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見難い火傷の子  作者: 清風
378/542

鉄道国物語(匠一篇 環地中海線:人気グルメツアー/駅弁の旅1)

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子378




鉄道国物語(匠一篇 環地中海線:人気グルメツアー/駅弁の旅1)




深淵ダンジョン第十六エリア/第四紀完新世層

青銅の時代

この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。


朝のギルドで、匠一は深淵珈琲とモーニングセットを食べていた。


受付嬢タリアが聞いた。

「ねぇリーダー。環地中海線、出来たらしいけど」


匠一は頷いた。

「そうみたいだな」


ダンが言った。

「ラスボラスもジブラルタルも、リーダー関わってたじゃん」


匠一はまた頷いた。

「そうみたいだな」


タリアが身を乗り出す。

「各駅の駅弁も凄いって聞いたよ」


匠一は変わらない調子で答えた。

「そうみたいだな」


タリアはにやりとした。

「環地中海線、行ってみたい。案内して」


匠一は顔を上げた。

「そうみたいだな」


爆炎パーティの面々が、そこで一斉に頷いた。

「よし、決まったな。爆炎パーティの慰安旅行だ」


匠一は止まった。

「え?」


ヨイショが手を挙げる。

「参加したい」


タリアは即答した。

「却下。仕事詰まってるでしょ」


ヨイショは黙った。

「……」


メリアがぱっと顔を上げる。

「先輩!私も参加したい」


タリアはすぐに頷いた。

「いいよ。いっしょに行こ。リーダーが案内してくれるって」


匠一はもう一度言った。

「え?」


デバフマント姿の集団と受付嬢二人の前に、小旗を立てる匠一。

ツアーの始まりである。


……………………………………………………………………………………


環地中海線の人気グルメツアーは、名前だけ聞けばずいぶん気楽な小旅行に思える。

実際、案内書に載っている写真も、陽の差す車窓と、色とりどりの包み紙と、いかにも旅慣れた顔で弁当を広げる乗客たちばかりだった。

だが匠一に言わせれば、ああいうものはだいたい嘘ではない代わりに、肝心なところを何も言っていない。

どの駅で何を買うべきか、どこで降りると損をするか、どの売り子の声を聞き逃してはいけないか――そういうことは、写真には写らない。


「人気、なんでしょう?」


向かいの席で、メリアがまだ半分ほど疑っているような顔で言った。

膝の上には、乗車前に渡された簡素な旅程表がある。

そこには、環地中海線西側区間、名物駅弁を巡る一日、とだけ書かれていた。


「人気はある」


匠一は短く答えた。


「でも、人気があるのと、気楽なのは別だ」


「それ、最初に言うこと?」


隣でタリアが笑う。

窓の外では、朝の光を受けたホームがゆっくりと後ろへ流れ始めていた。

発車の衝撃は小さく、車体は滑るように動き出す。

環地中海線の西側区間は、旅の導入としては出来すぎなくらい穏やかな顔をしている。

海へ向かう線路、乾いた風、遠くに見える白い壁の町並み。

これから先に出てくるものを思えば、いっそ親切なくらいだった。


「で、今日は何を食べるんですか」


メリアは旅程表を見下ろしたまま言った。


「駅弁」


「それは知ってます」


「なら十分だ」


「十分じゃないでしょう」


タリアがすぐに口を挟んだ。

「この人、案内役のくせに説明を省くのよ。悪い癖ね」


匠一は肩をすくめた。

説明は必要になってからでいい。

最初から全部言うと、たいてい相手は半分も覚えない。

それに、この路線は口で聞くより、実際に包みを開けたほうが早い。


最初の停車駅はリエルガネスだった。

大きすぎず、小さすぎず、旅の最初に置くにはちょうどいい駅だ。

ホームに降りると、潮気を含んだ風がわずかに混じっている。

海そのものは見えないが、近い場所の匂いがした。

売店の棚には、まだ朝のうちだというのにいくつもの包みが並んでいて、その中で匠一は迷わず一つを取った。


「これが最初?」


タリアが包み紙の文字を覗き込む。


「潮白身の竜田揚げ弁当」


「ずいぶん普通ね」


「最初から変なのを食わせると、お前たちは後が続かない」


「気遣いなのか、信用がないのか、微妙なところだわ」


「両方だ」


三人分を買って列車に戻ると、ちょうど発車の笛が鳴った。

席に着いて包みを解く。

木目を印刷した薄い箱の中に、きつね色の竜田揚げがきれいに並び、その脇に塩気のある炊き込み飯、焼いた野菜、酸味のある漬け菜が収まっている。

派手ではないが、旅の最初に食べるには妙に整った顔をしていた。


メリアが一つ摘まんで、慎重に口へ運ぶ。

噛んだ瞬間、少しだけ目を見開いた。


「……おいしいです」


「そうだろうな」


「もっとこう、駅弁って、見た目が先に来るものかと思ってました」


「これは味で勝つやつだ」


匠一も一つ口に入れる。

白身は締まりすぎず、下味は濃すぎず、衣だけが軽く主張する。

冷めることを前提に作られている味だった。

熱々の料理とは違う。

列車の揺れの中で、少しずつ食べ進めるための味だ。


タリアは飯を一口食べてから、感心したように頷いた。


「なるほどね。最初の駅でこれを出されると、基準が上がるわ」


「この辺では正統派だ」


「この辺では、ってことは」


「次も似たようなものが出る」


「似たような?」


メリアが嫌な予感のする顔をした。


「似ていて、違う」


「一番面倒な言い方ですね」


列車は西側の穏やかな丘陵を抜け、乾いた平野へ出た。

窓の外には低い草地と、ところどころに石造りの家が見える。

遠くの空は広く、雲の影がゆっくり地面を渡っていた。

旅の最初というのは、それだけで少し機嫌がいい。

まだ疲れていないし、まだ荷物も重く感じない。

食べたものは何でも少しだけ美味しく、見た景色は何でも少しだけ新鮮に見える。


次の停車はパンプロナ街道口駅だった。

名前の通り、古い街道と鉄路が交わる場所にできた駅で、ホームには乗り換え客と、弁当目当ての旅人がほどよく混じっている。

リエルガネスよりも声が大きく、売り子の呼び込みにも勢いがあった。


「また買うんですか」


メリアが半ば呆れたように言う。


「ツアーだぞ」


「まだ一つ目を食べ終えたばかりなんですが」


「だから半分にしておけと言った」


「言ってませんよ」


「今言った」


タリアが吹き出した。


「ひどい案内役」


それでも結局、三人はホームで二つ目の包みを買った。

山鶏の竜田揚げ弁当。

名前だけ見れば、さっきと大差ない。

メリアがいよいよ納得のいかない顔になるのも無理はなかった。


「本当に同じ路線の人気ツアーなんですか、これ」


「そうだ」


「魚の次に鶏の竜田揚げって、地味すぎません?」


「この区間はそういう文化だ」


匠一は当然のように言った。


「スペイン西側は、駅ごとに自分の竜田揚げが一番だと思ってる」


「竜田揚げで?」


「竜田揚げで」


タリアが面白そうに眉を上げた。


「いいじゃない。そういう局地的な争い、嫌いじゃないわ」


「魚派と鶏派で?」


「他にもある。猪だの仔羊だの山羊だの」


「そんなに」


「全部食っていたら三回に分けるしかない」


「それはもう路線の問題じゃなくて、あなたの企画の立て方の問題では?」


メリアの指摘は正しかったが、匠一は聞かなかったことにした。


列車に戻って包みを開けると、今度の竜田揚げは色が少し濃い。

香草の匂いが先に立ち、皮目の香ばしさがはっきりしている。

白身魚の上品さとは違って、こちらは最初から飯を食わせる気で作られていた。


タリアが一口で気に入った。


「ああ、これは強いわね」


「だろう」


「さっきのが繊細なら、こっちは正面から殴ってくる感じ」


「ひどい言い方ですが、わかります」


メリアも今度は素直に頷いた。


「同じ竜田揚げでも、全然違うんですね」


「だから駅ごとに名物になる」


匠一は窓の外を見ながら言った。


「この路線は、そういうのを覚えると面白い」


午後に入るころには、車窓の向こうに海の気配が濃くなってきた。

光の反射が増え、風景の端に青が混じる。

ジブラルタル周辺へ近づくにつれて、列車の中の空気まで少し浮ついてくるのがわかる。

海峡というのは、それだけで人を旅人らしくさせる。

向こう側に別の陸が見える場所では、誰でも少しだけ、自分が遠くまで来た気になる。


ジブラルタル駅で降りると、ホームの向こうに明るい海が見えた。

ここまで来ると、さすがに駅の空気も違う。

売店の包み紙はどれも少し派手で、観光客向けの顔をしている。

その中から匠一が選んだのは、いかにもこの駅らしい名前の一つだった。


「シーサーペント寿司」


メリアが読み上げて、顔を上げる。


「……寿司なんですか」


「寿司だ」


「シーサーペントなのに?」


「シーサーペントだからだ」


「説明になってません」


タリアはもう笑っている。


「ここまで来ると、むしろ清々しいわね」


だが匠一は、その包みを持ったまま改札のほうへ向かった。


「乗らないんですか?」


メリアが慌ててついてくる。


「少し降りる」


「え、でも駅弁ですよね」


「駅で買った」


「それはそうですけど」


「ここのは車内で食うより、外のほうがいい」


タリアが横でくすりと笑った。


「駅弁の意味が消えていくわね」


「最初から意味なんて一つじゃない」


匠一はそれだけ言って、駅前から海の見える方へ歩き出した。


少し坂を上ると、海峡を見渡せる場所があった。

風は強いが、立っていられないほどではない。

陽は高く、海は白く光り、遠くの陸影が薄く霞んでいる。

列車の音はもう背後に遠く、代わりに風と波の気配だけが耳に残った。


三人は石の低い縁に腰を下ろし、そこでようやく包みを開けた。

酢飯の上に、艶のある切り身が並んでいる。

見た目は思ったより端正で、妙に大物めいた名前だけが少し浮いていた。


メリアが半信半疑のまま一つ食べ、しばらく黙る。


「……これ、かなり好きです」


「だろうな」


「悔しいですけど」


「何に悔しがってるのよ」


タリアも一つ摘まんで、海を見たまま言った。


「でも、これは確かに車内じゃないほうがいいかも」


「だろう」


「景色込みで完成してる」


「そういう駅もある」


メリアは寿司を持ったまま、少し考えるように海を見た。


「駅弁なのに、列車で食べないんですね」


「本当は列車で食うものだ」


匠一は答えた。


「でも、たまに正しい場所で食ったほうが勝つ」


タリアが笑う。


「それ、あなたの理屈?」


「経験則だ」


しばらく、三人とも黙って食べた。

風が包み紙の端を鳴らし、遠くで鳥が旋回している。

列車に乗っているだけでは通り過ぎてしまう景色が、足を止めると急に土地の顔になる。

駅で買った弁当を、駅から少し離れた場所で食べる。

それはたしかに、移動食としての駅弁の意味を少し失わせるのかもしれなかった。

けれどその代わりに、味は景色と結びつき、景色はその日の食事の匂いと一緒に記憶に残る。

旅というものが、ただ通り過ぎるだけではなくなる。


「人気ツアーなの、ちょっとわかってきました」


メリアが言った。


「遅い」


「まだ一回目ですから」


「一回目でわかれば十分だ」


タリアは空になりかけた包みを畳みながら、満足そうに息をついた。


「いい導入じゃない。次もちゃんと案内しなさいよ、匠一」


「気が向けばな」


「向かせるわ」


「怖いですね」


メリアが真顔で言い、タリアが笑う。

海峡の風は相変わらず強かったが、不思議と不快ではなかった。

旅の最初の日というのは、たぶんこういうふうに、少しだけ予定をはみ出したところで一番よく形になる。


環地中海線の西側区間は、まだ穏やかな顔をしていた。

駅ごとに違う包み紙、似ているようで違う味、土地ごとに妙に偏った自負。

そういうものを一つずつ拾っていくうちに、ただの移動だったはずの鉄路が、少しずつ物語のある線になっていく。

匠一は空になった包みをまとめながら、次はどこで何を食わせるべきかをぼんやり考えた。

全部を一度に見せる必要はない。旅は、少し足りないくらいでちょうどいい。

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