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見難い火傷の子  作者: 清風
267/330

剣竜流道場破り

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子267


剣竜流道場破り


深淵ダンジョン第十一エリア、ジュラ紀エリア

恐竜の時代

この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。


ジュラ紀の風が、修練場を横切っていく。


新しく刻まれた石碑――剣竜流道場。

その前に、剣竜ケンタと、巨大アロサウルスの道場破りが向かい合っていた。


古傷だらけの巨体。

片目の上を裂くように走る傷。

口元から覗く歯は、白いレイピアを何本も並べたみたいに細く鋭い。


アロ次郎。


名乗ったその響きはどこか妙だったが、漂う気配は冗談ではなかった。


ショータは思わず息を詰める。


ただ大きいだけじゃない。

ただ強いだけでもない。

あれは、戦い慣れている目だ。


「……本当にやるんだ」


小さく漏らすと、隣のダンが肩をすくめた。


「道場破りって言ってるしな」


「軽いなあ」


マリーが笑う。


「でも、ああいうのはだいたい本気だよ」


キールはすでに周囲の地形を見ていた。

修練場の広さ、岩場の位置、退避経路。

万一に備えているのがわかる。


匠一は石碑の前に立ったまま、短く言った。


「始めろ」


それが合図になった。



先に動いたのはアロ次郎だった。


巨体に似合わぬ速さで踏み込み、低く首を滑らせる。

噛みつきではない。

斬り込むような軌道だった。


ショータは目を見開く。


「速っ――」


ケンタは半歩だけずれた。


紙一重。


白い歯列が、袴の裾をかすめる。

もしまともに入っていたら、胴ごと持っていかれていた。


だがケンタは慌てない。

人化した姿のまま、最小限の動きで間合いを外し、返す刃でアロ次郎の鼻先を狙う。


アロ次郎が首を引く。


浅い。

だが、見切っていた。


「……へえ」


マリーが少しだけ目を細めた。


「ちゃんと剣士だ」


ダンが笑う。


「レイピア使いの恐竜って感じだな」


まさにそんな動きだった。

アロ次郎の攻撃は重さより速さ。

細く鋭く、急所を裂きにくる。


対するケンタは、受けない。

流す。

ずらす。

踏み込みを読んで、最短で返す。


剣竜流。


ショータはその名を、初めて戦いの中で見た気がした。



二合、三合と打ち合うたび、修練場の空気が変わっていく。


アロ次郎は恐竜の姿のままなのに、動きに無駄がない。

首の振り、体重移動、爪の置き方、その全部が洗練されていた。


獣の暴力ではない。

技だ。


「なんであんなに綺麗に動けるんだよ」


ショータが呟く。


ニールが短く答える。


「反復。実戦。最適化」


「つまり?」


「死ぬほど戦ってきた」


それだけで十分だった。


ケンタもまた、ただの道場主ではなかった。


袴姿の少年のまま、地を滑るように動く。

剣は大振りしない。

必要な分だけ振るい、必要な分だけ下がる。


時折、その足運びに恐竜の名残が見えた。

重心が低い。

踏み込みが強い。

人の剣術なのに、根っこは剣竜だ。


アロ次郎の牙が横薙ぎに走る。

ケンタは身を沈めて避け、そのまま懐へ潜り込んだ。


「そこだ!」


ダンが叫ぶ。


だがアロ次郎は前脚をひねり、地面を抉るように蹴って体をずらした。

ケンタの刃は肩口を浅く裂くだけに終わる。


血が散る。


それでもアロ次郎は笑っていた。


「悪くない」


「どうも」


ケンタの返事は短い。


その目は、もう弟子のものではなかった。

師範の目だった。



道場の奥では、三人の門下生が固唾を呑んで見ていた。


「師範、勝てるよね……」


トゲ丸が小さく言う。


リンは唇を引き結ぶ。


「勝つ。師範だから」


ソウは何も言わず、ただショータの袖を少しだけ掴んでいた。


ショータはその手の震えに気づく。


怖いのだ。

当然だと思う。


自分たちの道場。

自分たちの師範。

その看板が、今まさに試されている。


「大丈夫」


ショータは小さく言った。


「ケンタさん、強いから」


言いながら、自分にも言い聞かせていた。



アロ次郎が一度、大きく距離を取った。


片目でケンタを見据え、低く唸る。


「剣竜が剣を持つなど、酔狂だと思っていた」


風が吹く。


「だが、違うらしい」


ケンタは剣先を下げずに答えた。


「僕は、師匠に拾われました」


「……」


「生きるために剣を覚えた。

生き残るために、教えるようになった」


アロ次郎の喉が、低く鳴る。


「ならば、その剣は飾りではないな」


「最初から飾りじゃない」


その瞬間、空気が張り詰めた。


次の一撃で決まる。

誰もがそう感じた。



アロ次郎が突っ込む。


今までで最速だった。


巨体が消えたように見えた。

白い歯列が一直線に走る。

まるでレイピアの刺突だ。


ケンタは動かない。


いや、動けないのではない。

待っている。


ぎりぎりまで引きつける。


「師範!?」


トゲ丸が叫ぶ。


次の瞬間、ケンタの姿がぶれた。


半歩。


たった半歩だけ、斜め前へ。


刺突の軌道を外しながら、最短で懐へ入る。

そして、下から上へ。


剣閃が走った。


アロ次郎の動きが止まる。


巨体が、二歩、三歩と進み――そこで止まった。


静寂。


やがて、アロ次郎の頬から肩口にかけて、細い赤線が走る。

遅れて血が噴いた。


致命傷ではない。

だが、勝負は決していた。


急所を取られていた。

殺そうと思えば殺せた一撃だった。


アロ次郎はしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと首を下げた。


「……見事」


ケンタも剣を収める。


「ありがとうございました」


その礼は、敵へのものでもあり、剣へのものでもあった。



張り詰めていた空気が、一気にほどけた。


「勝ったぁーっ!」


トゲ丸が飛び上がる。


リンも小さく拳を握る。

ソウはその場にへたり込みそうになっていた。


ハナがぱっと笑う。


「すごい……!」


ダンは腕を組んで、満足そうに頷いた。


「ちゃんと師範やってんな」


「うん。思った以上に、ちゃんと強い」


マリーも素直に感心していた。


キールは短く言う。


「看板に傷なし。合格だな」


匠一は石碑の前から動かず、ただ一言だけ告げた。


「悪くない」


ケンタの顔が、一瞬で明るくなる。


「はい!」


その返事に、ダンが吹き出した。


「褒められ耐性なさすぎだろ」



アロ次郎は傷口を気にする様子もなく、石碑を見上げた。


「剣竜流道場」


新しい文字を、片目でじっと見る。


「その看板、掲げる資格はある」


ケンタは静かに頭を下げた。


「ありがとうございます」


「だが」


アロ次郎が口元をわずかに歪める。


「次は、もっと本気で来る」


ダンが笑う。


「また来るのかよ」


「道場破りだからな」


マリーが肩をすくめる。


「律儀だね」


アロ次郎はそれ以上何も言わず、身を翻した。

古傷だらけの巨体が、岩場の向こうへ消えていく。


その背中は敗者というより、次を約束する剣士のものだった。



戦いの後、門下生たちはケンタの周りに集まっていた。


「師範すごかった!」


「最後のあれ何!?」


「半歩しか動いてなかった!」


ケンタは少し困ったように笑う。


「あとで説明する。ちゃんと見て、ちゃんと覚えるんだ」


「はい!」


三人の返事が揃う。


ショータはその様子を見て、胸の奥が少し温かくなるのを感じた。


ただ強いだけじゃない。

生き残った者が、次を育てている。


それが、なんだか嬉しかった。


匠一が石碑に背を向ける。


「帰るぞ」


「もうですか!?」


ケンタが慌てる。


「看板は書いた。道場破りも終わった」


「確かに終わったけど!」


ダンが笑いながら肩を叩く。


「また来るって。次までに弟子増やしとけよ、師範」


「はい!」


マリーがくすっと笑う。


「返事だけは本当にいいね」


ハナは門下生たちに手を振り、ショータも小さく会釈した。


《ソラ》へ戻る前、ケンタはもう一度、石碑を見上げた。


剣竜流道場


師匠の字。

自分の道場。

守るべき門下生たち。


全部が、そこにあった。


ジュラ紀の風が吹く。

新しい看板は、もうただの石ではなかった。


それは、剣竜流の始まりそのものだった。


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