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見難い火傷の子  作者: 清風
215/612

生物界の異物

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子215


生物界の異物


――青銅の時代。

深淵ダンジョン第十六エリア、第四紀完新世層


この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。


ギルド長ハッサンの前に集められた精鋭パーティ。


「爆炎」

「赤き閃光」

「生徒会」――通称「灰色の卒業生(アカデメイア第七班)」


発端は、オルカディア――


オルカが異常進化した果ての知的種族

海の捕食者が人型へと収束した存在

人に似せたのではなく、効率の果てに二足歩行へ至った


海中に築かれた文明と、そこに属する個体群『オルカリアン』が関与した事案。


保護された生存者は、明らかに異常だった。


助けを求める代わりに、こう告げる。


「配置エラーが発生しました」


意思も感情も、すでに“上書き”されている。


――海沿いの集落が消えた。

だが破壊の痕跡はない。


残されたのは、整然とした「配置のズレ」だけ。


調査の結果、判明する。


この地を支配するのは、敵ではない。


人間を「用途」で分類し、

労働・飼育・消費として最適配置する――

別の生態系の知的存在。


そこには敵意も悪意もない。

ただ、効率だけがある。


「これは戦争ではない。“処理”だ」


殲滅も交渉も成立しない。

残された選択はひとつ。


“人間”ではなく、

“人間性”を回収すること。


任務を託されたのは、「生徒会」――

かつて同じ学び舎で「正しさ」を学んだ六人。


しかし今、その正しさは分裂していた。


救うために削るのか。

守るために見捨てるのか。


潜入開始――海中都市オルカディア。


そこでは、人間だけが“異物”だった。


これは英雄譚ではない。


削りすぎれば、

“人間だったもの”ごと消える。


海は静かだった。


波はある。風もある。

だが、音が足りない。


ガルドが眉をひそめる。


「……なんか、静かすぎねぇか」


リオネルが周囲を見渡す。


「生き物の気配が薄い。いや……消されてる?」


アシュヴァルは答えない。

ただ、海面を見ていた。


「行くぞ」


短い一言。

全員が水中へ潜る。


視界が、変わる。


そこに“都市”があった。


岩でも遺跡でもない。

滑らかな曲面で構成された構造体。

水の流れそのものが設計されている。


ミレアが息を呑む。


「……これ、作られてる」


イリスが即座に補足する。


「流体制御構造。抵抗最小化。合理的です」


ガルドが吐き捨てる。


「気持ち悪ぃな……」


影が、横切った。


速い。だが静かだ。


全員が反応する前に、

それは“止まっていた”。


人型。だが明らかに異質。


黒と白の滑らかな皮膚。

細長い四肢。

水の中で、音もなく姿勢を維持している。


『オルカリアン』。


セリナが低く言う。


「……来る」


だが――来ない。


『オルカリアン』は、彼らを“見ている”。


敵意はない。警戒も薄い。


ただ、


観察している。


イリスが小声で言う。


「識別中です」


ガルドが構える。


「殴っていいか」


アシュヴァルが制する。


「待て」


その間にも、もう一体、二体と現れる。


囲まれている。

だが包囲ではない。


配置だ。


一体が近づく。


ゆっくりと、迷いなく。


そして、ガルドの前で止まった。


視線が交差する。


数秒。


何も起きない。


『オルカリアン』が、口を開く。


音はない。

だが、頭に直接“意味”が流れ込む。


「新規個体。未登録」


セリナが歯を食いしばる。


「個体……?」


続けて、別の個体が応答する。


「分類不能。暫定観察対象」


「用途未定」


ガルドの拳が震える。


「……ふざけてんのか」


ミレアが一歩前に出る。


「私たちは――」


アシュヴァルが遮る。


「言うな」


遅かった。


ミレアの言葉に、反応が走る。


『オルカリアン』たちの動きが変わる。


速い。


だが攻撃ではない。


距離を測る。

角度を変える。

視線が細かく分散する。


イリスが即座に分析する。


「測定に移行。対象を“物理単位”として認識」


リオネルが息を呑む。


「人じゃない……完全に“物”として見てる」


そのとき。


一体が、ミレアの腕に触れた。


優しく。

まるで壊れ物を扱うように。


「柔軟性あり。消費効率:中」


ミレアの顔が凍る。


セリナが叫ぶ。


「やめろッ!!」


だが、通じない。


『オルカリアン』は視線を向けるだけ。


「発声:高出力。用途未定」


ガルドが踏み出す。


「もういい」


拳が振り上がる。


その瞬間。


アシュヴァルの声。


「ガルド、止まれ」


低く、絶対の声。


一拍。


ガルドの動きが止まる。


アシュヴァルは、『オルカリアン』を見据える。


「観察対象としての価値は?」


沈黙。


だが、すぐに返答が来る。


「高」


「継続観察を推奨」


アシュヴァルは小さく頷く。


「ならば従う」


セリナが振り向く。


「何言ってるの!?」


アシュヴァルは淡々と告げる。


「敵対は最適ではない」


「観察対象として振る舞う」


「それが最も深く侵入できる」


ミレアが震える声で言う。


「でも……私たち、今――」


リオネルが言葉を引き取る。


「“人間”として見られてない」


アシュヴァルは否定しない。


ただ一言。


「最初からだ」


周囲の『オルカリアン』が動き出す。


配置が変わる。


導かれている。


海中都市の奥へ。


ガルドが低く呟く。


「……マジで気分悪ぃ」


セリナは拳を握りしめる。


ミレアは、自分の腕を押さえている。


そしてアシュヴァルだけが、変わらない。


「侵入成功」


水の流れが、変わった。


規則的に整えられた通路。

曲線で構成された壁面。

無駄のない配置。


その奥に、“区画”があった。


人間が、並んでいる。


整列。

間隔は均等。

視線は前方固定。


誰も話さない。

誰も動かない。


ガルドが足を止めた。


「……なんだよ、これ」


ミレアが震える声で言う。


「待ってる……」


リオネルが補足する。


「違う。“待たされてる”んじゃない」


一拍。


「“待つようにされてる”」


一人の男に近づく。


目は開いている。

だが焦点がない。


ミレアが声をかける。


「聞こえる? 私たちは――」


男が反応する。


わずかに、口が動く。


「指示を確認中です」


ミレアの表情が崩れる。


「違う、そうじゃなくて……」


セリナが前に出る。


「あなたは自由よ。ここから出るの」


男は首を傾げる。


「自由:定義不明」


空気が凍る。


イリスが淡々と告げる。


「概念が削除されています。自発行動は発生しません」


ガルドが吐き捨てる。


「人形じゃねぇか……」


奥へ進む。


区画が分かれている。


表示はない。

だが“分かる”。


動き続ける者たち。

繰り返し作業。


――労働区画。


静かに横たわる者たち。

栄養管理されている。


――飼育区画。


そして。


仕切られた空間。


数は少ない。

だが、視線が違う。


恐怖がある。


ミレアが息を呑む。


「……ここは」


イリスが答える。


「消費待機区画」


沈黙。


そのとき。


一人の少女が、こちらを見た。


目が合う。


確かに、そこに“意思”がある。


少女が、震える声で言う。


「……助けて」


ミレアが駆け出す。


「待ってて、今――」


アシュヴァルの声。


「止まれ」


セリナが振り向く。


「何言ってるの!?」


アシュヴァルは区画全体を見ている。


人数。配置。距離。


計算。


「時間が足りない」


「全体の回収率が低下する」


ミレアが叫ぶ。


「でもこの子は――!」


少女の目が揺れる。


希望。


アシュヴァルは一瞬だけ、視線を向ける。


そして、


『優先度:低』


沈黙。


セリナの拳が震える。


「……あんた、それ本気で言ってるの?」


アシュヴァルは答える。


「最適解だ」


少女の目から、光が消える。


区画の空気が、わずかに揺れる。


少女はまだこちらを見ていた。

さっきまで確かにあった“意思”が、かろうじて残っている。


ミレアが一歩、踏み出す。


「……待ってて」


アシュヴァルの制止は、届かない。


水を切って、距離を詰める。

『オルカリアン』は動かない。


観察している。


ミレアは少女の前に膝をつく。


「もう大丈夫。ここから出るの」


少女の瞳が揺れる。


「……指示は?」


「指示なんていらない。あなたは――」


言葉を選ぶ。


慎重に。


「あなたは、人間なの」


一瞬。


ほんの一瞬だけ。


少女の表情が変わる。


「……にん、げん……?」


ミレアの手が、そっと頬に触れる。


「そう。あなたは“それ”じゃない」


背後でイリスが低く言う。


「危険です。上書き層が不安定」


リオネルも続く。


「ミレア、急ぎすぎだ」


ミレアは首を振る。


「時間をかければ戻る。この子はまだ――」


少女の呼吸が乱れる。


視線が揺れる。


「……用途……未定……」


「分類……不整合……」


アシュヴァルが一歩近づく。


「介入を中止しろ」


ミレアは振り向かない。


「まだいける!」


彼女は言葉を重ねる。


「名前は? 覚えてる? 家族は?」


沈黙。


少女の口が開く。


「……」


「……エラー」


その瞬間。


何かが“ずれた”。


少女の瞳から、焦点が消える。


完全に。


「再分類を開始します」


ミレアの手の中で、少女の体がわずかに動く。


自発ではない。


“再配置”の動き。


セリナが叫ぶ。


「やめて!それ以上やったら――」


イリスが冷静に告げる。


「上書き層が崩壊。自己同一性の再構築失敗」


ミレアの声が震える。


「そんな……まだ……」


アシュヴァルが言う。


「削りすぎた」


沈黙。


少女の目が、ミレアを見る。


だが、もうそこに“誰もいない”。


「対象:処理対象へ再分類」


ゆっくりと、少女は立ち上がる。


ミレアの手を、外す。


「移動を開始します」


歩き出す。


整然と。


迷いなく。


ミレアが崩れる。


「……待って……」


手を伸ばす。


届かない。


ガルドが歯を食いしばる。


「……ふざけんなよ……」


拳が震えている。


だが、殴れない。


セリナの声は、かすれていた。


「……あれが、結果なの?」


リオネルは何も言えない。


ただ、目を逸らす。


イリスが静かに結論を出す。


「個体性は喪失しました」


ミレアが顔を上げる。


「違う……まだ……」


アシュヴァルが遮る。


「違わない」


一歩、近づく。


「あれはもう、“戻らない”」


ミレアの瞳が揺れる。


理解と拒絶の間で止まる。


アシュヴァルは続ける。


「回収対象から除外」


セリナが睨む。


「……それで終わり?」


アシュヴァルは答える。


「次に行く」


沈黙。


遠ざかる少女の背中。


もう振り返らない。


ミレアの手が、ゆっくりと落ちる。


「……間に合わなかった」


少女の背中が遠ざかる。


整然と。

迷いなく。


まるで最初からそこに“心”などなかったかのように。


ミレアは動けない。


手を伸ばしたまま、止まっている。


アシュヴァルが言う。


「次の区画へ移動する」


その一言で、何かが切れた。


セリナの足が動く。


一歩。


もう一歩。


「……ふざけないで」


誰も止めない。


止める暇がない。


セリナが駆け出す。


「まだ終わってない!!」


ガルドが反応する。


「おい、セリナ!」


少女の元へ一直線。


『オルカリアン』が動く。


だが攻撃ではない。


配置を変えるだけ。


セリナは少女の腕を掴む。


強く。


無理やり引き寄せる。


「来なさい!!」


少女の体が揺れる。


だが、抵抗はない。


ただ――


「行動逸脱。補正を開始」


セリナの顔が歪む。


「うるさいッ!!」


彼女は少女を抱きかかえる。


引きずるように。


アシュヴァルの声。


「セリナ、離せ」


「嫌よ!!」


振り返る。


目が完全に怒っている。


「見たでしょ!? まだ助けを求めてた!!」


アシュヴァルは変わらない。


「それは誤認だ」


セリナが叫ぶ。


「違う!! あんたが見てないだけよ!!」


一歩、詰め寄る。


少女を庇うように。


「これは救出よ!!」


アシュヴァルの返答は短い。


「それは破壊だ」


空気が凍る。


セリナの手が震える。


「……だったら、壊すわよ」


誰も動かない。


「こんな“状態”のままにするくらいなら」


ミレアが顔を上げる。


「セリナ……?」


セリナは、少女を見つめる。


その目に、涙が浮かぶ。


「人間として、終わらせる」


ガルドが低く言う。


「お前……」


その瞬間。


『オルカリアン』が一斉に動いた。


速い。


今までとは違う。


イリスが叫ぶ。


「介入強度上昇!逸脱行動と認識!」


セリナは動かない。


少女を抱えたまま。


「だったらどうしたのよ!!」


『オルカリアン』が距離を詰める。


包囲。


今度は“処理”の配置。


アシュヴァルの声。


「最終通告だ。対象を解放しろ」


セリナは笑う。


壊れたように。


「命令違反? 上等よ」


一歩、後退。


防御姿勢。


「私は――私の正しさで動く」


沈黙。


アシュヴァルが判断する。


一瞬。


「了解した」


リオネルが振り向く。


「……は?」


次の瞬間。


アシュヴァルが動いた。


セリナの懐に入る。


速い。


無駄がない。


手刀。


セリナの視界が揺れる。


「……なに……」


少女が、腕から離れる。


崩れるように、セリナの体が沈む。


アシュヴァルが支える。


「任務妨害は排除する」


静かな声。


ミレアが叫ぶ。


「やめて!!」


だが遅い。


少女は、再び立ち上がる。


何事もなかったように。


「再配置を継続します」


『オルカリアン』の動きが戻る。


観察状態へ。


ガルドが歯を食いしばる。


「……クソが……」


リオネルが呟く。


「これが……正解なのか……?」


イリスは淡々と記録する。


「逸脱行動、制圧完了。任務継続可能」


ミレアは動かない。


ただ、セリナを見ている。


アシュヴァルが立ち上がる。


「進む」


誰も反論しない。


できない。


ただ一人。


気を失ったセリナだけが、


その場に“人間”として残されていた。


水面を割る音が、小さく響いた。


誰も何も言わない。


引き上げられたのは、わずかな人数。


担架に乗せられた者。

自力で立てない者。

そして――


ただ、座っているだけの者。


ミレアが膝をつく。


「大丈夫……ここは安全だから」


優しく声をかける。


だが、返事はない。


一人が、ゆっくりと口を開く。


「……次の指示は?」


ミレアの手が止まる。


リオネルが目を閉じる。


「……戻ってないのか」


イリスが淡々と告げる。


「回収率、低。機能回復率、さらに低」


ガルドが舌打ちする。


「こんだけやって……これだけかよ」


担架の数を数える。


少ない。


あまりにも。


セリナは立っている。


何も言わない。


ただ、海を見ている。


あの区画。

あの少女。

あの瞬間。


拳が、わずかに震える。


「……まだやれる」


誰に言うでもなく、呟く。


アシュヴァルが横に立つ。


「今回の結果は想定内だ」


セリナが振り向く。


目が、鋭く光る。


「これが? 成功だって言うの?」


一瞬の沈黙。


アシュヴァルは答える。


「失敗ではない」


リオネルが苦く笑う。


「……成功とも言えないな」


誰も否定しない。


ミレアが、回収した一人の手を握る。


「戻るよ……きっと」


自分に言い聞かせるように。


その手は、わずかに動く。


「……用途、確認中」


ミレアの表情が、崩れる。


夕日が海を赤く染める。


静かすぎるほど、穏やかに。


ガルドが低く言う。


「……気分最悪だ」


セリナは目を閉じる。


そして、唇を噛みしめる。


「……これだけか」


誰も答えない。


波の音だけが、続いている。

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