表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
見難い火傷の子  作者: 清風
271/314

ジュラ紀の王、来訪

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子271


ジュラ紀の王、来訪


深淵ダンジョン第十一エリア、ジュラ紀エリア

恐竜の時代

この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。


夜の修練場に、風が止んだ。


佐々木アロ次郎。

宮本ティラノ。


二人の強者が去った後の静寂は、本来なら安堵をもたらすはずだった。

だが、その静けさはどこか異様だった。


空気が重い。

土が沈む。

森の闇が、深くなる。


ショータは思わず息を呑む。


――何か来る。


匠一がわずかに目を細めた。


「ケンタ」


「はい、師匠」


「立て」


ケンタは反射的に立ち上がる。

まだ息は荒い。

肩の傷も完全には癒えていない。


だが、匠一の声に迷いはなかった。


弟子たちも、息を呑んでケンタの背中を見る。



森の奥で、何かが動いた。


ず……

ず……

ず……


アロ次郎のような軽さはない。

宮本ティラノのような鋭さもない。


もっと重い。

もっと深い。

もっと古い。


キールが低く呟く。


「……これは、ただの大型じゃない」


ニールが観測器を見て、眉をひそめた。


「反応、測定不能。質量が……揺れてる」


マリーが息を飲む。


「揺れる質量って何……?」


ダンが剣を握り直した。


「深淵だし」


「便利な言葉だな、それ」


匠一が静かに言った。


「来るぞ」



森の闇が、裂けた。


そこから現れたのは、巨大な影。


長い体躯。

異様に長い顎。

背中には、夜空を切り裂くような巨大な帆。

前脚は太く、爪は鋭く、尾は水を切るようにしなる。


その歩みは、陸の獣のものではなかった。

水辺の王が、無理やり大地へ上がってきたような異質さがあった。


背には苔と蔦が絡み、皮膚は岩のように硬い。

目は、星のように静かに光っている。


ショータは震えた。


――でかい。


「……スピノサウルス……?」


思わず漏れた声に、ケンタの顔が強張る。


「……あれは……」


匠一が静かに告げた。


「スピノサウルス。ジュラ紀の“王”だ」


ショータは一瞬だけ引っかかった。

だが、深淵では時代の境界すら曖昧になることがある。

この異様な存在感を前にすれば、そんな理屈はもう些細だった。



王はゆっくりと修練場へ歩み出る。


その一歩ごとに、地面が沈み、空気が湿り、水の匂いが濃くなった。


弟子たちは動けない。


「……でか……」


トゲ丸の声はかすれていた。


「息が……重い……」


リンの膝が震える。


「こわい……」


ソウは半歩も動けなかった。


ショータも同じだった。

ただ見るだけで、体が固まる。


これが、王。


強いとか、大きいとか、そういう言葉では足りない。

そこにいるだけで、周囲の生き物の序列を書き換えてしまうような圧だった。


それでもケンタは、震える膝を押さえつけ、一歩前へ出た。


「……剣竜流、道場主……ケンタです」


声は震えていた。

だが、逃げなかった。


王はケンタを見下ろし、低く、深く、響く声で言った。


「――名乗りは、よい」


その声は、大地の底から響くようだった。


「剣竜ケンタ。お前の剣は、まだ若木だ」


ケンタは唇を噛む。


「……はい」


「だが」


王の目が、わずかに細くなる。


「折れていない」


ケンタの目が揺れた。


「アロ次郎を退け、宮本を受け、なお立つか」


ケンタは震えながらも、剣を握り直す。


「……立ちます」


「なぜだ」


「弟子たちが……見ているからです」


弟子たちが息を呑む。


王はしばらく黙り、やがて低く笑った。


「よい」


その声は、風が吹く前の森の音に似ていた。



「だが、お前の剣はまだ浅瀬だ」


ケンタの拳が震える。


「……浅瀬……」


「剣竜流を名乗るなら、深みに潜れ」


その言葉は、水底から響くようだった。


ダンが小声で言う。


「……あれ、絶対強いだろ」


マリーが苦い顔で頷く。


「水陸両用で、あの質量で、あの圧とか反則だよね」


キールが短く言った。


「深淵補正の極致だ」


ショータは喉を鳴らした。


――勝てるのか。



王――スピノサウルスは、ゆっくりと前脚を上げた。


その爪は、岩をも砕く巨大な刃。


「剣竜ケンタ」


「……はい」


「お前の“深さ”を見せよ」


ケンタは剣を握り直す。

疲労は消えていない。

傷も浅くはない。

それでも、目だけは逸らさなかった。


匠一が静かに言った。


「ケンタ」


「はい、師匠」


「逃げるな」


ケンタは深く頷いた。


「はい!」



スピノサウルスが動いた。


巨大なのに、速い。


水を切るような滑らかさで、空気を裂くような鋭さで、王はケンタへ迫る。


ショータは息を呑む。


――速い。


ケンタは剣を構え、真正面から迎え撃った。


王の爪が振り下ろされる。

ケンタの剣が閃く。


その瞬間、匠一が静かに呟いた。


「……悪くない」


ジュラ紀の王との対面は、剣竜流道場にとって最大の試練となる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ