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見難い火傷の子  作者: 清風
266/331

剣竜ケンタ来訪

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子266


剣竜ケンタ来訪


深淵ダンジョン第十六エリア、第四紀完新世層

この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。


――とはいえ、その日、爆炎パーティがいたのは深淵の底ではなかった。


バビロン、爆炎ハウス通り。

名の通り、爆炎ハウスが並ぶ高級住宅街である。


その一角にある爆炎パーティの拠点は、庭に《ソラ》が着陸できる広さを持っていた。

ある意味、かなりのセレブである。


タコ人、サンゴ人、クラゲ人――海底文明めぐりから戻った翌朝。

爆炎ハウスには、久しぶりにゆるい空気が流れていた。


深淵珈琲を飲みながらビーズクッションに沈む者。

マッサージチェアで体をほぐす者。

庭で草花に水をやる者。

朝から鍛錬を始める者。


それぞれが、それぞれのやり方で休んでいた。



朝靄の中。

爆炎ハウス通りを、ひとりの少年が歩いていた。


袴姿。

背筋はまっすぐで、歩き方はどこか獣のように静かだ。

腰には一本の剣。


少年は爆炎パーティの拠点の前で立ち止まり、深く息を吸った。


「……師匠、いるかな」



ちょうどその時、ショータは荷物を届けに来ていた。


「すみません、これ……」


扉を開けた瞬間、目の前の袴姿の少年が、勢いよく深々と頭を下げた。


「師匠に会いに来ました!」


「え……誰?」


ショータが思わず聞き返すと、少年は顔を上げ、にっこり笑った。


「ケンタです!」


「ケンタ……さん?」


そのやり取りを聞きつけて、ダンが奥から顔を出した。


「お、ケンタじゃん」


「知り合いなんですか!?」


「知り合いどころか、師匠の弟子だよ」


「弟子!?」


ショータが目を丸くする。


ケンタは胸を張った。


「師匠に教わった“剣竜流”を広めるために、道場を建てました!」


「道場……?」


マリーも顔を出して、くすっと笑う。


「ケンタはね、ジュラ紀の剣竜なんだよ」


「ジュラ紀!?」


「はい」


ケンタは少し照れたように笑った。


「今は人化してますけど、本当は剣竜です」


ショータは一瞬だけ言葉に詰まり、それから小さく頭を下げた。


「……えっと、よろしくお願いします?」


ケンタは嬉しそうに、もう一度頭を下げる。


「よろしくお願いします、ショータさん!」


ショータは思った。


――深淵って、本当にいろんな人がいるんだ。



そこへ匠一が奥から出てきた。


「来たか」


その一言で、ケンタの姿勢がさらに正される。


「師匠!道場、建てました!」


「そうか」


「今日はその報告と……師匠に、道場の看板を書いてほしくて来ました!」


匠一は一拍だけ置いて、言った。


「よし。見に行くか」


ダンがすぐに突っ込む。


「行くんすね」


「招待されてる」


「理由が軽い」


「十分だ」


いつものやり取りだった。


ショータはそれを見て、少しだけ笑う。

この人たちは、本当に止まらない。



《ソラ》の準備が整うまでの間、ケンタは庭を見回していた。


「……ここ、すごいですね」


「すごいだろ」


ダンが胸を張る。


「庭で《ソラ》が着陸できる家なんて、バビロンでもそうないぞ」


「セレブだよね」


マリーが笑う。


ケンタは素直に感心していた。


「師匠、こんなところに住んでたんですね……」


「住んでるわけじゃない。拠点だ」


「拠点……かっこいいです!」


ショータは横でそっと呟く。


「……素直だな」


ハナが小さく笑った。


「いい子だよね」


キールは荷の固定を確認しながら、ちらりとケンタを見る。


「弟子っていうより、信者に近いな」


「そこまで言う?」


マリーが苦笑する。


だが、ケンタの目が匠一を見つめる時の真っ直ぐさを見ると、否定しきれなかった。



やがて《ソラ》のタラップが降りた。


ケンタは深く頭を下げる。


「師匠、案内します!」


「行くぞ」


匠一が乗り込み、他のメンバーも続く。

ショータもその後ろから《ソラ》に乗り込んだ。


浮上した船は、ゆっくりとバビロンの街を離れていく。


窓の外を見ながら、ケンタが言った。


「師匠に教わった“剣竜流”、ちゃんと形になってきました」


「そうか」


「弟子も三人できました。みんな、僕みたいに親を失った幼体です」


その言葉に、ショータは少しだけ胸が締めつけられた。


――僕と、少し似てるのかもしれない。


ケンタは続ける。


「だから、強くなってほしいんです。僕みたいに、生き残れるように」


匠一は短く言った。


「教えすぎるな」


「はい!」


即答だった。


ダンが呆れたように笑う。


「返事だけは世界最速だな」


「素直すぎて逆に心配になるね」


マリーも笑う。


ショータは思った。


――いい人だな。



ケンタの道場は、ジュラ紀エリアの外縁にあった。


《ソラ》が降り立つと、岩盤を削って作られた広場が見えた。

荒々しい地形の中に、きれいに均された修練場が広がっている。


そして、その中央には巨大な石碑が立っていた。


そこには大きく、


剣竜流道場


と刻まれていた。


ただし、字はあまり上手くなかった。


ダンがしばらく黙ってから言う。


「……ケンタ、お前これ書いたのか?」


「はい!頑張りました!」


胸を張るケンタに、マリーが石碑を見上げる。


「味はあるけど……味しかないね」


ショータも控えめに言う。


「……読めるだけすごいと思います」


匠一は石碑を見上げ、静かに言った。


「書き直す」


ケンタの顔が一気に明るくなる。


「お願いします!!」


その声は、道場の広場に気持ちよく響いた。


こうして、爆炎パーティとショータの“剣竜流道場訪問”が始まった。



道場の中は、思っていたよりずっと整っていた。


岩を削って作られた壁面には木剣や訓練用の棒が並び、床には踏み固められた土が均一に敷かれている。

隅には水桶、干し草、薬草束まで置かれていた。


「ちゃんとしてる……」


ショータが思わず呟く。


「ちゃんとしてます!」


ケンタが誇らしげに言う。


「掃除は毎朝、素振りは日の出前、食事の前に型の確認、夜は反省会です!」


「真面目すぎるだろ」


ダンが半分呆れたように言った。


その時、道場の奥から小さな足音が三つ、ぱたぱたと近づいてきた。


「師範ーっ!」


「お客様ですか!?」


「その人が師匠様!?」


現れたのは、三人の幼い門下生だった。

全員、人化しているが、目元や動きにどこか剣竜らしさが残っている。


一人は背の低い丸顔の少年。

一人は目つきの鋭い少女。

もう一人は少し気弱そうな細身の子だ。


ケンタが姿勢を正す。


「紹介します!僕の弟子たちです!」


三人は一斉に匠一へ向かって、ぴしっと頭を下げた。


「はじめまして、師祖様!」


「師祖様?」


ショータが思わず聞き返す。


「師匠の師匠なので!」


ケンタが即答した。


「なるほどね……」


マリーが笑いをこらえる。


匠一は特に否定もせず、三人を見た。


「名前は」


「トゲ丸です!」


「リンです」


「……ソウです」


三者三様の返事だった。


ハナが嬉しそうにしゃがみ込む。


「かわいい……」


「かわいいって言われた!」


トゲ丸が目を輝かせる。


リンは少し警戒しつつも、ハナの手元を見ていた。

ソウはショータの後ろに半分隠れるようにしている。


ショータは少しだけ困った顔をしながらも、しゃがんで目線を合わせた。


「よろしく」


「……よろしく、します」


ソウが小さく答える。



匠一が石碑の前に立ち、道具を受け取る。


ケンタはその横で、まるで儀式でも始まるみたいな顔をしていた。


「そんなに緊張するか?」


キールが聞く。


「します!」


ケンタは真顔で答えた。


「師匠の字が、うちの道場の顔になるんです!」


「重いなあ」


マリーが笑う。


匠一は何も言わず、石面に向かった。

無駄のない動きで線を引き、削り、整える。


さっきまで“味しかない”字だった石碑が、みるみるうちに引き締まっていく。


「……すご」


ダンが素で漏らす。


「達筆っていうか、彫りまでうまいの何なんだろうね」


マリーが感心する。


ショータは黙って見ていた。

匠一は何でもできる人だと思っていたけれど、こういう静かな作業まで迷いがないのは、やっぱり少しおかしい。


やがて、石碑には力強く整った文字が刻まれた。


剣竜流道場


同じ文言なのに、さっきとはまるで違う。

道場の空気そのものが、少しだけ引き締まった気がした。


ケンタはしばらく無言で見つめていたが、やがて深く頭を下げた。


「……ありがとうございます、師匠」


「看板だ。使え」


「はい!」


その返事は、今までで一番大きかった。



――その時だった。


遠くから、地鳴りがした。


ずしん。

ずしん。

ずしん。


修練場の土が、わずかに震える。


キールが先に顔を上げた。


「来るな」


ニールも外へ視線を向ける。


「大型。単独。速い」


ケンタの弟子たちが、ぴたりと動きを止めた。


「師範……」


リンが低く言う。


ケンタの表情が変わる。

さっきまでの素直な弟子の顔ではない。

道場主の顔だった。


「みんな、中へ」


「でも――」


「中へ」


短いが、強い声だった。


三人はすぐに従った。


次の瞬間、道場の外縁の岩陰から、巨大な影が姿を現した。


アロサウルス。


しかも、ただの個体ではない。

古傷だらけの巨体。

片目の上に走る裂傷。

口元から覗く歯は、白いレイピアを並べたみたいに細く鋭い。


人化していない。

恐竜の姿のまま、こちらを見ていた。


ダンが口の端を上げる。


「おいおい、看板書きに来ただけなんだけど」


マリーが肩をすくめる。


「深淵だし」


「便利な言葉だな、それ」


アロサウルスは低く唸った。

その視線は、石碑へ向いている。


新しく刻まれた四文字。


剣竜流道場


やがて、獣の喉から、意外なほどはっきりした言葉が漏れた。


「……その看板を掲げるなら」


低く、擦れるような声。


「剣を名乗る資格を見せろ、剣竜」


ショータが息を呑む。


ケンタは一歩前へ出た。


「道場破り、ですか」


「そうだ」


アロサウルスの歯列が、わずかに覗く。

笑っているようにも、威嚇しているようにも見えた。


「名を、アロ次郎という」


ダンが吹き出しかけた。


「ほんとにその感じで来るのかよ」


マリーが肩を震わせる。


「だめ、ちょっと好き」


だがケンタは笑わなかった。

静かに腰の剣へ手をかける。


「……受けます」


匠一が短く言った。


「ケンタ」


「はい、師匠」


「看板を汚すな」


ケンタの背筋が、さらに伸びた。


「はい!」


その返事だけで、もう覚悟は決まっていた。


ジュラ紀の風が、修練場を吹き抜ける。


新しい看板の前で、

剣竜流道場の門が、最初の試練を迎えようとしていた。

こうして、爆炎パーティとショータの“剣竜流道場訪問”が始まった。

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