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見難い火傷の子  作者: 清風
354/640

天穹の巣、開店

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子354




天穹の巣、開店




深淵ダンジョン第十六エリア、第四紀完新世層

青銅の時代

この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。



超高級卵販売ハーピー卵店「天穹の巣」の開店日。

朝から店の前は人で賑わっていた。


白木と青銅で整えられた店構えは、派手ではない。

だが、見れば分かる。

安い店ではない。

そう思わせるだけの静かな格があった。


開店前から客が集まっていた。

食にうるさい貴族。

珍しいものを好む者。

贈答品を探す者。

ただ見物に来ただけの者までいる。

超高級ハーピー卵店の開店となれば、それだけで人を呼ぶには十分だった。


匠一は店先の様子を見て、小さく息を吐いた。

ここまでは想定通り。

むしろ少し多いくらいだ。


入口脇には店名板が掛けられている。

天穹の巣。

青みを帯びた金属板に、細く鋭い文字で刻まれた名だ。

空の高さを思わせる名だった。


店内では人化ハーピーたちが忙しく動いていた。

白と淡金を基調にした制服。

羽を思わせる襟元の意匠。

高級店らしく、動きに無駄がない。


「セリア、そっちは終わったか」


匠一が声をかけると、棚を見ていた娘が振り向いた。


「はい。上段の贈答用は終わってます。

下段も値札まで確認しました」


昨日、試験の被験者を務めたセリアだった。

今日は試験衣ではなく、店の制服を着ている。

その方がずっと自然に見えた。


「体調は」


「大丈夫です。少し耳が変な感じは残ってましたけど、朝にはほとんど消えました」


「無理はするなよ」


「はい」


短いやり取りだったが、それだけで少し安心したようにセリアは笑った。


開店の鐘が鳴る。


扉が開くと、待っていた客たちが順に入ってきた。

押し合いにはならない。

だが視線は鋭い。

何を売る店なのか。

どこまでの品を揃えたのか。

それを見定めに来ている目だった。


店内中央には贈答用の最上級卵が並んでいる。

一つずつ緩衝材に包まれ、専用箱に収められた品だ。

殻の艶、色の揃い、大きさの均一さ。

どれも、ただの卵には見えなかった。


壁際には用途ごとの棚がある。

焼き菓子向け。

濃厚黄身向け。

泡立ち重視。

香り重視。

説明板には、系統や飼育環境、向いた調理法まで簡潔に記されていた。


客の一人が足を止める。


「こちらは祝いの席向けか」


「はい」


応対したのはセリアだった。


「香りと見栄えを重視した選別品です。

火を入れても黄身の色が沈みにくく、切り分けた時の印象が良くなります」


「こちらは朝食向けか」


「はい。日常使いとしては高価ですが、味の濃さと扱いやすさの均衡が良い品です」


客は満足げにうなずき、二箱を指した。


「それをもらおう」


「ありがとうございます」


開店直後から、店内には確かな熱があった。

高級店らしい静けさは保たれている。

だが、その下で人の興奮が流れている。


表が賑わう一方で、裏ではヴァレットとレギスが動いていた。

店舗裏手の倉庫。

本来は木箱や緩衝材、保冷用の魔導具を置くための場所だ。

だが今日からは、それだけではない。


倉庫の奥、壁際に枠状構造が据えられていた。


試験室にあったものと同系統の境界枠。

ただしこちらは研究用の仮設ではなく、実運用を前提にした固定設備だった。


ヴァレットが報告する。


「位相固定、安定。

境界面揺らぎ、基準値内。

物流用通過試験、三回とも正常終了しております」


レギスが続ける。


「木箱、緩衝材、保冷容器、いずれも欠損なし。

内容物の位置ずれも許容範囲内です」


匠一は枠を見た。

静かだ。

だが、この静けさの向こうにある価値は大きい。


高級品は鮮度と破損率が命だ。

そこを抑えられるなら、店の価値そのものが変わる。

卵の店一つの話では終わらない。

だが、だからこそまずは店一つから始める。


その時、表の方から小さなどよめきが伝わってきた。

ただ客が増えた時の音ではない。

人が道を空ける時のざわめきだった。


ヴァレットがわずかに顔を上げる。


「来ました」


「分かってる」


匠一は倉庫から表へ向かった。


店内へ戻ると、客たちの視線が入口へ集まっていた。

そこにいたのは、ひときわ目を引く女だった。


ハーピークイーン。


羽毛を思わせる意匠を織り込んだ衣。

飾り立てすぎてはいない。

だが、立っているだけで周囲の空気が整う。

美しいというだけでは足りない。

空の高みそのものが人の形を取って降りてきたような存在感があった。


この店は、ハーピークイーンの群れの卵を扱う店だ。

その長が開店日に姿を見せれば、それだけで店の正統性になる。


店内の人化ハーピーたちが一斉に姿勢を正す。

客たちも、誰に言われるでもなく声を潜めた。


クイーンは店内を見渡し、それから匠一へ視線を向けた。

口元にわずかに笑みが浮かぶ。

だが、その笑みは素直ではない。


「盛況だな」


「みたいだな」


匠一が答える。


「開店日に来るとは思ってなかった」


「何を言う」


クイーンは鼻で笑った。


「私の群れの店だ。顔を出さぬ方がおかしいだろう。

別に祝いに来たわけではない。

ちゃんと形になっているか見に来ただけだ」


どう聞いても祝いに来ている。

だが、本人はそういうことにしたいらしい。


匠一もそれは分かっていた。

だから何も突っ込まない。


「じゃあ見ていくか」


「言われなくてもそうする」


クイーンは満足そうなのに、不満げな顔で店内へ視線を巡らせた。


贈答棚を見て、普及棚を見て、説明板を見ていく。

ただ眺めているのではない。

店の思想を読んでいる目だった。


「高級品だけ並べて終わりかと思ったが、そうでもないのだな」


「入口は広くした。

最上級品で話題を作る。

でも、継続して買える層も拾う。

そうしないと店は育たない」


クイーンは短くうなずいた。


「見栄だけの巣では、すぐに潰れるからな。

……悪くない」


最後の一言だけ、少し小さかった。

近くにいた人化ハーピーたちの表情が明るくなる。

褒められたのが分かったのだ。


クイーンはそれに気づいているはずなのに、気づかないふりをした。


「私の群れの卵を売るのだ。

半端な店では困る」


「そのつもりはない」


「ならいい」


やがてその視線が、店の奥――裏手へ続く扉へ向く。


「それで」


その一言だけで、匠一は意図を察した。


「見たいんだろ。こっちだ」


「見に来たのはむしろそっちだ」


クイーンは即答した。


「店だけなら後でもいい。

お前が昨日、妙なものを通したと聞いた」


「妙なもの、か」


「妙なものだろう。

私の店の裏に門を生やすなど、普通はやらん」


言い方は呆れている。

だが、興味を隠す気もなかった。


裏倉庫へ案内すると、クイーンの後ろにいた者たちも一瞬だけ息を呑んだ。

店の裏にあるには、あまりにも異質な設備だったからだ。


枠状構造は静かにそこにある。

光を撒き散らすでもなく、威圧するでもなく、ただ境界として存在している。

だが、その静けさがかえって異様だった。


クイーンはしばらく無言でそれを見た。

それから、ゆっくりと口を開く。


「これが昨日の成功品か」


「実運用型だ」


「……またとんでもないものを作ったな」


呆れたような声だった。

だが、その目は完全に価値を見抜いていた。


「店の裏倉庫と供給側を繋ぐ。

高級卵は輸送時間と破損率の影響が大きい。

だから、ここを短くする価値がある」


クイーンは枠の前まで歩み寄る。

その目は、驚きより先に計算をしていた。

これが何を変えるか。

どこまで広がるか。

それを測る目だった。


「私の店を、ずいぶん大きな話にしたものだ」


「まずは一店舗からだ」


「店一つの話で済まぬことくらい、お前も分かっているだろう」


「分かってる」


クイーンはそこで小さく笑った。


「慎重なくせに速い。

本当に厄介だな、お前は」


「褒め言葉として受け取っておく」


「褒めている。黙って受け取れ」


即答だった。

その言い方に、後ろにいた人化ハーピーたちが少しだけ肩の力を抜く。

いつもの調子だ、と分かったのだ。


表の店は盛況。

裏では新しい物流の門が動き出した。

その上で、ハーピークイーン自らが開店日に足を運んでいる。

祝わない方が不自然だった。


匠一はヴァレットへ視線を向ける。


「準備は」


「軽食、飲料、応接区画ともに整っております」


「追加対応も可能です」


レギスが続けた。


クイーンがわずかに眉を上げる。


「最初からそのつもりだったか」


「来るかもしれないとは思ってた」


「来る」


クイーンは言い切った。


「私の店の開店日だ。

来ない理由がない。

勘違いするなよ。

別にお前のためではない。

群れの店が妙な始まり方をしては困るだけだ」


そこまで言ってから、店内を一度見回す。

その目はどう見ても満足していた。


「……まあ、今のところは上出来だ」


店の奥、応接と休憩を兼ねた広めの区画へ、人が移り始める。

表の営業は続ける。

だが、店を挙げての歓迎の空気はもう隠しようがなかった。


人化ハーピーたちが手際よく料理を運び、飲み物を整え、席を作る。

卵を使った軽食が並ぶ。

香りは上品で、見た目も華やかだ。

祝いの席にふさわしい、だが過剰ではない構成だった。


セリアが小さく息を吐く。


「……本当に来た」


その呟きには、緊張と誇らしさと、少しの現実感のなさが混じっていた。


クイーンはそれを聞きとめたらしく、ちらりとセリアを見る。


「何だ、その顔は。

私が来て悪いのか」


「い、いえ、そんなことは」


「ならいい」


ぶっきらぼうに言ってから、クイーンはわずかに顎を上げた。


「祝いの席なのだろう。

さっさと始めろ」


匠一はそんな店内を見回し、短く言った。


「歓迎会、始めるか」


歓迎会の席では、軽食と飲み物が一通り行き渡り、ようやく空気が落ち着き始めていた。


表の店はそのまま営業を続けている。

だが奥の応接区画だけは、開店祝いと打ち合わせが半分ずつ混ざったような空気になっている。


卵を使った一口料理を口にしたクイーンが、ふんと鼻を鳴らした。


「味は悪くない」


「だろ」


匠一がそう返すと、セリアが少しだけ目を瞬かせた。

褒めているのに、言い方だけは少し刺がある。

だがもうその場の誰も気にしていなかった。

これがこの女王の平常運転だと分かっているからだ。


匠一は杯を置いた。


「店は動き出した。

門も問題ない。

次は人手だ」


その一言で、場の空気が少しだけ締まる。

祝いの席のまま、話題が次へ移った。


クイーンは椅子に深く座ったまま、脚を組み替えた。


「足りぬのか」


「足りない」


匠一は即答した。


「開店要員は揃えた。

でも、贈答対応、接客、選別、梱包、在庫管理、裏の搬入まで考えると余裕がない。

今は開店日だから回ってるが、これが続くと詰まる」


ヴァレットが頷く。


「教育込みで考えるなら、早めに増員した方がよろしいかと」


レギスも続けた。


「裏の物流設備まで本格稼働させるなら、なおさらです」


クイーンは杯を傾けながら、面倒そうに言った。


「なら集めればいい。

群れの者に声をかける」


「故郷か」


「他にどこがある」


当然のような口ぶりだった。


「働き口を求める者はいる。

今の巣で燻っている者もいるし、若いのもいる。

店が安定して回るなら、来たがる者は出るだろう」


そこまでは、ほぼ既定路線だった。

だがクイーンはそこで少し眉を寄せる。


「ただし」


「問題は雛だな」


匠一が先に言うと、クイーンは小さく顎を引いた。


「そうだ。

一羽で来られる者ばかりではない。

雛持ちは動きにくい。

置いて来いと言えば、それだけで話は半分消える」


セリアが思わず口を挟む。


「やっぱり、そうなんですね」


「当たり前だ」


クイーンは即答した。


「雛を抱えたまま巣を移るのは負担が大きい。

しかも働きに出るとなればなおさらだ。

安全か、食えるか、預けられるか。

そこが曖昧なら誰も動かぬ」


匠一は少し考えてから言った。


「なら、雛連れ同伴可にする」


その場が一瞬静かになる。


セリアが目を丸くし、ヴァレットが視線を上げ、レギスが確認するように匠一を見る。

クイーンだけは、最初からその言葉を待っていたような顔をした。


「ほう」


「住み込み前提で住居区画を調整する。

雛用の安全区画も作る。

営業区画と倉庫区画には入れない。

でも親と一緒に暮らせるようにはする」


レギスがすぐに実務へ頭を切り替える。


「増築までは不要としても、仕切りと寝床、保温設備は必要になりますね」


「あと、段差と隙間だな」


ヴァレットが続ける。


「雛は思わぬところに入り込みます。

危険箇所の封鎖は必須です」


「食事もですね」


セリアも乗ってくる。


「大人と同じでいいわけじゃないですよね」


クイーンは腕を組み、満足そうなのに不満げな顔で言った。


「最初からそこまで考えていたわけではなさそうだな」


「今、考えた」


匠一が答える。


「でも必要なのは分かる」


「ふん」


クイーンは鼻を鳴らした。


「悪くない。

雛を置いて来いと言うようでは、群れの者は集まらぬ。

連れて来られるなら話は別だ」


それはかなり強い肯定だった。

言い方だけがいつも通り素直ではない。


匠一は続ける。


「雛連れ可なら、募集の幅が広がる。

若い個体だけじゃなく、育児中の者も対象にできる。

それに、群れごとこっちに馴染みやすい」


「うむ」


クイーンは頷いた。


「単に働き手を増やすだけではない。

巣ごと移る感覚に近くなる。

その方が定着もしやすい」


セリアが少し嬉しそうに言う。


「それ、いいですね。

雛がいたら、店の裏も賑やかになりそうです」


「賑やかで済めばいいがな」


レギスがぼそりと言う。


「静かにしている姿が想像できません」


「できませんね」


ヴァレットも珍しく即答した。


少しだけ笑いが起きる。

祝いの席らしい、柔らかい空気だった。


クイーンはその笑いを眺めてから、杯を置いた。


「条件はそれだけでは足りぬ」


「他には」


匠一が聞く。


「住む場所の広さ。

雛連れなら巣の感覚が要る。

狭すぎれば不満が出る。

それと、休みだ」


「休み」


「雛が体調を崩した時、親を無理に働かせるな。

それをやれば、次から誰も来ぬ」


匠一は頷いた。


「病時は無理をさせない。

交代要員を前提に回す」


「あと、卵だ」


「卵?」


セリアが首を傾げる。


クイーンは当然のように言った。


「食う方ではない。

産む方だ。

産卵期の扱いを雑にするな。

そこを軽く見る店に、群れの者は預けられぬ」


匠一は短く息を吐いた。


「分かった。

そのあたりは就業条件に入れる」


「条件に入れるだけでは足りん。

守れ」


「守る」


クイーンはそこでようやく満足げに頷いた。


「ならよい」


少し間を置いてから、彼女はわざとらしく視線を逸らした。


「……別に、お前のために人を集めてやるわけではない。

私の群れの店だ。

回らぬと困る」


「分かってる」


「素直に礼を言わぬのか」


「言ってほしいのか」


「誰がそんなことを言った」


即座に返ってきた。

その返しに、セリアが思わず吹き出しそうになるのを堪えた。


匠一は気にせず話を進める。


「じゃあ募集条件は、住み込み可、雛連れ同伴可、病時配慮あり。

産卵期の扱いも明記する。

教育はこっちでやる。

接客経験は不問だ」


「あと一つ」


クイーンが言う。


「何だ」


「私の名で募集をかける」


その場の空気が少し変わる。

それは実務の話であると同時に、看板の話でもあった。


「クイーン名義か」


「そうだ。

その方が群れの者は安心する。

得体の知れぬ店に行けと言われても動かぬが、私の店だと言えば話は早い」


匠一はすぐに頷いた。


「それが一番早いな」


「当然だ」


クイーンは顎を上げた。


「私の群れの卵を売る店だ。

なら、集めるのも私がやる」


その言葉には、女王としての誇りがあった。

同時に、店を本気で自分のものとして背負う意思もあった。


セリアが小さく笑う。


「じゃあ、故郷に行くんですね」


「行く」


クイーンは即答した。


「少し顔を出してくる。

里帰りついでだ。

……ついでだからな」


どう見ても本題はスカウトの方だった。

だが、そこをわざわざ言い換えるあたりが実にこの女王らしい。


匠一は杯を持ち上げた。


「じゃあ次は人集めだな」


クイーンも杯を取る。


「雛連れでも来られる店にしろ。

そうすれば、連れて来てやる」


「任せろ」


軽く杯が触れ合う。

開店祝いの席は、そのまま次の一手を決める場になった。


天穹の巣は開いた。

次は、それを回す翼を集める番だった。


翌日ハーピークイーンは、新しい「新しい募集」チラシを抱えて故郷に旅立っていった。

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