メソポタミア博覧会 閉幕
見難い火傷の子210
メソポタミア博覧会 閉幕
――青銅の時代。
深淵ダンジョン第十六エリア、第四紀完新世層
この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。
――夜。
昼の熱気が、そのまま形を変えて残っていた。
広場には、人が集まっている。
昼よりも、密度が高い。
「……始まるな」
中央に設けられた巨大な舞台。
その前に、箱が積まれていた。
半券投函箱。
それが、すべて運び出されている。
ざわめき。
「いよいよか……」
「どこが勝つんだ?」
期待と不安が混ざった声が、あちこちから上がる。
やがて――
高台に、一人の男が立った。
「諸君!」
声が、広場全体に響く。
一瞬で、静まり返る。
「本日、この場に集いしすべての文明に敬意を表する!」
拍手。
歓声。
「そして――来場者諸君の手に委ねられた、評価の結果を発表する!」
どよめきが走る。
「本博覧会、総合順位――」
一拍の間。
「第三位!」
緊張が張り詰める。
「殷パビリオン!」
歓声が上がる。
歯車と蒸気の国。
管理の文明。
「第二位!」
「リディア王国パビリオン!」
一際大きな歓声。
金と市場。
分かりやすい強さ。
「そして――」
空気が止まる。
「第一位は――」
心臓の音が、やけに大きい。
「バビロニア共和国!」
爆発した。
歓声。
指笛。
足踏み。
広場そのものが揺れる。
「サーカスだ!」
「やっぱりな!」
驚き。
熱狂。
分かりやすい“勝ち”。
「最優秀展示――バビロニア大サーカス!」
名前が呼ばれた瞬間、さらに音が跳ね上がる。
「……まあ、そうなるか」
思わず苦笑する。
あれだけのものを見せられれば、誰だって票を入れる。
「感情で動く、か」
あの言葉を思い出す。
――その場で決める。
「だが……」
視線を少しだけ動かす。
エジプト。
メディア。
エルサレム。
どこも、歓声の外側にいる。
「納得してない顔だな」
「……だろうな」
それでも――
結果は結果だ。
紙切れ一枚の積み重ね。
それが、文明の順位を決めた。
「続いて――」
声が変わる。
「閉幕を飾るのは、バビロニア共和国歌劇団!」
再び歓声。
舞台の幕が、ゆっくりと上がる。
光。
音。
そして――声。
歌が、空気を震わせる。
言葉は分からない。
だが、意味は伝わる。
高く。
強く。
広がる。
「……すげえな」
人の声だけで、ここまでできるのか。
舞台の上では、物語が演じられている。
文明の誕生。
争い。
融合。
そして――
一つになる。
音が重なる。
声が重なる。
観客の呼吸すら、引き込まれていく。
「……これも、力か」
技術じゃない。
だが、人を動かす。
「エルサレムと似てるな」
信じさせる力。
だが、こちらはもっと露骨だ。
「魅せるための力」
歌が、最高潮に達する。
そして――
静寂。
一瞬の無音のあと、
爆発する拍手。
誰もが立ち上がる。
手を叩く。
叫ぶ。
笑う。
そのすべてが、混ざり合う。
「――閉幕パレード、開始!」
夜空に、光が走る。
火。
蒸気。
音。
通りの向こうから、列が現れる。
各国の代表。
旗。
衣装。
技術。
すべてを乗せた、行進。
「……全部出してきたな」
砂漠の冷却装置が光を放ち、
エジプトの石構造が動き、
殷の機械が規則正しく進み、
リディアの商隊が金を鳴らし、
メディアの隊列が一糸乱れず進む。
そして――
「来たな」
最後に現れたのは、
巨大な影。
オートなまけもの君。
ゆっくりと歩く。
だが、次の瞬間――
跳んだ。
歓声。
光の中を、空中を駆ける。
着地。
静止。
その一連が、あまりにも自然すぎる。
「……やっぱり、あれだな」
人の目を奪う。
票を奪う。
「強い」
だが――
ふと、違和感。
「……?」
音が、ほんのわずかにずれた。
気のせいか?
もう一度、見る。
動きは完璧。
だが――
「……なんだ?」
胸の奥が、ざわつく。
あの黒い外套。
人混みの中。
一瞬、見えた気がした。
「……まだ、終わってないな」
歓声の中で、
誰も気づいていない。
この熱の裏で、何かが動いていることを。
パレードは続く。
拍手も、歓声も止まらない。
だが――
それは、終わりの音ではなかった。
「――始まりだ」
誰にも聞こえない声で、そう呟いた。




