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見難い火傷の子  作者: 清風
275/293

スピノ丸、文明の甘味に溺れる

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子275


スピノ丸、文明の甘味に溺れる



深淵ダンジョン第十六エリア、第四紀完新世層

青銅の時代

この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。



バビロン、深淵アミューズメントパーク《アビスランド》。


絶叫アトラクション三連撃を生き延びたスピノ丸は、地面に大の字になっていた。


「……文明……恐ろしい……。だが……生き延びた……」


その声には、王の威厳よりも生還者の実感がこもっていた。


「スピノ丸さん、がんばりましたよ」


ショータが少しだけ優しく声をかける。


「次は甘いものを食べに行きましょう!」


ケンタが元気よく言った。


「甘いもの!?文明の恐怖より、甘味のほうが安全だろう!!」


スピノ丸の目が輝く。


だがダンは首を振った。


「いや、量によっては危険だぞ」


マリーも頷く。


「深淵スイーツは普通に強いからね」


「強い甘味とは……?」


スピノ丸はまだ文明を甘く見ていた。



最初に立ち寄ったのは、屋台だった。


「これは……丸い……?」


スピノ丸が巨大な頭をかがめて覗き込む。


「たこ焼きですよ。中にタコが入ってます」


ショータが説明する。


「タコ……?海の生き物か……!」


「熱いので気をつけてくださいね!」


ケンタが言った瞬間、スピノ丸はひとつ丸呑みした。


「――――ッ!?」


「スピノ丸さん!?」


「熱い!!だが……うまい!!」


スピノ丸の目が見開かれる。


「外はふわふわ、中はとろとろ……!文明……恐ろしい……!!」


「スピノ丸さん、涙出てる!」


トゲ丸が指をさす。


「熱さで……?」


リンが首を傾げる。


「……おいしい涙……?」


ソウが小さく呟いた。



「次はソフトクリームです!」


ケンタが差し出した白い渦巻きを、スピノ丸は警戒しながら見つめた。


「ソフト……クリーム……?」


「冷たい甘いやつです」


ショータが言う。


「冷たい!?文明は温度の概念を自由に操るのか!?」


「まあ、そうだね」


マリーが軽く答えた。


スピノ丸はコーンを両手で持ち、恐る恐る舐める。


「…………」


「どうですか?」


「……溶ける……。甘い……。優しい……」


スピノ丸の顔が、見る見るうちに緩んでいく。


「文明……恐ろしく優しい……!」


「スピノ丸さん、顔がとろけてます!」


ケンタが嬉しそうに言う。


「我も溶ける!!」



クレープ屋台の前に来た頃には、スピノ丸は完全に文明の甘味へ心を奪われていた。


「これは……何だ……?」


「クレープです。甘い生地で包んで食べます」


「包む……?文明は包むのか……!」


ケンタが差し出したクレープを、スピノ丸はぱくりと食べる。


「――――ッ!?甘い!!柔らかい!!果物!!生クリーム!!」


巨大な身体が小さく跳ねた。


「文明……恐ろしいほど甘い!!」


「スピノ丸さん、踊ってる!」


トゲ丸が笑う。


「甘味で踊る王……」


リンが静かに言う。


「……かわいい……」


ソウがぽつりと漏らした。



そこから先は早かった。


「次は何だ!?あれは何だ!?あの丸いのは!?あの長いのは!?あの光ってるのは!?」


「スピノ丸さん、落ち着いて……!」


ショータの制止も追いつかない。


「スピノ丸さん、これ“深淵チュロス”です!」


「食べる!!」


「これは“深淵ドーナツ”だ」


「食べる!!」


「“深淵プリン”もあるよ」


「食べる!!」


「締める」


「食べてる時に言うなぁぁぁぁぁぁ!!」


匠一の一言だけは、どこまでも追ってきた。



やがてスピノ丸は、満腹で地面に倒れ込んだ。


「……文明……恐ろしい……。だが……甘味は……正義……」


「スピノ丸さん、完全に文明に染まってる……」


ショータが呟く。


「スピノ丸さん、楽しかったですか?」


ケンタが聞く。


「楽しい!!文明は恐ろしいが……甘味は偉大だ!!」


「締める」


「やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!」


こうして、ジュラ紀の王スピノ丸は、文明の甘味に完全に屈服した。



……だが、文明の優しさは甘味だけではなかった。


「スピノ丸さん、次は“なまけもの君カート”に乗りましょう!」


「なまけもの……君……?」


ショータが説明する。


「四足歩行の自動車ですよ。ゆっくり走ります」


「ゆっくり……!?文明に“ゆっくり”が存在するのか!?」


「あるぞ。あれだけは本当にゆっくりだ」


ダンが言う。


「むしろ遅すぎて怒られるレベル」


マリーが補足した。


「遅い文明……!?それは……安全……!」


スピノ丸の目が、希望に満ちた。



園内の道を、のそのそと歩くように進むカートがあった。


四足歩行。

丸い目。

のんびりした顔。

速度は人間の早歩き以下。


「……これは……生き物か……?」


「機械です」


「機械……!?生き物のように歩く……!?文明……恐ろしい……!」


「スピノ丸さん、乗りましょう!」


「乗る!!」



なまけもの君カートは、“のそのそ”と動き出した。


「……遅い……!」


「スピノ丸さん、落ち着いてください」


「文明に……こんな遅い乗り物が……!?これは……安全……!文明の中で初めて安全を感じる……!」


「スピノ丸さん、顔が穏やかです!」


「穏やかになる!!」


その姿は、もはや王というより、大きな犬だった。



カートは遊園地を一周しながら、のんびりと文明を見せていく。


メリーゴーランドの前では、弟子たちが目を輝かせた。


「馬が回ってる!」


「綺麗……!」


「……乗りたい……」


「回る文明……恐ろしい……!」


ジェットコースターの前では、スピノ丸が即座に顔を背けた。


「二度と乗らん!!」


「誰も乗れって言ってませんよ」


ショータが冷静に返す。


水族館の前では、スピノ丸の目が輝いた。


「水……!水の匂い……!ここは安全……!」


「スピノ丸、水族館に住みたそうだな」


ダンが笑う。


たこ焼き屋台の前では、また食欲が戻った。


「もう一つ食べる!!」


「さっき食べたばかりでしょ」


「文明の味は……忘れられん!!」



なまけもの君カートは、ゆっくり、しかし確実に進む。


その上でスピノ丸は巨大な身体を丸め、すっかり落ち着いていた。


「……この乗り物……好きだ……。文明の中で……唯一……我を殺しに来ない……」


「スピノ丸さん、文明に怯えすぎです」


ショータが苦笑する。


「スピノ丸さん、また乗りましょうね!」


「乗る!!なまけもの君は……我の味方……!」


「締める」


「なまけもの君の上で言うなぁぁぁぁぁぁ!!」


遊園地の空に、また悲鳴と笑い声が響いた。


こうして、ジュラ紀の王スピノ丸は、文明の恐怖と甘味と安らぎを知り、なまけもの君カートの虜になったのだった。

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