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見難い火傷の子  作者: 清風
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380/536

鉄道国物語(匠一篇 環地中海線:人気グルメツアー/駅弁の旅3)

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子380




鉄道国物語(匠一篇 環地中海線:人気グルメツアー/駅弁の旅3)




深淵ダンジョン第十六エリア/第四紀完新世層

青銅の時代

この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。


環地中海線の東側区間は、西側や山岳地帯とはまた別の顔をしている。

海沿いの明るさでもなく、山越えの厳しさでもない。

もっと濃く、もっと雑多で、もっと人の往来に揉まれた土地の顔だ。

西から運ばれてきたものと、東から流れ込んできたものが、

長い時間をかけて混ざり合い、どちらにもなりきらないまま定着している。

だから駅弁も、だいたい一筋縄ではいかない。


「その言い方、嫌な予感しかしないんですが」


朝の車内で、メリアが旅程表を見ながら言った。

前回よりもさらに慣れた顔をしているが、警戒心まで消えたわけではないらしい。

タリアは向かいの席で、すでに今日の分の飲み物と菓子を確保していた。

旅慣れというのは、こういうところから始まる。


「正しい反応だ」


匠一は頷いた。


「褒められてる気がしません」


「実際、褒めてはいない」


「ひどいですね」


タリアが笑う。


「でも今回は、たぶん当たりよ。東側って、名前からして強そうなものが多いもの」


「その基準で安心していいんですか?」


「安心はするな」


匠一が即答すると、メリアは旅程表を閉じた。


「もう少し夢のある案内をしてください」


列車は朝の薄い光の中を東へ進んでいた。

窓の外には、川沿いに広がる町と、低い丘、赤茶けた屋根、ところどころに見える尖塔が流れていく。

西側の白い町並みとも、山岳地帯の石と木の景色とも違う。

人が多く住み、長く行き交い、何度も作り替えられてきた土地の色だった。

線路の脇には市場があり、倉庫があり、古い城壁の名残があり、その向こうには新しい橋が架かっている。

環地中海線の東側は、景色そのものが混成語のようだった。


最初の停車駅はベオグラード門駅だった。

大きな結節駅で、ホームの数も多い。

乗り換え客、商人、兵士、観光客、巡礼らしい一団まで混じっていて、朝から駅全体がざわついている。

売店の棚も賑やかで、包み紙の色がやたらと濃い。

西側の整った意匠とも、山岳地帯の無骨な木箱とも違い、

ここではまず目を引くことが優先されているように見えた。


匠一はその中から、一つの包みを取った。


「バジリスク卵飯」


メリアが読み上げて、すぐに顔をしかめる。


「朝一番でそれですか」


「朝だからだ」


「理屈になってませんよ」


タリアが包みを覗き込んだ。


「卵飯ってことは、意外と優しい系?」


「見た目はな」


「その言い方やめてくれません?」


三人分を買って列車に戻る。

包みを開けると、中央に鮮やかな黄色の炒り卵、その下に香草と出汁を吸った飯、

脇に甘辛く煮た肉片と、酸味の強い漬け野菜が添えられていた。

見た目は明るい。

だが匂いには、卵の甘さだけではない、少し鋭い香辛料の気配が混じっている。


メリアが慎重に一口食べた。

数秒黙ってから、水を一口飲む。


「……辛いです」


「そういう駅だ」


「卵飯って聞いて想像する味じゃないんですが」


「東側の卵飯は、だいたいそうだ」


匠一も箸を進める。

炒り卵の柔らかさと、飯に染みた出汁の丸さの奥から、遅れて香辛料の熱が来る。

ただ辛いだけではなく、肉の脂と酸味のある漬け野菜で最後まで食べさせる構成になっていた。

優しい顔をしているくせに、腹の中では妙に主張が強い。

東側らしい弁当だった。


タリアはすぐに気に入ったらしい。


「これ、好き。朝から目が覚めるわ」


「目は覚めますけど、だいぶ強引ですね」


「でも、嫌いじゃないでしょう?」


メリアは少し考えてから、悔しそうに頷いた。


「……嫌いじゃないです」


「慣れてきたわね」


「慣れたくない方向に慣れてる気がします」


列車はベオグラード門駅を出ると、しばらく大きな川に沿って走った。

水面は朝の光を鈍く返し、岸辺には荷揚げ場や市場が続いている。

船着き場の近くには魚を干す棚が並び、その向こうには香辛料の袋を積んだ荷車が見えた。

東側区間では、鉄道だけが物流ではない。

川と港と街道が、線路と同じくらい強く土地を支えている。

だから食べ物にも、運ばれてきたものの気配が濃く残る。


「前回までより、人の匂いが強いですね」


メリアが窓の外を見ながら言った。


「いい言い方だな」


匠一が答えると、タリアがすぐに笑った。


「また褒めた」


「事実を言っただけだ」


「それ、便利な逃げ方よね」


匠一は答えなかった。

実際、東側の景色は自然よりも人の営みが前に出る。

畑や森より先に、倉庫や市場や船着き場が目に入る。

そのぶん、駅弁もまた、土地そのものというより、土地に集まったものの味がする。


昼前、列車はさらに南東へ向かった。

空気は少し湿り、窓の外には葦の茂る水辺と、低い石造りの町が増えていく。

次の停車駅はサロニカ海市駅。

海と市場が一体になったような、環地中海線でも特に食の評判が高い駅だった。


ホームに降りた瞬間、匂いが押し寄せてきた。

焼いた魚、炊いた米、油で揚げた何か、甘い菓子、香草、柑橘。

駅そのものが一つの市場みたいだった。

売り子の声も多く、どこから買っても何かしら当たりそうに見える。

だが匠一は迷わず、奥の売店へ向かった。


「今度は何ですか」


メリアが半ば諦めた顔で聞く。


「リヴァイアサン詰め寿司」


「また大物ですね」


「海市だからな」


「その理屈、便利すぎません?」


タリアが笑いながら包みを受け取る。


「詰め寿司ってことは、押し寿司系?」


「近い。ここのは香草と酢が強い」


「もう絶対好きなやつだわ」


列車に戻って蓋を開けると、木枠の中に四角く切り分けられた寿司がきっちり詰まっていた。

白身とも青魚ともつかない艶のある切り身の下に、酢飯と刻んだ香草、薄く敷かれた海藻が重なっている。

見た目は整然としているのに、匂いはかなり華やかだった。

海沿いの西側で食べた寿司よりも、ずっと市場の熱気に近い。


タリアが一つ摘まんで、すぐに目を細めた。


「うわ、これいい」


「早いですね」


「だって香りでわかるもの」


メリアも食べて、少し驚いた顔になる。


「酸味が強いのに、ちゃんとまとまってますね」


「魚が強いからな」


匠一も一つ口に入れる。

酢の立ち方は鋭いが、香草と海藻が間をつなぎ、魚の脂が最後に全部をまとめる。

旅の途中で食べるには少し派手だが、この土地ではそれがちょうどいい。

市場と港と鉄道がぶつかる場所では、味もまた少し騒がしいくらいで釣り合う。


「東側って、静かな味がないんですか」


メリアが真顔で聞いた。


「ある」


「本当ですか?」


「たぶんある」


「今の間は何なんですか」


タリアが吹き出した。


「でも、ここまで来ると、もう静かな味を探すほうが間違ってる気もするわね」


それはたしかにそうだった。

東側区間は、景色も人も食べ物も、どこかしら声が大きい。

一つ一つが強く主張し、混ざり合い、押し合いながら、それでも全体としては妙にまとまっている。

環地中海線の終盤にこういう土地を置くのは、たぶん正しい。

旅の印象を、最後にもう一段濃くするためだ。


午後、列車は海沿いを離れ、乾いた台地へ入った。

風景はまた少し変わり、低木と岩地のあいだに古い砦や隊商宿の跡が見える。

東の果てに近づくにつれて、景色は少しずつ余白を増やしていく。

人の往来が濃い土地を抜けたあとだからこそ、その余白がかえって印象に残った。


「最後の駅、あるんですよね」


メリアが旅程表を見ながら言った。


「ある」


「今度は何ですか」


「甘いものだ」


その一言に、タリアが顔を上げた。


「珍しいじゃない」


「ずっと塩気ばかりでも疲れる」


「最初からそういう配慮を見せてほしいんですが」


メリアが言うと、匠一は少しだけ肩をすくめた。


終点ひとつ手前、夕方の光の中で列車が止まったのは、アンティオキア砂門駅だった。

大きな駅ではない。

だが古い交易路の結節点らしく、ホームには旅人向けの店がきれいに並んでいる。

その一角で売られていたのが、最後の駅弁――というより、駅菓子に近い包みだった。


「フェニックス蜜麦重」


メリアが読み上げる。


「急に上品ですね」


「名前だけ聞くとそうだな」


「まだ何かあるんですか」


「蜜が多い」


「それは名前でわかります」


木箱を開けると、麦飯を固めた台の上に、蜜で煮た果実と木の実がたっぷり載っていた。

甘い香りがふわりと立ちのぼり、ここまで食べてきた香辛料や塩気を、きれいに洗い流していく。

見た目も美しく、夕方の光によく合った。


タリアが嬉しそうに笑う。


「これはいい締めね」


「やっと平和なものが来ました……」


メリアもほっとした顔で一口食べ、それから目を丸くした。


「……あ、でもこれ、甘いだけじゃない」


「香草と薄い塩を入れてる」


「だから締まるのね」


匠一も食べる。

蜜の濃さはあるが、麦の香ばしさと木の実の油分で単調にならない。

果実の酸味が最後に残り、旅の終わりにちょうどいい後味を作っていた。

東側の食べ物らしく、これもまた一つの味では終わらない。

甘さの中に、ちゃんと土地の複雑さが残っている。


列車が再び動き出すころには、窓の外はもう夕焼けに染まっていた。

赤い光が台地の端をなぞり、遠くの遺跡の影を長く引き伸ばしている。

三人の前には、空になった箱と包みがいくつも重なっていた。

西側の軽やかな導入、山岳地帯の厚み、東側の混成と喧騒。

環地中海線は、駅弁だけでもちゃんと路線の顔を語っていた。


「三回で、だいぶわかってきました」


メリアが静かに言った。


「何がだ」


「この路線、景色だけじゃなくて、食べ物のほうが先に土地の理屈を教えてくるんですね」


匠一は少しだけ笑った。


「そういうことだ」


タリアが満足そうに頷く。


「いいじゃない。ちゃんと案内役してるわよ、今日は」


「今日も、だ」


「そこは譲らないのね」


列車は東の空の下を進んでいく。

旅の終わりが近づくと、景色は少しずつ静かに見える。

だがそれは、土地が静かになったからではない。

旅人のほうが、ようやくその騒がしさに馴染んだだけだ。

環地中海線の人気グルメツアーは、そうして三回目の終わりへ辿り着いた。

全部を見たわけではない。

それでも、もう十分にこの路線の癖は伝わっている。

旅はやはり、少し足りないくらいでちょうどいい。

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