砂漠の王カルカダン(料理人の依頼)
見難い火傷の子299
砂漠の王カルカダン(料理人の依頼)
深淵ダンジョン第十六エリア、第四紀完新世層
青銅の時代
この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。
王都中央区、冒険者ギルド本部。
朝の依頼板は、いつだって人が多い。
薬草採取、護衛、荷運び、害獣駆除、迷宮浅層の素材回収。
紙札の匂いと革鎧の油、朝酒の残り香が混ざる場所だ。
その日、ざわめきが一段深くなったのは――
ギルド長ヨイショが、自ら依頼板の前に立ったからだった。
「おいおい、ギルド長じきじきかよ」
「また面倒なの来たな」
「どうせ碌でもねえ高難度だろ」
好き勝手な声を、ヨイショは気にも留めない。
丸太のような腕で紙札を一枚、板の中央へ叩きつけた。
ぴしり、と乾いた音。
「高級宿泊館《月舟楼》料理長、名指し依頼」
空気が変わる。
「月舟楼?」
「王都の?」
「……王族筋も使うだろ」
ざわめきの質が変わった。
ただの高難度ではない。
失敗が、そのまま店とギルドの信用に響く依頼だ。
ヨイショが読み上げる。
「依頼内容――カルカダン一頭の討伐。および食材状態を保ったままの納品。部位指定あり。肩肉、喉肉、肋内、心臓、角。血抜きは現地処理。皮は裂くな。内臓は潰すな。報酬は基本金+状態良好で上乗せ」
「細けえ……」
「討伐依頼っていうか料理人の注文だろ」
「……いや、金額見ろ」
誰かが息を呑む。
明らかに高い。危険度だけでなく、品質保証込みの額だ。
ヨイショが札を叩く。
「危険度は高。通常個体想定。ただし納品条件込みで実質B帯。半端な腕で受けるな。倒すだけじゃ足りねえ。食材にして持ち帰るまでが依頼だ」
視線が逸れる者が出た。
討伐と納品は違う。
殺せても、価値を保てるとは限らない。
「受注条件は?」
「三名以上。大型対応経験者必須。解体知識持ちが望ましい」
沈黙が落ちる。
その時――
「面白ぇ依頼じゃねえか」
人垣が割れた。
巨大な盾を背負った男、ヨシダ。
杖を担いだパクエン。
帳面を抱えたフツウ。
「来たか」
「あいつらなら……」
ヨシダが笑う。
「食うために狩る。悪くねえ」
「雑だな」
パクエンは札を読み、眉を寄せる。
「角の損傷軽微、喉肉・肩肉優先、血抜き迅速、皮損傷禁止……討伐より回収が面倒だ」
フツウが帳面を開く。
「でも明確です。準備は組みやすい」
「決まりだな」
「まだ言ってない」
「今言った」
「顔が言ってる」
小さな笑い。
だがヨイショは笑わない。
「ヨシダ」
「おう」
「条件を一つ足す。――無理に英雄ぶるな。危ないなら切り上げろ。ギルドは皿より人間の方が惜しい」
場が静まる。
ヨシダは肩をすくめた。
「分かってる。食卓のために死ぬ趣味はねえ」
「討伐不能なら撤退」パクエン。
「条件整理済みです」フツウ。
ヨイショが頷く。
「よし。受理だ」
――だが。
「ただし、単独では出さん」
空気が止まる。
「……どういう意味だ」
「今回は“きれいに終わらせる”依頼だ。討伐だけじゃねえ。狩り場、撤退路、回収動線――全部含めてだ」
ざわめき。
「主討伐はお前ら。だが白砂隊を付ける」
視線が動く。
白砂隊――地形と危険を読む専門班。
サフィアが静かに顔を上げた。
「受けます。狩り場選定と撤退路確保、こちらの適性です」
ハリドが続く。
「足場と傾斜を先に見ます」
ミナ。
「感知補助出せます」
ユースフ。
「先行確認やります」
ヨシダが笑う。
「いいな。仕留めるのはこっちだ」
「暴れさせないでください」サフィア。
「注文が多いな」
「料理人ほどではありません」
笑いが漏れる。
ヨイショが締める。
「主討伐、威嚇の唸り。支援、白砂隊。合同受注だ。異論は?」
「ない」
「ありません」
「異議なし」
「よし」
札が外された。
依頼は“確定した”。
その様子を、灯継ぎの四人が見ていた。
「合同になった……」リナ。
「本気だな」ガイ。
「当然だ」セト。
アオは言う。
「討伐じゃなくて、価値に変える依頼だ」
「何が違う?」ガイ。
「倒すだけじゃ足りないってこと」
短い沈黙。
「……なるほどな」
その時。
「気分じゃねえ。理由だ」
爆炎先生が立っていた。
見学許可は下りる。
ただし条件付き。
「何を見る?」
アオは答える。
「処理の順番。危険の減らし方と価値の守り方」
セトは観測。
リナは回収動線。
ガイは前衛の判断。
「よし。通す。――邪魔するな、学べ」
依頼板の前では最終確認。
「出立は明朝。……あと追加だ。『できれば肝も』」
「増えた」
「場所選びがさらに重要だな」
ヨシダが笑う。
「欲張りな料理人だ!」
フツウが書き足す。
「追記、肝」
――食うために狩る。
――狩るなら、きちんと持ち帰る。
――持ち帰るために、最適な手を組む。
それもまた、この街の冒険者の仕事だった。




