表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
見難い火傷の子  作者: 清風
300/327

砂の上で、まだ狩らない

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子300



砂の上で、まだ狩らない



深淵ダンジョン第十六エリア、第四紀完新世層

青銅の時代

この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。


朝は、乾いているくせに重かった。


王都の外縁、灰層へ向かう門前には、まだ陽が高くなる前だというのに人が集まっていた。

威嚇の唸り。

白砂隊。

それに、見学許可をもぎ取った灯継ぎの四人。


門脇には、荷を積まぬまま待機している頑丈な荷車が二台あった。

片方は低床で、重い部位を載せても軸がぶれにくい造り。

もう片方は木枠が高く、皮や角のような嵩張るものを固定しやすくなっている。

車輪には砂除けの革巻きが施され、荷台には厚布と縄、血受け桶、蓋付きの保存箱まで積まれていた。


アオはそれを見て、思わず足を止めた。


「……荷車」


フツウが帳面から目を上げる。


「当然です。今回は討伐依頼ではなく、納品依頼ですから」


「でも、森の外縁までだろ。あそこから先、車輪はきつくないか」 とガイが言う。


「だから中継します」 フツウは淡々と答えた。 「狩り場は白砂隊が選ぶ。搬出は人力と曳索。外縁まで持ち出してから積み替えです。遅れると傷みます」


その一言で、朝の空気が少し締まった。


リナが荷台を覗き込む。


「保存箱まである」


「心臓と肝の優先保管用です」 フツウは帳面をめくった。 「肝は追加注文。状態が良ければ査定上乗せ。ただし、傷みも早い」


「欲張るなあ、料理人」 ヨシダが笑いながら肩の大盾を持ち上げる。


「欲張るから金を払うんだろう」 とパクエンが返した。 「こちらも、その分だけ手間をかける」


少し離れた場所で、白砂隊は自分たちの装備を最終確認していた。

サフィアは地図板と方位針。

ハリドは細い鉄杭と測り縄。

ミナは布巻きの短杖と、砂除けの薄布。

ユースフは足跡取りの刷毛と小さな旗杭。


灯継ぎの四人は、それを見て少しだけ黙る。

派手な武装ではない。

だが、どれも「戦う前」に必要な道具だった。


そこへ、ヨイショが現れた。

朝の光の中でも、相変わらず岩みたいな体つきだ。


「揃ってるな」


「おう」 とヨシダ。


ヨイショは荷車を一瞥し、それから全員を見回した。


「確認する。今回はカルカダン討伐だが、主眼は食材確保だ。倒して終わりじゃねえ。月舟楼の厨房に届く状態で持ち帰って、ようやく終わりだ」


誰も口を挟まない。


「荷車は森の外縁で待機。御者は二名、護衛一名。狩り場まで入れない。だから現地で血抜き、一次処理、優先部位の搬出をやる。全身持ち帰りは考えるな。指定部位優先だ」


フツウが帳面に沿って読み上げる。


「優先順位、心臓、喉肉、肩肉、肋内、肝、角。皮は状態次第で追加評価。内臓は潰すな。砂を入れるな。血抜き後は布包み、箱詰め、積載順固定」


「肝が途中で割れたら?」 とガイが小声で聞く。


パクエンがそちらを見もせず答えた。


「査定が落ちる。料理人が泣く。フツウが書き直す。俺たちの機嫌も悪くなる」


「最後が本音だろ」 とヨシダ。


小さな笑いが起きたが、サフィアは笑わなかった。

彼女は門の外、灰色に乾いた地平を見ている。


「風が東に寄っています」


ハリドが砂をつまんで落とす。


「午前のうちはまだ締まる。昼を越えると表層が崩れやすい」


「なら急ぐか?」 とヨシダが言う。


「急ぐのは違います」 サフィアが即座に返した。 「急いで悪い場所で当てれば、全部崩れます」


ヨイショが頷いた。


「その通りだ。白砂隊の判断を優先しろ。今回は“どこで戦うか”が半分だ」


アオはその言葉を胸の中で繰り返した。

どこで戦うかが半分。

強さの話ではない。

終わらせ方の話だ。


爆炎先生は少し後ろに立ち、灯継ぎを見た。


「お前らは前に出るな。見るのが仕事だ。見失うな、聞き漏らすな、勝手に手を足すな」


「はい」 と四人が揃って答える。


門が開く。

乾いた軋みとともに、王都の外の空気が流れ込んできた。


先頭に立つのは白砂隊だった。

サフィアが進路を取り、ユースフが半歩前に出て痕跡を拾う。

ハリドは地面を見、ミナは時折目を閉じて風の流れを探る。

その後ろに威嚇の唸り。

さらに灯継ぎ。

最後尾に、見学監督の爆炎先生。


王都の石畳を離れると、地面はすぐに乾いた土へ変わった。

やがて草が減り、低木がまばらになり、灰層特有の白けた砂混じりの地面が広がり始める。


ユースフがしゃがみ込んだ。


「古い足跡。二頭分……いや、片方は昨日の崩れです」


サフィアが足を止める。


「大きい方は?」


「西へ。けど、深くないです。走ってない」


ハリドが周囲を見回した。


「ここは駄目です。少し先に浅い傾斜がある。あそこを越えると表層が緩い」


ヨシダが首を鳴らす。


「まだ見てもいねえのに、駄目出しが早いな」


「見なくても駄目な場所はあります」 サフィアは淡々と言った。 「カルカダンを倒す場所じゃなく、倒れさせる場所を探しています」


その言葉に、リナが小さく息を呑む。


アオもまた、黙って前を見る。

倒す場所ではなく、倒れさせる場所。

それは確かに、討伐の言葉ではなく回収の言葉だった。


一行はさらに進む。

陽が少しずつ上がり、砂の照り返しが強くなる。

ミナが薄布を口元に引き上げた。


「熱が上がってきました。まだ大丈夫ですけど、長引くと嫌です」


「冷やせるか?」 とフツウが聞く。


ミナは首を横に振る。


「少しだけです。表面の熱を逃がすくらいなら。でも、保存魔法ってほどじゃありません。時間稼ぎです」


「十分だ」 フツウは即答した。 「ないよりずっといい」


アオはそのやり取りを聞いて、今回の依頼の輪郭がまた一つはっきりするのを感じた。

魔法で全部解決するわけではない。

少しだけ猶予を増やし、その間に人が走る。

そういう仕事だ。


やがて、ユースフが右手を上げた。


全員が止まる。


彼は地面に膝をつき、砂の上に残った深い跡を指した。


「新しいです」


サフィアとハリドがすぐに寄る。

ヨシダも盾を少し持ち上げたが、まだ前には出ない。


「深いな」 とハリド。


「重い」 とサフィア。


ユースフが頷く。


「単独。歩幅が広い。急いでない。でも、縄張りの巡回です」


パクエンが目を細めた。


「近いか」


「近いです」 サフィアは周囲を見た。 「でも、ここではやりません」


ヨシダが笑う。


「またか」


「またです」 サフィアは一歩も引かない。 「ここは駄目。右が崩れる。左は沈む。倒れても搬出が詰まる」


ハリドが前方を指す。


「少し先に石混じりの締まった帯があります。傾斜も浅い。あそこなら突進を受けても流されにくい」


「搬出は?」 とフツウ。


「外縁への戻り線が一本通る」 サフィアが答えた。 「長くはない。けど、使える」


ヨイショの言葉が、アオの頭の中でまた重なる。

どこで戦うかが半分。

いや、今はもう、それ以上に見えた。


「誘導するのか」 とパクエン。


「します」 サフィアは言った。 「見つけるだけなら簡単です。でも今回は、見つけた場所で戦わない」


ヨシダが大盾の縁を軽く叩く。


「いいな。そういうのは嫌いじゃねえ」


爆炎先生が後ろから低く言った。


「聞いたか、灯継ぎ。強い奴は見つけたら殴る。上手い奴は、殴る場所を選ぶ」


ガイが小さく唸る。


「……耳が痛いな」


「痛いうちに覚えろ」 と先生。


サフィアは手短に指示を飛ばした。


「ユースフ、先行。見失うな、近づきすぎるな。

ハリド、帯の確認。受け位置を見て。

ミナ、風の流れを。砂煙が戻るなら切る。

威嚇の唸りはまだ温存。接敵は合図まで待ってください」


「了解」 と白砂隊が応じる。


ヨシダは不満そうでもなく、むしろ楽しげに肩を回した。


「案内役が優秀だと楽でいい」


「楽に終わらせるために来ています」 とサフィア。


一行は進路を少し変えた。

真正面から追うのではなく、風下を避け、地形の締まった帯へ回り込むように。


その途中、アオはふと後ろを振り返った。

遠く、王都の方角はもう霞んで見えない。

代わりにあるのは、乾いた地面と、白けた空と、まだ姿を見せない巨大な獲物の気配だけだ。


それでも、不思議と怖さだけではなかった。

前を行く者たちが、ただ強いからではなく、失敗しないために動いているのが分かるからだ。


ユースフが再び手を上げた。

今度は、さっきより低く、鋭く。


全員が身を沈める。


前方の低い砂丘の向こうから、ずしり、と鈍い振動が伝わってきた。

一度。

二度。

三度。


地面の下から叩かれるような重さだった。


リナが息を呑む。


「……いる」


サフィアは砂丘の縁に身を伏せ、そっと向こうを覗いた。

その横でハリドが地面を押し、ミナが風を読む。

ヨシダは盾を構えず、まだ待つ。

パクエンも杖を上げない。

フツウは帳面を閉じ、代わりに布包みと縄を確かめた。


数秒後、サフィアが振り返る。


その目は静かで、はっきりしていた。


「見つけました」


誰も動かない。


サフィアは続ける。


「単独。通常個体。大きいです。けど――」


一拍。


「まだ狩りません」


ヨシダの口元が、ゆっくり吊り上がった。


「いいねえ」


「ここでやれば、全部駄目になります」 サフィアは言う。 「もう少し歩かせる。石帯まで誘導します」


前方の砂丘の向こうで、また地面が鳴った。

砂漠の王カルカダン。

その姿はまだ全て見えない。

だが、そこにいるだけで地形を揺らす重さが、確かにあった。


アオは喉の奥が乾くのを感じながら、それでも目を逸らさなかった。


これは遭遇だ。

だが、まだ戦闘ではない。


狩りは、始まっている。

けれど、まだ狩らない。


その判断こそが、今日いちばん大事な技術なのだと、もう分かっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ