スピノ丸、文明の甘味に溺れる
見難い火傷の子275
スピノ丸、文明の甘味に溺れる
深淵ダンジョン第十六エリア、第四紀完新世層
青銅の時代
この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。
バビロン、深淵アミューズメントパーク《アビスランド》。
絶叫アトラクション三連撃を生き延びたスピノ丸は、地面に大の字になっていた。
「……文明……恐ろしい……。だが……生き延びた……」
その声には、王の威厳よりも生還者の実感がこもっていた。
「スピノ丸さん、がんばりましたよ」
ショータが少しだけ優しく声をかける。
「次は甘いものを食べに行きましょう!」
ケンタが元気よく言った。
「甘いもの!?文明の恐怖より、甘味のほうが安全だろう!!」
スピノ丸の目が輝く。
だがダンは首を振った。
「いや、量によっては危険だぞ」
マリーも頷く。
「深淵スイーツは普通に強いからね」
「強い甘味とは……?」
スピノ丸はまだ文明を甘く見ていた。
◇
最初に立ち寄ったのは、屋台だった。
「これは……丸い……?」
スピノ丸が巨大な頭をかがめて覗き込む。
「たこ焼きですよ。中にタコが入ってます」
ショータが説明する。
「タコ……?海の生き物か……!」
「熱いので気をつけてくださいね!」
ケンタが言った瞬間、スピノ丸はひとつ丸呑みした。
「――――ッ!?」
「スピノ丸さん!?」
「熱い!!だが……うまい!!」
スピノ丸の目が見開かれる。
「外はふわふわ、中はとろとろ……!文明……恐ろしい……!!」
「スピノ丸さん、涙出てる!」
トゲ丸が指をさす。
「熱さで……?」
リンが首を傾げる。
「……おいしい涙……?」
ソウが小さく呟いた。
◇
「次はソフトクリームです!」
ケンタが差し出した白い渦巻きを、スピノ丸は警戒しながら見つめた。
「ソフト……クリーム……?」
「冷たい甘いやつです」
ショータが言う。
「冷たい!?文明は温度の概念を自由に操るのか!?」
「まあ、そうだね」
マリーが軽く答えた。
スピノ丸はコーンを両手で持ち、恐る恐る舐める。
「…………」
「どうですか?」
「……溶ける……。甘い……。優しい……」
スピノ丸の顔が、見る見るうちに緩んでいく。
「文明……恐ろしく優しい……!」
「スピノ丸さん、顔がとろけてます!」
ケンタが嬉しそうに言う。
「我も溶ける!!」
◇
クレープ屋台の前に来た頃には、スピノ丸は完全に文明の甘味へ心を奪われていた。
「これは……何だ……?」
「クレープです。甘い生地で包んで食べます」
「包む……?文明は包むのか……!」
ケンタが差し出したクレープを、スピノ丸はぱくりと食べる。
「――――ッ!?甘い!!柔らかい!!果物!!生クリーム!!」
巨大な身体が小さく跳ねた。
「文明……恐ろしいほど甘い!!」
「スピノ丸さん、踊ってる!」
トゲ丸が笑う。
「甘味で踊る王……」
リンが静かに言う。
「……かわいい……」
ソウがぽつりと漏らした。
◇
そこから先は早かった。
「次は何だ!?あれは何だ!?あの丸いのは!?あの長いのは!?あの光ってるのは!?」
「スピノ丸さん、落ち着いて……!」
ショータの制止も追いつかない。
「スピノ丸さん、これ“深淵チュロス”です!」
「食べる!!」
「これは“深淵ドーナツ”だ」
「食べる!!」
「“深淵プリン”もあるよ」
「食べる!!」
「締める」
「食べてる時に言うなぁぁぁぁぁぁ!!」
匠一の一言だけは、どこまでも追ってきた。
◇
やがてスピノ丸は、満腹で地面に倒れ込んだ。
「……文明……恐ろしい……。だが……甘味は……正義……」
「スピノ丸さん、完全に文明に染まってる……」
ショータが呟く。
「スピノ丸さん、楽しかったですか?」
ケンタが聞く。
「楽しい!!文明は恐ろしいが……甘味は偉大だ!!」
「締める」
「やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!」
こうして、ジュラ紀の王スピノ丸は、文明の甘味に完全に屈服した。
◇
……だが、文明の優しさは甘味だけではなかった。
「スピノ丸さん、次は“なまけもの君カート”に乗りましょう!」
「なまけもの……君……?」
ショータが説明する。
「四足歩行の自動車ですよ。ゆっくり走ります」
「ゆっくり……!?文明に“ゆっくり”が存在するのか!?」
「あるぞ。あれだけは本当にゆっくりだ」
ダンが言う。
「むしろ遅すぎて怒られるレベル」
マリーが補足した。
「遅い文明……!?それは……安全……!」
スピノ丸の目が、希望に満ちた。
◇
園内の道を、のそのそと歩くように進むカートがあった。
四足歩行。
丸い目。
のんびりした顔。
速度は人間の早歩き以下。
「……これは……生き物か……?」
「機械です」
「機械……!?生き物のように歩く……!?文明……恐ろしい……!」
「スピノ丸さん、乗りましょう!」
「乗る!!」
◇
なまけもの君カートは、“のそのそ”と動き出した。
「……遅い……!」
「スピノ丸さん、落ち着いてください」
「文明に……こんな遅い乗り物が……!?これは……安全……!文明の中で初めて安全を感じる……!」
「スピノ丸さん、顔が穏やかです!」
「穏やかになる!!」
その姿は、もはや王というより、大きな犬だった。
◇
カートは遊園地を一周しながら、のんびりと文明を見せていく。
メリーゴーランドの前では、弟子たちが目を輝かせた。
「馬が回ってる!」
「綺麗……!」
「……乗りたい……」
「回る文明……恐ろしい……!」
ジェットコースターの前では、スピノ丸が即座に顔を背けた。
「二度と乗らん!!」
「誰も乗れって言ってませんよ」
ショータが冷静に返す。
水族館の前では、スピノ丸の目が輝いた。
「水……!水の匂い……!ここは安全……!」
「スピノ丸、水族館に住みたそうだな」
ダンが笑う。
たこ焼き屋台の前では、また食欲が戻った。
「もう一つ食べる!!」
「さっき食べたばかりでしょ」
「文明の味は……忘れられん!!」
◇
なまけもの君カートは、ゆっくり、しかし確実に進む。
その上でスピノ丸は巨大な身体を丸め、すっかり落ち着いていた。
「……この乗り物……好きだ……。文明の中で……唯一……我を殺しに来ない……」
「スピノ丸さん、文明に怯えすぎです」
ショータが苦笑する。
「スピノ丸さん、また乗りましょうね!」
「乗る!!なまけもの君は……我の味方……!」
「締める」
「なまけもの君の上で言うなぁぁぁぁぁぁ!!」
遊園地の空に、また悲鳴と笑い声が響いた。
こうして、ジュラ紀の王スピノ丸は、文明の恐怖と甘味と安らぎを知り、なまけもの君カートの虜になったのだった。




