メソポタミアの魔族と暗殺ギルド
見難い火傷の子211
メソポタミアの魔族と暗殺ギルド
――青銅の時代。
深淵ダンジョン第十六エリア、第四紀完新世層
この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。
ゆえに――血の一滴ですら、池のように広がる。
その夜。
バビロンの街は、静かすぎた。
五つの影が、同時に襲いかかる。
音はない。
殺気もない。
ただ、結果だけが迫る。
「遅い」
匠一の声は、静かだった。
踏み込み。
石畳が砕ける。
一体目の影が、宙で止まった。
「な――」
拳が、めり込む。
衝撃が、八倍の質量を持った肉体を貫き、
背後の壁ごと吹き飛ばした。
「一人」
そのまま振り向かずに、肘を打ち込む。
「二人」
骨の砕ける音。
しかし。
「……やっぱり、か」
手応えが、軽い。
崩れ落ちた“それ”は、黒い煙となって消えた。
「分身……いや」
匠一は目を細める。
「影か」
「正解だ」
声が、四方から重なる。
「だが、それに気付いたところで――」
背後。
今度こそ本命。
刃が、振り下ろされる。
だが。
「遅い」
振り向きざまに、手首を掴む。
“実体”だ。
「捕まえたぞ」
握力が、骨を軋ませる。
魔族の顔が、歪む。
「……っ!」
「さて」
匠一は、そのまま引き寄せた。
「依頼主、吐いてもらおうか」
沈黙。
次の瞬間。
魔族は――笑った。
「……合格だ」
「何?」
「試験は、ここまでだ」
その言葉と同時に。
掴んでいた感触が、崩れた。
「!?」
肉体が、砂のように崩れ落ちる。
違う。
これは――
「逃げたな」
周囲の影が、一斉にほどける。
建物の影。
路地の闇。
足元の黒。
すべてが、同じ“気配”を帯びていた。
「我々は、影だ」
声が、街全体から響く。
「捕らえることも、殺すこともできない」
「だが――」
一瞬だけ。
屋根の上に、“本体”が現れる。
「お前は、覚えた」
赤黒い目が、匠一を見下ろした。
「名を」
「……黒き葦、だったな」
「そうだ」
魔族は、わずかに笑う。
「今夜、お前が生きているのは我々が許したからだ」
「殺す気があれば、三秒前に終わっていた」
「見逃してやった、と思っておけ」
「次は、“仕事”で会おう」
その瞬間。
姿が、完全に消えた。
静寂。
風が、吹き抜ける。
「……そうか」
匠一は、手を開いた。
何も残っていない。
「情報ゼロ、にしたか」
石畳に、ひとつだけ残っていた。
黒い、細い破片。
葦のような形をした――
「……これで、名刺代わり気取りか」
それを拾い上げる。
触れた瞬間、わずかに冷たい。
「また面倒な連中が出てきたな」
匠一は空を見上げた。
バビロンの夜は、相変わらず静かだ。
だがその静けさは、もう“平穏”ではない。
どこかで。
確実に、“誰か”が動いている。
「ふっ」
小さく、笑う。
「痛い奴らだ」
夜は、まだ終わらない。




