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見難い火傷の子  作者: 清風
355/637

ハーピークイーン、スカウトの旅

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子355




ハーピークイーン、スカウトの旅



深淵ダンジョン第十六エリア、第四紀完新世層

青銅の時代

この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。



朝の空気は澄んでいた。


高く、薄く、冷たい。

翼を広げれば、そのままどこまでも昇っていけそうな朝だった。


ハーピークイーンは街の外れで足を止め、背後を振り返った。

石壁の向こうに、街の屋根が連なっている。

その中の一角に、昨日開いたばかりの店――天穹の巣があった。


自分の群れの卵を売る店。

自分の名で人を集める店。

そして、あの男が形にした店。


「……まったく」


小さく呟く。

朝の風が髪を揺らした。


店を作るだけでも十分に妙だというのに、その裏には門まで据えた。

卵を傷めず、早く、安定して運ぶための仕組み。

店一つの話で終わるはずがない。

あれはもっと大きな流れの始まりだ。


分かっている。

分かっているからこそ、放ってはおけない。


クイーンは腕に抱えた紙束へ視線を落とした。

募集チラシ。

匠一がまとめ、レギスが文面を整え、最後に自分の名を入れたものだ。


住み込み可。

雛連れ同伴可。

病時配慮あり。

産卵期への配慮明記。

教育あり。

接客経験不問。


群れの者が気にする点は、ひと通り押さえてある。

条件としては悪くない。

むしろ、かなり良い。


「良すぎるくらいだ」


思わずそう漏らして、クイーンは少しだけ眉を寄せた。


あの男は時々、妙なところで先まで見ている。

雛連れ同伴可など、普通なら真っ先に面倒が増える条件だ。

だが、群れを動かすならそこを外せない。

そして外さないと、あっさり決めた。


主としての判断なのだろう。

あれでいて、必要なところでは迷わない。

本当に厄介な男だ。


「……まあ、そこが悪くないのだが」


誰に聞かせるでもなく呟いてから、クイーンは咳払いを一つした。

今のはなしだ。

なしということにする。


空を見上げる。

故郷は遠い。

だが飛べない距離ではない。

途中で何度か休めば、今日中には古巣の近くまで辿り着ける。


今回は護衛も最小限だった。

完全な単独行ではないが、大仰な行列を連れて帰る気はない。

里帰りであり、視察であり、そして何よりスカウトだ。

大げさにやれば、かえって話がこじれる。


故郷の群れにも事情はある。

今もあの空で暮らし、あの巣で生きている者たちがいる。

そこへいきなり現れて、働き手を寄越せと言えば角が立つ。

だから順番が要る。


まずは顔を出す。

無事を見せる。

今の自分の立場を示す。

その上で、店の話をする。

条件を示し、来たい者を募る。


強引に連れていくつもりはない。

来るなら、自分の意思で来るべきだ。

その方が長く続く。


「……とはいえ」


クイーンは口元をわずかに歪めた。


来たがる者はいるだろう。

自分が動いていると知ればなおさらだ。

新しい店。

新しい働き口。

しかも雛連れ可。

群れの外へ出る不安を減らしながら、新しい巣へ移れる。


あれは、かなり強い。


若い者。

今の巣で燻っている者。

育児中で動けなかった者。

あるいは、もっと広い空気を吸いたいと思っていた者。


思い当たる顔はいくつもあった。


その中には、面倒な顔も混じっている。

口の回る者。

妙に負けず嫌いな者。

昔から自分に張り合ってきた者。

雛を抱えたままでも平気で飛び回るような、落ち着きのない者。


「……騒がしくなりそうだな」


だが、悪くはない。

賑やかなのは嫌いではない。

少なくとも、静かに衰えていく巣を見るよりはずっといい。


クイーンは地を蹴った。


翼が風を掴む。

一度、二度、大きく羽ばたけば、身体はすぐに地上を離れた。

街の輪郭が下へ沈み、朝の光が視界いっぱいに広がる。


高い。

やはり空はいい。


人の街にいる時間が長くなっても、この感覚だけは変わらない。

風を読む感覚。

上昇気流を拾う感覚。

遠くの雲の流れから天候を測る感覚。

それらは身体に染みついている。


故郷へ向かう空路も、完全に忘れたわけではなかった。

山の稜線。

川の曲がり。

崖に沿って流れる風。

目印はいくつもある。


飛びながら、クイーンは昨日の店を思い出していた。


白木と青銅の店構え。

整えられた棚。

緊張しながらも誇らしげに立っていた人化ハーピーたち。

そして、自分が姿を見せた時の、あの空気。


悪くなかった。

いや、かなり良かった。


自分の群れの店として、人前に出して恥ずかしくない。

そう思えた。


「……上出来だ」


ぽつりと漏らす。

誰も聞いていない空の上だからこそ、素直に言えた。


匠一の顔が脳裏をよぎる。

あの男は、こちらが褒めると妙に平然としている。

驚きもしないし、必要以上に喜びもしない。

当然のように受け取る。


主だからだろう。

自分が決め、自分が動かし、自分が形にしたものに対して、過剰に浮かれることがない。

それが腹立たしくもあり、妙に安心できるところでもある。


「本当に厄介だ」


そう呟いてから、クイーンは少しだけ笑った。


だが、だからこそ群れを預けられる。

少なくとも、雑には扱わない。

卵も、雛も、働く者も。

そこを軽く見る男ではない。


なら、自分がやることは一つだ。


集める。

来られる者を。

来たい者を。

新しい巣で働く翼を。


空は青く、遠かった。

だが、その遠さは不安ではなく、ただ距離でしかない。

飛べば届く。

届いた先で、話をつける。


やがて山並みが近づいてくる。

故郷へ続く空の匂いが、少しずつ濃くなっていく。

乾いた岩肌。

高所の草。

巣材に使われる枝の匂い。

懐かしい空気だった。


胸の奥が、わずかにざわつく。


帰るのは久しぶりだ。

群れの者たちはどんな顔をするか。

歓迎する者もいれば、面倒そうな顔をする者もいるだろう。

余計なことを言う者も、きっといる。


だが、それでいい。

どうせ最初から、素直にまとまる話ではない。

だからこそ自分が行く。

自分の口で話し、自分の目で選ぶ。


ハーピークイーンは腕の中のチラシを抱え直した。


ただの紙だ。

だが、その中には新しい巣の条件が詰まっている。

群れの未来の形が、少しだけ先に書かれている。


風が強くなる。

クイーンは翼の角度を変え、山へ向かって高度を上げた。


故郷はもう遠くない。


さて。

まずは誰から声をかけるか。


気難しい古株か。

雛を抱えた若い母親たちか。

それとも、昔から口だけは達者だったあの女か。


考えるだけで少し面倒で、少し可笑しい。


クイーンは朝の空を切り裂くように飛んだ。


自分の群れの店のために。

新しい巣を回す翼を集めるために。

そしてたぶん少しだけ――

自分でも認めたくない期待を胸に抱えたまま。


山の稜線を越えたあたりで、空気が変わった。


乾いている。

薄い。

高い場所の風だ。


ハーピークイーンは翼をわずかに傾け、上昇気流を拾った。

身体がふわりと持ち上がる。

この感覚も、この風の癖も、覚えている。

故郷が近い。


眼下には切り立った岩場と、そこに張りつくように作られた巣場が見え始めていた。

天然の岩棚を広げ、枝と骨材と布を組み合わせて作られた住居群。

人の街の建物とは違う。

風を受け、風を逃がし、飛ぶ者が出入りしやすい形をした巣だ。


懐かしい光景だった。

だが同時に、少し狭くも見えた。


昔は広く感じていた。

高く、自由で、どこまでも空に近い場所だと思っていた。

今もそれは間違っていない。

ただ、外を知った今では、それだけでは足りないと分かる。


クイーンは巣場の外れに降り立った。


石と枝で組まれた見張り台の上にいた若いハーピーが、こちらを見て目を見開く。

次の瞬間、慌てて姿勢を正した。


「ク、クイーン……!」


「騒ぐな」


クイーンは即座に言った。


「敵襲ではない。

私が戻っただけだ」


「は、はい!」


だが、騒ぐなと言われて本当に騒がない若い者は少ない。

見張りの娘は慌てたまま奥へ声を飛ばした。


「クイーンが戻られたぞ!」


あっという間に巣場の空気が変わる。

近くの岩棚から顔が出る。

上の巣から羽音がする。

遠くで誰かが何かを落とした音まで聞こえた。


「……相変わらずだな」


小さく呟く。

悪い気はしない。

少し騒がしいだけだ。


やがて、数人のハーピーがこちらへ集まってきた。

年嵩の者、若い者、雛を抱えた者。

その中から、一人の女が前へ出る。


灰がかった羽色。

鋭い目。

年齢を重ねてもなお、翼の張りに衰えが少ない。


副長格だった女――ラズィアだ。


「本当に戻ってきたのかい」


開口一番、それだった。


「偽物に見えるか」


「口の悪さは本物だね」


ラズィアは鼻で笑った。

だが、その目の奥には安堵があった。


「ふん。

しばらく見ないうちに、少しは丸くなったかと思ったが」


「誰がだ」


「お前だよ」


即答される。

昔からこういう女だった。


ラズィアはクイーンの姿を上から下まで見て、それから腕の紙束に目を留めた。


「で、それは何だい。

里帰りにしては妙な荷物だね」


「仕事だ」


「里帰りじゃないのかい」


「里帰りついでだ」


「逆だろう、それは」


周囲から小さな笑いが漏れる。

クイーンは眉をひそめたが、否定はしなかった。

否定しきれないからだ。


「中で話す」


そう言って歩き出すと、ラズィアが肩をすくめて先導した。


巣場の中央寄り、比較的大きな岩棚の上にある集会用の巣。

風除けの布が張られ、座れるよう平たい石が並べられている。

昔から、群れの話し合いはここで行われていた。


中へ入ると、懐かしい匂いがした。

乾いた草、羽毛、木の樹脂、温められた石。

巣の匂いだ。


クイーンは一番奥の席に腰を下ろした。

自然と周囲の者たちも位置につく。

誰に言われるでもなく、昔の形に収まるあたり、身体が覚えているのだろう。


ラズィアが腕を組む。


「で、仕事ってのは」


クイーンは抱えていた紙束を石卓の上に置いた。


「募集だ」


「……は?」


「新しい店を開いた」


一拍遅れて、場がざわつく。


「店?」

「どこで?」

「何の?」


声が重なる。

クイーンは面倒そうに片手を上げた。


「順に話す。

騒ぐな」


ぴたり、とまではいかないが、ざわめきは少し収まった。


「人の街に店を作った。

うちの群れの卵を扱う店だ。

名は天穹の巣」


「……本当にやったのかい」


ラズィアが呆れたように言う。


「前に妙なことを考えてるとは聞いてたけど、まさか本当に店になるとはね」


「なった」


クイーンは短く答えた。


「しかも昨日、開いたばかりだ」


「昨日?」


「昨日だ」


「で、今日はもう人集めに来たのかい」


「必要だからな」


その即答に、ラズィアは片眉を上げた。


「ずいぶん急ぐじゃないか」


「急ぐだけの価値がある」


クイーンはそう言って、石卓の上の紙を一枚広げた。


募集条件が並んでいる。

住み込み可。

雛連れ同伴可。

病時配慮あり。

産卵期への配慮あり。

教育あり。

接客経験不問。


それを見た周囲の空気が変わった。


特に、雛を抱えた者たちの目つきが変わる。

ただの興味ではない。

自分に関わる話だと気づいた目だった。


ラズィアもそれに気づいたらしく、紙をつまみ上げて目を細める。


「……雛連れ同伴可?」


「そうだ」


「本気かい」


「本気だ」


「店だろう?」


「店だ」


「雛を連れて働けるのかい」


「働けるようにする」


クイーンは言い切った。


「住居区画を調整する。

雛用の安全区画も作る。

営業区画と倉庫区画には入れない。

だが、親と一緒に暮らせるようにはする」


今度は、ざわめきが抑えきれなかった。


「そんな条件、聞いたことないよ」

「本当に?」

「口約束じゃないだろうね」


疑いは当然だった。

むしろ、疑わない方がどうかしている。


クイーンはその反応を見回し、鼻を鳴らした。


「私の名で出している」


それだけで、空気が少し変わる。


軽い言葉ではない。

クイーン名義で出す以上、反故にはできない。

群れの者なら、それがどれだけ重いか知っている。


ラズィアが紙を見たまま言う。


「……本気なんだね」


「最初からそう言っている」


「いや」


ラズィアはゆっくり首を振った。


「条件が本気すぎる。

だから確認したくなったのさ」


その言葉に、クイーンは少しだけ口元を歪めた。


「私もそう思った」


「何?」


「いや、何でもない」


危うく、あの男の顔が浮かびかけた。

余計なことは言わない。

今はまだ。


雛を抱えた若い母親の一人が、おそるおそる口を開く。


「あの……本当に、雛を連れて行っていいんですか」


「いい」


「迷惑になりませんか」


「なるに決まっている」


場が一瞬静まる。

若い母親の顔がこわばった。


だがクイーンは、そのまま続けた。


「雛は騒ぐ。

走る。

入り込む。

手もかかる。

迷惑にならぬわけがない」


そこで一度言葉を切る。


「だが、それ込みで受け入れる条件にした。

そうでなければ群れの者は動けぬ。

だから最初から織り込み済みだ」


若い母親は目を丸くし、それから胸の雛を抱き直した。

その腕に、少しだけ力が入る。


「……そう、ですか」


「不安なら来るな。

来たいなら来い。

無理に引っ張る気はない」


クイーンの声は淡々としていた。

だが、その方がかえって本気に聞こえる。

甘い言葉で釣る気がないからだ。


ラズィアが石卓を指で叩く。


「で、店の主は誰だい」


クイーンは即座に答えた。


「私だ」


場が一瞬静まる。


ラズィアが片眉を上げた。


「……人の街の店だろう?」


「そうだ。

だが、あれは私の群れの卵を売る店だ。

私の名で募集をかける。

群れの者を入れる。

なら、主は私でいい」


ラズィアはそこで小さく笑った。


「なるほどね。

で、実際に回してるのは?」


「匠一だ」


「人間か」


「人間だ」


「信用できるのかい」


当然の問いだった。

群れの者を預ける以上、そこは避けて通れない。


クイーンは迷わなかった。


「できる」


短く、はっきりと言う。


「卵も、雛も、働く者も、雑には扱わぬ。

必要なところでは迷わず決める。

面倒なことも投げぬ。

……厄介な男だが、任せるだけの価値はある」


ラズィアがにやりとする。


「へえ」


「何だ」


「いや。

お前がそこまで言う相手かと思ってね」


「事実を言っただけだ」


「そういうことにしておくよ」


周囲からまた小さな笑いが漏れる。

クイーンは眉をひそめたが、今度は止めなかった。


むしろ、そのくらい空気が緩んだ方がいい。

募集の話は、張り詰めすぎると動きにくくなる。


ラズィアは改めて紙を見る。


「接客経験不問、教育あり、住み込み可……。

ずいぶん間口が広いね」


「最初から選り好みしている余裕はない。

ただし、来るなら働く気のある者だけだ」


「まあ、それはそうだろうね」


「遊びに来る場所ではない」


「でも、新しい巣にはなる」


ラズィアがぽつりと言った。


クイーンはその言葉に、少しだけ目を細めた。


「……そうだな」


ただの職場ではない。

住み込みで、雛も連れて行けるなら、それはもう半分巣だ。

新しい働き口であり、新しい居場所でもある。


だからこそ、軽くは決められない。

だが、だからこそ動く価値がある。


集会用の巣の外では、いつの間にかさらに人が集まっていた。

話を聞きつけたのだろう。

若い者たちが入口のあたりから中を覗いている。


クイーンはそれを見て、少しだけ息を吐いた。


「……思ったより早いな」


「お前が戻ってきて、しかも仕事の話を持ってきたんだ。

こうなるに決まってるだろう」


ラズィアは肩をすくめた。


「で、どうする。

ここでまとめて話すかい?」


クイーンは少し考え、それから頷いた。


「そうする。

どうせ一人ずつ説明していたら日が暮れる」


「違いない」


ラズィアが立ち上がり、外へ向かって声を張る。


「聞きたい者は集まりな!

クイーンが直々に、新しい巣の話をするよ!」


その声に、外のざわめきが一段大きくなった。


クイーンは石卓の上の募集チラシを整えながら、静かに息を吐いた。


さて。

ここからが本番だ。


故郷に戻るだけなら簡単だった。

だが、群れを動かすのは別だ。

言葉が要る。

条件が要る。

そして何より、自分が本気だと見せる必要がある。


ハーピークイーンは顔を上げた。


集まり始めた群れの者たちを見渡す。

懐かしい顔。

若い顔。

不安そうな顔。

期待を隠しきれない顔。


その全部を受け止めるように、クイーンは口を開いた。


「よく聞け。

新しい巣の話をする」


集会用の巣に集まった者たちが、いっせいに口を閉じた。

外から覗き込んでいた若い者たちまで、羽音を潜める。


クイーンは石卓の上の募集チラシを一枚取り上げた。


「人の街に店を作った。

うちの群れの卵を扱う店だ。

名は天穹の巣。

昨日、開いたばかりだ」


ざわめきが広がる。

だが今度は、さっきよりも抑えられていた。

皆、続きを聞こうとしている。


「高級卵を扱う店だが、それだけではない。

贈答用の最上級品も置く。

だが、継続して買える層向けの品も揃える。

見栄だけの店ではない。

長く回すつもりで作ってある」


クイーンはそこで一度、集まった顔ぶれを見渡した。


若い者。

年嵩の者。

雛を抱えた母親。

腕を組んで値踏みするように見ている古株。


反応は様々だ。

だが、誰も無関心ではない。


「募集するのは、店で働く者だけではない」


その一言で、空気が少し変わる。


「店に立つ者。

選別する者。

梱包する者。

在庫を見る者。

裏を回す者。

それに加えて、飛ぶ者も要る」


ラズィアが片眉を上げた。


「飛ぶ者?」


「そうだ」


クイーンは頷いた。


「新しい巣は、店一つで終わる話ではない。

店を回す手が要る。

だが、それとは別に、空を見せる翼も要る」


「空を見せる?」


「モルペー達と共に舞台に立ち、集団飛行を見せる部隊だ」


今度のざわめきは、さっきまでとは質が違った。

驚きと、戸惑いと、興味が混じっている。


「名はハーピーズ48。

今は29。

十九羽、足りぬ」


「……見せる飛行かい」


ラズィアの声は、確認するように低かった。


「そうだ」


クイーンは短く答える。


「ただ飛べばいいわけではない。

揃える。

魅せる。

客前に出る。

舞台で飛ぶこともある。

各種式典で飛ぶこともある。

祝賀でも、披露でも、群れの顔として空を使う」


集会用の巣の中が静まっていく。

今、皆の頭の中にあるのは、ただの働き口ではない。

見られる側として飛ぶ、自分たちの姿だ。


クイーンはその空気を見回し、続けた。


「店だけでは回らぬ。

翼だけあっても足りぬ。

だから両方集める。

店を支える者。

空を支える者。

そのどちらも要る」


「まとめるのは誰だい」


ラズィアが聞く。


クイーンは迷わなかった。


「私だ」


一拍置いてから、さらに言う。


「店の主も私だ。

ハーピーズ48のマネージャーも私がやる。

誰を立たせるか。

どう飛ばせるか。

どこで見せるか。

そこは私が見る」


その言葉には、妙な飾りがなかった。

だからこそ重い。


「接客経験は問わぬ。

店要員には教育をつける。

住み込み可。

雛連れ同伴可。

病時配慮あり。

産卵期への配慮も明記する」


「飛ぶ方も同じかい」


「住み込みと配慮は同じだ。

だが、雛連れなら最初は店や裏方から入る形でもいい。

無理に舞台へ上げはしない。

向き不向きは見て決める」


それは現実的な答えだった。

夢だけを見せる話ではない。

だが、夢で終わらせる気もない。


雛を抱えた若い母親の一人が、おそるおそる口を開く。


「あの……本当に、雛を連れて行っていいんですか」


「いい」


「迷惑になりませんか」


「なるに決まっている」


場が一瞬静まる。

若い母親の顔がこわばった。


だがクイーンは、そのまま続けた。


「雛は騒ぐ。

走る。

入り込む。

手もかかる。

迷惑にならぬわけがない」


そこで一度言葉を切る。


「だが、それ込みで受け入れる条件にした。

そうでなければ群れの者は動けぬ。

だから最初から織り込み済みだ」


若い母親は目を丸くし、それから胸の雛を抱き直した。

その腕に、少しだけ力が入る。


「……そう、ですか」


「不安なら来るな。

来たいなら来い。

無理に引っ張る気はない」


クイーンの声は淡々としていた。

だが、その方がかえって本気に聞こえる。

甘い言葉で釣る気がないからだ。


奥にいた年嵩の女、ミレアが口を開いた。


「条件は分かった。

だが、街へ移るとなれば話は別だよ。

空が違う。

巣の形も違う。

人間の中で暮らすのは、若いのが思うほど楽じゃない」


「分かっている」


クイーンは頷いた。


「だから無理に来いとは言わぬ。

来るなら、自分で決めろ」


「戻りたくなったら?」


「戻ればいい」


即答だった。


場が少しざわつく。

ミレアも目を細めた。


「ずいぶんあっさり言うね」


「合わぬ者を縛っても仕方がない。

ただし、働くと決めたなら最初から遊び半分で来るな。

試す気で来るのもやめろ。

巣を移るなら、そのつもりで来い」


厳しい。

だが、だからこそ真剣さが伝わる。


ラズィアが口元を歪めた。


「甘くはない、か」


「当たり前だ」


クイーンは言い切った。


「新しい巣だ。

だが、楽な巣ではない。

働く場所であり、見せる場所でもある」


入口近くの赤茶の娘が、半ば面白がるように手を挙げた。


「で、何人くらい欲しいんだい?」


「ハーピーズ48には十九羽。

店要員も別に要る」


「合わせると?」


「多い方がいい」


「雑だねえ」


「最初から上限を切る気はない。

ただし、誰でもいいわけではない。

働く気がある者。

群れの外でもやっていく気がある者。

それが条件だ」


娘はにやりと笑った。


「じゃあ、あたしは候補に入る?」


「口を閉じる訓練ができるならな」


場に笑いが起きる。

娘は「ひどいね」と肩をすくめたが、まんざらでもなさそうだった。


クイーンはその空気を見て、少しだけ息を吐いた。

悪くない。

重すぎず、軽すぎず。

話が動く空気になってきている。


「今日すぐ決めろとは言わぬ」


クイーンは続けた。


「家族と話せ。

巣の都合もある。

雛がいるならなおさらだ。

だが、長くは待たぬ。

店はもう開いている」


「いつ発つんだい」


ラズィアが聞く。


「明日の朝には出る」


「早いね」


「早い。

だから今日中に決めろ」


文句を言わせない口調だった。

だが、実際それくらいしかない。

店はもう動いている。

ハーピーズ48の不足も埋めねばならない。


集会用の巣の中に、再びざわめきが広がる。

今度は迷いの音だ。

誰が行くか。

行けるか。

行きたいか。

それぞれが胸の内で秤にかけている。


クイーンはそれ以上、急かさなかった。

必要なことは言った。

あとは各自が決める番だ。


やがて、最初に動いたのは、胸に雛を抱えた若い母親だった。


「……行きたいです」


場の視線が集まる。

彼女は怯んだが、それでも言葉を続けた。


「今の巣に不満があるわけじゃありません。

でも、雛を連れて動ける場所なんて、今までなかった。

働けるなら働きたいです。

この子を連れてでも行けるなら……行ってみたい」


クイーンはその顔を見た。

若い。

不安も大きいだろう。

だが、目は死んでいない。


「名は」


「フィアです」


「分かった。

店要員候補、一人目だ」


その一言で、空気がまた動いた。

最初の一人が出ると、続く者は出やすい。


赤茶の娘が手を挙げる。


「じゃあ、あたしも」


「軽いな」


「軽く見えるかもしれないけど、今の巣じゃ退屈してたんだよ。

外を見てみたい。

どうせ飛ぶなら、ただ飛ぶより見せる方が面白そうだ」


「名は」


「ネリス」


クイーンは翼の張りと立ち姿を見た。

軽口は多いが、身体はよくできている。


「ハーピーズ48候補だ。

口の軽さは向こうで矯正してもらえ」


「それ、応募条件に入ってないだろ」


また笑いが起きる。

だが、ネリスの目も本気だった。


そこから先は早かった。


若手の飛び手が次々に名乗りを上げる。

今の巣では上が詰まっていて、前に出る機会が少ない者。

外を見たい者。

舞台に立ちたい者。

式典で飛ぶ名誉に惹かれた者。

クイーンの下でやってみたい者。


一方で、店要員にも手が挙がる。

雛連れの母親。

選別や梱包のような細かい作業が得意な者。

若い者の面倒を見るのに慣れた中堅。

接客は未経験でも、人当たりの柔らかい者。


クイーンは一人ずつ名を聞き、顔を見た。

勢いだけで来ようとしている者はいないか。

不安に押し潰されそうな者はいないか。

群れの外でやっていける芯があるか。

客前に立つ覚悟があるか。


全員を受け入れる気ではいた。

だが、見るべきところは見る。

それが連れていく側の責任だ。


結局、その日のうちに名乗りを上げたのは二十七羽だった。


ハーピーズ48要員が十九羽。

店要員が八羽。


若手、中堅、雛連れ、役割はばらけている。

だが、それでよかった。

新しい巣を回すには、偏りすぎない方がいい。


ハーピーズ48は定数48。

現在は29。

不足は19。


その不足を埋める数は、きっちり揃った。

その上で、店を回すための手も確保できた。


ラズィアが名簿代わりの紙を覗き込み、低く口笛を吹く。


「……ずいぶん集まったね」


「私もそう思う」


クイーンは素直に答えた。


「だが、これで足りる」


「お前が来たからだよ」


ラズィアはあっさり言った。


「条件だけじゃない。

お前が自分で来て、自分の口で話した。

だから動いたのさ」


クイーンは少しだけ黙った。

否定はしない。

たぶん、その通りだからだ。


日が傾く頃には、行く者たちはそれぞれ自分の巣へ戻り、荷をまとめ始めていた。

家族に話を通し、必要なものを選び、雛の支度をする。

巣場全体が、どこか落ち着かない熱を帯びている。


クイーンは高い岩棚の端に立ち、その様子を見下ろしていた。


故郷の巣。

懐かしい風景。

だが今は、ただ懐かしむだけの場所ではない。

ここから新しい巣へ、翼が移っていく。


「感傷に浸る顔じゃないね」


横からラズィアが来た。


「浸っていない」


「そうかい」


ラズィアは隣に立ち、下を見た。


「二十七羽か。

最初としては上出来だろう」


「そうだな」


「雛連れもいる。

店要員もいる。

ハーピーズ48の不足も埋まる。

悪くないどころじゃない」


クイーンは少しだけ空を見た。

夕方の風が羽を撫でる。


「……今のところは上出来だ」


「へえ」


「何だ」


「いや。

お前にしては、ずいぶん素直だと思ってね」


「褒めている」


「分かるよ」


ラズィアは笑った。


「じゃあ、その新しい巣は本当に悪くないんだろうね」


クイーンは答えなかった。

だが、否定もしなかった。


翌朝。

空はよく晴れていた。


出立の時間になると、巣場の外れに二十七羽が集まった。

それぞれ荷を背負い、雛連れの者は胸元や背の籠に子を収めている。

若い者は緊張を隠しきれず、中堅はその様子を横目で見ていた。

それでも、誰一人として足を引いてはいなかった。


フィアは雛を抱えたまま、何度も荷を確かめている。

ネリスは緊張を隠すように、わざと軽口を叩いていた。

中堅の女たちは、若い者たちと雛連れの様子を見ている。


見送りも集まっていた。

家族、友、同じ巣の者たち。

別れの空気はある。

だが、沈みきってはいない。

戻れない旅ではないからだ。

それでも、新しい巣へ向かう一歩であることに変わりはない。


ラズィアが腕を組んだまま言う。


「ちゃんと連れて帰るんだよ」


「誰に言っている」


「お前にさ」


クイーンは鼻を鳴らした。


「当然だ」


それから、集まった二十七羽を見渡す。


「隊列を組め」


短い一言だった。

だが、それで十分だった。


ハーピーズ48候補を前へ。

雛連れと店要員を中ほどへ。

中堅をその周囲と後方へ。


速さではなく、崩れぬことを優先した隊列だった。


クイーンは配置を見て、小さく頷く。


「行くぞ」


翼が広がる。

朝の光を受けて、羽がきらめく。

一人、また一人と地を蹴り、空へ上がる。


クイーンも最後に飛び上がった。


故郷の巣が下へ遠ざかっていく。

見送りの姿が小さくなる。

風が強まる。


その風の中で、クイーンは後ろを振り返った。


二十を超える翼がついてくる。

前方のハーピーズ48候補はまだ荒いが、勢いがある。

中ほどの店要員と雛連れは慎重だが、崩れてはいない。

それを中堅が支えている。


悪くない。


これなら連れて帰れる。

ハーピーズ48の不足は埋まる。

店を回す手も入る。

新しい巣は、もう一段大きくなる。


天穹の巣へ。

新しい巣へ。

自分の店へ。


クイーンは前を向いた。


「遅れるな」


先頭から声を飛ばす。


「落ちる者は拾う手間が増える。

きっちりついて来い」


「置いていくんじゃないんですね!」


後ろからネリスの声が返る。


「当たり前だ。

連れて帰ると言っただろう」


軽口が返せるなら余裕はある。

クイーンは少しだけ口元を緩めた。


空は高く、青かった。

その先に、人の街がある。

天穹の巣がある。

新しい働き口があり、新しい巣がある。


連れていく。

この翼たちを。

自分が認めた、新しい群れの一部として。


ハーピークイーンは速度を上げた。


その後ろを、二十七羽の新しい入職者たちが追う。

故郷から新しい巣へ向かう一団は、朝の空をまっすぐに切り裂いていった。

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