思い出多き、剣竜流道場一門のバビロン旅行
見難い火傷の子276
思い出多き、剣竜流道場一門のバビロン旅行
深淵ダンジョン第十六エリア、第四紀完新世層
青銅の時代
この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。
バビロン、深淵アミューズメントパーク《アビスランド》。
夕暮れの遊園地は、昼の喧騒が嘘のように静かだった。
なまけもの君カートで園内を一周し終えたスピノ丸は、巨大な身体を丸めて、満足そうにため息をついた。
「……文明……恐ろしい……。だが……楽しかった……」
ケンタが嬉しそうに笑う。
「スピノ丸さん、今日はいっぱい頑張りましたね!」
「観覧車こわかったね!」
トゲ丸が元気よく言う。
「でも、ソフトクリームはおいしかった……」
リンが小さく頷く。
「……クレープ……また食べたい……」
ソウも名残惜しそうだった。
ショータはそんなみんなを見て、少し笑う。
「みんな、すっかり文明に慣れてきましたね」
「スピノ丸は慣れてないけどな」
ダンが即座に言った。
「慣れん!!文明は恐ろしい!!だが……甘味は偉大……!」
スピノ丸が力強く言い切る。
マリーが肩をすくめた。
「甘味だけは信じてるんだね」
◇
《ソラ》のタラップが降りる。
匠一が短く言った。
「帰るぞ」
「はい、師匠!」
ケンタが即答する。
「帰る!!文明は楽しいが……疲れる!!」
スピノ丸も勢いよく立ち上がった。
ショータが少し優しく声をかける。
「スピノ丸さん、今日は本当にがんばりましたよ」
「……うむ」
スピノ丸は少しだけ胸を張った。
「我は王だが……今日は弟子として頑張った……!」
「スピノ丸さん、また来ましょうね!」
ケンタが言う。
「来る!!甘味のためなら来る!!」
ダンが吹き出した。
「動機が甘味なの草」
マリーも笑う。
「でもスピノ丸らしいよね」
◇
《ソラ》がゆっくりと浮上し、バビロンの街を離れていく。
ケンタの弟子たちは窓に張りつき、夜景を見つめていた。
「きれい……!」
「光がいっぱい……」
「……また来たい……」
トゲ丸、リン、ソウ。
三人の声には、それぞれ違う感動があった。
ケンタはそんな弟子たちを見て、静かに微笑む。
「……いい思い出になったね」
「はい。僕も楽しかったです」
ショータも素直に頷いた。
スピノ丸は巨大な身体を丸めて座りながら、ぽつりと呟く。
「……文明……恐ろしい……。だが……悪くない……。甘味があるから……」
「締める」
「帰り道で言うなぁぁぁぁぁぁ!!」
《ソラ》の中に、また笑い声が広がった。
◇
こうして――
剣竜流道場一門のバビロン旅行は、笑いと恐怖と甘味に満ちた、忘れられない一日となった。
ジュラ紀の王も。
ケンタの弟子たちも。
ショータも。
そして爆炎パーティも。
それぞれが、少しだけ世界を広げた旅だった。
◇
やがて《ソラ》は、ジュラ紀エリアへ戻ってきた。
降り立った先では、岩陰に二つの影があった。
佐々木アロ次郎。
宮本ティラノ。
二人は、帰ってきたスピノ丸を見て、すっと頭を下げる。
「王よ、お帰りなさいませ」
声が揃う。
スピノ丸は、少しだけ偉そうに胸を張った。
「うむ」
ショータは思った。
――あ、ちょっと王に戻った。
だが次の瞬間、アロ次郎が首を傾げる。
「……ずいぶん顔つきが丸くなりましたな」
ティラノも真顔で続けた。
「甘味に落ちた顔だ」
スピノ丸の目が見開かれる。
「違う!!」
ダンがにやにやしながら口を挟んだ。
「こいつ、もう“チョロノ丸”でいいんじゃないか?」
一瞬の沈黙。
マリーが吹き出す。
「それはひどい」
ケンタは困ったように笑い、弟子たちはきょとんとしていた。
そしてスピノ丸は、夜空に向かって叫んだ。
「スピノ丸だぁぁぁぁぁぁぁ!!」
◇
……その後。
スピノ丸は、アロ次郎と宮本ティラノを相手に、バビロン旅行の内容を身振り手振りで熱弁することになる。
観覧車の高さ。
電磁コースターの恐怖。
海中コースターの安心。
ソフトクリームの優しさ。
クレープの甘さ。
なまけもの君カートの偉大さ。
その語りは、途中から完全に「文明賛歌」になっていた。
アロ次郎は静かに頷き、宮本ティラノは腕を組んだまま黙って聞いていたが――
最後に、ティラノがぼそりと言った。
「……で、うまかったのか」
スピノ丸は力強く頷いた。
「うまかった!!」
その返事に、匠一が一言だけ告げる。
「なら、また行くか」
スピノ丸の顔が、ぱっと明るくなった。
「行く!!」
ジュラ紀の夜に、また笑い声が響いた。
――その時だった。
ふと見ると、アロ次郎と宮本ティラノが、しきりに自分を指していた。
スピノ丸が目を瞬かせる。
「……何だ」
アロ次郎が静かに言う。
「次は、我も」
ティラノも腕を組んだまま続けた。
「俺もだ」
一瞬の沈黙。
ショータが思わず吹き出す。
「行きたいんだ……!」
ダンがにやりと笑う。
「ジュラ紀組、全員バビロン堕ちかよ」
マリーが肩を震わせる。
「次はもっと大変になりそうだね」
匠一は短く言った。
「乗れればいい」
アロ次郎とティラノの目が、同時に輝く。
スピノ丸はなぜか少し得意げに胸を張った。
「……文明は恐ろしい。だが、甘味は偉大だ」
アロ次郎とティラノは、無言で深く頷いた。
こうして――
ジュラ紀エリアには、新たな“バビロン行き希望者”が生まれたのだった。




