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見難い火傷の子  作者: 清風
302/327

砂漠の王カルカダン(食材確保)

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子302



砂漠の王カルカダン(食材確保)



深淵ダンジョン第十六エリア、第四紀完新世層

青銅の時代

この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。


カルカダンの巨体が完全に動きを止めても、誰一人として気を抜かなかった。

討伐の熱気はまだ地面に残っている。

だが、威嚇の唸りも白砂隊も、もう次の段階へ頭を切り替えていた。


フツウが膝をつき、帳面ではなく処理用の板札を開く。

そこには、納品順と処理順が簡潔に書かれていた。


「確認します。最優先は血抜き。次に心臓、喉肉、肩肉、肋内。肝は状態確認後。角は最後。皮は裂きすぎない。内臓は潰さない。砂を入れない。以上です」


「分かってる」 とヨシダが答える。


「分かっていても言います」 とフツウ。 「今回は討伐証明じゃなくて納品ですから」


パクエンが杖を地面に突き、カルカダンの喉元を見下ろした。


「血の流れはいい。喉は深く入った」


「入りすぎてないのが助かります」 フツウは短く言った。 「裂けが広いと肉が荒れる」


ヨシダが少しだけ眉を上げる。


「褒めてるのか、それ」


「結果を評価しています」


サフィアはそのやり取りを横目に、周囲の地形を見ていた。

討伐は終わった。

だが、血の匂いは別の危険を呼ぶ。

白砂隊の仕事もまだ終わっていない。


「ユースフ、外周確認。風下を長めに」 「はい!」


「ハリド、戻り線の再確認。荷を通す幅が残ってるか見て」 「分かった」


「ミナ、砂煙を抑えて。処理中に巻き上がると面倒」 「やります」


短杖を握ったミナが、静かに息を整える。

彼女の足元から、目に見えないほど薄い風が流れた。

カルカダンの周囲に溜まりかけた細かな砂が、ふわりと外へ逃がされる。

強い魔法ではない。

だが、こういう場面では十分にありがたい。


フツウがすぐに指示を飛ばした。


「ヨシダさん、肩を固定。揺らさないでください。

パクエンさん、熱は使わないで。焼けます。

サフィアさん、もし周囲に寄ってくる気配があれば即中断で」


「了解」 「分かった」 「ええ」


灯継ぎの四人は少し離れた位置で、その一連の動きを見ていた。

誰も大声を出さない。

誰も勝利を誇らない。

ただ、必要なことだけが次々に進んでいく。


アオは小さく呟いた。


「……早い」


爆炎先生が腕を組んだまま答える。


「早いんじゃねえ。止まらないんだ。次に何をするか、全員が決まってる」


セトが目を細める。


「討伐の後なのに、戦闘中より静かだ」


「静かな方が危ない場面もある」 と先生。 「今は一手の遅れが、そのまま価値の損失になる」


その間にも、フツウは刃を入れる位置を細かく確認していた。

喉元から流れる血を受け桶へ導き、無駄に地面へ散らさない。

心臓を傷つけず、喉肉を荒らさず、しかも迅速に。

討伐とは別種の技術だ。


「ここ、押さえてください」 とフツウ。


ヨシダが無言で巨体の肩口へ体重をかける。

八倍サイズの獣の肉は、それだけで壁みたいな厚みがある。

普通の人間なら近づくだけで圧倒されるだろう。

だがヨシダは、まるで荷役でもするような顔で支えていた。


「重てえな」 「軽かったら王じゃありません」 とフツウ。


パクエンが鼻を鳴らす。


「お前、たまに妙なところで詩的だな」


「事実です」


フツウの刃が、正確に入る。

血の流れが変わる。

彼は一瞬だけ目を細め、それから短く言った。


「いいです。心臓、取れます」


アオは思わず前へ半歩出かけた。

すぐに爆炎先生の視線を感じて止まる。

見学だ。

手は出さない。

だが、目は離せない。


心臓の摘出は、思っていたよりずっと繊細だった。

大きい。

だが大きいからこそ、雑に扱えばすぐ傷む。

フツウは周囲の膜を傷つけすぎないように刃を進め、ヨシダがそのたびに巨体の重みを支える。

パクエンは魔法を使わず、代わりに光球を低く浮かべて手元だけを照らした。


「取れます」 とフツウ。


「箱」 とパクエン。


ミナがすぐに保存箱を開ける。

内側には厚布が敷かれ、冷気を逃がしにくい構造になっていた。

彼女は箱の縁に手を添え、ほんのわずかに温度を落とす。


「長くは持ちません」 「十分です」 とフツウ。


心臓が箱へ収まる。

その瞬間、アオはなぜか討伐の止めよりも強く「仕事」を感じた。

これは戦利品ではない。

納品物だ。

価値そのものだ。


フツウは息をつく間もなく次へ移る。


「喉肉いきます。裂けを広げたくない。ヨシダさん、少しだけ上」


「こうか」


「はい。そこで止めてください」


パクエンが横から言う。


「肩肉は後でいいのか」


「喉が先です。熱が残ってるうちに形を崩したくない」 フツウは答えた。 「肩は量がある。後でも回収できます。喉は繊細です」


「料理人の頭の中って面倒だな」 とヨシダ。


「だから金になるんです」 とフツウ。


そのやり取りに、リナが小さく笑いそうになって、でもすぐ口を押さえた。

場の空気は張っている。

けれど、張り詰めすぎてはいない。

必要な軽さだけが残されている。


一方で、白砂隊は周囲の警戒を続けていた。

ユースフが戻ってくる。


「今のところ寄ってくる気配はありません。でも、風下に小型の足跡が増えてます」


「時間勝負ですね」 とサフィア。


ハリドも戻り線を見てきたらしい。


「通れる。ただ、荷を持って急ぐと左で詰まる。二列は無理だ」


フツウが即座に反応する。


「なら搬出は一列。優先箱から先に。角は最後尾」


「角、最後でいいのか?」 とヨシダ。


「食べませんから」 とフツウ。


「証明部位だろ」 「今回は料理長の依頼です」 「でも欲しがってたぞ」 「だから最後です」


パクエンが肩を揺らして笑った。


「理屈が通ってるのが腹立つな」


喉肉の切り出しが終わる。

厚布に包まれ、別箱へ。

次は肩肉。

量が多い。

その分、運搬も重い。


ヨシダが肉塊を持ち上げて、さすがに顔をしかめた。


「……こいつは肩だけで一人分の荷じゃねえな」


「二人で持ちます」 とフツウ。 「だから戻り線を空けてるんです」


アオはその言葉に、昨日のギルドでのやり取りを思い出した。

白砂隊を付ける理由。

狩り場の選定。

撤退路の確保。

回収動線の維持。


全部、今ここで繋がっている。


「見えてきたか」 と爆炎先生が低く言う。


アオは頷いた。


「はい。倒した後のために、倒す前を決めてた」


「そうだ」 先生は短く答えた。 「強いだけじゃ、こうはならねえ」


肩肉の搬出準備が整う。

次は肋内。

そして問題の肝だ。


フツウが腹部の状態を見て、少しだけ眉を寄せた。


「……潰れてはいません」


「取れるか」 とパクエン。


「取れます。ただし慎重に」 フツウは息を整えた。 「ここで急ぐと終わります」


ヨシダが珍しく真面目な声で言う。


「じゃあ急ぐな」


サフィアが周囲を見たまま付け足す。


「でも遅れるのも駄目です」


「分かってます」 フツウは答えた。 「だから、急がず急ぎます」


ガイが小さく呟く。


「無茶言うな……」


セトが首を振る。


「無茶じゃない。たぶん、こういうのを手順って言うんだ」


肝の摘出は、さらに神経を使った。

フツウの手元を、パクエンの光が照らす。

ミナが箱の冷気を保つ。

ヨシダが巨体を支える。

サフィアが周囲を見張る。

ハリドが搬出路を空ける。

ユースフが風下を警戒する。


誰か一人では成立しない。

だが、誰か一人が欠けても崩れる。

合同討伐ではなく、合同確保。

そう呼んだ方が正しい気さえした。


やがてフツウが、ほとんど息を止めるような声で言う。


「……取れます」


誰も返事をしない。

返事をする余裕がない。


次の瞬間、肝が無事に持ち上がった。

大きく、艶があり、破れもない。


フツウが初めて、はっきりと息を吐く。


「取れました」


ヨシダが笑う。


「料理人、泣かずに済むな」


「泣くのはまだ早いです」 とフツウ。 「運びます」


その一言で、全員がまた次の段階へ移る。


保存箱が閉じられる。

厚布が巻かれる。

縄がかけられる。

優先箱、肉包み、補助荷、角。

順番が決まる。

戻り線は一列。

先頭は白砂隊。

中央に優先荷。

後衛に威嚇の唸り。

灯継ぎは最後尾寄りで見学継続。


サフィアが短く言った。


「出ます。ここに長居はしません」


「よし」 とヨシダ。


彼は大盾を背負い直し、今度は武器ではなく荷役の顔になる。

肩肉の包みを持ち上げ、重さを確かめた。


「狩って終わりじゃねえな、ほんとに」


パクエンが保存箱を抱えながら返す。


「最初からそう言ってただろう」


アオは、動き出した列を見つめた。

倒した後の方が忙しい。

勝った後の方が静かに急いでいる。

そのことが、胸の奥に深く残る。


カルカダンはもう王ではない。

だが、価値はまだ生きている。

それを傷つけずに持ち帰ること。

それが今、この場の全員の仕事だった。


砂の上に残る血の匂いを背に、一行は外縁への戻り線へ入っていく。

討伐は終わった。

だが依頼は、まだ終わらない。


次に待っているのは帰還だ。

そして、間に合うかどうかの勝負だった。

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