夏休みに冒険してみた続き
見難い火傷の子213
夏休みに冒険してみた続き
――青銅の時代。
深淵ダンジョン第十六エリア、第四紀完新世層
この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。
未開拓エリアの境界線。
そこは、匠一が敷いた「なまけもの技術」の恩恵が途切れる場所だった。
一歩踏み入れた瞬間、空気が変わる。
「……重い」
ピコハンが盾を構え直した。
整流されていない魔力が、肌にまとわりつく。
「ここが未開拓エリアか」
ナックルが拳を鳴らす。
その顔には、退屈を吹き飛ばすような高揚が浮かんでいた。
目の前に広がるのは、文明の残骸と、八倍の原生植物が絡み合う狂った森。
石造りの街道は巨大な樹木に突き破られ、かつてのバビロニアの叡智は、自然の奔放な暴力によって静かに圧殺されていた。
「地図と違う」
アンナがルーペ越しに森の奥を覗く。
「道が……食われてる」
「ハリセン。どうする」
メリーが背後の荷物を確かめながら問う。
ハリセンは森の入り口で足を止めていた。
赤い髪が風に揺れる。
その瞳には恐怖ではなく、かつて感じたことのない「獲物」への飢えがあった。
「――全部、デバッグする」
ナイフを抜く。
「整ってない場所は、バグだらけだ」
その瞬間――
ドンッ!
地面が揺れた。
森の奥から、木々をなぎ倒す轟音が近づいてくる。
「来たぞ!」
現れたのは、八倍の体躯を持つ守護獣――メガ・トータス。
甲羅はまるで小山。
その足跡の一つ一つが、沼地を作る。
「あれを、どうデバッグする気だ?」
ピコハンが苦笑する。
「あれがバグの本体だ」
ハリセンは地を蹴った。
その動きは嵐のようだった。
森の静寂を切り裂き、大亀の視界にすら捉えさせない速度で空へと舞い上がる。
「連携」
指示は一言。
「おうよ!」
ピコハンの爆弾が大亀の足元で連鎖爆発を起こし、動きを止める。
ナックルが木々を蹴って跳び、拳を甲羅に叩き込んだ。
「ぶっ壊れるぜぇぇぇ!」
鈍い音。
甲羅に亀裂が走る。
同時に、メリーが魔力を練り上げる。
「アンナ、ルート!」
アンナは迷いなく空の一点を指した。
「そこ。魔力循環の核」
「もらった!」
ハリセンのナイフが、青白い閃光を放つ。
整流されていない荒ぶる魔力を、“線”でなぞるように切り裂く。
大亀の咆哮が森に響いた。
だが。
「……終わってない」
アンナの声。
崩れたはずの魔力が、再び集まり始める。
地面が蠢く。
木々が動く。
道が変わる。
「再構成してる……?」
メリーが息を呑む。
ハリセンは空中で笑った。
「当たりだ」
「これ、敵じゃない」
「――システムだ」
霧が立ち込めた。
視界が白く閉ざされる。
「ちっ、分断か!」
ナックルの声が遠ざかる。
パーティは散った。
ピコハンは、一人で立っていた。
設置した陣地が、機能しない。
「……固定できない」
地面そのものが揺れている。
「なら」
彼は考える。
「固定するんじゃない。追従させる」
即座に再構築。
動く地面に合わせて陣を変形させる。
「よし、これなら――」
初めて、未開拓に適応した。
ナックルは、霧の中で拳を振るっていた。
だが、手応えがない。
敵が、いない。
「なんだよ……」
苛立ち。
その時、背後に気配。
振り向く。
だが、何もない。
(……違う)
ナックルは目を閉じた。
「位置じゃねぇ」
「“流れ”だ」
魔力の歪みを読む。
次の瞬間。
拳が、何もない空間を捉えた。
衝撃。
「いたな」
見えない敵を、初めて捉えた。
メリーは膝をついていた。
魔力が暴れる。
「整わない……!」
ここでは制御できない。
その時。
(……逆)
整えるのではなく。
「流す」
力を逃がす。
循環させる。
暴走は収まった。
アンナは、森の中心を見ていた。
情報が多すぎる。
処理しきれない。
だが――
一点。
わずかな“繰り返し”。
「……ここだ」
すべてのズレが収束する場所。
「核がある」
霧が晴れる。
全員が、同じ場所に集まった。
中心。
巨大な根。
脈動する魔力。
「これが……」
「バグの本体」
ハリセンが言う。
「古代の自動修復機構」
アンナが続けた。
「壊れたまま動いてる」
「だから全部がズレる」
ハリセンはナイフを構える。
「壊すんじゃない」
「直す」
最終戦。
ピコハンが空間を固定する。
ナックルが核を露出させる。
メリーが魔力を整流する。
アンナが構造を読み切る。
そして――
ハリセンが走る。
赤い軌跡。
ナイフが、核を“書き換える”。
一閃。
音が消えた。
そして――
森が、静まる。
風が吹いた。
道が現れる。
歪んでいた空間が、戻っていく。
未開拓エリアは、完全ではない。
だが――
「動くようになったな」
ピコハンが呟く。
「少なくとも、バグではない」
アンナが頷く。
ハリセンは笑った。
「次行くか」
バビロンの門が見えた。
帰還。
「……遅かったな」
匠一が言う。
ハリセンは答える。
「バグ、多かった」
「どれくらい?」
「全部」
一瞬の沈黙。
そして。
匠一は笑った。
「いいね」
誰も知らない。
この日、未開拓エリアの奥で、一つの暴走が止まったことを。
ただ一つ残ったのは――
赤い閃光が走った、という噂だけだった。




