めるのではない。

流れを消していく。

視界の端で、レイラ機も同じように減速している。

一瞬だけ、自分の方が早く止まりそうに見えた。

だがそこで合わせにいけば崩れる。

前方標識を基準に保ち、そのまま止める。


二機はほぼ同時に停止した。

完全ではない。

レイラ機が半機首ぶんだけ前に出ている。

だが接触の危険はない。

着地。

脚が石畳に触れる。


「二十三番、二十四番。課題達成。前後差軽微。飛行時間算入」


頭上から記録の声が落ちた。

カナタは息を吐く。

単独飛行とは違う疲れだった。

自分の機体だけでなく、隣の存在を消さずに飛ぶ。

それだけで、認識の使い方がまるで違う。


レイラが着地後、機体を降りながら言った。

「停止で半歩出ました」

「分かった」

「合わせにいくべきか迷いました」

「行かなくてよかったと思う」

「はい。行っていたら、たぶん揺れました」


短い会話だったが、互いに見ていたものは同じだった。

揃えることと、無理に寄せることは違う。


次の組が上がる。

二人とも単独飛行では悪くなかった訓練生だった。

だが並列に入った瞬間、片方が相手を見すぎた。

前方標識から視線が外れ、じわじわと進路が内側へ寄る。

もう片方がそれに気づいて外へ逃がそうとし、今度は間隔が開きすぎる。

遅れたと思った内側機が慌てて詰め、停止位置で前後差が大きく出た。


「課題未達。間隔保持失敗。飛行時間一部不算入」


さらに次の組では、離陸直後に高度差がついた。

高い方が低い方を見下ろし、低い方が高い方を見上げる。

その時点で、互いの距離感がずれる。

並列のつもりが、実際には斜めに並んでいた。

着地はできたが、編隊としては成立していない。


「高度不一致。編隊不成立」


記録は淡々としている。

だが、その淡々さがかえって厳しかった。

できたか、できていないか。

成立したか、していないか。

この学校はそこを曖昧にしない。


午前の後半、課題は少しだけ進んだ。

並列直進の後、短い区間だけ縦列へ移る。

先導機の後ろへ半機体ずらして入るだけの簡単な移行。

だが、これも簡単ではなかった。


前に入る機体を見すぎると、速度が吸われる。

離れまいとして詰めれば近すぎる。

離れすぎまいとして焦れば、停止が乱れる。

縦列は並列以上に、相手の存在が前方視界へ食い込んでくる。


カナタとレイラの二回目。

今度はレイラが左先導、カナタが後方へ入る。

離陸。保持。並列直進。

移行の合図。

レイラ機がわずかに前へ出る。

カナタはその後ろへ半機体ずらして入る。


ここで、前の機体を見すぎない。

見すぎれば吸い込まれる。

前方標識とレイラ機、その両方を保つ。

距離は詰めない。

遅れたように見えても、無理に追わない。

結果として、移行は滑らかに決まった。


停止。

着地。


「二十三番、二十四番。縦列移行良好。飛行時間算入」


レイラが降りてきて、珍しく先に口を開いた。

「後ろにいる方が難しいですね」

「前が視界に入るからな」

「はい。前を基準にしたくなります」

「でも前だけ見たら、前に寄る」

「その通りです」


彼女は少し考えてから続けた。

「単独飛行では、自分の誤差だけを見ればよかった。

編隊では、自分の誤差が相手との距離として見える。

その分、分かりやすいです」

「分かりやすい分、隠せない」

「ええ」


その言い方に、カナタは少しだけ笑いそうになった。

レイラらしい。

厳しいが、正確だった。


昼前、最後の組が終わると、匠一が前へ出た。

ナノ街区の上空には、まだ二列の光輪が浮かんでいる。

そこを見上げたまま、匠一は言った。


「単独で飛べる者はいる。

だが、単独で飛べるだけの者は多い」


訓練室が静まる。


「編隊で崩れる者は、自分の位置を自分だけで決めている。

他者に引かれすぎる者も同じだ。

自機を失うな。他機を消すな。

その両方を保て」


誰も動かない。

だが全員が、自分の飛行を思い返しているのが分かった。


「編隊は見栄えのためではない。

相互確認、相互補助、帰投のためにある。

一機が崩れた時、他機がそれを見失わないためだ。

一機だけ帰っても意味がない場合がある」


その言葉は、訓練の説明というより、もっと先の現場を見ている声だった。

カナタはふと、格納庫で見た実機を思い出した。

あの四枚翅が、いつか複数で空を行くのだろう。

その時、ただ速いだけでは足りない。

ただ上手いだけでも足りない。

隣を消さず、前を失わず、揃って帰る。

そのための訓練なのだ。


接続が切れ、寝台の上で身体を起こす。

今日は肩ではなく、目の奥が疲れていた。

視界の端を使い続けたせいだろう。

単独飛行よりも、認識の配分が難しい。


レイラも起き上がり、額に手を当てて小さく息を吐いた。

「疲れました」

「珍しいな」

「視界の使い方が、思った以上に違いました」

「隣を消さないのが難しい」

「はい。見れば前を失い、見なければ距離を失います」


少し間を置いて、彼女は続けた。

「でも、嫌いではありません」

「そうか」

「自分の飛行が、相手との関係で見えるので」


それはたぶん、レイラにとっては面白いのだろう。

自分の精度が、単独ではなく関係性として現れる。

カナタにも、その感覚は少し分かった。

編隊は窮屈だ。

だが、その窮屈さの中でしか見えないものがある。


補助教官が記録板を持って前へ出る。

「午後は編隊再訓練、ならびに一機脱落時の間隔再編を行う。

十分後に集合」


一機脱落。

その言葉に、訓練生たちの空気がわずかに変わった。

また一段、難しくなる。


カナタは立ち上がり、訓練室の上空を見た。

二列の光輪。

並んで飛ぶための道。

一人で飛ぶだけなら、まだ自分の中だけで済む。

だが他者と飛ぶなら、自分の認識は外へ出る。

距離として、ずれとして、危険として現れる。


なら、誤認は自分だけの問題ではない。

空ではなおさらだ。


十分後。

その短い時間の中で、カナタは自分の飛行を頭の中でなぞり直した。

前を主に、隣を副に。

詰めない。

焦らない。

揃えるために寄せない。

揃って帰るために保つ。


飛行学校の空は、まだナノ世界の上にある。

それでも今日、そこにはもう、自分一人分ではない広さが生まれていた。

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