ジュラ紀の王、弟子入り志願(生存戦略)
見難い火傷の子273
ジュラ紀の王、弟子入り志願(生存戦略)
深淵ダンジョン第十一エリア、ジュラ紀エリア
恐竜の時代
この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。
深淵ダンジョン第十一エリア、ジュラ紀エリア。
恐竜の時代。
この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。
スピノサウルスの巨大な爪が、ケンタの剣とぶつかり、火花が散った。
「くっ……!」
ケンタが歯を食いしばる。
「悪くない……!だが浅い!まだ浅瀬だ!」
スピノサウルスの低い声が、夜の修練場に響いた。
ケンタは必死に踏ん張る。
弟子たちは固唾を飲んで見守り、ショータも息を呑んでいた。
――ケンタさん、すごい。
でも……相手が悪すぎる。
その時だった。
匠一が、またスピノサウルスの首元へ手を伸ばした。
「待て待て待て待て!!」
王の声が裏返る。
「締める」
「試練の途中だと言っている!!」
「終わったら締める」
「終わらなくていい!!」
「えっ!?」
ケンタの声と、弟子たちの声と、ショータの声が綺麗に重なった。
◇
スピノサウルスは慌てて距離を取った。
「ま、待て……!我は王だぞ!?」
「大きい。うまい。それだけだ」
「二十回くらい言ってないか!?」
ダンが肩を震わせる。
「師匠、スピノが泣きそうだぞ」
マリーも苦笑した。
「王の威厳が蒸発してる……」
ハナは少し困った顔をする。
「かわいそう……」
ショータは思った。
――さっきまで“ジュラ紀の王”だったのに、今は完全に“怯える大型生物”だ。
◇
スピノサウルスは深呼吸し、何かを決意した顔で、どすんとその場に座り込んだ。
「……弟子にしてくれ」
一瞬、修練場の時間が止まった。
「は!?」
全員の声が揃う。
ケンタが一番混乱していた。
「え、えええええええ!?」
「弟子にしてくれ!」
スピノサウルスは必死だった。
「剣竜流に入門する!そうすれば……」
ちらりと匠一を見る。
「……締められずに済むだろう……!」
「弟子でも締める」
「やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!」
◇
ケンタは混乱しながらも、巨大な頭を見上げた。
「……スピノさん、本気ですか?」
「本気だ!」
スピノサウルスは即答した。
「我は王だが、命は惜しい!」
ショータは思った。
――王のセリフじゃない……。
だがスピノサウルスは真剣だった。
いや、必死だった。
「剣竜ケンタ!お前の剣はまだ浅い!だが――」
「だが……?」
「“浅瀬の剣”に逃げ込むのは悪くない!」
「逃げ込む!?」
「弟子にしてくれ!我は今日から“スピノ丸”を名乗る!」
ダンが吹き出す。
「勝手に丸つけた!」
マリーが笑う。
「かわいいけどね」
◇
ケンタはしばらく困ったように黙っていたが、やがてスピノサウルス――いや、スピノ丸の目を見て、ゆっくり頷いた。
「……わかりました。弟子にします」
「本当か!?」
「はい。でも、剣竜流は厳しいですよ?」
「構わん!」
スピノ丸は胸を張った。
「生き延びるためなら何でもする!」
「締める」
「やめろと言っている!!」
こうして――
ジュラ紀の王スピノサウルスは、
“生存戦略”という前代未聞の理由で、
剣竜流道場に弟子入りすることになった。
弟子たちはひそひそ声で話す。
「……大丈夫かな、この道場……」
「急に王が入ってきた……」
「しかも理由が理由だし……」
ショータは遠い目をした。
「……深淵って、本当に何でもありだ……」
◇
だが、話はそれで終わらなかった。
匠一が静かに言った。
「弟子入りなら、地獄の一週間だ」
「……地獄?」
スピノ丸の顔が引きつる。
ケンタが真面目に頷いた。
「はい。僕もやりました」
「ぼくもやりました!」
トゲ丸が元気よく手を挙げる。
「やりました」
リンも頷く。
「……やりました……」
ソウも小さく続いた。
「全員やってるのか!?」
ダンが肩をすくめる。
「師匠の弟子になるなら必須だぞ」
マリーがにこやかに言う。
「決してはらいせではないよ」
ショータは思った。
――いや絶対ちょっと入ってるよね……。
◇
匠一がスピノ丸の前に立つ。
「スピノ」
「スピノ丸だ!」
「スピノ」
「丸をつけろ!」
「スピノ」
「つけろと言っている!!」
「地獄の一週間、始める」
「話を聞けぇぇぇぇぇぇぇ!!」
◇
一日目:走れ
「まずは走ります!」
ケンタが元気よく言う。
「我は水棲寄りだぞ!?」
「走れます!」
「走れん!!」
「走れ」
「走る!!」
巨大なスピノ丸が、ジュラ紀の大地を全力疾走した。
地面が沈む。
森が揺れる。
湖が波立つ。
ショータが真顔になる。
「……地震?」
「スピノ丸が走ってるだけだ」
ダンが平然と答えた。
◇
二日目:避けろ
「次は避ける訓練です!」
「我の体格で避けられるか!?」
「避けられます!」
匠一が石を投げた。
「ちょっ――」
石がスピノ丸の帆をかすめる。
「死ぬ!!」
「避けろ」
「避ける!!」
◇
三日目:人化の練習
「スピノ丸さん、人化できますか?」
「できるわけないだろう!」
「できる」
匠一が断言する。
「根拠は!?」
「できる」
「押し切るな!!」
ショータは思った。
――この人、理屈じゃなくて圧で世界を曲げるんだよな……。
◇
四日目:剣を持て
「スピノ丸さん、剣を持ってください!」
「この前脚で!?」
「持てます!」
「持て」
「持つ!!」
巨大な前脚で、恐る恐る剣をつまむスピノ丸。
ダンが笑う。
「……かわいいな」
マリーも頷いた。
「意外と器用だね」
◇
五日目:型の練習
「剣竜流・基本型一!」
「無理だ!!」
「できます!」
「やれ」
「やる!!」
巨大なスピノ丸が、ぎこちない動きで型を踏む。
ショータは思わず見入った。
「……なんか……頑張ってる……」
ハナがほわっと笑う。
「かわいい……」
◇
六日目:精神統一
「心を静かに……」
「静まらん!!」
「静まります!」
「静まれ」
「静まる!!」
もはや返事だけは完璧だった。
◇
七日目:総合試験
「スピノ丸さん、最後の試験です!」
「何をすればいい!?」
「逃げるな」
「逃げん!!」
「立ってください!」
「立つ!!」
「剣を構えてください!」
「構える!!」
「叫んでください!」
「叫ぶ!!」
スピノ丸が夜空へ向かって咆哮する。
ケンタは満足そうに頷いた。
「……合格です!」
「えっ!?」
◇
ケンタは深く頭を下げた。
「スピノ丸さん。今日から正式に、剣竜流の弟子です!」
スピノ丸はしばらく呆然としていたが、やがて全身を震わせた。
「……生き延びた……」
ショータは思った。
――目的そこなんだ……。
匠一がぼそりと言う。
「締めるのは後でいい」
「やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!」
ジュラ紀の空に、王の悲鳴が響いた。




