夏休みに冒険してみた
見難い火傷の子212
夏休みに冒険してみた
――青銅の時代。
深淵ダンジョン第十六エリア、第四紀完新世層
この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。
――その一言で、全てが始まった。
「……暇だな」
中等冒険者学校の寮。
夏休み初日の午後。
机に突っ伏していたハリセンの呟きは、
部屋の空気を一瞬で変えた。
「出たよ、リーダーのそれ」
ベッドの上で仰向けになっていたピコハンが、顔だけこちらに向ける。
「その顔の時、大体ロクなことにならないんだよな」
「でも、分かる」
窓際に立っていたアンナが、小さく頷いた。
「なんか……止まってる感じする」
「止まってる?」
メリーが首を傾げる。
「うん。危なくない。だから、逆に気持ち悪い」
その言葉に、部屋の空気がわずかに張り詰めた。
危険が無いことに違和感を覚える――
それは「地獄の一週間」を経験した者の感覚だった。
「要するに」
ハリセンが顔を上げる。
「動くか」
即断だった。
「はやっ!?」
「理由ゼロじゃん!」
ピコハンとメリーが同時に突っ込む。
だがアンナは、何も言わずに頷いていた。
「いいと思う」
「だよな」
ハリセンは即座に同意する。
言葉は少ない。だが、それで十分だった。
このパーティにとって、“判断”とは会話ではない。
「で、どこ行くの?」
メリーが現実的な問題を投げる。
「遠征か? 日帰りか?」
ピコハンも起き上がる。
「――未開拓エリア」
ハリセンは即答した。
「は?」
「いやちょっと待て」
ピコハンが眉をひそめる。
「中等一年の夏休み初日に行く場所じゃないだろ」
「でも、行ける」
アンナがぽつりと言う。
「行ける場所だから、気持ち悪い」
「それ理由になってる?」
メリーが苦笑する。
だがその“違和感”は、全員が共有していた。
――強くなりすぎた。
初等六年で『ワイバーン制圧術』を体得し、
『食糧確保技術』も身につけた。
生き延びる術は、もうある。
だからこそ。
「止まる方が危ない」
ハリセンの一言で、全てが決まった。
沈黙。
そして。
「……分かったよ」
最初に折れたのはピコハンだった。
「ただし条件。逃げ道は俺が作る」
「当然」
「あと、罠も仕込む」
「任せる」
「自爆しないでね?」
「前回は事故だ」
メリーのツッコミに、ピコハンが即座に反論する。
「じゃあ私は、食料と水の管理かな」
「頼む」
「あと、喧嘩しそうになったら止める係」
「それ一番大事」
ハリセンが真顔で頷いた。
「アンナは?」
「見る」
短い答え。
だが、それで十分だった。
「ナックルは――」
その名前が出た瞬間。
ドアが、勢いよく開いた。
「呼んだか?」
現れたのは、拳を鳴らしながら立つ少年。
ナックルだった。
「タイミング良すぎでしょ……」
メリーが呆れる。
「話は聞こえてた」
「どこまで?」
「未開拓エリア」
「最悪の部分だけ聞いてる」
ピコハンが頭を抱えた。
だがナックルは、にやりと笑う。
「いいじゃねえか。壊しがいがある」
「壊す前提やめろ」
「任せろ。全部ぶっ壊してやる」
「だからやめろ」
ツッコミが追いつかない。
だが、その無茶さが――
「……行けるな」
ハリセンは、小さく呟いた。
全員が揃った。
判断は、もう終わっている。
「出発は明日、早朝」
「は!? 今日じゃないの!?」
「準備は必要」
「珍しくまとも!」
「俺だって考える」
ハリセンは立ち上がる。
「目的は三つ」
指を三本立てた。
「経験値の更新」
一本。
「連携の再確認」
二本。
「――俺たちがどこまで通用するか、測る」
三本。
その言葉に、誰も反論しなかった。
それぞれが、同じことを思っていたからだ。
自分たちは、どこまで行けるのか。
その答えを――取りに行く。
「よし、解散」
「軽っ」
「いつものことだろ」
ピコハンがため息をつく。
だが、その目はもう戦術を組み始めていた。
アンナは窓の外を見つめている。
メリーは荷物のリストを頭の中で組み立てている。
ナックルは拳を握り、にやりと笑う。
そして。
ハリセンは、ただ一言。
「――速く行こう」
その言葉だけを残して、部屋を出た。
赤い閃光。
それはまだ、名前だけの存在。
だが。
この夏。
その名は――本物になる。
(続く)




