白亜紀武闘会、宮本ティラノの旅立ち
見難い火傷の子278
白亜紀武闘会、宮本ティラノの旅立ち
――白亜紀エリア
深淵ダンジョン第十二層、恐竜の時代。
この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。
ラプトル帝国の大闘技場は、朝から異様な熱気に包まれていた。
石造りの観客席を埋め尽くすラプトル人たち。
空には翼竜が旋回し、地には巨大な足音が響く。
白亜紀の空気そのものが、戦いを待っていた。
宮本ティラノは控え室で目を閉じ、静かに呼吸を整える。
(……ここで終わるつもりはない)
脳裏にあるのは、まだ見ぬ“頂”。
白亜紀の剣士たちが語る、剣竜流の剣聖。
その影を追うために、ティラノはここへ来た。
だが――
その前に、越えねばならぬ壁がある。
武闘会。
白亜紀最強を決める、血と誇りの祭典。
■第一試合:角槍竜
「出場者、宮本ティラノ!
対するは──白亜紀の突撃王、ランスホーン!!」
地鳴りがした。
闘技場の門をくぐって現れたのは、巨大なトリケラトプス系戦士。
三本の角は鋼の槍のように鋭く、
踏みしめるたびに石畳が砕ける。
「ランスホーン! 踏み潰せぇ!」
「人型剣士なんぞ、突撃一発だ!」
観客席が沸く。
ランスホーンは鼻息を荒くし、地面を二度蹴った。
その瞬間、ティラノは悟る。
(速い……ただ重いだけじゃない)
次の瞬間、巨体が消えた。
「なっ――!?」
爆発的な踏み込み。
角を前に突き出した突撃は、まるで砲弾だった。
ティラノは紙一重で身をひねる。
頬をかすめた角が、背後の石壁を粉砕した。
轟音。
砕けた石片が雨のように降る。
「避けたァ!?」
「今のを!?」
だがランスホーンは止まらない。
壁に激突した反動すら利用し、振り向きざまに二撃目。
横薙ぎの角撃。
ティラノは剣の鞘で受けた。
――重い。
腕が痺れ、足が石畳を滑る。
観客席がどよめいた。
(まともに受ければ折れる……!)
ランスホーンが吠え、三撃目の突進に入る。
今度こそ仕留めるつもりだ。
ティラノは半歩下がった。
いや、違う。
“誘った”のだ。
角の軌道。
首の振り。
前脚にかかる荷重。
突進の終点。
すべてを一瞬で見切る。
ランスホーンが突っ込む。
観客が息を呑む。
ティラノは、その角の間をすり抜けた。
「――っ!?」
すれ違いざま、
ティラノの指先が角の付け根を打つ。
たった一撃。
だが、巨体の芯がぶれた。
ランスホーンの脚がもつれ、
そのまま前のめりに大地へ崩れ落ちる。
轟音。
闘技場が揺れた。
「勝負あり!!」
静まり返る観客席。
ランスホーンは地に伏したまま、かすれ声で問う。
「……何を、した……」
ティラノは荒い息を隠しながら答えた。
「角の付け根。
そこが、お前の突撃の“止まる場所”だ。」
歓声が、遅れて爆発した。
■第二試合:尾刃竜
「続いての相手は――尾刃竜!!」
現れたのは、尾に巨大な刃を持つステゴサウルス系剣士。
背の板は魔力を帯びて赤熱し、
尾の刃は振るうたびに火花を散らす。
「近づけば斬られるぞ!」
「遠距離斬撃だ、気をつけろ!」
観客の警告が飛ぶ。
ブレードテイルは不敵に笑った。
「さっきの見切り、見事だった。
だが俺の刃は、見えても防げんぞ」
尾が唸る。
次の瞬間、
空気そのものが裂けた。
見えない斬撃が一直線にティラノへ走る。
ティラノは身をひねってかわす。
だが、二発目、三発目。
斬撃は間断なく飛んできた。
石畳が裂け、
闘技場の柱に深い傷が刻まれる。
「速い……!」
ティラノは距離を詰められない。
一歩前へ出れば、斬撃が飛ぶ。
止まれば削られる。
ブレードテイルが笑う。
「どうした、来ないのか!」
さらに尾が閃く。
十字、斜線、薙ぎ払い。
斬撃の檻がティラノを包囲する。
ついに一発が肩を裂いた。
鮮血。
観客席が悲鳴に包まれる。
「ティラノ殿!」
「まずいぞ!」
ティラノは膝をつきかけ、踏みとどまる。
(……強い)
だが、その目は死んでいない。
斬撃の軌道。
尾のしなり。
背板の発光。
魔力が集まる“間”。
ティラノは前へ出た。
「正気か!?」
一歩。
斬撃が頬を裂く。
二歩。
袖が飛ぶ。
三歩。
足元の石が砕ける。
それでも進む。
(見えた……!)
ブレードテイルが渾身の一撃を放つ。
巨大な尾刃が唸り、
必殺の斬撃がティラノを飲み込む――その瞬間。
ティラノは指を伸ばし、
斬撃の“芯”を弾いた。
甲高い破裂音。
空気の刃が、霧散する。
「な……っ!?」
驚愕するブレードテイルの懐へ、
ティラノは一気に踏み込んだ。
そして尾の付け根へ、掌を当てる。
「尾を振る前、魔力を溜める時間が長い。
そこが、お前の弱点だ。」
衝撃。
ブレードテイルの全身から力が抜け、
その巨体が崩れ落ちた。
観客席が総立ちになる。
だがティラノは肩を押さえ、
わずかに息を乱していた。
無傷ではない。
誰の目にも、それは明らかだった。
■決勝:白亜紀の猛禽
「決勝戦!!
空の覇者、白亜紀の猛禽――ハルピュイア!!」
空が陰った。
巨大な翼竜の戦士が、闘技場の上空を旋回する。
翼は槍のように鋭く、
その爪は岩すら引き裂く。
「空中戦だと!?」
「ティラノ殿に不利すぎる!」
観客席がざわめく。
ハルピュイアは上空から冷たく見下ろした。
「地を這う剣士よ。
空の王に届くと思うな」
急降下。
凄まじい風圧が闘技場を薙ぐ。
ティラノは横へ跳ぶが、
爪が肩口をかすめ、血が散った。
続けざまに二度、三度。
ハルピュイアは空へ逃れ、
死角から急襲を繰り返す。
速い。
高い。
届かない。
ティラノの呼吸が荒くなる。
肩の傷も、先ほどの斬撃も残っている。
「終わりだ!」
誰かが叫んだ。
ハルピュイアが高々と舞い上がる。
太陽を背にしたその姿は、まるで処刑人。
「これで墜ちろ!!」
最大高度からの急降下。
空気が悲鳴を上げる。
闘技場全体が震えた。
その瞬間――
ティラノは、初めて剣を抜いた。
白刃が陽光を弾く。
観客席が静まり返る。
(……空を斬る剣)
白亜紀で見た。
翼竜たちの軌道。
風の流れ。
落下の勢い。
すべてを、この一太刀に込める。
ティラノは地を蹴った。
傷ついた身体が悲鳴を上げる。
それでも跳ぶ。
なおも跳ぶ。
ハルピュイアの爪が目前に迫る。
あと一瞬遅れれば、胸を貫かれる。
だがティラノは退かない。
「――断つ!!」
一閃。
剣が風を裂いた。
見えたのは、ただ一本の光。
次の瞬間、
ハルピュイアの翼が大きく痺れ、
軌道が崩れる。
「ば、かな……空が……!」
巨体が制御を失い、
地へと落ちる。
轟音。
土煙。
静寂。
やがて審判の声が響いた。
「勝者――宮本ティラノ!!
白亜紀武闘会、優勝!!」
その瞬間、
大闘技場を揺るがすほどの歓声が爆発した。
■白亜紀の覇者、そして旅立ちへ
壇上にはクライスとマリアが立っていた。
クライスは厳かな声で告げる。
「見事だ、宮本ティラノ。
そなたを白亜紀の覇者と認めよう」
マリアは微笑みながらも、
その瞳に次の戦いを映していた。
「ティラノ殿。
ジュラ紀で“武闘会”が開かれるそうです。
主催はトリスとジェーン。
白亜紀を超える強者が集うとか」
歓声の中、
ティラノは静かに目を閉じる。
(……まだだ)
白亜紀の頂を取った。
だが、それだけだ。
追うべき影は、さらに先にある。
ジュラ紀。
アロ次郎。
そして――
ケンタ殿の影が最も濃い場所。
ティラノは剣を鞘に納め、頷いた。
「行こう。
俺の剣は、まだ止まらない」
こうして宮本ティラノは、
白亜紀の覇者として、
次なる舞台――ジュラ紀へ向かう。




