表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
見難い火傷の子  作者: 清風
379/540

鉄道国物語(匠一篇 環地中海線:人気グルメツアー/駅弁の旅2)

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子379




鉄道国物語(匠一篇 環地中海線:人気グルメツアー/駅弁の旅2)




深淵ダンジョン第十六エリア/第四紀完新世層

青銅の時代

この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。


環地中海線の旅は、西側区間だけで終わるようには出来ていない。

海峡の光と、潮気を含んだ風と、駅ごとに妙に本気な竜田揚げだけで満足して帰るには、

この路線は長すぎるし、土地の癖も深すぎる。

だから二回目がある。

人気グルメツアーというものは、たいてい一度うまくいくと、次も当然のように組まれるものだった。


「で、今回はどこまで行くんですか」


朝のホームで、メリアが旅程表を見ながら聞いた。

前回よりも荷物は少し軽い。学習したのだろう、と匠一は思った。

タリアはすでに売店で飲み物を確保していて、出発前から妙に機嫌がいい。


「山を越える」


匠一が答えると、メリアは顔を上げた。


「雑ですね」


「十分だろう」


「前回もそれ言ってましたよね」


「今回は前回より雑でいいのよ」


タリアが戻ってきて、紙袋を座席に置いた。


「だってもう一回目でわかったもの。この人の案内、最初に細かく聞いても意味ないって」


「ひどい評価だな」


「正確な評価よ」


列車がゆっくりと動き出す。

西側の明るい海沿いを離れ、環地中海線は少しずつ内陸へ向かっていく。

窓の外の色は乾いた白から深い緑へ変わり、遠くには山並みが見え始めていた。

海を見ているあいだは旅人の顔をしていた乗客たちも、山が近づくにつれて少し静かになる。

山越えの路線には、海沿いとは別の緊張がある。

景色が閉じ、線路が土地の都合に従い始めるからだ。


「今日は駅弁、何個ですか」


メリアが先に確認した。


「二つか三つ」


「増えてません?」


「山は腹が減る」


「理屈が雑なんですよ」


タリアが笑う。


「でも、ちょっとわかるわ。山に入ると、なんか食べたくなるのよね」


「気圧のせいですか?」


「雰囲気のせいだ」


匠一はそう言って、窓の外を見た。

斜面にへばりつくような村、石垣の段々畑、谷を渡る古い橋。

環地中海線の中部区間は、景色が近い。

海沿いの開けた眺めと違って、山と谷と集落がすぐそこにある。

そのぶん、土地の暮らしが線路ににじみやすかった。


最初の停車駅はアルペンガルドだった。

山岳地帯の結節駅らしく、ホームは広く、乗り換え客の足取りも早い。

空気は西側より明らかに冷えていて、朝のうちだというのに吐く息が少し白い。

売店の棚には、木箱に入った弁当がいくつも並んでいた。

海沿いの包み紙とは違い、どれも少し無骨で、保存と腹持ちを優先した顔をしている。


匠一はその中から、一つの箱を取った。


「イエティ出汁巻き弁当」


メリアが読み上げて、止まる。


「……急に来ましたね」


「山だからな」


「山だからで済ませていいんですか、それ」


タリアが箱を覗き込んだ。


「出汁巻きなのにイエティなの?」


「イエティの脂で焼いてる」


「朝から強いわね」


「この辺では軽いほうだ」


「もうその台詞、信用しないことにしました」


三人分を買って列車に戻る。

箱を開けると、中央に厚い出汁巻きがどんと収まり、その脇に山菜飯、塩漬けの茸、

香辛料をまぶした根菜の煮しめが並んでいた。

見た目は意外なほど整っている。

ただ、卵の焼き色だけが妙に濃く、山の食べ物らしい力強さを隠していなかった。


メリアが慎重に一切れ箸で持ち上げる。


「いただきます」


口に入れた瞬間、少し黙った。

それから、ゆっくり飲み込む。


「……思ったより、ずっと普通においしいです」


「思ったより、って何だ」


「名前が名前なので」


匠一も一口食べる。

出汁巻きは柔らかいが、ただ柔らかいだけではない。

脂の旨味が卵の甘みを押し上げ、冷めても味が痩せないように作られている。

海沿いの弁当が軽やかさで食べさせるなら、こちらは厚みで食べさせる味だった。


タリアが感心したように頷く。


「これ、いいわね。見た目よりずっと上品」


「山の駅弁は、見た目で損をするやつが多い」


「逆に言うと、見た目で得するやつもあるの?」


「ある。だいたい味が追いついてない」


「嫌な情報をありがとう」


列車はアルペンガルドを出ると、すぐに勾配へ入った。

窓の外の景色が一段と近づき、谷の底を流れる川が白く光る。

トンネルを抜けるたびに光の色が変わり、斜面の向きひとつで植生まで違って見えた。

メリアは途中から弁当より窓の外を見る時間のほうが長くなっていた。


「前回と全然違いますね」


「違うだろう」


「同じ路線なのに」


「同じ路線だからだ」


「また面倒な言い方してる」


タリアが笑う。


「でも、わかるわ。長い路線って、そういうものよね。

一本で繋がってるのに、景色の理屈が途中で変わるの」


匠一は頷いた。

環地中海線の面白さは、まさにそこにある。

海を見ていたはずの旅が、気づけば山の腹を縫い、別の文化圏へ滑り込んでいる。

駅弁もまた、その変化を一番わかりやすく教えてくれる。


昼前、列車は高地の小駅をいくつか通り過ぎた。

ホームに立つ売り子の服装も、西側とはもう違う。

厚手の外套、毛織の帽子、木箱を抱える腕の太さ。

売られているものも、串焼き、燻製、干し果実、濃い色のパンと、いかにも山越え向きのものが増えていく。

メリアが窓に顔を寄せた。


「なんか、全部お腹にたまりそうですね」


「そういう土地だ」


「この路線、土地ごとに『生き延びるための食』が違うんですね」


匠一は少しだけ目を細めた。


「いい見方だな」


メリアは一瞬きょとんとして、それから少しだけ嬉しそうな顔をした。

タリアはその横で、にやにやしている。


「褒めたわね、今」


「事実を言っただけだ」


「はいはい」


午後、列車は山を下り始めた。

斜面の険しさが少しずつほどけ、谷は広がり、川幅も太くなる。

空気はまだ冷たいが、どこか湿り気を帯びていた。

次の大きな停車駅はドラヴァグラード。

山岳地帯と東方の文化圏が交わる、環地中海線でも癖の強い駅の一つだ。


ホームに降りた瞬間、匂いが違った。

香辛料と炊き込み飯の湯気、それに海ではない水辺の生き物特有の濃い匂いが混じっている。

売店の前にはすでに列ができていて、旅人たちが目当ての包みを次々と買っていく。


匠一は迷わず、その列に並んだ。


「今度は何ですか」


メリアが半ば覚悟した顔で聞く。


「クラーケンめし」


「山を越えたら急に大物が出てきましたね」


「ここはそういう駅だ」


タリアが肩越しに売り場を覗く。


「炊き込み飯系?」


「そうだ。足を細かく刻んで、香辛料と一緒に炊いてる」


「説明だけ聞くと豪快なのに、妙に家庭料理っぽいわね」


「実際、そういう立ち位置だ」


包みを受け取ると、ずしりと重かった。

列車に戻って蓋を開ける。

濃い色の飯の上に、照りのある具が散っている。

見た目は派手ではないが、湯気の匂いだけで腹が鳴りそうになる。

山の弁当が厚みなら、こちらは香りで食わせる弁当だった。


タリアが先に一口食べる。


「……あ、これ好き」


「早いですね」


「だってわかるもの。こういうの、絶対好きなやつよ」


メリアも続いて食べ、目を丸くした。


「思ったより柔らかい」


「煮てから炊いてるからな」


「なるほど……。なんか、見た目よりずっと落ち着いた味です」


「派手な名前のわりに、地元では日常食に近い」


匠一はそう言って、自分も箸を進めた。

米に染みた出汁は濃いが重すぎず、香辛料は強いのに喧嘩しない。

山を越えたあとの身体に、ちょうどよく染みる味だった。

土地が変わると、腹が求めるものも変わる。

その当たり前を、駅弁は妙に正直に教えてくる。


「前回より、旅してる感じが強いですね」


メリアが窓の外を見ながら言った。


「前回も旅してただろう」


「してましたけど、あっちは導入って感じでした。今回は、ちゃんと別の場所まで来た感じがします」


「それは正しい」


タリアが頷く。


「海沿いは海沿いで華やかだったけど、こっちは線路が土地を切り開いてる感じがあるのよね」


「山越えは、だいたいそう見える」


匠一は短く答えた。

実際、山の路線には人の都合が濃く出る。

どこを削り、どこを避け、どこで止まるか。

その全部が、土地との交渉の跡だ。

だから景色にも、駅にも、食べ物にも、少し無理を通したような力が残る。


列車はさらに東へ進む。

窓の外には、川沿いの町と、赤茶けた屋根と、遠くに連なる低い山並みが見えた。

西側の明るさとも、山岳地帯の厳しさとも違う、中間の色合いだった。

環地中海線は、ただ長いだけではない。

長いぶんだけ、土地の理屈をいくつも跨いでいく。


「次もあるんですよね」


メリアが言った。


「ある」


「今度はどこですか」


「もっと東だ」


「雑」


「でも、たぶん今度はもっと濃いわよ」


タリアが楽しそうに言う。


「ここまででこの感じだもの。東側なんて、絶対ろくでもない名前の駅弁が出てくるわ」


「ろくでもない名前、という言い方はどうなんですか」


「でも当たってるだろう」


匠一が言うと、メリアは少し考えてから、諦めたように頷いた。


「……たぶん、当たってます」


三人の前で、空になった弁当箱が重なっていく。

海沿いの軽やかな導入を終え、山を越え、別の文化圏へ入る。

その変化を、景色だけでなく、腹でも理解していく。

環地中海線の旅は、そういうふうに出来ていた。


ドラヴァグラードを過ぎたあたりで、夕方の光が車内へ斜めに差し込んだ。

タリアは満足そうに背もたれへ寄りかかり、メリアは旅程表の余白に何かを書き込んでいる。

匠一はその様子を横目で見て、少しだけ息をついた。

案内役というのは、別に喋り続ける仕事ではない。

必要なところで、必要なものを食わせる。

それで十分なこともある。


環地中海線の二回目は、そうして終わりに近づいていた。

海から山へ、山から川の国へ。

駅弁の中身が変わるたびに、路線の顔も変わる。

全部を一度に見せないからこそ、次が気になる。

旅はやはり、少し足りないくらいでちょうどよかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ