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見難い火傷の子  作者: 清風
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385/509

新設された飛行学校、一週間後の二次試験

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子385




新設された飛行学校、一週間後の二次試験




深淵ダンジョン第十六エリア/第四紀完新世層

青銅の時代

この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。


一週間は、長いようで短かった。


筆記試験を終えたその日、カナタは自分の答えが良かったのか悪かったのか、最後までよく分からないままだった。

迷いの森で遭難した時に何を持つか。

その装備で何日帰還できると見積もるか。

飛行学校の入学試験とは思えない問いだったが、逆に言えば、あの学校が見ているものは最初からそこにあったのかもしれない。


空を飛ぶ技術だけでは足りない。

危険地帯に出るなら、生きて帰る力が要る。


そう考えれば筋は通る。

だが、受験の場で本当にそんなことを問う学校があるのかと聞かれれば、やはり妙だった。


結果は七日後に掲示すると、試験監督は最後にそう告げた。

通過者には二次試験の案内も送る、と。


その七日後。

カナタは再び、新設された飛行学校の正門前に立っていた。


朝の空気は冷えていたが、門前にはすでに人が集まっている。

前回よりも口数の少ない者が多い。

笑っている者もいないではなかったが、それもどこか上滑りしていた。

筆記を終えた時点で、この学校が普通ではないと、皆うすうす気づいてしまったのだろう。


正門脇の掲示板には、受験番号が縦に並んでいた。


カナタは人の肩越しに目を凝らし、自分の番号を探した。

一段、二段、三段。

思ったより上の方にあったそれを見つけた瞬間、胸の奥で固まっていたものが少しだけほどける。


通っていた。


短く息を吐く。

嬉しい、というより先に、まだ終わっていない、という感覚が来た。


「お、あったか」


すぐ横から声がした。

振り向くと、前回の試験会場で見かけた受験者の一人が、腕を組んだまま掲示板を見上げていた。

年はカナタとそう変わらない。

背は少し高く、日に焼けた顔つきに妙な余裕がある。


「お前も通ったんだな」


「……まあ」


「まあ、って顔じゃないだろ。もっと喜べよ」


そう言う本人も、そこまで嬉しそうには見えなかった。

口元は笑っているが、目が笑っていない。

たぶん、カナタと同じだ。

ここから先の方が厄介だと、もう分かっている。


掲示板の横には、通過者向けの紙が新しく貼り出されていた。

二次試験受験者は、午前第三鐘までに校庭西側の集合場へ集まること。

携行を許可する私物は、事前に指定された範囲に限ること。

試験内容に関する質問には応じないこと。


最後の一文が、やけに目についた。


「感じ悪いな」


隣の受験者がぼそりと言う。


カナタは答えず、貼り紙の下へ視線を落とした。

そこには許可携行品の一覧があった。


水袋一つ。

小刀一本。

火打石。

包帯。

外套。

縄。

乾燥食少量。

方位磁針、またはそれに準ずる方角確認具。

その他、学校側が危険と判断しない範囲の小物。


見た瞬間、背筋に冷たいものが走った。


筆記試験で書かせた内容と、ほとんど同じだった。


ただの想定問題ではなかったのだ。

あれは、二次試験の前提だった。


「……本当にやらせる気か」


今度は、カナタの口から漏れた。


隣の受験者が乾いた笑いをこぼす。


「俺もそう思った。冗談の悪い学校だよな」


冗談ならよかった。

だが、この学校はたぶん冗談でこんなことをしない。


集合場へ向かう受験者たちの足取りは、自然と重くなる。

校舎の裏手を回った先にある西側の広場には、すでに十数人の通過者が集められていた。

前回より人数はかなり減っている。

筆記で落ちた者がそれだけいたのか、それとも最初からここまで絞るつもりだったのか。


広場の前方には、教官らしい大人が三人立っていた。

中央の男は背が高く、灰色の外套を羽織っている。

肩や裾には森の草木を思わせる色の布が縫い込まれていて、遠目には輪郭が妙にぼやけて見えた。

ただ立っているだけなのに、視線を外すと次の瞬間にはそこから消えていそうな気配がある。


男は集まった受験者を一通り見回し、感情の薄い声で言った。


「これより、新設飛行学校第二次試験を行う」


広場の空気が、すっと張る。


「試験場は迷いの森外縁部。受験者は指定地点より入林し、日没前までに帰還せよ」


ざわめきが起きた。

だが男は気にした様子もなく続ける。


「帰還地点は一つではない。森内に設けられた複数の確認所、または出発地点への帰還をもって到達とみなす。詳細は入林前に各自へ通達する」


複数。

つまり、ただ元の場所へ戻ればいいわけでもないらしい。


「試験中、救難信号の使用は認める。使用した時点で失格とする。

また、監督側が帰還不能、あるいは重大な危険状態にあると判断した場合、強制的に救助を行う。この場合も失格とする」


誰かが小さく舌打ちした。


カナタは黙って聞いていた。

予想していたより、ずっと本気だ。


「他受験者への妨害、装備の意図的放棄、指定区域外への侵入は失格。

なお、試験中の行動はすべて記録される」


記録。

どうやって、とは誰も聞かなかった。

聞いても答えないと、貼り紙に書いてあったからだ。


だが、カナタは中央の男の外套をもう一度見た。

森に溶ける色。

輪郭を崩す布。

あれはただの制服ではない。


見られている。


まだ森にも入っていないのに、そんな確信だけが先にあった。


「最後に一つ」


教官の声が落ちる。


「この試験は、速さを競うものではない。

生きて帰るために何を選び、何を捨てるかを見る。

それを履き違える者は、ここで落ちる」


広場が静まり返った。


風が吹き、乾いた草が擦れる。

その音だけが妙に大きく聞こえる。


カナタは無意識に、自分の荷を確かめた。

水袋。

小刀。

火打石。

包帯。

外套。

縄。

乾燥食。

方位磁針。


一週間前、自分で書いた答えが、今はそのまま手の中にある。


あの時は紙の上の話だった。

だが今は違う。

持つ理由も、使う順番も、足りるかどうかも、全部自分で引き受けなければならない。


教官が手を上げる。


「受験番号順に前へ出ろ。試験部屋を割り当てる」


いよいよ始まる。


飛行学校の二次試験。

その部屋が迷いの森へどう繋がるのかは分からない。

だが、もう驚いている暇はなかった。


カナタは列の前へ進みながら、正門前で見た警告板の文を思い出していた。


――迷いの森に入るな。


あれは、部外者への警告だったのだろう。

だが今の自分たちは、まだ森に入ってすらいない。


まともじゃない。

本当に、まともじゃない学校だ。


それでも。


それでもここで落ちるわけにはいかなかった。


受験番号を確認されたあと、カナタは校舎の奥へ通された。

そこには細い廊下がまっすぐ伸び、その片側に小さな扉がいくつも並んでいた。

どの扉にも、白い札で受験番号が貼られている。


人ひとりがようやく入れる程度の幅しかない。

待機室というより、何かを仕分けるための箱のようだった。


無表情な試験官が、受験者たちを見もせずに言う。


「自分の受験番号の扉に入れ。追って指示する」


それだけだった。


カナタは自分の番号が書かれた扉の前で一瞬だけ足を止め、それから取っ手に手をかけた。

扉の並び方そのものが、待機室というより仕分け棚に近かった。

扉は軽く、音もなく開いた。

中は、手を伸ばせば壁に当たるほど狭かった。

椅子がひとつ置かれているだけで、窓も棚もない。

石の壁はひやりと冷たく、扉を閉めた途端、外の気配が嘘のように消えた。


足元には背負い袋が置かれていた。

中を確かめると、水袋、小刀、火打石、包帯、外套、縄、乾燥食、方位磁針。

一週間前、自分が答案用紙に書いたものが、そのまま揃っている。


本当に、あの答えを現実にするつもりなのだ。


カナタは狭い個室の中で、ゆっくり息を吐いた。

壁が近い。

立っているだけで圧迫感がある。

こんな場所で何をさせるつもりなのかと考えた、その時だった。


ふと、甘い香りが鼻先をかすめた。


花のようでもあり、薬草のようでもある。

強い匂いではない。

むしろ淡く、心をほどくような、妙に心地よい香りだった。


緊張でこわばっていた肩から、すっと力が抜ける。

呼吸が深くなり、まぶたが、急に重くなった。


まずい。


そう思った時には、もう遅かった。


視界がゆっくりと揺れ、石壁の輪郭がにじむ。

椅子に手をつこうとした指先からも力が抜けていく。


おかしい。

眠っている場合じゃない。

ここで意識を失うのは――


そこまで考えたところで、意識は暗闇に沈んだ。


次に気がついた時、頬に触れていたのは石の冷たさではなく、湿った土の感触だった。


カナタははっと目を開けた。


薄暗い。

頭上を覆う枝葉の隙間から、鈍い光がまだらに差し込んでいる。

鼻をつくのは土と苔の匂い。

遠くで、鳥とも獣ともつかない鳴き声がした。


跳ね起きる。

背には重みがあった。

背負い袋が、きちんと括りつけられている。


夢ではない。


迷いの森だ。


喉の奥がひやりと冷えた。

立ち上がって周囲を見回しても、見えるのは木、木、木。

人の姿はない。

道らしい道もない。


その時、森のどこか遠くで、低いサイレンが鳴った。


長く、鈍く、腹の底に響く音だった。


カナタはそこでようやく理解した。

二次試験は、あの個室に入った時点で、もう始まっていたのだ。

受験者を眠らせ、位置も分からない森の中へ運び込む。

目が覚めた時には、すでに遭難状態。


一次試験で書かせた答えは、想定ではなかった。

これから自分が置かれる状況を、あらかじめ紙の上で答えさせていたのだ。


カナタは背負い袋から方位磁針を取り出した。


針は落ち着きなく、ぐるぐると回り続けていた。


使えない。


思わず舌打ちしそうになるのをこらえ、カナタは息を吐いた。


ここから帰還する。

それが二次試験か。


冗談みたいな話だった。

だが、冗談では済まない。


カナタは一度だけ深く息を吸い、湿った森の空気を肺に入れた。


まずは、生き残る。

それ以外は、森の中で考えるしかなかった。

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