剣竜ケンタ来訪
見難い火傷の子266
剣竜ケンタ来訪
深淵ダンジョン第十六エリア、第四紀完新世層
この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。
――とはいえ、その日、爆炎パーティがいたのは深淵の底ではなかった。
バビロン、爆炎ハウス通り。
名の通り、爆炎ハウスが並ぶ高級住宅街である。
その一角にある爆炎パーティの拠点は、庭に《ソラ》が着陸できる広さを持っていた。
ある意味、かなりのセレブである。
タコ人、サンゴ人、クラゲ人――海底文明めぐりから戻った翌朝。
爆炎ハウスには、久しぶりにゆるい空気が流れていた。
深淵珈琲を飲みながらビーズクッションに沈む者。
マッサージチェアで体をほぐす者。
庭で草花に水をやる者。
朝から鍛錬を始める者。
それぞれが、それぞれのやり方で休んでいた。
◇
朝靄の中。
爆炎ハウス通りを、ひとりの少年が歩いていた。
袴姿。
背筋はまっすぐで、歩き方はどこか獣のように静かだ。
腰には一本の剣。
少年は爆炎パーティの拠点の前で立ち止まり、深く息を吸った。
「……師匠、いるかな」
◇
ちょうどその時、ショータは荷物を届けに来ていた。
「すみません、これ……」
扉を開けた瞬間、目の前の袴姿の少年が、勢いよく深々と頭を下げた。
「師匠に会いに来ました!」
「え……誰?」
ショータが思わず聞き返すと、少年は顔を上げ、にっこり笑った。
「ケンタです!」
「ケンタ……さん?」
そのやり取りを聞きつけて、ダンが奥から顔を出した。
「お、ケンタじゃん」
「知り合いなんですか!?」
「知り合いどころか、師匠の弟子だよ」
「弟子!?」
ショータが目を丸くする。
ケンタは胸を張った。
「師匠に教わった“剣竜流”を広めるために、道場を建てました!」
「道場……?」
マリーも顔を出して、くすっと笑う。
「ケンタはね、ジュラ紀の剣竜なんだよ」
「ジュラ紀!?」
「はい」
ケンタは少し照れたように笑った。
「今は人化してますけど、本当は剣竜です」
ショータは一瞬だけ言葉に詰まり、それから小さく頭を下げた。
「……えっと、よろしくお願いします?」
ケンタは嬉しそうに、もう一度頭を下げる。
「よろしくお願いします、ショータさん!」
ショータは思った。
――深淵って、本当にいろんな人がいるんだ。
◇
そこへ匠一が奥から出てきた。
「来たか」
その一言で、ケンタの姿勢がさらに正される。
「師匠!道場、建てました!」
「そうか」
「今日はその報告と……師匠に、道場の看板を書いてほしくて来ました!」
匠一は一拍だけ置いて、言った。
「よし。見に行くか」
ダンがすぐに突っ込む。
「行くんすね」
「招待されてる」
「理由が軽い」
「十分だ」
いつものやり取りだった。
ショータはそれを見て、少しだけ笑う。
この人たちは、本当に止まらない。
◇
《ソラ》の準備が整うまでの間、ケンタは庭を見回していた。
「……ここ、すごいですね」
「すごいだろ」
ダンが胸を張る。
「庭で《ソラ》が着陸できる家なんて、バビロンでもそうないぞ」
「セレブだよね」
マリーが笑う。
ケンタは素直に感心していた。
「師匠、こんなところに住んでたんですね……」
「住んでるわけじゃない。拠点だ」
「拠点……かっこいいです!」
ショータは横でそっと呟く。
「……素直だな」
ハナが小さく笑った。
「いい子だよね」
キールは荷の固定を確認しながら、ちらりとケンタを見る。
「弟子っていうより、信者に近いな」
「そこまで言う?」
マリーが苦笑する。
だが、ケンタの目が匠一を見つめる時の真っ直ぐさを見ると、否定しきれなかった。
◇
やがて《ソラ》のタラップが降りた。
ケンタは深く頭を下げる。
「師匠、案内します!」
「行くぞ」
匠一が乗り込み、他のメンバーも続く。
ショータもその後ろから《ソラ》に乗り込んだ。
浮上した船は、ゆっくりとバビロンの街を離れていく。
窓の外を見ながら、ケンタが言った。
「師匠に教わった“剣竜流”、ちゃんと形になってきました」
「そうか」
「弟子も三人できました。みんな、僕みたいに親を失った幼体です」
その言葉に、ショータは少しだけ胸が締めつけられた。
――僕と、少し似てるのかもしれない。
ケンタは続ける。
「だから、強くなってほしいんです。僕みたいに、生き残れるように」
匠一は短く言った。
「教えすぎるな」
「はい!」
即答だった。
ダンが呆れたように笑う。
「返事だけは世界最速だな」
「素直すぎて逆に心配になるね」
マリーも笑う。
ショータは思った。
――いい人だな。
◇
ケンタの道場は、ジュラ紀エリアの外縁にあった。
《ソラ》が降り立つと、岩盤を削って作られた広場が見えた。
荒々しい地形の中に、きれいに均された修練場が広がっている。
そして、その中央には巨大な石碑が立っていた。
そこには大きく、
剣竜流道場
と刻まれていた。
ただし、字はあまり上手くなかった。
ダンがしばらく黙ってから言う。
「……ケンタ、お前これ書いたのか?」
「はい!頑張りました!」
胸を張るケンタに、マリーが石碑を見上げる。
「味はあるけど……味しかないね」
ショータも控えめに言う。
「……読めるだけすごいと思います」
匠一は石碑を見上げ、静かに言った。
「書き直す」
ケンタの顔が一気に明るくなる。
「お願いします!!」
その声は、道場の広場に気持ちよく響いた。
こうして、爆炎パーティとショータの“剣竜流道場訪問”が始まった。
◇
道場の中は、思っていたよりずっと整っていた。
岩を削って作られた壁面には木剣や訓練用の棒が並び、床には踏み固められた土が均一に敷かれている。
隅には水桶、干し草、薬草束まで置かれていた。
「ちゃんとしてる……」
ショータが思わず呟く。
「ちゃんとしてます!」
ケンタが誇らしげに言う。
「掃除は毎朝、素振りは日の出前、食事の前に型の確認、夜は反省会です!」
「真面目すぎるだろ」
ダンが半分呆れたように言った。
その時、道場の奥から小さな足音が三つ、ぱたぱたと近づいてきた。
「師範ーっ!」
「お客様ですか!?」
「その人が師匠様!?」
現れたのは、三人の幼い門下生だった。
全員、人化しているが、目元や動きにどこか剣竜らしさが残っている。
一人は背の低い丸顔の少年。
一人は目つきの鋭い少女。
もう一人は少し気弱そうな細身の子だ。
ケンタが姿勢を正す。
「紹介します!僕の弟子たちです!」
三人は一斉に匠一へ向かって、ぴしっと頭を下げた。
「はじめまして、師祖様!」
「師祖様?」
ショータが思わず聞き返す。
「師匠の師匠なので!」
ケンタが即答した。
「なるほどね……」
マリーが笑いをこらえる。
匠一は特に否定もせず、三人を見た。
「名前は」
「トゲ丸です!」
「リンです」
「……ソウです」
三者三様の返事だった。
ハナが嬉しそうにしゃがみ込む。
「かわいい……」
「かわいいって言われた!」
トゲ丸が目を輝かせる。
リンは少し警戒しつつも、ハナの手元を見ていた。
ソウはショータの後ろに半分隠れるようにしている。
ショータは少しだけ困った顔をしながらも、しゃがんで目線を合わせた。
「よろしく」
「……よろしく、します」
ソウが小さく答える。
◇
匠一が石碑の前に立ち、道具を受け取る。
ケンタはその横で、まるで儀式でも始まるみたいな顔をしていた。
「そんなに緊張するか?」
キールが聞く。
「します!」
ケンタは真顔で答えた。
「師匠の字が、うちの道場の顔になるんです!」
「重いなあ」
マリーが笑う。
匠一は何も言わず、石面に向かった。
無駄のない動きで線を引き、削り、整える。
さっきまで“味しかない”字だった石碑が、みるみるうちに引き締まっていく。
「……すご」
ダンが素で漏らす。
「達筆っていうか、彫りまでうまいの何なんだろうね」
マリーが感心する。
ショータは黙って見ていた。
匠一は何でもできる人だと思っていたけれど、こういう静かな作業まで迷いがないのは、やっぱり少しおかしい。
やがて、石碑には力強く整った文字が刻まれた。
剣竜流道場
同じ文言なのに、さっきとはまるで違う。
道場の空気そのものが、少しだけ引き締まった気がした。
ケンタはしばらく無言で見つめていたが、やがて深く頭を下げた。
「……ありがとうございます、師匠」
「看板だ。使え」
「はい!」
その返事は、今までで一番大きかった。
◇
――その時だった。
遠くから、地鳴りがした。
ずしん。
ずしん。
ずしん。
修練場の土が、わずかに震える。
キールが先に顔を上げた。
「来るな」
ニールも外へ視線を向ける。
「大型。単独。速い」
ケンタの弟子たちが、ぴたりと動きを止めた。
「師範……」
リンが低く言う。
ケンタの表情が変わる。
さっきまでの素直な弟子の顔ではない。
道場主の顔だった。
「みんな、中へ」
「でも――」
「中へ」
短いが、強い声だった。
三人はすぐに従った。
次の瞬間、道場の外縁の岩陰から、巨大な影が姿を現した。
アロサウルス。
しかも、ただの個体ではない。
古傷だらけの巨体。
片目の上に走る裂傷。
口元から覗く歯は、白いレイピアを並べたみたいに細く鋭い。
人化していない。
恐竜の姿のまま、こちらを見ていた。
ダンが口の端を上げる。
「おいおい、看板書きに来ただけなんだけど」
マリーが肩をすくめる。
「深淵だし」
「便利な言葉だな、それ」
アロサウルスは低く唸った。
その視線は、石碑へ向いている。
新しく刻まれた四文字。
剣竜流道場
やがて、獣の喉から、意外なほどはっきりした言葉が漏れた。
「……その看板を掲げるなら」
低く、擦れるような声。
「剣を名乗る資格を見せろ、剣竜」
ショータが息を呑む。
ケンタは一歩前へ出た。
「道場破り、ですか」
「そうだ」
アロサウルスの歯列が、わずかに覗く。
笑っているようにも、威嚇しているようにも見えた。
「名を、アロ次郎という」
ダンが吹き出しかけた。
「ほんとにその感じで来るのかよ」
マリーが肩を震わせる。
「だめ、ちょっと好き」
だがケンタは笑わなかった。
静かに腰の剣へ手をかける。
「……受けます」
匠一が短く言った。
「ケンタ」
「はい、師匠」
「看板を汚すな」
ケンタの背筋が、さらに伸びた。
「はい!」
その返事だけで、もう覚悟は決まっていた。
ジュラ紀の風が、修練場を吹き抜ける。
新しい看板の前で、
剣竜流道場の門が、最初の試練を迎えようとしていた。
こうして、爆炎パーティとショータの“剣竜流道場訪問”が始まった。




