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見難い火傷の子  作者: 清風
350/643

試験後の手応えや今後の生活の話

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子350




試験後の手応えや今後の生活の話




深淵ダンジョン第十六エリア、第四紀完新世層

青銅の時代

この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。



翌朝の爆炎ハウスは、前日の祝いの余韻をまだ少しだけ残していた。


といっても、食卓にごちそうが並んでいるわけではない。

朝の匂いはいつも通りで、温かい汁物と焼いたパン、それに簡単な副菜が並んでいる。

けれど、家の中の空気が少し軽い。

昨日まで胸の奥に引っかかっていたものが、ひとつ外れた後の軽さだった。


みいはまだ少し眠そうな顔で椅子に座っていたが、目が合うたびに思い出したように言った。


「みい、ごうかくした」


「したな」


ショータが返すと、みいは満足そうにうなずく。


それを朝だけで三回は繰り返していた。


ショータの方も、表面上はいつも通りだったが、通知の紙を昨夜のうちに二度見返している。

合格だけならまだしも、記述回答が模範例として参照される可能性がある、という一文は、さすがに簡単には飲み込めなかった。


自分では、やるべきことを書いただけのつもりだった。


だが、その「やるべきこと」が、他の受験者にとってはそうではなかったのだろう。


匠一は朝食を配り終えると、二人の前に座った。


「今日は、昨日の結果を踏まえて今後の話をする」


その言い方がいかにも匠一らしくて、ショータは少しだけ背筋を伸ばした。

みいも、なんとなく大事な話だと察したのか、パンを持ったまま姿勢を正す。


「まず、みい」


「うん」


「入園は決まった。問題は、通い始めてからの生活だ」


みいはそこで、ぱちぱちと瞬きをした。

試験に受かったことは嬉しい。

だが、受かった後に何が変わるかまでは、まだぼんやりしている。


「がっこう、いく」


「行く。毎日ではないにしても、決まった時間に出て、決まった時間に戻る日が増える」


「うん」


「朝の支度、持ち物、送り迎え、帰ってからの流れ。そこを曖昧にすると続かない」


みいは真面目な顔で聞いていたが、途中から少しだけ難しそうな顔になった。

言っていることは分かる。

けれど、全部を一度に考えるのはまだ難しい。


ショータが横から補う。


「つまり、受かっただけで終わりじゃなくて、通える形を作らないといけないってことだ」


「かよえるかたち」


「そうだ」


みいはその言葉を口の中で転がすように繰り返し、それからこくりとうなずいた。


匠一は次にショータへ視線を向けた。


「お前の方は、資格を取ったことでできることが増える」


「……ああ」


「だが、できることが増えるのと、何でも抱えていいのは別だ」


ショータは少しだけ苦笑した。

言われる前から、そう来るだろうと思っていた。


「分かってる。資格があるからって、全部一人で回せるわけじゃない」


「分かっているならいい。今回評価されたのは、無理をしない判断も含めてだ」


その一言に、ショータは昨夜の通知を思い出した。


模範例として参照される可能性がある。

そう書かれていたのは、派手な答えを書いたからではない。

帰還を優先し、備えを整え、できる者に合わせすぎない判断を書いたからだ。


それは、匠一のもとで見てきたことでもあり、爆炎ハウスで自分が回してきたことでもある。


「……俺、そんなに特別なこと書いたつもりなかったんだけどな」


ぽつりと漏らすと、匠一は即座に返した。


「現場で必要なことを、現場で必要な順に書けるのは特別だ」


ショータは言葉に詰まった。


褒められているのだと分かる。

だが、匠一の褒め方はいつもこうだ。

大げさではない。

けれど、逃げ道もないくらい真っ直ぐに刺さる。


みいは二人のやり取りを聞きながら、よく分からないなりに嬉しそうだった。


「しょーた、すごい?」


「すごいんだろうな」

「じぶんでいうの?」

「お前が聞くからだろ」


みいがけらけら笑う。

昨日までの緊張が抜けた笑い方だった。


朝食を終えた後、三人は食卓をそのまま使って、具体的な話に入った。


まずはみいの通学についてだ。


「会場まで行って分かったが、幼年部の校舎は思ったより遠くない。ただ、子どもの足だと時間の見積もりは甘くできない」


匠一が地図を広げながら言う。


ショータも昨日の道を思い出していた。

大人なら問題ない距離でも、みいが毎回同じ調子で歩けるとは限らない。

天気、荷物、体調、眠気。

子どもはそういうもので簡単に変わる。


「朝は余裕を見た方がいいな」

「うん。ぎりぎり、だめ?」

「だめだ」

「だめだな」


匠一とショータの声が揃って、みいは少しだけ口を尖らせた。


「なんで」

「お前は途中で気になるものがあると止まる」

「とまらないよ」

「止まる」

「止まるな」


二人に重ねて言われ、みいは不服そうにしながらも反論しきれなかった。

心当たりがあるのだろう。


「それに、入園してしばらくは疲れる。帰りも同じだ。行けるかどうかじゃなく、続けられるかで考える」


匠一の言葉に、ショータは静かにうなずいた。


ここが大事なのだ。

試験に受かることと、生活として回ることは別だ。

昨日はその入口に立っただけで、今日からはその先を考えなければならない。


「送り迎えはどうする?」


ショータが聞くと、匠一は少しだけ考えた。


「固定しすぎない方がいい。誰か一人に寄せると、その者が動けない日に崩れる」


「じゃあ、何人かで回す形か」

「そうだ。基本の担当は決めるが、代替も用意する」


みいはその話を聞きながら、ようやく少し実感が湧いてきたらしい。


「みい、ほんとにいくんだ」


「受かったんだから行くに決まってるだろ」

「うん……」


嬉しそうでもあり、少しだけ不安そうでもある声だった。


ショータはその顔を見て、昨日の朝を思い出した。

分かれ道の手前で、みいが自分の袖を何度も見ていたことを。


「最初は緊張するだろうけど、慣れる」

「しょーたも?」

「俺も最初は慣れてなかった」

「ほんと?」

「ほんとだ」


みいは少しだけ安心したように息を吐いた。


次に話題は、ショータの資格取得後の動きへ移った。


「資格があることで、外から見た時の信用は増す」


匠一が言う。


「依頼の幅も広がるし、拠点管理の判断を任せやすくもなる。ただし、その分だけ声もかかる」


「だろうな」


「そこで浮かれるな。今まで通り、受けるものと受けないものを分けろ」


ショータは苦笑した。


「昨日も似たようなこと言われた気がする」

「大事なことは何度でも言う」


それは確かに匠一らしい。


ショータ自身、資格を取ったからといって急に何かが変わるとは思っていない。

だが、周囲の見方は変わるだろう。

今までなら「若いから」で流されていた場面でも、資格保持者として判断を求められることが増える。


それは嬉しい反面、重さもある。


「模範例の件、外に出るのか?」


ショータが昨夜から気になっていたことを聞くと、匠一は通知の文面を確認してから答えた。


「すぐに名前付きで出るわけではないだろう。だが、試験官の間では印象に残る」


「……そうか」


「嫌か?」


そう聞かれて、ショータは少し考えた。


嫌ではない。むしろ、認められたこと自体は嬉しい。

けれど、自分の答えが「模範」と呼ばれることには、まだ少し落ち着かなさがある。


「嫌じゃない。ただ、そんな大したことした感じがしない」


「それは、お前にとって普通になっているからだ」


匠一の返答は短かった。


ショータはそこで、はっとした。


普通。


昨日、みいの試験でも、その言葉がどこかにあった気がする。

みいの普通は少し違う。

そういう話になるだろうと、なんとなく思っていた。


「みいの方は、どうだったんだろうな」


ショータが言うと、匠一は少しだけ口元を緩めた。


「通知に簡単な所見がついていた」


「え、ほんとか」

「幼年部だからな。保護者向けの簡単な記録だ」


匠一は紙を取り出し、必要な部分だけ読み上げた。


「受け答えは年相応に素直。集団行動にも大きな問題なし。

ただし、危険認識と優先順位の感覚が同年代の平均より現実的で、生活経験の反映が見られる、だそうだ」


ショータは思わず吹き出しかけた。


「ずいぶん柔らかく書いたな」

「柔らかく書いてこれだ」


みいは自分のことを言われているのは分かるが、細かい意味までは分からないらしい。

きょとんとしている。


「みい、へんだった?」

「変というより、普通が少し違う」


「ふつう?」

「お前にとって当たり前のことが、他の子にはそうでもないってことだ」


みいはしばらく考え、それから首を傾げた。


「かえるみち、たいせつだよ?」

「大切だな」

「ひとりでむりなら、よぶのもたいせつ」

「それも大切だ」


「じゃあ、ふつう」


あまりにも真っ直ぐな結論に、ショータは笑ってしまった。


「お前にとってはな」


けれど、その通りでもあった。


みいはテュポン戦も、その眷属との戦いも、グール禍も見ている。

強さだけでは足りない場面を、帰れないことの怖さを、備えが生活を支えることを、幼いなりに見てきた。


だから「帰る道が大事」は、この子にとって本当に普通なのだ。


匠一は地図を畳みながら、静かに言った。


「二人とも、昨日の試験で見られたのは知識だけじゃない。何を普通だと思っているかだ」


ショータはその言葉を、少しの間黙って受け止めた。


自分は、帰還を優先すること、備えを整えること、無理をしないことを普通だと思っている。

みいは、困ったら呼ぶこと、帰る道を考えることを普通だと思っている。


それはたぶん、匠一のもとで暮らしてきたからだ。


爆炎ハウスでの生活が、二人の中に少しずつ積もって、もう「教わったこと」ではなく「当たり前」になっている。


「……なんか、変な感じだな」


ショータが言う。


「何がだ」

「自分じゃ普通にやってきたことが、外だと評価されたり、ちょっと違うって言われたりするの」


匠一は少しだけ考えてから答えた。


「外と中の基準が違うのは珍しくない。大事なのは、違うこと自体じゃない。

違うと分かった上で、どこを持ち込んで、どこを合わせるかだ」


その言い方は、いかにも匠一だった。


全部を押し通せとは言わない。全部を捨てろとも言わない。必要なものを見極めろ、という話だ。


みいは難しい話に少し飽きてきたのか、椅子の上でもぞもぞし始めた。ショータがそれに気づいて、話題を少し軽くする。


「で、みいは学校行ったら何したいんだ」


「おべんきょう」

「それは昨日も聞いた」

「いろいろ」

「それも聞いた」


みいは少し考えてから、今度は昨日よりちゃんと答えた。


「みち、おぼえる。あぶないの、おぼえる。

みんなでやるの、おぼえる」


ショータは目を細めた。


「……いいんじゃないか」


「しょーたは?」

「俺か」


資格を取った後、何をしたいか。

問われると、少しだけ言葉を選ぶ。


「今まで通り、ちゃんと回したい。家のことも、外のことも。できることは増えたけど、増えた分だけ雑にはしたくない」


匠一はその答えに、短くうなずいた。


「なら問題ない」


それだけで、十分だった。


話し合いがひと段落すると、みいはようやく椅子から降りて、窓の外を見に行った。

子犬たちが庭先でじゃれ合っている。

昨日と同じ景色なのに、どこか少し違って見えるのは、みいの方が一歩進んだからかもしれない。


ショータは食卓に残り、通知の紙を指先で軽く叩いた。


「生活、変わるな」


「少しずつな」


「一気にじゃないのが、逆に実感ある」


「一気に変えると崩れる」


匠一の返答はいつも通りだ。

だが、そのいつも通りが、今は妙にありがたかった。


試験は終わった。合格もした。

けれど、本当に大事なのはその先だ。

通うこと。

回すこと。

続けること。

昨日は入口で、今日はその先の話をしている。


そういう進み方が、この家らしいとショータは思った。


窓辺から、みいの声が飛んでくる。


「しょーたー!」

「なんだ」

「みい、あしたもごうかく?」

「それはもうしてる」

「じゃあ、あしたもえらい?」

「昨日からずっとえらいよ」


みいが満足そうに笑う。


匠一はそれを聞いて、ほんの少しだけ肩の力を抜いた。


試験の手応えは、それぞれにあった。

ショータは自分の普通が外で評価されることを知り、

みいは自分の普通が少し違うことをまだ知らないまま、それでも前へ進もうとしている。


今後の生活は、きっと少しずつ変わっていく。


朝の時間の使い方。

送り迎えの段取り。

ショータに増える役目。

みいに増える学び。

どれも派手ではない。

けれど、暮らしというのは、そういう小さな変化の積み重ねで形を変える。


爆炎ハウスの朝は、もういつもの朝に戻っていた。


ただ、その「いつも」の中身だけが、昨日までとは少し違っていた。

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